あの惨事がまるで嘘のような喧騒。
酒を交わしあい、踊り、歌う。もう話すことも出来なかったかもしれない大切な人とまた肩を並べて笑い合う。
中心にはリムルがいて、その一体は光に包まれている。
その光から逃げたくて、笑い声の聞こえない場所に行きたくて。広場全体が俺を責め立てて来るのが苦しくて、こんな薄暗い路地で座り込んでいる。
「......気持ち悪い」
猛烈な吐き気と悪寒。
外界からの刺激じゃない精神的なものだと言うことは耐性が機能してない事からも分かる。
だって、生き返った奴らは俺が守れなかった奴らでリムルが助けた奴らで。
俺に笑いかける理由なんて無くて、責め立てていいはずで、その目の奥に俺への恨みが篭っている気がして。
リムルもそうなのだろうか。「おかえり」といった言葉の裏には何が隠れているだろう。
なぜ俺をこの町に残しているのか。
俺はこの町で何も出来ない。
いつもそうだ。俺がいなくても実際は全てのことは上手く収まる。
牙狼族が襲ってきた時も、俺がいなければリムルは裏手にも糸を張っただろう。
シズの時もエレン達を助けるために、俺がいなくても炎を捕食しただろう。
シズ自身だって俺に何も言わずに捕食して。
カリュブディスに関してはミリムが殺したし、フォビオだって俺がいなければリムルが持っていた「変質者」を使って助けただろう。...俺はフォビオを救う気なんてなかったし。
そして今回の襲撃事件も俺は要らなかった。
いつもリムルとは意見が違くて、だから俺の意見を飲み込んで自分に出来ることをするんだって頑張って、でも実際はこんなんで。
なんで俺はここにいるんだろうか。
俺がいなくても、俺が守らなくてもこの国は回っていく。
我慢し続けてまで、この国にいなくたって...。
「繝ゥ繝ォ繧ソ...アガッ...」
「ん?......あっ、スープ」
アカ・マナフが顔を出して、横に放置していたスープを指さす。みんなに顔だけ出して移動する時にシュナに渡されたものだ。すっかり忘れてた。
さっきから思考が暗くなってしまっているしここは一転、食事をして寝てしまうのが吉と見た。
挨拶をしてスープを口に放り込む。
野菜の旨味を凝縮したシンプルでほのかに甘いスープ。俺の好物のはずなのに...
美味しくない。不味くはないけど美味しくもない。味も匂いも何も前と変わってないのに、美味しいと思えない。
このスープに何も感じない。そういえば前まで好きだったコロッケなんかも祭りで見かけて食べたいとは思わなかった。
食事に対して、なんの感情も抱けない。
掬って口に入れて飲み込む、この動作を三回くらいして面倒くさくなった。
どうせこの食事が俺の栄養になることはないし、美味しいとも感じないなら意味が無い。
「アカ・マナフ、あげるよ」
「ウ゛?」
足元に置けば、嬉しそうに食べている。
進化前と変わらず食いしん坊で何よりだ。
お腹は空いてないけど、スープで胃が刺激されたせいで何か食べたい。そうだな、やっぱり人間がいいな...ギド辺りとか眠らせて腕もいでもバレないかな。後で直せば問題ない気も...
「ラルタ様、リムル様がお呼びです」
「あ?......お前まだ居たのかよ」
「クフフ、居たも何もディアブロという名を賜ったリムル様の配下でございます」
「あいつまた名前付けたのかよ」
ついさっき会った時とは比べ物にならないほどの魔素量。上位の悪魔だとは思ってたけど、下手したらベニマルより強いんじゃないか?
ホイホイ名付けなんてして裏切られでもしたらどうするんだか...
立ち上がってディアブロの後に続く。
燕尾服の先を揺らして先に進む黒い髪。何かが引っかかるんだ。悪魔に関する記述で目にした気がする。
「ディアブロ、リムルが俺を呼んだ理由は?」
「ユーラザニアの件です。三獣士がリムル様に謁見を」
俺の質問に答えるために振り返ったディアブロ。金色の瞳に赤い瞳孔。......えっ、まさか。七体しかいない...
「ディアブロ?お前、もしかして原初の...黒」
「おや?ご存知でしたか」
えっ、あの馬鹿...原初に名前付けたの?
いやさすがに分かってるか。正体を知らないで仲間になんて引き入れないよな?怪しい...あいつそこら辺ガバガバだからな。
騒がしい町中を誰とも目が合わないよう、触れないように目的地まで歩く。
万能感知があるし、完全に視覚と聴覚を捨てることも検討していいかもしれない。まぁ、今やるとリムルに怪しまれるからおいおいだけど。
狭い部屋の隅に壁に凭れて座る。
リムルの正面に座った三獣士が促されるままにユーラザニアであったことを、唯一国に残っていた黒豹牙フォビオが語った。
宣戦布告から一週間後、ミリムは一人でユーラザニアにやって来たらしい。
カリオンは三獣士に避難民の誘導を頼み、一人でミリムに立ち向かった。
ユニークスキル「百獣化」によって引き上げられた力でカリオンが出せる最大火力、
ミリムは久々に感じた左手の痺れのお礼として、究極の奥義、
そして深手を負っていたカリオンは突然現れた“
フォビオもミリムの攻撃に巻き込まれ重傷を負ったが、
連れ去られたということはカリオンはまだ生きている。テンペストは全面的に救出に力を貸すことになった。
問題はどこに連れ去られたか。
魔王ミリムに接触を図っていたこと、フレイが飛び込んだ事から場所は傀儡国ジスターヴ、魔王クレイマンの支配領域の可能性が高いことがわかった。
今すぐにでも攻め込もうとする三獣士をリムルが宥めて、とりあえず今日はゆっくり休んで貰うことになった。
「久しぶりだな、ラルタ様。当分の間世話になるぜ」
「......世話になるのは面倒だから帰れって言いたんだけどねぇ、さすがにそこまで非道じゃないよ。ゆっくり休め」
「ははっ次会ったらもう一度拳を合わせてぇと思ってたが、さすがにお預けだな」
スフィアがカラカラと笑っている。
まだ少し疲れが顔に出ているが、先程までベニマルに今すぐ敵地に突っ込もうとして咎められていたくらいにはやる気十分だ。
「ムッ、おいちゃんと目合わせろよ」
俺の態度が不満なのか目を合わせようと覗き込んでくる。俺が顔を背ければ正面に周り、下を向けば潜り込んでくる。
観念して目を合わせれば、やっぱりノイズが走る。スフィアの形をした影が安心したようにまた話し出した。
「お前も大変だったらしいじゃねぇか。体は大丈夫か?」
「心配されるほどじゃない」
顔に出ないように、平然を装って笑ってやる。
このノイズは“触られる”ことと“目が合う”ことをトリガーに生じているんだろう。笑い声は気分は良くないがそこまで酷くはならない。
戦闘に支障が生じるのも困るし、対処法を考えないとな......
「俺もカリオン救出には力を貸す。頑張ろうな、スフィア」
「おう!」
スフィアが突き出した拳に自分の拳を重ねる。
初めて会った時は結構こいつと話すのも楽しかったんだがなぁ。
(ラルタ、取り込み中か?)
部屋を出たところで、リムルから思念伝達が来た。
(いや、問題ないけど)
(良かった。ラルタ、朗報だ。“無限牢獄”の解析が終わった。2年ぶりの──────再会だ)
(......そっか)
嬉しいはずなのに、今は来て欲しくないと思ってしまう。だってリムルはヴェルドラと話してた時、すごく楽しそうだったから。
ラルタに起こった異変まとめ
・目が合う、触られるで幻覚に襲われる
・笑顔、笑い声が怖い(表情恐怖症)
・人間の肉以外に心が動かされない
とりあえずラルタの後遺症の話はここで終わり。
今後の話ではラルタは誰とも目を合わせないし、触れ合いもしません。食事も、みんなと机を囲むことはないかな