俺は自分の庵の庭に皆を集めた。
理由は今後の方針に関わる大事な内容を宣言するためなんだが...
「シオン、ラルタはどうした?」
「先程声をかけたのですが、持っていくものがあるから先に向かっているようにと」
「持っていくもの?」
その場にいる全員が首をかしげる。
もしかして、ラルタが攫われてた間の報告書か?
「あれ?待たせちゃった感じ?」
「いや、そんなに待ってない。それより何を持ってきたんだ?」
「あぁ、はいこれ」
その空気を割るようにラルタが一つの封筒を持って入ってきた。「これ余ってたからあげるよ」みたいな軽いノリで渡された封筒はそこまで厚くなく、中にはまた一つ小さい封筒と紙が一枚入っているだけだった。
まずは一枚の紙を取り出す。
そこには、ラルタが攫われていた間の出来事が書いてあった。
『ファルムス王国領海に位置する監獄島にて六日間の軟禁を受けた。
ラルタ=テンペストを攫った魔人“ヒエラルテ”はファルムス王国の貴族の派遣である事がわかっており、貴族に関しては個人的な調査を検討している。
監獄島からの脱出の際、魔人“ヒエラルテ”及び駐屯していた人間、約一万を殺害。
魔王種を獲得していたこともあり、魔王への進化を果たした。
ラルタ=テンペストは魔王になったことを世間に宣言せず、この事実はこの書面のみでの報告とさせていただく。そのため、この事実を知る者はリムル=テンペストのみでなくてはならない。他幹部への報告も情報の漏洩防止のため避ける所存。
また、軟禁されていた監獄島は消滅済み。』
丁寧な字で書かれた報告書は、出来事を簡潔にまとめてあった。
いや、何サラッと『魔王への進化を果たした』って書いてんだよ。えっ、何この子...真顔でなんてもん渡してくれんだ。
んー、確かに一つの国に魔王が二人いるのは反感を買うだろう。わざわざラルタも十大魔王に名をあげる必要は無い。国の安全のためにも、ラルタという魔王の存在は隠すべきだ。
報告書を確認したあと、特殊な封印をして亜空間に収納した。
次に手に取ったのは封筒の中にあったもう一つの封筒。表にはまたまた丁寧な字で『辞任届』と書いてあった。
『私はこの度一身上の都合により、本日をもってジュラ・テンペスト連邦国の首相、及び、ジュラの森大同盟の副盟主を辞任いたしたく、お届けいたします』
「あ...ラルタ!別に責任なんて取らなくても」
「どうしたんですか?リムル様......てっ辞任届!? ラルタ様、わざわざその地位を捨てなくとも! 責任は俺たちにもありますから!」
俺も皆も焦ったようにラルタを説得する。けれどその声が聞こえていないかの様にラルタは辞任届を眺めながら口を開いた。
「別に役職はなくとも仕事はする。俺はミュウランの正体を知った上で独断でテンペストへの滞在を許可した。それにテンペストが襲撃された際に何も出来てない。これらの責任から俺はこの役職を辞める。リムル...俺のわがままを聞いてくれ」
別に、仕事をしてくれなくなるから降りて欲しくないわけじゃないんだがな...。
こんなわがままがあってたまるかよ。ラルタの発言からいって、シオン達が生き返った今もあの惨事を引きずってるんだろう。この辞任を受理することで少し気が楽になるなら、受け入れてやるか...。なんか、自分が任命しただけに悲しいな。
「......わかった、リムル=テンペストはこの辞任届を受理する。けど、その、今まで通りでいような?」
「ははっ、なんだよそれ。振られた恋人みたいなんだけど。わかってるよ、仕事はするって言っただろ?」
「そういうことじゃないんだけどなぁ......」
「──────さて諸君、今後のことを語る前に言っておきたいことがある。俺は名実ともに魔王になることにした」
俺は魔王クレイマンに喧嘩を売ることにした。
奴は連合軍の襲撃の際にミュウランを操り被害の拡大を目論み、そのうえミリムを使って友好国であるユーラザニアを滅亡させた。
何が目的かなんて知らないが、クレイマンを許すことはできない。ここから先、奴に翻弄されるつもりなんてない。
ソウエイにクレイマンの情報を集めてくるように指示をして、解散を告げる。
諜報部の調査が終わりしだい、本格的な会議を始めなくてはいけない。
三獣士も命をかけて協力してくれるらしい。こいつらの命はカリオンに返すまで俺が預かる。熱意は十分だが、今は休んで英気を養えてもらわなきゃいけない。
決戦まではあと少しだから。
「さてと、じゃあラルタ行こうか」
「はいよ」
スライムと
道中でガビルを幹部に任命した。あの喜びよう、羽目を外さなければいいが。
なんせ......アイツはああ見えてジュラの大森林における守り神のような存在だからな。
「じゃあラルタ準備はいいか?」
「準備ってなんの」
「心のだよ!心の準備」
「できてますよ。バッチリでーす」
「良い返事だことで」
「よし今出してやるよ......ヴェルドラ。
《了。》
その瞬間、俺を中心に膨大な魔素が溢れ出した。暴風によって一箇所に集まるそれは、土を巻き上げ壁に亀裂を作り出す。
「ククク、クハハハ、クァーハハハハハ!
──────俺様 復活!!」
懐かしいこの威圧感。
てか俺様ってなんだよ、ちょっと恥ずかしいじゃねーか。
「いよぅ、久しぶり。元気だった?」
「......せっかく復活したのに我の扱い軽くないか?」
ドラゴンなのにこの表情のわかりやすさ。明らかに拗ねてやがる。相変わらずめんどくさいオッサンだ。
でもやっぱりこの軽いノリ、話しててすごく楽しい。
俺が魔王になったことや
ヴェルドラも
俺とヴェルドラがお巫山戯を入れながら喋ってそれにラルタが相槌を打つ。前と何も変わってない。やっとテンペストの名を持つ三人が揃ったわけだ。
「さてと...ここで話してるのもすげー楽しいけど、せっかく復活したんだ。そろそろ外に出るか?」
「...そうだな。では我の肉体をどうするかだが」
「ああ、それなら何とかなると思う」
今のヴェルドラは思念体───いわば魂だけの存在だ。
本来、精神世界にいる精霊や悪魔、竜種等の精神生命体は肉の体を持たない。だからその姿を物質界に顕現させるには依り代に受肉させる必要がある。
精神生命体が
消滅しても復活はするのだが、その時の記憶はまばらで例えそいつがヴェルドラという名の暴風竜であっても俺の盟友ではなくなってしまう。
...ヴェルドラにスライム如きとか言われたら俺は泣き喚く自信がある。
「一つ約束してくれないか?」
「ほう、なんだ?」
「お前のデカ過ぎる妖気を抑えて欲しい。町には人間もいるし弱い魔物もやって来る」
「...なるほど。わかった約束しよう」
「よし、ありがとな」
ふふん。ヴェルドラのために最高の依り代を用意してやろうじゃないか。
「リムルよ、お前は本当に王になったんだな」
「まぁね。待ってろよ、今用意してやるから」
出来る限りの力を込めて分身を一体作り出す。
「おお...っリムルがもう一人出てきたぞ!」
「俺の分身体だ」
「ふむ、進化して強化分身になっているな」
「おっわかる?」
「お前の依り代にしてくれ」
「ほほぅ............クアハハハハ!良い依り代だ。ありがたく頂戴するとしよう」
▽
思念体であったヴェルドラがリムルの強化分身に乗り移る。強い風が吹き荒れて、自分の体に埃がついた。何するにも騒がしい竜だ。
体を震わせてついた埃をふるい落とす。
さて、どんな姿になることか。
《告。主様と個体名ヴェルドラの“魂の回路”の確立を確認しました。》
えっまだ確立してなかったの?
無限牢獄に阻まれてたか、リムルの亜空間にいたせいかな。
「クアハハハハ、我 完全復活!!
究極の力を手に入れたぞ!逆らうものは皆殺しだぁ!!」
随分と治安が悪くなったものだ。
短めの金髪に褐色の肌、リムルを男性型にした感じかな。細マッチョでなかなかかっこいい。俺はいつまでたっても筋肉がつかないヒョロガリだから羨ましい限りだ。あっでも今は半液体みたいなもんだからもう筋肉は望み薄か?
「礼を言うぞリムルよ!再びお前達と相まみえる日が、こうも早く訪れるとはな!さすが我が盟友だ」
リムルが能力の把握をするため、ヴェルドラの妖気を抑える特訓は俺がすることになった。
抑えようとしてめちゃくちゃ出まくってるのも考えものだが...。
一応参考例として俺も人化しているが、固有スキルとして所持してる人化は人間社会に紛れるためにあるからか妖気が勝手に抑えられる。だからヴェルドラが何で苦労してるのかわからない。
「もっと内側に入れる感じだよ。変に力まなくていい」
「...フッ!こうか!」
「出てる出てる、出まくってる。めちゃくちゃ力んでるし」
「ふむ、難しいな」
「んーなんて言うのかな、精神統一に近い感じで抑えられない?」
「精神統一......おっラルタよ。我閃いちゃったぞ」
「ん?」
得意げにウインクをぶちかましてきたヴェルドラが深呼吸して目を瞑る。
なんかよくわからないけど、急にできるようになってる。
「いい感じ、もっと奥に落とし込んで」
「...あぁ」
「できてるじゃん!成功だな」
「ふふん、我にかかれば造作もないことよ!」
三日もかけてるくせによく言う。
「おっ、そっちも上手く言ったか?」
「うん。これなら外に出られる。リムルの方は?」
「こっちも終わったところだよ。さてとじゃあ行くか!」
少しだけまだ会いたくないと思ってたりもしたが、いざ会ってみれば楽しいものだ。
まぁリムルとヴェルドラの話してる漫画のことは全然わかんないけど。「俺様 復活!!」も漫画のセリフらしい。俺は聞いたことないけど、多分有名なんだろう。
わざわざ話を合わせるために漫画を読むのもなぁ...前世で父に一冊だけ買ってもらったけど善人気取りの主人公がキツすぎてそこから拒絶反応がなぁ、やっぱやめよ。別に漫画以外にも話せることはあるだろ。
胃袋生活の中で将棋を極めたらしいから一戦するのもいいかもしれない。
「そこをどいてくれ!」
!...洞窟を出た瞬間スフィアの怒鳴り声が聞こえた。随分と人が集まってるけどなんの騒ぎだろうか。待って、もしかしてヴェルドラの妖気で町が大混乱に陥ってるんじゃ...リムルもしかして伝えてない?
「お断りします。リムル様は付き添いは不要だとおっしゃったのです」
「そうであるぞ
「リムル様とラルタ様が揃っていて何か問題が起こるはずもないだろう」
「しかしもう三日だぜ!? あの伝説の暴風竜が復活したんだろ!? 主が危険かも知れねぇってのに手をこまねいているつもりかよ!?」
はい、めちゃくちゃ混乱してますね。
衝突まで起きちゃってるじゃん...
(リムル、なんで伝えなかったの)
(いやーははっなんでかなー)
(この野郎...)
(そんな思念伝達で怒気をバチバチに伝えてこないでくれよ...俺が悪かったって)
「あー皆スマン。心配かけてしまったみたいだな」
「リ...リムル様!ご無事で何よりです。ラルタ様もお怪我はございませんか?」
「ないない。ほらリムル、心配かけたんだからちゃんと説明しろって」
「ああ 皆にも紹介するよ。こちらヴェルドラ君です!ちょっと人見知りだけどみんなも仲良くしてあげてください!」
守護神の紹介がそれか......たまにリムルの軽すぎるノリについていけないんだよなぁ。
「おほんっ、我はヴェルドラ=テンペストである。我がリムルとラルタとどういう関係なのか気になるであろう!知りたいか?知りたいだろうな!!ズバリ...友達だ!!」
友達発言からの歓声。
さすがに恥ずかしいし、イラつく。
まぁこれだけの人気、ヴェルドラがこの森でどれだけ絶対的だったかが分かるな。
「リムル様、ただいま戻りました」
「おーソウエイ丁度いいところに来たじゃないか!よし、調査結果を会議室で行う。この場にいない幹部全員を大会議室に招集してくれ。ついでにヨウムやカバルなんかも呼んでくるように」
「リムルよ、何かあったのか?」
「ああ今後の方針を決める準備が整った」
「ふむ、我に手伝えることはあるか」
「もちろん...あるよ」
久しぶりのほのぼの回。
ラルタが正真正銘のリムルのおまけ(無職)になりました。
ラルタ視点を知っているとわかることですが、ラルタが渡した報告書は隠していることが多々あります。
貴族として裏で手を引いてるのが父である可能性、究極能力を手に入れたこと、人間を食べたこと。これら全てリムルはもちろん他の幹部も知りません。