「あれ、ヴェルドラ一人?」
「ん?ああ、リムルなら地下に行っておるぞ」
大会議室にくれば、ヴェルドラが一人漫画の山に埋もれていた。
暇だから先に来たけど、会議が始まるのはもう少し時間がかかりそうだ。
リムルが地下にいるとなると捕虜の尋問だろう。聞いた話によれば国王含む三人を地下牢獄に捕えているらしい。言う事言うだけで地獄みたいな拷問が終わるんだから尋問なんて優しいものだ。地下牢なんて嫌な思い出しかないから近づきたくもない。
ヴェルドラの向かいの席に座って一息つく。これから会議となると気が思いやられる。確かに今後の方針を決める大事な会議ではあるから真面目にやらなきゃいけないが、もっと気楽にしてたいものだ。
「...ラルタよ」
「ん?」
「我の勘違いならそれでいいのだが......」
読んでいた漫画を閉じて、やけに真剣そうな顔でヴェルドラが俺の名前を呼ぶ。珍しく言葉を詰まらせるヴェルドラは顎に手を置いて考え込むように言葉を紡ぐ。
「お前何かあったのか?」
「............えっ」
「ふむ、なんというか......今のお前は何かに怯えているようだ。それなのにずっとイラついている。前のお前はもっと活気があったように思えるが」
お前リムルの胃袋から覗き見してたのか、とか言いたいことは沢山あるが急に変わった真剣な空気感がそうはさせなかった。
まさか気づかれるとは思ってもみなかった。さすがに俺に起きている異変まで気づいてるわけじゃないみたいだが。
長い年月を生きているだけのことはある。
「ラルタよ、お前が語らぬなら我は何も聞かん。リムルに何か言うのもよそう。だが今のお前は見ていられん」
「ちっ、知ったような口きかないで欲しいんだけど」
「お節介かもしれんがな。自分らしく生きていいのだ、それは誰にも等しく与えられた権利だからな」
「自分らしく、ね......」
俺が自分らしく生きれていた頃はあっただろうか。よく分からない。
でも、そうだな......名前もなく泥水をすすってただ我武者羅に生きていたあの頃は俺らしかった気がする。
「少し、やりたい事をしてみてもいいんじゃないか?」
「......俺のやりたいことは、この国じゃできないよ」
「クアハハハハ!なら旅に出てみればいい。自分探しの旅と言うやつだ!!」
「ぷっ...なにそれ漫画から持ってきたの?ダサすぎるだろ」
旅か...それもいいかもしれない。
どうせヴェルドラがいれば国の防衛は事足りるし、書類仕事なんかもディアブロができるみたいだから。
俺がいなくてもこの国が回るなら、それを利用するのもまた一興。
「さて、我はリムルに漫画の続きを借りに行くとしよう」
「俺も行くよ」
「ん?リムルに用でもあるのか」
「いや、なんか来客が来てるみたいだから」
町の入口に行けばフューズとガゼル、それからなんか知らんおっさんエルフがいた。
おっさんエルフはエラルド・グリムワルトという名の魔導王朝サリオンの重鎮、そしてエレンの父らしい。ていうか、エレンがエルフだったの初耳なんですけど。娘をちゃん付けで呼ぶのもちょっとキツいし...アイツとはノリが合わなそうだ。
あと一つ失敗したと思ったのは、来客がいる場所にヴェルドラを連れてきたことだ。
一時は場が大混乱となり、リムルが一から説明する羽目になった。でも部屋に閉じ込めておける奴でもないし、早めに紹介しておいた方が都合がいいのかもしれない。
密談が終わったらしいリムルとガゼルが速やかに移動する中エラルドが俺に話しかけてきた。
「少し、よろしいですかな。お名前を伺っても?」
「私はラルタ=テンペストという者です。お会い出来て光栄です、エラルド公爵」
「ラルタ...ああ、テンペストの首相ですか」
「“元”です。今は辞任し、なんの地位も名誉も持ちません」
「左様ですか。それは良かった、
「
「エルフと死食鬼は因縁がありますから」
エルフと
まぁ一言で言うならば
こう考えると、俺が
お気楽とも言う。
まさかこんな所で俺が辞任していた事が役に立つとは。やっぱり俺という存在は外交にあたっても邪魔らしい。
「私は国の運営に対して発言力を持ちませんから。テンペストとのこれからの関係はどうかリムル=テンペストという存在を判断基準にしてください」
「ええ、そうさせて頂きます」
俺に冷たい笑みを浮かべて、エラルドが会議室の方へ向かっていく。
リムルには会議に参加するよう言われたが、これ参加していいのか?何も言わずにいれば問題ないかな...。
後の世で人魔会談と呼ばれる会議が始まった。
まず語られたのは事の経緯。
リムルが転生者であること、転生してからの日々。外遊からの帰国時にヒナタに襲われどうにか帰ったら襲撃の後だったこと、魔王化に至るまでの経緯。
ヒナタ・サカグチ、名前だけは聞いていたがリムルが押し負ける程の実力だとは。神を信仰する奴なんてみんな思考を放棄した傀儡だと思っているが、今後とも俺と接触がないことを祈りたいものだ。
リムルが魔王化に至る経緯も初耳のものばかりだったが、とりあえずエレンが語った御伽噺とやらは後でリムルに聞こうと思う。
リムルが魔王になるに当たってファルムス軍は生贄となった。その事実は公にするにあたって筋書きを大きく変えなければいけない。
返り血で染まった手で友好を求めても、その手を取る者はいない。リムルの望みが人と魔物の共存共栄であるならば恐れられることは悪手でしかない。それは配下がやったと言っても同じ。
だから“暴風竜”ヴェルドラがやった事にする。
伝説の存在であるヴェルドラの行いはまさに“天災”であり受け入れる以外の選択肢はない。
ヴェルドラ自身もそれに異論はないらしい。
リムルと共に業を背負っていくんだとか。なんともお綺麗な話だ。
そしてファルムス王国の件。
テンペストは軍を用いずにファルムス王国を滅ぼす事にした。
捕虜として捕らえている現王を解放し、テンペストへの賠償を請求する。しかし、ファルムス王国が賠償にまともに応じることは国の内政から見てありえない話。それを利用して賠償問題をきっかけに国内で内戦を起こさせる。
内戦の中でファルムス王国は一度滅び、新しい国へと生まれ変わる。英雄ヨウムを新しい国王に据えて。
話の中でヨウムとガゼルがなんだか茶番をしていたが、惚れた女だの馬鹿げた事を言っていたから割愛。それからガゼルに一つ思うことだけど、会議中に覇気を使うのはほぼ武力を用いた脅しと一緒じゃないのか
言ってしまえば国を乗っ取るこの計画にブルムンドが協力を申し出てきた。なにもファルムス王国にミュラー侯爵というブルムンド王の遠方にあたる人物がいるのだとか。上手く便宜を図って交渉してもうらしい。
なかなかこちらに得のある話ではあるが、ブルムンド王国がどういう思惑なのかエラルドが切り込んだ。
ブルムンド王国は大国とは言いがたく有益な取引だけを行い西方聖教会の出方を見ている方が国交を結ぶより得策であったはずだった。しかし、ブルムンド王はテンペスト信頼関係を結び共存共栄の関係を築く事に決めた。テンペストと敵対することで自国が滅ぶ可能性を考えた結果だった。
結果的に言えばその決断は正しかった。ルミナス教への信仰が薄いブルムンドは命運をかけるなら西方聖教会ではなくリムルを信じる方が余程いい。
「小狡いなエラルド。他国を試さずとも俺がリムルを信じているのだから、疑うまでもあるまいよ」
「そうは言うがなガゼル。魔物の国との国交となるとそう簡単には決めかねるよ」
「...で?決断は下せたのだろう?」
「私なりに結論は出ているがね。それを答える前にリムル殿自身にひとつ伺いたい」
なんともまどろっこしい男だ。
良く言えば慎重、悪く言えば優柔不断。
エレンにまで小言を言われなかなかにかっこ悪い。
「...それでなんだって?聞こうかエラルド」
演出なのかなんなのか、リムルが「魔王覇気」
を放つ。何度も言うが会議で覇気を放つのは如何なものか。
「...では魔王リムルよ。貴殿は魔王としてその力をどう扱うおつもりかな」
「なんだそんなことか。俺は俺が望むままに暮らしやすい世界を創りたい。出来るだけ皆が笑って暮らせる豊かな国を」
簡単なことではなくとも。夢物語であっても。
リムルは言う。力なき理想など戯言で、理想なき力は虚しいのだと。
なら、守りたいという意思すら必要とされない俺は、俺の力は随分と虚しいじゃないか。この力に理想が必要なら、俺は──────
「貴殿が覚醒できた理由が理解出来た気がします。失礼しました。私は魔導王朝サリオンよりの使者として貴国、ジュラ・テンペスト連邦国との国交樹立を希望致します」
「その話、是非とも受けたい。こちらからも善き関係を築きたいと思っていた」
少し休憩を挟んで第二ラウンドを始めようとした時だった。予期せぬ来訪者が現れたのは。
「話は聞かせて貰ったわ!この国は滅亡する!!」
来訪者...というより羽虫?
リムルの説明によるとラミリスという魔王らしい。確かラミリスというのはシズの教え子に上位精霊を宿らせる際に協力してくれた妖精の名だ。まさかこんなに威厳も感じられない容姿をしているとは...なんか騒がしいし。
今は会議中ということで、ラミリスという妖精はヴェルドラが相手をすることになった。
まぁ、リムルによって推理漫画の犯人のネタバレを受けたヴェルドラは燃え尽き、封印されていたはずの暴風竜が目の前にいることに脳の処理が追いつかなかったラミリスがキャパオーバーで気絶したせいでとても静かになったが。
そんな二人を見向きもせず会議は再開された。
まずは西方聖教会の牽制について。
テンペストは魔王クレイマンと事を構えることになるため、こちらから攻めることはしない。
もちろん向こうが攻めてくるなら対処はするが無理には敵対したくないのだ。
リムルは魔王クレイマンに勝つ気マンマンな様子。戦争にはテンペストとユーラザニアのみで当たる。他三国には戦争中に西方聖教会の追求が及ぶ可能性を想定しておいて貰うこととなった。
次に捕虜からわかった情報。
捕虜の中にいた大司教への尋問で黒幕が判明した。元凶はニコラウス・シュペルタス枢機卿、テンペストについて報告があった際に神敵として討伐する予定だと返信があったらしい。枢機卿からの親書を決定事項と説明し挙兵を後押しした、つまりは聖教会本部としての決定的な判断をファルムス王国は待たなかったというわけだ。
これならば西方聖教会と交渉次第で敵対せずに済むかもしれない。ヒナタは魔物を心の底から嫌っているようだが、きちんと理性的な面も持ち合わせているらしい。交渉はブルムンド王国が引き受けてくれることになり、
エドマリス王から聞き出した今回の件の動機は予想通りであった。国王に接触した商人が地獄蛾の繭で織られた反物を持ち込んだらしく、そこからテンペストに目をつけた国王が今後の流通の主流を奪われる事を恐れた、という事だ。
商人の正体は分からずじまいだった。
残りの捕虜、王宮魔術師のラーゼン。
シオンがラーメンと聞き間違えていたが、まぁそれはどうでもいい。そういえば前世でラーメンを食べたことが無かったなとも思ったがどうでもいいことだ。
そのラーゼンという魔法使いはファルムス王国の守護者にして叡智の魔人と呼ばれているらしい。叡智となるとメーティスとお揃いだな。
《......
はい撤回しますよ、そんな怒んないで欲しいね。
アルビスとゲルドの発言から言って元はジジイらしいし、異世界人の体に乗り換えたのだろう。
ラーゼンという魔法使いの強さから言って、捕虜三人を連れてファルムス王国に戻るのにヨウムだけでは心配が残る。そこで、ラーゼンを見張りファルムス王国攻略の要としてディアブロが任命された。
よくまぁ仲間になって数日しか経ってない悪魔に重要な任務を任せられるものだ。そういうところ、本当にリムルと分かり合えそうにない。
だいたい俺でも良くない?
ラーゼンってやつよりは絶対強いし、頭も回る方だと思うんだけど。文句を言ったってしょうがないけどさ。
これで大体の決め事が終わった。
俺はただ物言わず聞いていただけだが案外疲れた。
そろそろ会議をお開きにして欲しいが......その前にラミリスだ。テンペストが滅びるだとかなんだとか言っていた気がするが。
「ラミリス様。今がチャンスですよ。書物に夢中になっている場合ではございません。早くリムル様にあの事をお知らせしないと」
「ウルサイわね!アタシは今とても忙しいの!......この色男たちの中からヒロインが一体誰を選ぶのか、それを見極めるまでアタシは」
「おいラミリス、そのヒロインが誰とくっ付くのかばらされたくなかったらさっさと来た目的を言え」
「はい!」
とても元気でよいことだ。
ラミリスはヴェルドラに渡された漫画にすっかりお熱のようだったが、ヴェルドラのようにネタバレは受けず本題に入った。
魔王クレイマンが
テンペストは先手を取られたということ。
「...へぇ」
「ちょっと!? なに落ち着いてるのよ!?」
「いや、今までずーっと裏でコソコソされてて気に食わなかったんだ。ようやくわかりやすい敵意を向けてきてくれたな、魔王クレイマン」
あーあ、いい顔しちゃって。
これが仮にも平和主義を詠う国王なんだから悲しい話だ。