「おー貫禄あるなぁ......城って感じするわ」
突き出た崖の上に聳え立つ大きな城は、少し離れた空の上から見ても十分にその迫力を俺に伝えていた。
俺が前世で知っていたThe城って感じでなかなかかっこいい。テンペストにはホワイトハウスしかないから余計興奮する。
うん、やっぱかっこいい!......維持費大変そう。
傀儡国ジスターヴ、魔王クレイマンが支配する総人口一億にも登る大国。ほとんどは奴隷階級ではあるが、その奴隷階級に農業を行わせることでその膨大な人口を賄う分の食糧を確保しているそうだ。
魔王クレイマンはこの国で絶対的な恐怖と権力で持ち、徹底的な支配を行っている。
持ち合わせる財力は流石なもののようで、城の外観だけでもかなり豪華だ。
もしかしたら今日でその絶対王政が終わると思うと、この城からは微かな哀愁を感じざるおえない。
城を眺めるのもなかなか楽しいものだが...そろそろ俺もやることをやらなきゃいけない。
ゆっくりと城に近づいてバルコニーに降り立つ。敵もおらず、結界もないという魔王とは思えない悲しい警備ではあるが、窓には鍵がかかっていた。戸締りはできるらしい。
壊してしまってもいいが...のちのち財産物となることを考えると、それは避けるべきだろう。
ひんやりとした窓ガラスに触れる。
視界に入る自分の腕が服ごと黒く色を変え、質感を変えた。ボタボタと体から液体がこぼれ、すぐに腕丸々が液体として地面に落ちた。みるみる体も液体になる。
形を失った自分の体を窓の隙間にねじ込む。パッと見ただけでは分からない微かな隙間だが、一ミリでもそれ以下でも液体だから入れてしまう。部屋に入るとすぐに体を人間の形へと戻す。侵入可能である。
《城内に主様以外の生物の気配を確認できませんでした。》
そう...警備、流石にガバガバ過ぎない?
城の主が不在で、使用にもゼロなんて事が普通あるか?......罠かもしれない。
「アカ・マナフ...出てきて」
「繧難シ ?」
「何かあるかもしれない...第二形態で周囲の警戒をしておいて」
「繧上°縺」縺 !」
第一形態は普段生活している時のサイズ
第二形態は二メートルくらいの戦闘時のサイズ
第三形態はヴェルドラくらいのサイズ
ちなみに命名はメーティスだ。
やっぱこれ少しダサくない?
《かっこいいです。》
それはお前の主観だろ...
《仮に主様が命名した場合よりはかっこいいです。これはどれだけ演算を重ねようと覆りません。》
普段の心地いい低音が、今は地を這うような低さに変わり訴えかけてくる。もうそれでいいよ、言いたいことはわかった...俺のネーミングセンスがないって言いたいわけだろ。
《はい。》
とってもとっても大きなため息を一つして、城の散策を開始した。
リムルに言い渡された城の制圧という命は俺が何かする必要もなさそうだし、とりあえず探すべきは書類が保管してあるはずの場所。
クレイマンの性格が分からないからどう保管しているかは謎だが、金庫か棚か...厳重そうな場所をひとまずは探すか。
アカ・マナフが液体を城内に巡らせて、万能感知とメーティスを使って城の構造のマッピング化を行った。
そこからめぼしい場所を絞って部屋荒らしを行うこと数十分。
「はぁ...ここも違うか」
「縺斐a繧薙?...ヴゥ」
「んな落ち込むなって」
それっぽかった書類を棚に戻した俺の体に申し訳なさそうにアカ・マナフが頭を擦りつけてくる。今は俺よりも大きいから、いきなり寄りかかられてよろめきそうになるがなんとか耐えた。ペシャリと下がった耳が頭を撫でてやれば嬉しそうに尻尾を揺らす。全く、進化してから余計甘えたになったらしい。
しかしどうしたものか...目星をつけていた場所は全滅。重要そうな書類自体はあったが、父と繋がるものはない。
これは父とクレイマンに繋がりがあるのではなく、父がクレイマンを利用したと考えた方がいいかもしれない。
クレイマンの作戦とファルムス王国の軍事行動、この二つは偶然重なったものだ。
けれど、父がクレイマンを利用していた場合......クレイマンの動向をみてファルムス王国を裏で操作していた事になる。
突拍子もない話だと言うのに、前世での父の姿を見ていると一概に否定できない。
クレイマンの城の調査は無駄足だな...。
結局、父に近づくなら周辺調査をしても仕方がない。ファルムス王国に直接行くしかないか。
なら...ヴェルドラが行ったみたいに旅にでようかな。それならついでに他の国も見れそうだ。
それに、テンペストを離れてみれば...きっとまたテンペストの良さを思い出せる。また守りたいって思い直せる。離れてわかるって言うし。
濁点混じりの声をあげて伸びをする。
リムルは今頃クレイマンとドンパチやってる頃か、もう終わった頃か。
暗い部屋を出て、別に目星をつけていた部屋に向かう。仕事の後は、息抜き......
そう!ワインセラー!
魔王クレイマン、顔も性格も何も知らないがワインのセンスは抜群らしい。
基本的には赤ワインみたいだが、ラベルが古い年代物ばかりだし、中にはシリアルナンバーが入っている物まである。よし、全部貰っていこう。別に国庫を漁ってる訳では無いし問題ないだろう。
フカフカのソファーに体を預け、机に足を置く。古い故に脆いコルクを丁寧に外し、ワインをボトルのまま喉に流し込む。優雅さやらマナーやら色々なってないかもしれないが、別に誰も見てないしいいだろう。
ラッパ飲みを続けること、十数本。
程よく酔いも回ってきて、気分が良くなってきた頃だった。
静かな部屋に、風が吹き込んだ。
カーテンが風に煽られて、その隙間に人の影が見えた。
「こんばんは、神代誠也...少し僕と話をしようぜ?」
黒いフードを目深く被った少年。
微かに見える口元は、楽しげに笑っていた。