クレイマンが死に、
「なぁなぁリムル、ラルタはどうして今日来てくれなかったのだ? 」
「ん? ミリム、ラルタってのは誰のことだ?」
「ワタシのマブダチなのだ! ギィにも紹介してやりたいとこなのだが...」
「ラルタって緑髪の子よね? あの無口の綺麗な顔の子」
「ラミリスもラルタの事を知ってるのか?」
「知ってるってほどじゃないわ、チラ見程度よ」
「そのラルタって奴は強いのか?」
「戦った事がないから分からないのだ...でもテンペストでリムルの次に強い奴なのだ!」
「へぇ......」
ラルタの知らないところで、ラルタの名前が連呼されまくってる...。ミリムもわざわざこの場でその名前を出さなくたっていいじゃんか!
古参のギィとラミリスが反応したせいで、場の空気がラルタという存在への疑問で埋め尽くされてる。なんとか空気を切り替えないと......
「あー、ミリム...その、ラルタはクレイマンの城を制圧に行ったんだ。調べ物も兼ねてな」
「ほぉつまり今クレイマンの情報をもっとも持っている可能性があるという訳じゃな」
あっ、やっべ...ルミナスさん鋭いなぁ...どうしよ、完全に悪手だったな
「なら今この場に呼んでしまえばいい。いつまでも本人の知らぬ間で名前を連呼し続けるものでもないだろう」
「だから、今ラルタは仕事中なんだってば」
「リムルよ、さすがに終わっているのではないか? ラルタがそんなにひとつの調査をチンタラやるとは思えん」
ダグリュールのせいでラルタを呼ぶ流れができて、ヴェルドラがそれを後押しした。
まずいな、ここにラルタを呼ぶとして魔王だってバレないか?特にギィとかバレたら絶対に面倒臭いぞ...。
けどクレイマンの城を調査したという事実に他の魔王も食いついてしまっている。ここで頑固に断る方が怪しまれそうだな。
「わかったよ、別に呼んでも構わない。 でも俺は今どこにいるかわかんないぞ」
「クハハ! ならば我が呼ぼう!魂の回路をたどってラルタのいる場所に転移門を出せばいいだけだからな」
「その意気よ師匠! やっちゃって!」
ごめん、ラルタ...心の中でお前に誠心誠意の謝罪をするよ。頼むからバレないようにお前の方で気を使ってくれ!
魔王達が見守る中ヴェルドラは数秒うなり、気合いの入った掛け声とともに転移門を作り出した。サイズ感は
ゆっくりと扉が開かれる。
隙間から湯気が入り込み、光が溢れた。
............ん? 湯気?
白んだ湯気が消え、扉の先の光景が顕になった。
そこに居たのは、温泉からたった今出ようとしている“裸の”ラルタだった。ラルタの裸姿が、
「あー、やっべ...」
「...この、...この...変態集団共!!」
ラルタの怒号に押され、風をきって風呂桶が飛んでくる。その桶は綺麗にディーノの頭に直撃した。ドゴンッという桶と頭が奏でたとは思えない音が響きディーノが崩れ落ちる。今のは痛い...痛覚ないけど。
ディーノに同情していると、ラルタが俺の足元に桶をぶん投げてきた。床がひび割れてる...!
「いつまで開けてんだ! 閉めろ変態!!」
「はい!すみません!!」
五分後──────
カツカツと靴を鳴らす音が会場に響き渡る。ラルタからホカホカと上がるのは湯気か怒気か。
閉めさせた扉を蹴破って現れた軽装姿のラルタは明らかに不機嫌だった。
「...あーラルタさん? あの、ここ一様正式な場だからそのラフな格好はどうかなぁーって俺思ったりして...正装とか、敬意とか」
「人のプライベート空間に無闇矢鱈に入ってくる集団に示す敬意は、ない」
「あっははは......ごめんって」
いつもの数倍は声が低い。そして顔が...死んでる。久しぶりに見た最高潮に不機嫌なラルタだ。
「クアハハ! そんなに気にするものでもないぞ、ラルタよ。ストレスで禿げてしまうぞ」
「禿げないし、なんでお前はここにいるんだ? この馬鹿ドラゴン」
「そうなのだ! ワタシとの久しぶりの再会なのだからそんなにイライラするな」
「さすが男しかいない部屋にほとんど裸で乱入してきた奴が言うと格が違うな」
「格が、違う...! ウワハハ! そうなのだ、ワタシは格の違う魔王だからな!」
「はぁ............何? 俺がおかしいの? 絶対お前魂の回路辿ったんだろ、次は出来ないようにしとくからな」
不機嫌を通り越して無になったラルタと、楽しそうに笑うヴェルドラ達。これが、カオス。
さすがに哀れだな......いや、俺も少し悪かったけども。
「あーラルタ、お前を呼んだ経緯を説明する前に
ヴェルドラの横に座ったラルタは静かに俺の説明を聞いていた。
説明の間に他の魔王の紹介も含んだため、ラルタも二言程魔王と言葉を交わしていた。
「つまり俺を呼んだ理由はクレイマン、カザリームの情報をクレイマンの城で見かけなかったか?って事ね」
「ああ、そういうことだ」
「わざわざ魔王達の宴に呼ばなきゃいけないほどの内容か? リムルが俺に帰ってきてから聞いて他の魔王に情報共有すりゃいいだけじゃんか」
「まぁまぁそういうなって、で、なんか情報を待ってたりしないか?」
俺の質問にラルタが唸り声をあげる。
まぁ急に聞かれても困るよな...元々クレイマンについて調べるために城に行ったわけじゃないし、カザリームって名前も初耳だし。
「ラプラスって名前、覚えてる? 中庸道化連の」
「ああ覚えてるに決まってる、俺の配下が世話になった連中だからなぁ」
「そう、カリオンの配下がお世話になった組織...そこと交流を行った痕跡があった。ただ、連絡を取ってるってだけだからどういう関係かは分からない」
中庸道化連...久しぶりに聞いた名前だ。
ラプラスってのは確かジュラの大森林に現れたピエロの名前だ。
それと交流を行ってたといことは、クレイマンも中庸道化連の一員か協力関係にあるかだな。
「カザリームに関してはほんとに分からない。でも、地下に遺跡があった。だいぶ古いものだからカザリームが魔王として台頭してた頃には既にあったものだと思う。調べたら何かわかるかも」
「遺跡の調査か...まぁミリムの領土だし、そっちに任せるしかないな。ありがとうラルタ」
「どーいたしまして」
ラルタの話した情報にはルミナスも満足したらしく、ミリムもラルタに構ってもらってご満悦。
周囲を見回したギィが魔王達の宴の終わりを告げる。
やっと肩の力を抜けそうだ。
「こちら黒毛虎の煮込みシチューでございます」
俺の目の前に置かれたシチュー。
匂いよし、見た目よし、使ってる食材よし。
では味はどうだろうか...?
肉を切り分け、口に運ぶ。
舌の上でほどけた肉がソースとよく絡まって、もう少し味わっていたいと願うその最中に儚く消えてしまう。
次の一口を渇望させるその演出まで込みでこれは文句なく──────旨い!!
智慧之王先生!
《了。レシピを解析します。》
その後、ギィ主催の食事会が開かれたわけだが、未知の食事マナーがあるのかと少々緊張したものの...どうやら作法などは気にしなくていいらしい。俺の横に座ったミリムなんてほぼ掻き込んでると言っても間違ってないほどだ。
「なぁなぁ、ラルタは食べないのか?」
「俺はいいよ。お腹すいてない」
「でも美味しいぞ?」
「良かったじゃん、沢山お食べ」
俺の椅子の背に寄りかかっていたラルタにミリムが話しかける。
ギィがいきなり呼び出した詫びとして同席を誘ったがラルタはそれを断った。もしかしたら、先にテンペストに帰って食事を済ませたのかもしれない。勿体ないなぁ、こんなに美味しいのに。
「しょーがないから一口分けてやるのだ!」
シチューの肉を切り分けて、ミリムがラルタに差し出す。いわゆる“あーん”と言うやつである。
ラルタは少し渋ったがミリムの屈託のない笑みに負けて“あーん”を受け入れる。
「うん、旨い旨い。結構甘いね」
「甘くはないのだ、適当言うのはよすのだ!」
「ははっ、冗談冗談。美味しいよ...ありがとうミリム。あとは自分の腹に入れな」
なんとも微笑ましい光景だ。
顔のいいヤツらの“あーん”はキツさが感じられない。
ワタシのことを心配してたか?、 してたよ
どれくらい? 、 すっごく
そんなほのぼのとした会話を繰り広げるラルタと繰り広げるミリムがふと酒を手に取った。
「あ!おいミリムそれ酒だぞ!俺が持ってきたやつ...」
「わははは いいではないか。頑張ったご褒美なのだ!」
「頑張った?」
「無表情を保つためにこっそり生ピーマンをかじったりな!」
そんなことしてたのか。野菜嫌いのミリムにしてはめちゃくちゃ頑張ってる...。
「操られたフリはもっと早く止めても良かったじゃないか? 結局クレイマンは黒幕のこと喋らなかっただろ?」
「うむ! だが、せっかくリムルと戦えるチャンスだったのでな!」
「おい!?」
ミリムが両手で持っていた酒を取り上げる。
二十歳なんてとっくに超えていようが子供舌のミリムにはまだ早い。暴れられても困るし。
あとは俺を騙した罰だ。
「本当に旨い蒸留酒だな。原料はユーラザニアのブドウか?」
ギィがグラスを傾けながら俺に問いかける。
くそ...イケメンめ、様になってやがる。
「よくわかるな。果実の輸入で最近やっと安定して造れるようになったんだよ」
「ではもう一本頂こう!」
「ヴェルドラ、お前は遠慮を覚えろ。帰ってから飲めばいいだろ?」
「チェッ」
チェッじゃねーんだよおっさん。
しかしまぁ、酒はみんなに好評でこちらとしても嬉しい限りだ。ディーノは苦手みたいだが。
ヴェルドラの横に座っているダグリュールも美味しそうにグラスを傾けている。
「勿体ないのぉバレンタインめ。あやつは絶対に気に入るだろうに」
そういえば、バレンタインもっと帰ったんだよな。西方聖教会やルミナス教と関係があるのか聞けなかったな...まぁいいか。
クレイマンは倒したし、魔王の座にもついた。
《告。分析が完了しました。コース料理の再現が可能となりました。》
世界最高峰のレシピも手に入れたことだし、
ルミナス・バレンタインとはいずれ話す機会もあるだろう
「さて、そろそろ帰るか。ラルター行くぞ?」
「今行くよ。お前、よくもミリムに絡まれてる俺をニヤニヤ見てくれたな」
「微笑ましかったよ、安心しろ」
「何を安心するんだよ...」
▽
───ファルムス王国
カミシロファミリア設立者セイジ・カミシロの邸宅。
三十前半程の見た目の男が、深夜に突然来た連絡に応答していた。
『さすが貴方が育てた子供。勝手に僕と連絡できるように回路を繋げて一言、「クレイマンの城でクレイマンとラプラスとの間に交流が確認出来る痕跡があったって言ったからそれっぽく偽造しといて」って言い放ってきたんですよ。本当に人使いが荒い親子ですね』
「そんな事のために連絡してきたのか」
『そんなことって...』
「誠也と関係が築けたのならそれでいい。あの子はお前の野望に気づき、協力すると言ったんだろう?」
『まぁそうですけど』
「だったら君は思うがままに動けばいい」
『はいはい...そういえば近々貴方に会いに行くって言ってましたよ』
「そうか───」
連絡を切り、机の上に置いてあった写真を手に取る。
名もない子供に誠也という名を与え、養子に迎え入れた日の写真。自分と誠也が写っている。
全ては思い通りに動いている。
人を信じられないように、愛せないように育てた。けれども誰かに必要とされたいという意思を植え付けた。
哀れな、転生できるほど「生きたい」と願う子供。
あのスライムとドラゴンと最初に出会ったのは誤算だったが、結果はいい方に転んでいる。
想定よりも上手く壊れ、自分に執着している。
恐怖と憎悪、それらに埋もれて見え隠れする忠誠心に誠也は気づいていない。
気づかないままで構わない。自分の思い通りに動き──────死んでいってくれればいい。
ヴェルダナーヴァ。
もうすぐだ、あの竜が築き上げたこの世界が新しく生まれ変わるのは。
誠也、お前はこの世界を壊すのだ。
私が新しい世界の創造主となるための土台を築くのだ。
ほのぼの...してるのかコレ?