──────ファルムス王国・宮殿廊下
魔物の国への軍事侵攻がファルムス王国の敗北という形で幕を閉じ、エドマリスが今後のファルムスの方針を決める会議を開いた。
その会議はとっくに開かれたと言うのに、のんびりと廊下を歩く貴族が一人、神代誠司である。
普通であれば国王が開会する会議に遅刻するなど万死に値するような愚行だが、生憎と神代誠司の立場はエドマリスですら苦言を申す事の出来ないところにあった。
カミシロファミリア、ファルムスの軍事力の殆どは神代誠司が開いているギルドによるものであり、ファルムス王国の政治や人材育成も神代誠司が主に仕切り国を良くして行った。その儀礼をファルムスは忘れてはいけない。忘れることは出来ない。ましてや、軍事侵攻に“渋々”同意し、国の首相を捕獲するために一万もの冒険者を貸してやったのにも関わらず失敗に終わったのだ。頭を下げるべきは国王なのである。
一万もの死人が自分のギルドから出たことは大変な痛手であった。親族への挨拶や書類の制作、ギルドの今後などやらねばいけない業務は神代誠司の机を紙の束で覆った。
しかし機嫌が悪いかと聞かれればそれは否であった。その理由はもちろん自分が手塩をかけて育てた我が子が上手く動いていることや、憎い世界が破滅への道に進んでいるからでもある。
だがそれだけでは無い。それは神代誠司にとって思い描いた当たり前なのだから、このスキップをしてしまいたい程までの上機嫌を説明するには足りない。
では何がそうさせるのか? 答えは先日の素晴らしい茶番劇だ。
黒い悪魔─きっと原始の
嘘に嘘を上乗せし、悲鳴という歓声の中で繰り広げられた茶番劇はエドワルド王の醜い姿に後押しされ、大変素晴らしい物であった。あちらの世界で言うならば、“全米が笑った”と言ったところか。
煌びやかな階段をゆっくりと上がるその手には一枚の紙が握られていた。この紙が今回神代誠司が優雅に遅刻をしている理由である。
『最重要緊急伝達書』内容はなんともつまらないものだが、十大魔王から八星魔王へと名が変わりその一柱にファルムス王国が喧嘩を打ったスライムがいるというだけである。
───“新星”リムル=テンペスト。
これによりファルムス王国が辿る未来は決まった。賠償金を受け入れエドマリス王は退位するしかない。次を引き継ぐのは弟のエドワルドになるだろう。あの弟は王の座をカメレオンのように気持ち悪く執念に求めていた。それなりに歳は食っているがエドマリスが任命するならエドワルドしかいない。
あぁ、だがエドワルドは神代誠司を酷く敵対視している。正式に就任した日には小癪な手で己を潰してくるだろう。だが残念ながら老いぼれたカメレオンの餌になってやる気はない。
あれはどうせスライムが思い描いた破滅に向かい、巫山戯た英雄がこの国を支配するだろう。
ファルムスに思い入れはないが、少し弄ってしまおうか。ファルムスが消え去るならば、本当の意味で消してしまおう。あのスライムの物にしてやる気はない。
辿り着いた会議室の扉の前で、これから始める計画を想像して上がっていた口角を撫で付ける。いったて真顔でその扉を開けた。
「エドマリス王、報告だ」
「セイジ・カミシロ! 貴様どういうつもりでノコノコと入ってきた!!」
「五月蝿いぞ。貴様こそ何様だ? 少し黙っていろ。君のように膨張した尻尾を無闇矢鱈に振りまきひしゃげた喉を酷使するしか脳がないものは不愉快だ」
「貴様ァ!」
顔を真っ赤にして吠えるぽっと出の貴族を一掃し、席に着く。静かに報告書が読み上げられるのを待つ国王はなんとも小さいことか。
はっきり言えば、報告書への反応は想像通りのもので何ともつまらなかった。
▽
「うっわ......リン酸カルシウムとタンパク質の塊がウットリしてるのはちょっとキショいかも」
「こら!小声でも聞こえたら不味いだろうが」
「いや...だってねぇ。皮膚と肉は欲しいかなって」
ディアブロがリムルに俺の想定通りの報告を行った翌朝、クレイマン城からシュナとソウエイが帰ってきた......骨の集団を連れて。
シュナはクレイマンの城の調査をハクロウに押付けて来たらしいから一応俺が調べた分の情報を送っておいた。姫に振り回される爺さんも大変なものだ。
まぁはっきりいってハクロウのことはいい。問題はこの白骨死体さながらの群れだ。
空間移動にへばりついて来たらしい元
太陽で浄化されそうな配下を見かねてアダルマン達は洞窟の方に引きずられていった。
なんともまぁ気持ち悪い集団だ。鳥肌が凄い......。
名前から色々調べてみた所、元は神聖法皇国ルベリオスの枢機卿をしていたらしい。言ってしまえば、唯一神ルミナスを信仰していたということだ。それがどうしたことか、今ではリムルを神と呼び信仰しているときた。
これだから宗教だとか信徒だとかは不愉快だ。軽々と信仰を捨て乗り移る。見たこともないリムルを簡単に己の上に立てて早々と思考を放棄した。単純で滑稽...骨の見た目も含め、心底嫌いだ。太陽にでも焼かれて本当に死ねばいいのに。まぁ、信仰だとが言い出したらこのテンペストという国も似たり寄ったりか。リムルという王に忠義を捧げて自分を捨てた連中の集まりだ。
小さくなっていく骨の集団に下瞼を引っ張り舌を突き出した。所謂あっかんべーと言うやつである。
その日の夜にはベニマルも帰ってきた。
疲れているだろうにそれすらも感じさせずにベニマルは報告を始めた。
内容は三獣士達がこっちに来るというものだった。ミリムが首都ごとふっ飛ばしたからなぁ...家のない市民はこちらが受け入れなきゃ飢え死ぬだろうし、最善か。身を寄せられる村がある者を除き寝食に困っている者と技術の習得を希望する者達がこちらに来る。もう捕虜の殆どは大まかな編成をしてゲルドに預けてあるらしい。ゲルドは獣王国の再建の責任者だし、張り切ってるんだろうなあ。ベニマルが説明という名の脅迫もしたらしく暴動なんかが起きる心配もないという。なんと晴れやかな笑顔だろう。
「いやぁー頼もしい奴だ。これなら“君臨すれども統治せず”が実現する日も近いな」
「やめとけやめとけ、お前その言葉の由来知ってんの?」
「いやよく知らないが、国王はいるだけって意味だろ?」
「そーだけど...はぁ、1714年に即位したイギリス国王は?」
「急になんだよ、知らない」
「ジョージ1世、ドイツ出身で英語が話せないから政務を大臣に丸投げしたんだよ。だからそんな言葉が生まれた。だから本当の意味は“立ってるしか脳のない王様”だ。それなら“朕は国家なり”とフランスの真ん中で叫んでたヤツの方がまだ立派だ」
「流石、前世は現役高校生...知識の鮮度が違うわ......でも、それならテンペストではこの言葉の意味を変えなきゃな。それまでは俺も頑張るよ」
「意味を変える?」
「あぁ、俺を最後の砦として安心して政務を行えるような王になるよ」
「わーかっこいい」
「茶化すな!」
▽
───数日後
和睦協定を締結させたディアブロが報告に来た。
証書とともにディアブロは重厚感溢れる箱を机の上に置いた。中身は賠償金として支払われた星金貨千五百枚。すげぇ...絶景だ。
流石大国ファルムス、大半はエドマリスの私的財産から捻出したものであっても一月一枚しか生成されない物をよくここまで溜め込んだものだ。世界に出回っている総数は一万あるかないか、一割以上がファルムスにあるというわけだ。
「予定通り戦争になりそうか?」
「はい間違いなく。請求額に足りない分を借款として貸し付けましたので、新王エドワルドはこれに我慢出来ないでしょうから」
「先王のエドマリスはどうなったんだ?」
「あの者は王位を返上の上、地方の小領地に移り住むことになりました。新王は先王に全責任を押し付けようと動くはずですのでそこをヨウム殿に阻止させます。新王の不誠実さを糾弾することで乱が起きるでしょう」
The・デーモン、人心を操るのはお手の物だな。俺の配下怖ぇ、今キラって黒い星見えたもん。民衆に被害が出ないようにと釘を指し、外的要因へ目を配るように伝えれば、ディアブロは一つ気になる事を零した。
「西方聖教会がレイヒムに出頭を命じたそうです。魔国とファルムスの戦争状況を詳しく知りたがっているとか...如何致しますか?」
「うーん...あそこはヴェルドラを特に敵対視してるんだよな」
筋書きを話させたら作り話だと気づかれるかもしれない。
「教会側の出方を見るためにも応じるべきかと思います」
「だよな...」
西方聖教会、魔物を認めないという教義は厄介だ。別に千年以上続く教義を否定する気はないがこちらにそれを強いられても困る。仲良しとまではいかなくとも、適度なお付き合いってもんがあると思うんだよね......。
「よし、レイヒムにメッセージを持たせよう。シオン、クレイマンから押収した水晶球を持ってきてくれ」
「はい!」
人が増えたことで町の熱気は増していた。
ガビル達も戻りアダルマンとは上手くやれているようだし、ゲルドの悩み相談も受けた...少しはゲルドも気が休まったといいんだけど。
クレイマンの城に残っていたハクロウを迎えに行けばラルタが言っていた遺跡の確認を済ませてくれていた。正式な調査は後に回すことにはなったが、ハクロウの話によれば長命のエルフがその遺跡を守っているのだという、少年心が疼いちまってるぜ...!
「───というわけで、ようやく皆揃ったな。えーと皆さん、既にご周知の方もおられるでしょうが...この度、私は魔王に就任いたしました!」
拍手や歓声が会議室を包んでいる。
今更感はあるが、嬉しいもんだな...ここまで喜ばれると。
「そんなわけで俺の支配地域がジュラの大森林全域に決まったから」
「えっ!?」
ん、あれ? ザワザワしてる...なんか皆焦ってるし冷や汗かいてない? なんかまずかった?
「全域となると川の向こう側もですね?」
「おっおう...多分」
なんだ、なんだ? ザワザワが大きくなってる。
今までだって盟主やってたんだから何も変わらないだろ───
......そう思ってた時期が私にもありましたよ、えぇ。
「えっ挨拶に来る?
新たに森に入ってくる者だけじゃなくて既に住んでる者まで来るのか?」
「もちろんです。リムル様が正式な魔王になられた今、挨拶に来ないものは叛意ありと受け取られてしまうでしょうから」
「リムル様が盟主として認識されていたのは
挨拶に来るならよし。逆らうなら......まぁやりようは色々あります」
流石オーガの里の若と姫...しっかりしてる。
でもなんか申し訳なくなってきたぞ、挨拶に来ないくらいじゃ怒らないけどね俺は。それに引切り無しに客人が来るのってちょっと面倒くさ......は!?閃いちゃったよ!
「思ったんだけどさ...どうせならまとめて来てもらった方がいいんじゃないか?」
「と、言いますと?」
「最近ずっと緊張の毎日だったし、たまには息抜きしたいだろ?だからさ...皆でお祭りしようぜ!って話だよ。ミリムのお願いもあるし新たな住民獲得も狙いたい。どうせ俺のお披露目を兼ねてるんだからさここは一つ盛大にやろうじゃないの!」
皆の顔がぱぁっと華やかに色付いている。
食いつきは...上々!!
「はい!!」
一気に会議室のテンションは上がり、あれよあれよという間に意見が出揃い、気がつけば各国の首脳にまで招待状を出すという流れが出来上がっていた。
予算は...そんなの気にしてる場合じゃない。
元は祭り好きの日本人だ。ここはちょっと本気を出そうじゃないか。
俺の後ろから計画書を眺めていたヴェルドラもテンション高く色々な案を出してくれている。
よしよしいい感じ......あとはどうしようかな
「ラルタよ! お前は何か案があるか?」
ヴェルドラが後ろの窓辺で座っているラルタに声をかける。やっべ、すっかり忘れてた。ラルタって会議で席にもつかないし何も言わないからこういう決め事の時意識から抜けるんだよなぁ......まぁ何言わないアイツもアイツなんだけどさ! 忘れてた俺も悪いよわかってる、ごめんって!
ヴェルドラと同じようにラルタのいる方に振り向くと窓辺に少し前より大きくなったハイエナが丸まっていた。寝てるよね?
うん、寝てるね。体上下に動いてるし......これは俺が会議の場でラルタを忘れるのも仕方ないだろ。実際ゴブタあたりも小声でいたんっすねって言ってるし。慣れって怖いわ。
「ラルター!起きろー!」
うん、すっごい穏やかに寝てる。
仕方がないから柔らかい毛で覆われた体を揺すってやればうっすらと目を開いた。起きたかな? 虚ろだった瞳が俺を移した瞬間、触れていた手に思いっきり噛み付こうとしてきた。
......あっぶね! えーそんなにお眠だったの?
なら無理に会議に参加しなくても良かったのに、後で伝達くらい別に問題ないわけだし。
「おはようラルタ」
「............おはよ」
「今さ、俺のお披露目を兼ねたでっかい祭りを開催しようと思ってるんだ。お前なんか意見ある?」
動物味のある声をあげて体を震わせたラルタが人型になって報告書を覗き込む。大口開けて欠伸してるあたり、相当な爆睡をかましていたらしい。子供じゃないんだから会議中は寝ないでもらいたい。
「んー、ないね。俺この期間テンペストにいないし」
「そっかないなら............え?」
「ラルタ様?テンペストに居ないというのは?どういう......」
「そのまんまだけど」
「クハハ! なんだラルタ!やっと自分探しの旅に出る気になったのか!」
「自分探しの旅じゃないけどね......はぁ、教会とのいざこざが終わったら旅に出ようと思ってたんだ。言うのは後でいいと思ってたけど、そんなに驚くことかよ」
「そりゃ驚くだろ...いきなり言われたら。それに教会の件が片付いてからって旅立ち寸前じゃねーか。もっと事前に言ってくれないと許可が出せないかもしれないだろ」
「あ? なんで俺がリムルに許可とらなきゃいけないんだよ」
「なんで逆に許可取らない気でいたんだよ! いきなりテンペストNo.2が旅に出ていいわけないだろ」
「俺はもう辞任してるんだけど......はいはい、申し訳ございませんでした! リムル様、俺に旅立ちの許可をくださいませんか?」
「まぁ、許可するけど......教会に対して動く時はちゃんと協力してくれよ」
「はいはい」
いつどう周りが動いてくるか分からない状態で許可は本当は出したくないけど......流石に出さない訳にもいかない。ただでさえ俺が外に外遊に行ってる間ラルタは国に残って仕事をしてくれてたんだ。それにラルタがこの世界でテンペストの外に出たのは攫われた時とクレイマンの城の調査の時の二回だけ、今回の旅に許可を出さないほど俺は非道じゃない。
ラルタは自分が参加しない祭りに興味を失ったのかハイエナの姿に戻ってまた寝始めた。もう好きに寝なさいな、寝る子は育つ。
そのあともどんどんと祭りの案が集まっていき自重なんて言葉は何処かへ吹っ飛んで行った。
さて、お祭りのことで頭がいっぱいだが楽しむためには仕事をきっちり終わらせないといけない。
まずはファルムス攻略の進捗だ───
「ディアブロ、計画は順調か?」
「はいリムル様。予定通り新王エドワルドが兵力を集め始めました。内乱が起こるのも時間の問題でしょう」
展開が俺の想像よりもだいぶ早いな...
「───ですが...まだ報告できる段階ではないので黙っておりましたが、レイヒムが戻らないのです」
「確か俺のメッセージを持たせたんだよな。もしかして届いてないのか?」
「いえ手の者に護送させましたので、西方聖教会の本拠地に到着したのは確実です」
「まさか死ん───」
「それはありません。「
西方聖教会か...正直情報不足なんだよね。
「実際敵に回るかな?」
「難しい問題ですね。積極的に介入してくるようなら、ここで雌雄を決しておきたいところにですが」
「リムル様が魔王となりヴェルドラ様もいる今、向こうから仕掛けてくることは考えにくい」
ベニマルもソウエイも難しそうな顔だ。やっぱり西方聖教会の情報が少なすぎるのは痛手だな...こちらから妥当な考えを上げられない。
俺が頭を抱えて唸っているとシュナが言った。
「...リムル様が聖人ヒナタと戦っている最中にわたくし達は襲撃を受け、ラルタ様が攫われました。やはり偶然とは考えられません。絵を描いた者がいると思います。そしてそれを裏付けるようにクレイマンが黒幕の存在をほのめかしました」
「“あの方”ってヤツだな」
「断じて見逃すことの出来ない敵です。今回も介入してくる可能性は十分あるのではないでしょうか」
確かにな...シュナの言い分はよくわかる。
そいつはファルムスを焚きつけ、俺にヒナタをけしかけ、ある貴族にラルタを攫わせ、クレイマンを操り───
?......なんだろうこのモヤモヤは。
しっくり来ないというか、いまいち目的が見えてこない。結局何が目的なんだ、黒幕ってヤツは。
《告。ファルムス、ヒナタ、クレイマン、名称不明の貴族 四者の行動の背景を一つの意思に統一するのは不自然です。》
なるほどね、俺が勘違いしてたわけか。
黒幕はひとりじゃない。
だったらヒナタを俺に差し向けたのも...ユウキだとは限らない。
そもそも西方聖教会事実上トップのヒナタを動かせる人間って限られてるんじゃないか?
でも教義を盾に動かざる得ない状況を作って利用するってことも...
───ヒナタは利用されたのか?
もしそうならヒナタ自身は今どう考えてるんだろう。まだ俺を、シズさんの仇と思ってるんだろうか......
はい、そうです。
ファルムス王国の向かう末路は原作と大きく変わります。でもそこまで重要かと言われるとそうでも無いので矛盾なんかを見つけても目を瞑ってください。
リムルはラルタに自分をさらった貴族は自分で調べると言われて一任しちゃったので、取り返しがつかなくなるまで気づけないでしょうね。
◆この小説に実際の宗教を否定する意図はありません