「おー...並ぶと壮観だね」
開けた畳の部屋に並べたられた膳と和座椅子。
きっちりと一定間隔で並んだそれらからは出来たてほやほやの宴会場の助けもあって人にあっと言わせるには十分すぎるものだ。
いざと言う時の避難所も兼ねた場所だから、うちのヤツらと聖騎士がわちゃわちゃしても問題は無いだろう。
会議の後、何とか皆のメンタルケアをして風呂にぶち込んだ。
俺は元々手を引くことも考えていた身だから、今回の失敗の件は少し心にモヤをかけるだけで済んだ...けれど他はそうもいかなかった。
特にシオンとディアブロは凄く、今すぐセイジ・カミシロを殺りに行くと言い出した時は本当に焦ったものだ。
一応、今後のファルムス王国との関係次第では当初計画していた利益よりもいいものを望めるからと、そのために和睦協定の改定会議は全力で取り組むからと言って落ち着いてもらった。
せっかくヒナタ達との和解の宴なんだ。
心にモヤがかかったままなんてもったいない。
こういう時は俺が率先して気にしてないということを行動で示さねばならないな。
「広っ」
「ここも素足で歩いていいのか?」
おっガヤガヤしてきたかと思えば聖騎士達だ。
温泉は十分に楽しんでもらえたかな?
浴衣に甚平...中々様になっているじゃないか。
何よりも、そう! ヒナタ!
ルミナスによってきっちりと着ていた浴衣を緩められたその姿!
隙間からは谷間がちらりと見え、染められた頬はどこか官能的。濡れ羽色のその髪から見える首筋は風呂上がりの効果もあって艶かしい。
ナイスだルミナス!
そんなどこか変態─いやこれは不可抗力だろ─な事を考えていれば聖騎士も各々が席に着いた。お膳を見ながらなんだこれ?って顔してるけども、その疑問の顔が感嘆の顔に変わるのもすぐだ。
「さてと、それじゃあ皆も揃ったことだし適当に乾杯するか」
「リムルその前にちょっといいかしら」
「ん?」
「貴方には多大な迷惑をかけたわ。歓待はとてもありがたいのだけど、当たり前のようにこれを受け入れる訳にはいかない」
席から立ち上がったヒナタがそんな事を言いながら俺の前まで歩いてきた。
そして...膝を着いて手を揃え深々と頭を下げた。
「心より謝罪します。前回にしろ今回にしろ、私の独断で行ったこと。ルミナス様の指示ではなく、ましてや部下たちに責はない。私の身一つで許して貰えると思ってはいないけれど──────」
待て待て待て、わかってるよ。真面目な話。
でもさ、その...浴衣の隙間からそれは美しい谷間のラインが...!
「ああ! ちょっストップ!!」
「リムル様...どこを見ているのですか?」
いやシュナさん別に俺はヒナタの双丘とか全然見てませんよ? 見えてませんもん。
「ヒナタ、誤解が解けたならそれでいい。どうせなら...ふっ、魔物だからと偏見を持つのを止めてもらいたいな」
まぁこんなこと言うけど。実際それは難しいだろうな。魔物というだけで人間からしてみたら脅威の対象だ。
全てが違うなんてことはなくても、明確に何かが...人間と魔物では違う。
俺はその線を超えてしまったけれど、ヒナタ達がその線を超えるなんてそんなの無理な話。
俺たちにできるのはその線を理解した上で、その線を隔てて手を取り合うことだけ。
「簡単には信じられないのもわかるよ。人に害を与える魔物がいるのも事実だしな。実際うちには人間に最も危害を与える
「引っぱたくぞ!」
「縁側の向こうから怒鳴ってんじゃねーぞ、ラルタ! 今真面目な話してんの!
ゴホンッ、とにかくさ。俺には想像できないほど人間は魔物に脅かされてずっと恐怖がそこにあるんだろうなって俺は思うんだ。俺だって、もしヒナタ達の立場にいたら怖いさ。そんな風に小さくなるしか出来なかった人間達をお前たちが守ってたんだ。人類の守り手...そんなお前たちが魔物の言葉に簡単に頷くわけにも行かないだろうさ」
「...そうね、危うい取引になる。言葉というのは危険だわ。言質を取られ魂を束縛される恐れもあるのよ」
随分と真剣な顔だ。
きっとそうやって破滅に向かっていった者たちを多く見てきたんだろうな。
俺はこうやって笑ってるけど、きっとヒナタは色んな重責の中歩み寄ってくれてるんだろう。
今俺は、ヒナタに酷なことをしてるんだ。
「でも...わかったわ。直ぐに考えを改めることは難しいけれど、魔物というだけで断罪するのは禁止します。宜しいですか? ルミナス様」
「そのような些細なことどうでも構わぬ。民が妾への信仰に疑いを持たなければな。
そんなことより、それリムルよ。さっさと始めぬか、妾は早く飲みたい」
軽っ!...てかもしかしてこの人、面倒事は全部部下に押し付けているのでは────
「そうだぞリムルよ!」
「こらヴェルドラ 俺の頭に肘を乗せるな!」
「細かいことは気にするな。せっかくの天麩羅が冷めてしまうではないか」
「わかったよ。ったくしょーがねーな。
じゃあ堅苦しい話は一旦おいといて、互いの健闘を称えあって──────」
「乾杯!!」
「かんぱーい!」
「か...乾杯...」
そうそうやっぱり宴は冷えたビールとこのグラスがぶつかり合う音がなきゃね。
聖騎士達も目の前に並べられた料理に手を出し始めている。どれも美味しいだろう? そうだろう! 特に天麩羅は外国人観光客にも比較的好まれる料理だし。どうやらほとんどの聖騎士たちにも気に入って貰えたようだ。
ヒナタなんて懐かしさに泣いちゃうんじゃない? ルベリオスで天麩羅なんて食えないだろ?
「貴方ね、これはやり過ぎじゃないの?」
なんとビックリ。心外なことに喜ぶと思ったらまさかの文句だ。
「何がだよ!」
「ここは大森林のど真ん中なのよ? 天麩羅までは頑張って納得したとしても...新鮮な海の幸はおかしいでしょう!?」
まぁ、ごもっとも?
「だって食べたかったし」
「なんですって?」
「ユーラザニアが海に面してるからそこからチョチョイと。流石に冷凍保存で運ぶ流通網はまだ構築されてないからさ。スキルに頼っているんだけどね」
「───そう、スキルなら魔素による変質を防ぐ運搬が可能なのね。そしてこの国にはそのスキルを持つ者が多数いると...それを当然のごとく自分のために利用しているわけね」
「なんでキレ気味なんだよ!」
全く、なんで俺が怒られてるんだ?
いいじゃんね! 刺身美味いし。ヒナタだって美味いと思ってんだろ。ほらちょっと後ろを振り返ってみろ。ヒナタの部下が刺身の美味さに感動してるじゃないか!
おっ? ヒナタとわちゃわちゃしてれば聖騎士の中に勇気を振り絞った者がいるじゃないか。
レナードが不安そうな顔でシオンに話しかけている。ちょっと気まずそう?
「私は七曜の言葉を疑いもせずに軍を率いてこの国へ侵攻してしまった。己の軽挙妄動を恥じるばかりです。心からの謝罪と、気づかせてくれた貴女に感謝を」
「私はリムル様の命に従ったまでです」
「まぁそう言わずにさ、シオン」
「リムル様!」
ここは一つ、上司が人肌脱いでやりましょうかね...気まずい空気は打ち消さねば。
「シオン...お前は人間をよく思ってないだろ? ファルムスの侵攻でお前が受けた仕打ちを思えば当然だ。だけど、人間の全てが魔物の敵って訳じゃないんだよ。悪い奴もいれば、良い奴もいる。魔物と一緒でそれだけの話なんだ。
それに人間は間違いを正せる生き物だ。俺たちだってそうだろ?
大事なのは魂の在りようなんじゃないかな」
「........................──────わかりました。
良き者や悪しきもの。私もリムル様のように魂を見て判断することに致します!」
良い笑顔だ。もしかしたらシオンはたった今、何か大きな業を克服したのかもしれない。
「──────感謝を」
「あなたがたにも謝罪を。今後は魔物だからと敵対視しないと、約束するわ」
「すまなかった」
「すいませんっした!」
「申し訳ない」
「ごめんなさい」
謝罪は様々でも、心からの言葉だということはよく分かる。
「頭を上げてくだされ。我らも昔は人間を敵だと思っておりました。せっかく腹を割って話せる機会なのです。人間と魔物の関係はここから築いていこうじゃありませんか」
リグルド...立派になって。スライム泣いちゃう
「俺としては貴女が敵に回らなきゃ十分だ。リムル様との戦いを見ていたが、今の俺でも勝てそうにないからな」
あくまでも戦闘に念頭を置く、さすが侍大将だね。
ようやく両者の間にあった緊張もほぐれてきた。
この日魔物と人間との間にあった壁がゆっくりと溶けていく様を見たように思う。
きっと当の彼らもそう感じていただろう。 心地よい空気を感じながら、夜は更けていく。
線を消せずとも、お互いを見なければ。
▽
夜風が木々を揺らす音すら聞こえてくるほど、森が寝静まった時間。
まだまだ終わらないと言いたげに騒がしい部屋を抜けて縁側を一人歩いていた。
ルミナス様から毒耐性を下げて酒に酔える方法を教えてもらったのか、どこかふわふわしているリムルに御手洗に行くと伝え、それとは逆の方向に足を向けた。
宴が始まってすぐ、目に止まったものがあった。
それは人数分揃っていない膳であり、それは足りない料理であった。
リムルや暴風竜、もちろんルミナス様にもあった他より少し上質な膳がある者にはなかった。
まるで最初からその席はないというように、不自然に空いたスペースもなく当たり前のように一つ足りていなかった。
そう、縁側で一人酒を傾けていたラルタ=テンペストにはそういった物が何も用意されていなかった。
もちろん嫌がらせといった事を疑ってなどいない。この国の住民たちは皆優しく聡明であり、そんなことはしないだろうと、短い時間でも十分に理解していた。
だから彼が拒否したというのが理由なのだろう。
彼は縁側で一人、喧騒から隠れるように影になる場所にいた。私も含め多くの聖騎士が話しかけようとしたが、結果は不快そうに顔を顰めただけ。一言も発することなく無視を貫いていた。
そして深夜に入る前に、一定数が退室した時に同時に姿を消した。
その消した方向に今向かっている。
元々群れることの出来る死食鬼として彼には興味があった。会うことが出来たら語らってみたいと思うほどに。
でも今は彼に向ける興味はそれだけじゃない。
ラルタという存在はこの国いるには不自然に感じたのだ。
何がと言われると言語化出来ない違和感。けれども確かに感じてしまった。
──────この国に貴方は場違いだと。
その違和感はまるで美しい陶芸物に入った皹のようで、放っておいたら広がってそのまま陶芸物を壊してしまいそうだった。
私には彼がいつかこの国に被害をもたらすように感じてしまった。
胸がザワつく感覚を抑えて足を進める。
もちろんこんなことリムルにも誰にも言っていない。仮にも和解した国にあの子はいつか裏切るなんて言えるわけもなかった。証拠も根拠もないのだから。
だから真偽を確かめようと今、当の本人を探している。
もう少し歩くと、水音が聞こえてきた。
水溜まりに何か大きな物を落とすような低い音。
それにつられて道を曲がった先に見えたのは池の中で立っているラルタだった。
何かをブツブツと呟いて、池に写った月を踏みつけている。何度も何度も踏みつけて、苛立っように頭を掻きむしる。
「あっ...貴方、何をしているの?」
「......あっはは! ヒナタじゃん、どうしたの?こんな所まで歩いてきて、迷子かな? 迷子なら俺が案内してあげようか? どこがいい? 地獄?」
「............っ!」
もし自分の腰に剣が携えてあったなら、きっと今頃抜いている。そう思ってしまうほど、彼は不気味だった。
質問の意図を組む気もない、成り立たない会話。嫌に耳を劈く笑い声。何も映さない真っ黒な目は酷く濁り、焦点を合わせることなくぐるぐるとさまよっている。
先程までは聞き取れなかったブツブツと呟いている内容はまるで呪いのようだった。
どうして、なんで、わからない、俺は悪くない、全部あいつのせい、憎い、嫌い、怖い、苦しい───愛して。
ずっと繰り返される言葉は風に乗せられて今すぐ誰かを呪い殺せてしまいそうだった。
「ちょっと、貴方本当に大丈夫なの?」
余りに異常な姿に不安を覚え、一歩足を踏み出した時、ラルタは勢いよく顔を上げだ。
「近づくな!近づくな近づくな! それ以上近づいてみろ!殺すぞ!」
「......わかったわ、近づかない。少し話をしましょう」
「月が俺を責め立てる...」
「え?」
「お前達のせいだ。何が神だ? 何が信仰だ? 縋ることしか出来ない弱者が、ふざけるな!ふざけるな! 五月蝿い!」
ひきつった声で喋る彼は、仕切りに池に映る月を踏みつけた。
「何もかもが俺を責めてる。なんで? 俺はなにか悪い事をした? ねぇ、答えてよ」
「少し落ち着きなさい、貴方は今錯乱してるのよ」
「五月蝿い! 俺の許可無く喋るな。 俺を責めるな、俺を否定するな。俺は正しいんだ...俺は間違えない。俺は完璧なんだ」
とうとうラルタはしゃがみこみ、浅い池に下半身を沈めた。
自分のすぐ近くで揺れる月を拳で殴り続ける。
「笑い声が俺を絞め殺す。誰かの視線が俺を刺し殺す。誰かの体温が俺を炙り殺す。誰が殺されるか、誰が殺されるか...俺が先に殺してやる」
風がラルタの髪を揺らした。
目の前で起きている出来事は余りに非現実的だと言うのに、風だけは変わらず揺れている。
吹き付ける風が揺らした髪、その隙間から見えたラルタの表情は人が歪んでいた。
釣り上げた口角と零れ落ちた涙。
彼の感情が一体何であるのか、その表情からは読み取れなかった。
「真っ黒なんだ、暗いんだ、寒いんだ。影が...影が俺を襲いに来る。ユラユラとドロドロと俺を蝕む。でも影は全てを隠してくれるんだ。影が敵の正体を隠してくれるんだ。俺を刺し殺す目を覆い隠してくれるんだ。なのになんで、なんで月だけが光ってる? 嫌だ嫌だ嫌だ! 俺を見るな、睨みつけるな...俺を見つけてよ。暗いよ、俺は今どこにいる? どこへ行けば必要としてくれる? 愛はどこにある?
ねぇ、ヒナタ...人に愛される聖人様。答える権利をあげる、答えてよ。その現実から目を逸らした無様な生き方で、信仰に溺れて思考を放棄した頭で、なんでお前は愛されてる?」
「私は愛されたいと思って生きてるわけじゃないの。私はただひたすらに自分の信念で動いてる。それに皆がついてきてくれてるのよ」
「意味がわからない。なら俺は? 愛されたいと思ってない? なら俺は何を求めて生きればいい!? 愛されたいと思うことはそんなに罪深いか!?
俺だけは俺を愛してあげる。大丈夫、俺は俺を温められる。俺が俺を守ってあげる。大丈夫だよ、泣かないで。
ねぇ、愛されたいと思ってる訳じゃないんでしょ? ならその愛を俺にちょうだい。ねぇ、いいでしょ? 良いって言ってよ! 言えよ! 言え!」
「ダメよ、私にとってそれは大切なものだもの」
「やだ...やだやだやだ!お前なんかが持っててなんで俺が持ってない? たった一つ、一つでいいんだ。無償の愛が欲しいだけなのに...それだけなのに。
ねぇ、お前はどんな味がするのかな。俺はね、結構女が好きなんだ。男は筋肉が多くて硬いんだ、淡白だし。お前は美味しいのかな? 俺は甘めが好きなんだけど」
「貴方、人を...!」
おもむろにラルタが立ち上がった。
服に染み込んだ水がぽたぽたと落ちて、また池に戻っていく。
そしてラルタの流していた涙が一つ落ちた。
軽い音を一つ立てた途端、その池が真っ黒に染まった。光を受け付けぬほど、真っ黒に。サラサラと抵抗のない水はドロドロと脈打っている。
逃げなければ。本能がそう訴えた。
けれども、足はなにかに縛られたように動けずにいる。
「守ってくれるんだ、縛り付けてくれるんだ。俺の魂に絡まった何か...あぁ、それが俺を必要としてくれてる」
彼の周りを何かが漂っている。
それは世界から逸脱した何か。世界の異物。
静かに私へと伸びるそれをただ眺めていることしか出来なかった。
ゆっくり近づき、やがて触れたその謎の力はスルスルと体内に入り込んでいく。
何かが奪い取られるような不快感。
目を閉じてはいけない。わかっているのに、最後に聞こえたラルタの高笑を最後に視界が暗転した。
愚者はどちらだ