「悪趣味すぎんだろ...」
「あれ気に入らなかった?」
「いや...フッハハ! 最高だよ」
苦笑いで俺の事を悪趣味と言い返すマラカイトに無性にイラッとしたから、一発頬をはたいてやった。
「次言ったら引っ張ったくぞ」
「もう引っ張ったかれたよ!」
「あ? 夢でも見てたんじゃない」
「夢だったらこんな地下を選ばねぇよ。もっといいシュチュエーションにするね」
「例えば?」
「満点の星空、オーロラ。あとは...」
「はっ、ロマンチスト」
太陽が月に追いやられた時間帯、しょうもない話し声だけが地下牢に響いていた。
この声の響き方は好きじゃない。嫌な記憶が蘇る。冷たい硬い床の感触も時たま髪を揺らす隙間風も、全部が不快だ。トラウマを抉られている気分だ...まぁ、今から俺がやることは俺にこんなトラウマを植え付けてくれた何処ぞの女と同じなんだが。
流石に地下牢で一人は嫌でマラカイトに傍に居るように言えば、ウザイくらいにニヤニヤと笑ってきた。なんだかムカついたからもう一発頬をはたいておいた。
とある檻の前に椅子を持ってきて、腰を下ろし煙草に火を付ける。
煙が口から溢れ出て、この巫山戯た状況を上手く色付けてくれている。
「“初めまして”、英雄ヨウム。俺はセイヤ・カミシロ...せっかくだから覚えておきなよ」
「ぐっ......うぅ」
「ぷっ、そうやって口枷をつけてる姿...あの赤い鎧なんかよりずっと似合ってると思うなぁ俺は」
「ぶっぐうぅ...!」
「全然何言ってるかわかんないや、ごめんね?」
檻の中からまるで敵を見るような目でヨウムがこちらを睨んでいる。口枷だけじゃなく、後ろ手を拘束され無様に床に転がされて、なんて哀れなことか。
そしてその後ろには、壁に釘で体を打ち付けられたグルーシスと診療台のようなベットに拘束されているミュウラン。
その横の檻にはわざわざこの光景が見えるようにガラスの壁を挟んでヨウムの部下達が押し込まれている。ロンメルなんて必死こいて何度も英雄の名を呼んでいる。そんなに呼んだって声が枯れていくだけなのに。
「あーあ、こんなに愛されちゃってさ...憎たらしい」
「ゔぅ...!」
「はいはい、今口枷取ってやるって。そう睨むなよ疲れるだけなんだから。ほらカイト、取ってやれよ」
「えっ俺がやんのー、えー」
「嫌がんなよ」
「えぇ取りますよ、俺がやればいいんでしょ───うわっいきなり噛み付いてくる奴がいるかよ」
「ゲホッゲホッ...アンタ巫山戯んのも大概にしろよ! こんな事がリムルの旦那にバレたらアンタだってタダじゃすまねぇんだ!!」
「うるせぇ...直ぐにリムルだ。ヤダヤダ」
「裏切りやがって...!」
「あ? 俺が? 違うよ、裏切ったのはリムルだよ。リムルが俺を裏切ったんだよ」
ヨウムはマラカイトが檻の中に入って口枷を外した瞬間、その手を噛みちぎろうとした。確かに顎の力は70kgにも及ぶ訳だし、手も使えない状態で一番使える攻撃方法としては正解だろう。
騒ぎ立てるヨウムを冷たい目で見下ろしたマラカイトはそそくさと檻を出て俺の横に戻ってきた。取り残されたヨウムはと言えば、なんだか裏切りだの非人道的だのギャーギャーと喚いている。
「俺にも煙草くれ」
「これは薬物として強すぎるからダメ」
「なら別のヤツ」
「持ってると思ってんのか」
「持ってるだろ」
「はぁ......甘め?」
「んーじゃあせっかくだし甘めで」
一つの舌打ちと共に、このタバコに辿り着く前に手を出した甘めの弱い煙草を投げ渡した。
マラカイトはそこから煙草を一本取り出し、唇に挟んだ。そのままこちらに顔を寄せて俺の咥えていた煙草の火を自分の煙草へと移した。少しピンク味のかかった煙が俺よりも大きな口から吐き出されている。
「シガーキスとか、キザかよ」
「好きな人とやるの夢だったんだよねぇ」
「好きな人って」
「照れてる?」
「照れてない、ウザイ」
「はっはっ、可愛いー」
もう一度ウザイと言えばやっぱりマラカイトは笑った。こいつは本当にずっと笑ってる。
椅子から立ち上がり、檻の近くにしゃがみこむ。いつまでもリムルがどうだと騒ぐ馬鹿には自分で選択出来る状況を作ってあげなくては。
「リムルは助けに来ないよ」
「んなわけあるか...リムルの旦那は絶対に助けに来る。アンタの裏切りだって直ぐに!」
「どうしてあんなのに盲信してるのか分かんないんだけど...まぁいいや。俺はね、隠蔽が得意なんだ。あいつは守らなきゃいけないものが沢山あってたった一つなんて見れない、だから気づけないよ」
「俺に何をして欲しいんだよ...アンタは」
「して欲しいこと? ないない、そんなもんはないよ。お前に期待なんてしてないから。英雄ヨウム、君に選択肢をあげる」
荒れに荒れているヨウムに落ち着くように笑いかけて、隣の檻に足を向ける。
檻の中から、部下の三人を引きずり出しヨウムの目の前に転がした。哀れに転がされた三人のうち一人はロンメルだった。
直ぐに三人はヨウムに駆け寄り、檻を壊そうと体を打ち付けている。
「あんまり暴れるなよ、イラッとして手が滑るかもしれないだろ」
「ラルタさん...! 今すぐ私たちを解放してください! そしたら...そしたら、この事は誰にも言いません。リムルさんにも秘密にします...だから!」
「はぁ...あのさロンメル、冗談を言うならもう少し笑える事言えよ。甘えた事言ってんな、今この場で、弱者はお前達なんだよ。解放? そんな馬鹿な話があるか。リムルに知らせれるなら知らせてみろ、別に知られたところで俺はテンペストの住民じゃないんでね、痛くも痒くもない」
「くっ......どうして」
「さて英雄ヨウム! 君には選択肢を二つあげよう。じっくり考えて決めるといい、なんせお前の選択で部下の未来が決まるんだから」
「一つ目」
名前も知らない、ヨウムの部下の一人の口に血液の入った結晶をねじ込む。
黒い血液は容易に体をめぐり、人間の体の構造を舐め回すように蹂躙していく。サルワの法則操作とアカ・マナフの造形が機能し、人というには余りにも歪にその姿を変えていく。
よく言って獣、表現できるのはそれが化け物であるということだけ。身体中に目が現れ、足は関節を曲げ、頭は奇妙な方向に折れ曲がている。肌の色が紫色になり、奇妙な声を上げる化け物。
「あっ...あぁ!」
「姿の可笑しい化け物になって、いつか正義を語る人間に殺される」
「もうやめろ! こんなの...こんなの!」
「二つ目」
化け物に成り果てた仲間に唖然としている部下に近寄りその頬を撫であげる。
嫌だと小声で呟き震え、暴れている。振り上げた拳すらもゼロ距離で後ろにいる俺に当てることすら出来ない。
そんな哀れな人間に、先程と同じように血液の入った結晶を口にねじ込む。別にこんなめんどくさいことしなくても本当は良いんだが、演出というのはどんな時でも大切なんだ。
血液は脳へと行き渡り、いつしか得た信仰をねじ曲げる
「俺に、絶対の信仰を向けること。ねぇ君、俺は君の何?」
「あ......私にとって、貴方は絶対です」
「そうだよね、じゃああの化け物を俺が作ったと言っても君は俺を嫌わない?」
「当たり前です! 私にとって...貴方のした行いは全て正しいのです」
「はっはっいい子だね、ねぇヨウムを殺せと命令したら、そうしてくれる?」
「......はい!」
雛鳥のようにヨウムに引っ付いていた部下は虚ろな目で俺を見上げている。
「あっはは! ほらヨウム...選びな?」
「ない! どちらも有り得ない! 巫山戯るのも大概にしろよ...こんなの、イカレてる」
「つまりお前は選択を放棄するという訳か」
「当たり前だろ! 俺はこいつらを導かなきゃいけねぇんだ...選べるわけが無い」
「そう...なら決まりだね」
「決まり...?」
そう、決まり。
ヨウムが俺の提示した選択肢を選ばない事くらい分かっていた。わかっていたから、わざわざこんな事をした。だって英雄の絶望した顔が見たかったから。
残していたロンメルの頭に手を置く。何処か丸みの残るその頭からは幼さが感じられた。
「辞めろ! 何する気だ」
「ヨウム、お前は選択を放棄した。選択というのは例えどちらも選ばなくとも結果は訪れる。そしてその選択が他者から与えられた場合、選択の放棄は結果の讓渡だ。お前はお前の大切な部下の命運を俺に託したんだ。馬鹿だね。俺はお前が言った通りイカレてるから、はいそうですか...なんて言ってリムルの元に返したりなんかしない」
「辞めろ...辞めろ辞めろ、何でもする。俺がお前の望みを叶える! だから...だから!」
「俺がお前に結果をあげよう」
ロンメルの頭に置いていた手に少しづつ力を込める。ゆっくりとけれども確実に。
ミシミシと頭蓋骨が音を立てている。
「ロンメル!!」
「あ゙...ヨウムっ、さん...助け...」
ぶしゃっと音を立てて脳みそが弾け飛んだ。その拍子に丸メガネが床に落ち、溢れた目玉が柵の隙間をくぐってヨウムの足元へと転がった。
光のなくなった目がヨウムを見上げている。
「お前達は、俺の望むがままにもがいて苦しんで...そして“死ね”」
のたうつ人間だったはずの獣、俺に心酔させられた愚か者、もうピクリとも動かぬ青年。
そして絶望した表情の英雄。あぁ最高。
でもまだだ、こんな絶望じゃあ英雄を称えるには足りない。なんのためにミュウランがいるのか、分からせてあげなきゃ。
「いつの日か...お前は俺に言ったね。窮屈じゃないのかって、その生き方に満足してるのかって......今なら言える、大満足だって!」
「あ......嫌だ。俺はっ」
「さぁヨウム、賭け金を支払ってもらおう。愛と信頼の敗北のね?」