転生したら死食鬼だった件。   作:パイナップル人間

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第73話...通り雨の様な幸せ

ヨウムの部下達を家畜が食べやすいように適当にばらして餌置き場に放り込んだ。

ブモブモと動物らしい鼻音が聞こえてくるあたり、突然現れた大量のご馳走に家畜達は大喜びらしい。

 

「セイヤは食べなくてよかったの?」

「今からお前と飯を食いに行くのに人間一匹腹に入れてどうするんだよ」

「あっそういう感じか。よしじゃ行くか」

「いや待って」

「なんだよ、急に。飯屋に向かう流れだっただろ今のは」

「その前に少しやる事があるんだよ」

「えー、やる事?」

「そっ大事な事だよ」

 

そんな感じで特に内容もない会話を繰り返しながら、城の正面入口にいる門番のところまでやって来た。城の人間達はどうやら俺の事をちゃんと周知しているらしく、少しだけ危惧していた誰だ貴様は! という状態にならずに済んだ。

門番の一人である、真面目そうな好青年は俺が話しかけたことでさらに背筋を伸ばし、ハキハキとした大きな声で返事をした。

 

「如何なさいましたか、セイヤ様」

「昨日、この城に来た来訪者って誰?」

「昨日ですか? それでしたら英雄ヨウム殿とそのご一行様がいらっしゃいましたが」

「......何言ってんの?」

「え?」

「───『英雄ヨウムはここには来てない筈だけど』」

「............あれ? そう、でしたっけ」

「そうだよ。来訪者名簿あるだろ、見てみろよ」

「あっはい......本当だ、昨日は誰もここに来てない。可笑しいな、なんでそんな勘違いをしたんだろう」

「お疲れか? 警備も大変だろうけど体調管理には気をつけろよ」

「はい! お気遣い感謝します!」

 

なんていい笑顔。

見た目だけじゃなく中身まで好青年のようだ。人を疑えない奴はみんなふわふわとした笑顔をする。

でもコイツは悪くない。俺が嘘をつけばユニークスキル「虚言者」の影響で事実になる。たった一言嘘をつくだけで名簿すらも書き換え、今頃昨日ヨウムを見た全員の記憶が嘘に塗りつぶされている事だろう。

もちろん意識しないとできないしそれなりに魔素を使うから普段は嘘を嘘のままにしている。人間だからまだいいが、これが上位の魔物だったら骨が折れそうだ。できる限り使わないでいいようにしたいところだが。

 

スキルの影響も受けていない癖にポケっとしているマラカイトを引っ張ってさっさと人気のない所へと移動する。何したのか聞いてきたから、嘘をついただけだと答えた。納得はしていなさそうだが。

 

 

人気もない城の階段裏。

背丈の長い雑草が煉瓦の隙間から一生懸命顔を出している。警備隊も整備士もここの存在を忘れているのだろう。今はとても有難いが、城としては致命的。こんな正門と距離も離れていない、人の目も届かない場所なんて隠れておくには丁度よすぎる。ファルムス王国前王はそこら辺が随分と雑だったらしい。後で報告を上げておかないと。

 

「アカ・マナフ、仕事だよ」

「ヴゥ...ァ縺ェ縺ォ?」

「メーティスと協力して英雄ヨウムの武勇伝を広めてきて。スキルも魔法も好きに使っていいから。楽なのは虚言者で適当に目撃者を作り出すことかな。やり方は任せる。回る国の順番と間隔だけ気をつけてね。いい?」

「縺ッ繝シ縺 !」

「いい子だね」

 

俺の指示に元気よく頷いたアカ・マナフの頭を一撫でする。するともっと撫でろとばかりに小ぶりの頭をこすり付けてきた。無邪気、癒される。普段何も言わずとも俺の意思に答えて働いてくれているお礼としてそれはもう満足するまでたんまりと撫でてやった。途中から地面に寝転んで腹を見せてきて、心境はペットの犬を撫でているようなものだ。

 

やっと満足したのか、立ち上がったアカ・マナフが普段取っている第一形態から姿を変える。歪な鳥...鳥ではないな、プテラノドン? の様な見た目に代わり空へと飛び立った。

なんで空間移動をしないのかとも思ったが、どうせ気まぐれだろう。見つかるなんてヘマはメーティスが付いていて起こり得るわけが無いし、なんだっていい。

 

「何今の...」

「俺のスキル」

「喋ってたけど。あっ、この前言ってたメーティスって奴?」

「それとは別のスキル」

「あっ、そうなんだ。メーティスさんの名前がアカ・マナフなのかと思った。てことは自我持ちスキル二つも持ってんの? すげぇ」

「そりゃどうも。てか名前って...スキルに名前なんてつけないだろ普通」

「えーでも自我があるんだろ? スキル名なんて役職に近いわけだし、セイヤと体を分け合ってるなら名前があってもいいと思うけど」

「名前ね...例えば?」

「あれもしかして乗り気? 例えば、んー“共苦”とか“厭世”とかどう?」

「何処でそんな難しい言葉覚えてきたんだよ。名前に苦しいだの厭だのつけてやんなよ」

「ダメ?」

「要検討」

「はぁ......ダメか。似合うと思ったんだけど」

 

スキルに名前...考えた事がなかった。

この世界において魔物への名付けは命を削るのと同義だけれど、さて魔物が自分のスキルに名前をつけるのはどうなのか。

魔素を吸われてスキルが進化する?主人から魔素を取ったらスキル自体が世界に留まれない。

何も変わらない? それはこの世界の理屈と合わない気がする。

まず名前なんて付けられない? 有り得そう。

 

メーティスはどう思う? お前とアカ・マナフに名前を付けたら、何か変わるかな...。

《............。》

聞いてんの?

《不明。ですが、私とアカ・マナフは主様からの名付けを受け入れます。変化するか否かは不明ですが、“嬉しい”と感じます。》

おっ...随分と素直に物を言ってくれる。考えとくよ。お前達に似合う名前。

《楽しみに待っています。》

 

 

全く声以外は可愛いやつである。どうして声だけこんなダンディーな低音ボイスに進化したのか。確かライバルへの対抗だったか。

ライバルって絶対リムルの先生の事だと思うけど、それを聞くとコイツ黙秘するんだよなぁ。

俺からしたら、お前しか先生は居ないってのに。

 

「セイヤ! やること終わった?」

「ん、あぁ。終わった」

「なら早く飯にしよ、腹減った」

「そーだな、案内─────おい引っ張るな! ていうかどさくさに紛れて手を繋ぐな!」

「デートだよ、デート!」

「馬鹿!!」

 

 

 

 

 

おまちどおさま!という元気な配膳係の声と共に運ばれてきたスープは想像よりも具沢山なものだった。

マラカイトがドヤ顔で俺を連れてきたこの店は、路地裏の隠れた位置に構えられた所謂知る人ぞ知る店だった。ファルムス王国にもそんな店があった事にも驚きだが、何よりもここに辿り着くまでが驚きの連続だった。

 

俺の手を握って歩き出したマラカイトは、一歩人通りに出ればたちまち色んな人に話しかけられていた。

巡回兵や店先のおばさん、少年少女、ましてや何処かの家の飼い犬にまで、それはもう色んな人に話しかけられた。

そんな人達は総じてマラカイトが手を握っている俺へも話を振るものだから、慣れない会話にどんどん疲労が溜まっていった。しかも絶対にマラカイトは「その子は誰?」と聞かれると「俺の好きな人」と答えるものだからたまったものじゃない。なんで俺が赤面しなきゃ行けないのか、誰か教えてくれ。

確かにマラカイトはちょっとイカれてはいるが、俺と違って人当たりもよく気さくだ。この街の人気者であるのも納得がいく。

もう二度とコイツとは出かけない。

 

俺が注文したスープは少しピリ辛でゴロゴロと入った鶏肉によく絡んでいた。

唐辛子の辛さで味を誤魔化さず野菜の旨みも感じられ、野菜と鶏肉から出た油がスープの表面をテカらせている。視覚的にも美味しい。

 

こうやって人肉以外を美味しいと感じたのは久しぶりの事だ。もちろん人肉には叶わないが、誰かと食事をする楽しさをすっかり忘れていたような気がする。

普通だったら正常な味覚をイカレさせる薬物を使って逆の事をしている以上、大量に使用するのは控えたいが、誰かと何かをできるのはやっぱり嬉しい。

一人ぼっちでもそれは仕方がないけれど、一人じゃ出来ないこともある。もう何かの助けなく誰かと居れない悲しさと、この瞬間の嬉しさがスープに混じって喉を通っていく。

ずっと望んでいる、俺を一途に愛してくれる誰かとの“二人ぼっち”を。

 

「カイト、こっち向いて」

「ん?」

「ふっ、そんなに詰め込んで食べなくたって誰も取ったりしないのに」

 

リスみたいにスープとおまけで付いてきたパンをいっぱいに口に詰めて、マラカイトは美味しそうに目を細めている。

その口に入っていた食べ物が飲み込まれるのを確認して、頭をこっちに寄せるように言った。

不思議そうにしているマラカイトのこめかみに指を置いて、タローマティを使用する。タローマティの本質は感情の支配だけれど、他のスキルで上手く打ち消しを行ってアカ・マナフを結晶化を使えば、相手の感情を結晶化して取り出すことができる。

それをマラカイトにも行った。

マラカイトの額が淡く光り、手元に桃色の結晶が現れた。優しい温かさを持った結晶だ。

 

「えっ、何それ」

「お前が俺に向ける愛情」

「えっ、え? どういうこと?」

「感情は質量を持たないから、取り放題だ。 これを食べるなりなんなりで摂取すれば直接愛情を感じられる。何も邪を含まない、俺だけに向けられた愛情。俺への愛しか含んでいないこの結晶はお前が他の誰かに思いを向けても、変わらない。誰かから直接与えられるより確実だろ?」

「む......セイヤ、それでセイヤが安心出来るならいくらでも俺の愛を結晶にしていいよ。でも...」

 

マラカイトの手が、結晶を持った俺の手を包み込む。

 

「でも...俺が、セイヤだけを愛しているその間だけは、その結晶を使わないで。セイヤが言う一途で無償な愛だと、思えなくなるまで使わないで。“信じて”、セイヤ。俺の愛を俺から受け取ってよ」

「............俺には、信じる事も受け取る事も難しいよ。どうしてカイトは“与えて”くれないの?」

「──────愛してるから」

「意味わかんない...一日数個、結晶化させて。まだ俺には、出来ないけど、その...いつか出来るようになるから、それまで俺の心の余裕として結晶化させて。使わないから」

「いいよ、それくらい全然」

「......カイトがくれたピアス、俺に似合うのかな」

「絶対似合う」

「そっか」

 

 

結晶は倉庫にしまって、たわいもない話をした。冗談を言い合って、愚痴を零して、生産性のない無駄な会話を沢山した。

スープをおかわりして、デザートまで食べた所でそろそろ店を出ようという流れになった。

どっちがお金を払うかで少し揉めたが、結局は割り勘で会計を済ませた。

 

 

「げっ、雨降ってんじゃん」

「通り雨だな、雨宿りしてこう」

「セイヤなら空間移動で家まで戻れるだろ?」

「お前は鈍感だな...」

「え?」

「俺が雨宿りしたいって言ってんの。ほら、濡れるからこっち寄れ」

「?......わかった」




この小説において、こういうほのぼの回に需要はあるのだろうか...。

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