「ファルナスカ王国......か、大胆な事をするな」
「戦争の準備をしていると取られても可笑しくない行動のように感じます」
「実際、そうなのかもな」
ファルムス王国が昨日、正式に国名を変更した。属国先である東の帝国──ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国から一部の名を取って、名付けられた名はファルナスカ王国。
それに伴って、ファルナスカ王国幹部メンバーが一新された。
前幹部は殆どが役を降り、一切の政治との関わりを絶たれた。一部の人間は、一時幽閉され身体検査の後、他国の者の息がかかった可能性のあると判断された者は追放とされた。
その一人が、ラーゼンだった。
ラーゼンはセイジ・カミシロが王として台当してすぐに幽閉されたそうだ。
「幽閉されていた牢からじゃ、何も分からなかったか?」
「はい。牢には結界がはられ情報の漏洩はありませんでした。食事等を運ぶ者とも接触を図ろうとはしましたが、同様の結果です。情報の隠蔽は徹底されています」
「分かった。ラーゼン、お前は当分ディアブロの指示を仰げ。戻っていい」
「はい、失礼致しました」
溜め息が零れた。
ファルナスカ王国の行動が想定の何倍も大胆なのだ。
調査によればファルムス王国時に結ばれた条約を全て破棄したらしく、国内にも東の帝国の軍隊が一部駐屯しているそう。
戦争の準備、と捉えるしかない。
東の帝国は確かにファルナスカ王国を基軸に西側諸国に攻めてこようとしている。
それだと言うのに。こんなにも大胆に事に及んでいるというのに、一切の情報がこちらには入ってきていない。
入ってきた時には既にその情報は、全て文字に記され一般に広がった時だ。
「ソウエイ、状況は何も変わらないか?」
ラーゼンとの会話中に後ろに待機させていたソウエイに話しかける。
先程の質問に苦しく肯定を返したソウエイは俺に数枚の書類を手渡した。
内容は、ファルナスカ王国で駐屯している東の帝国からの軍事勢力の大きさと、新しく幹部として認定された者たちの詳細。しかしこれらは全て自国民に対して、正式に発表された情報でしかなく、俺達が有利になる程のものでは無かった。
「ファルナスカ王国には、我が国だけでなく多くの国から諜報活動を行っている者達がおりましたが......どれも特筆した情報は得られていないようです」
「ラーゼンも国内にいた時に一切の情報を得られてなかった。隠蔽に特化した術士がいるのかな......例えば、“ラルタ”とかさ」
「その可能性は否定出来ません。ドワーフ王国との情報交換を行いましたが、向こうも同じ事を疑っている様です。ですが、現在足取りは掴めていません」
「このまま足取りが掴めずに、別のやつが出てきてくれればいいのにな」
「セイジ・カミシロ自身が行っている可能性はないのですか?」
「分からない、直接会った時に何も感じ取れなかった。あれも隠蔽策の結果なら、こちらは後手に回るしかできないんだろうな」
ソウエイだけでなく、他国の暗躍部隊もファルナスカ王国に潜んでいる。それら全てから情報を守るなんざ、ラルタ位の手練になるだろう。
何処の国もラルタを疑っている。
セイジ・カミシロの得体の知れなさに警戒している。しかしどれも疑いと警戒から変化がない。ぐるぐると思考を巡らせることしか出来ていない。
すぐ近くで脅威が膨れ上がっているのに、その芯に誰も触れられない。芯を潰せなければ、膨れ上がった脅威はいずれ破裂するだろう。
そして、次の脅威を生み出す。
今出来ることが、ファルナスカ王国が情報を漏らす可能性に縋りながら後手に回る準備だけ。
少しでも武力を蓄えて、責められた時の対策を取らなければ......他国との協力は絶対だ。
だが、ラルタの追放とファルナスカ王国の変化のタイミングが重なった事で、『テンペストが裏で手を引いているのではないか』などと言う噂も出回っている。
開国祭の時に、出来る限りその法螺を消し飛ばさなくてはいけない。
疑い合う関係では、未知の脅威を凌げない。
楽しい事だけで済ませられないのは、祭り好きとして蟠りが残る。
「ファルナスカ王国の人間が我が国に入った形跡は一切ない。同盟国も同じだそうだ。
けどな、ソウエイ。国として、なんの情報収集も行っていないなんて、可笑しいよな?」
「暗躍が隠蔽の中で行われている......やはり、隠蔽を行っている術士を突き止めなくてはいけませんね」
「あぁ、ソウエイ......その術士の情報を優先して手に入れろ」
「はっ」
「気をつけろよ、もしも...ラルタだったらお前には太刀打ちできない。無理に応戦しなくていい」
「承知しております」
ソウエイが一礼して姿を消す。
“もしも”なんて言葉を濁したが、ラルタが関わっているのはほぼ確実だ。ラファエル先生もその可能性が一番高いと言っていた。
敵対するしかないのか......元の関係には戻れなくても、せめてと願ってしまうのは、ラルタがいつか言っていた“力に溺れた”に当たるのだろうか。
「リムル!!」
「......ヴェルドラ、はぁ...お前ノック位しろよ」
「なんだ辛気臭い。お前がいつまでも部屋に引きこもって難しい話をしているから気を使ってやったというのに」
「ダンジョンの方はいいのかよ」
「フッハハ! それなら問題は無い。順調よ。お前もあっと驚く罠も用意した!」
「おいおい、難易度調整をミスらないでくれよ? はぁ...確かに少し煮を詰めすぎたな。ヴェルドラ、散歩に付き合ってくれるか?」
「構わん。そろそろ謁見も始まるのだろう?王は堂々としていればいいのだ。ウジウジするな」
「頼もしいねぇ」
ヴェルドラに半強引に腕を引っ張られてやって来たのは、洞窟だった。
なんやかんやと良く利用する、俺達が初めて出会った洞窟。
今は三人ではなくなってしまった。あの時は、ずっと一緒なんだと信じて疑わなかったというのに。
「リムルよ、ラルタとの魂の回路が切れたのは気づいておるか」
「あぁ......誰に名付けられたんだろうな。死んだなんて事はあいつに限ってない話だし」
「さぁな。だが我は嬉しく思う。名は命の節目になる。お前もリムルという名を得て、この世界で動き出した。ラルタも新しい名を得て、新たな生活を送っているのなら、喜ばしい事だ」
「悲しくないのかよ。ヴェルドラからしたら、名付けた名前を捨てられたってことだぞ」
「悲しい訳があるか! 我は友の変化を喜びたいと思うぞ。どんな変化でもな」
ヴェルドラが眩しい笑顔を浮かべて俺の髪をぐちゃぐちゃにする。
本当にどこまでも嬉しそうだった。俺には友達が一人居なくなってしまった事と同じなのに、ヴェルドラは違うらしい。生きた年月の違いが考え方を変えるのだろうか。
「我は言ったな、ラルタは変われどラルタだと、いつか交わると。名が変わろうと同じさ。ラルタという存在が生きた過去は確かにある。ならば、良いでは無いか。名が変わろうと、関係が変わろうと、我は新たな名を得たアイツを友と呼ぶ。例え殺し合いになってもな」
「俺にはそんな考え方出来そうにない」
「別に強制などしておらん。我よりラルタと話した数も笑いあった数も違うのだ。考え方も違おう。お前は正面からお前の考えを受け入れて接すれば良いのだ」
「ほんとっ、お前が頼もしく感じるよ。自分探しの旅の結果が新しい名前なら、それも祝福してやるしかないんだよな......よし! ヴェルドラ、少し酒を飲まないか。まだ昼間だけど少しくらいいいだろ?」
「おお! 良いでは無いか!」
胃袋から取り出したのは少し度数の高い焼酎。
三つのグラスを取り出して、互いに酌をした。
ガラス通しの重なる音が洞窟に響く。
俺にはヴェルドラみたいに前向きに考える事は出来ないかもしれない。
きっと、ラルタと敵対すれば、俺はアイツを憎む事になる。変化を喜ぶ事なんて出来ない。
だからこのグラスに注いだのは、ラルタとの思い出だ。
忘れられないなら、仕舞ってしまおう。敵対した時、存分に憎めるように。
私が書くとヴェルドラがヴェルドラっぽくない......。
リムルsideは謁見が始まる直前位です。