シルトロッゾ王国。
現在、ユウキとヨハンという老人が会談を行っていた。
ヨハンとは、ヨハン・ロスティア。評議会の重鎮にして、ロスティア王国の公爵である男だ。ロスティアの姓が示すように、現ロスティア王の兄にあたる人物がその人だった。
「五大老...ね。お前は何処まで使えると思っているんだ? そのジジイ共を」
「ダメよ。彼らはダメなのよ。私に萎縮していて、使い捨てのコマにしかならない。けれど今だけはとても便利なの。五大老の地位は格別で、西側諸国の支配者とも呼ばれるほどよ。それだけで、多くの人間が膝をつくのだから」
「はっ、可哀想なジジイ共だ。見た目が十歳いかばくかに膝をつかなきゃ生きてけないなんて。まぁ何でもいい」
会談の行われている部屋に、マリアベルと連れ立って向かう。今日は珍しくグランベルが居ないため、わざわざ俺が出向いた訳だ。
しかし五大老と来たか。マリアベルの言う通りそこまで大事に抱えておく程の事も無いんだろう。力も無く、知恵もそこそこ、あるのは金だけ。金は何でも動かすが一定数いけば金は流れを狭め出す。それが五大老の多くは分かっていないんだと、マリアベルは言った。
「そういえば、セイヤに頼みがあるの」
「俺は最近頼まれ事ばかりだ。はぁ...言ってみろ」
「グレンダを始末して欲しいの」
「聖騎士のか? それはまた大胆じゃないか。三武仙が欠ければ、流石に大きな捜査が入るぞ」
「だから貴方に頼んだのよ。グレンダには忠誠心がない。裏切るのも時間の問題なの。それに今は貴方という素晴らしい武力を得たわ。大したことの無い暗殺能力をリスクを抱えて持つくらいなら、捨ててしまう方がいいに決まってるの」
「可哀想に、召喚されて魂を縛られて、殺される。お前は嫌な女だな」
「貴方に言われたくないわ。グレンダの目、彼女に馴染んでいないのよ。毎回苦しんでるわ」
「知った事じゃない」
「ふふっ、酷い男ね」
「そりゃどうも。素晴らしい褒め言葉だ。いつ始末して欲しい?」
「考えがあるの。後ほど順を追って説明するわ。数日後にまた連絡を入れる事にするわね」
「ねぇセイヤ」
「さっきからお前はお喋りだな。お前とのんびり廊下を歩いてる程暇じゃないんだが」
「私、貴方の事は今まで利害関係を結んだ誰よりも認めてるの。だから腹を割って話したいのよ」
「腹だ? その薄い腹の何を割るんだよ」
俺の少し前を歩いていた小さな頭が視界から消える。
靴の音が止み、マリアベルが立ち止まった事が分かった。会談に間に合うように行くという話じゃなかったのか。
大きな瞳が欲に濡れて細められ、その瞳に映っていた俺が隠れる。
「私達は似た者同士だわ。誰も信じれない、信じるのは“己の欲望だけ”...貴方もそうであってね」
「──────!」
「私は貴方と、支配するのではなく協力をする関係を選んだわ。だって私は私を信じてるから。だから貴方も、私との協力関係を結んだ貴方を信じていて。自己の信頼は強欲に最も重要な事よ」
あぁ、こんな所で答えが降ってくるのか。
ずっと嫌い続けた信頼という感情の、その姿を語るのはマリアベルという強欲なのか。
要らないと思っていた感情が、マラカイトの愛を得るのに必要で、けれども受け取り方も信じ方も知らずに苦しんで。それを俺に教えるのがお前なのか。
───似た者同士、よく言ったものだ。
俺が俺を信じるのか。
俺が、俺の心を信じるのか。
俺が、俺の行動を信じるのか。
俺が信じたものが、信頼なのか。
例えば、マラカイトの愛を“受け取る”という選択をした自分を“信じる”事が、信頼ならば。
父の言う完璧を演じる事で居場所が“与えられる”と“信じる”事も、それも信頼であるなら。
あぁ、余りにも信頼とは自分勝手だ。
けれど、己が信じた自分だから、裏切られた時に心から相手を憎むのか。だって、信頼は一方通行同士の自己満足なのだから。
きっと一般の考えとは違う。多くの事例ではこの考えは通用しないのかもしれない。
けど、その愛や絆や信頼を......俺は自分の為に抱え込むのか。
所詮、俺は俺の為にしか生きられない。
だから、俺は俺の望んだ全てを、その欲を“信じるんだ”。
結局人を信じれた訳じゃないけど、俺が信じて決めた事に相手がいるなら、それはきっと信頼だ。だって、俺の欲は他者がいて初めて成立するから。
「あっははは! ありがとう、マリアベル。素直に感謝するよ」
「なんの事かしら」
「いや、お前のお陰で少し気がはれたんだ」
後は、俺が何を信じるかだ。
お生憎様、俺は自分が大好きで仕方がない自己中心的な性格なんだ。信じるものは沢山ある。
マラカイトの愛も、父の利用もきっと。
「まさかお前の考えを流用する日が来るとは思わなかった。礼では無いけど、何かあったらこれまで通り頼ってくれて構わない。似た者同士、協力していこうじゃないか」
「ふふふ、そう言ってくれて嬉しいわ」
俺の目に、マリアベルの姿は映らない。
ただ呂色が光も通さずに虚空を映している。
何故か。それは俺がマリアベルを“信じない”という選択を“信じた”からだ。
瞬きをひとつしても、何も映ることはない。
▽
強欲。
それは他者を踏みにじって利用してその上に立って初めて成立するのよ。
セイヤと協力関係を選んだのは、初めてあった日に余りにも支配出来た手応えが無かったから。
気づいてしまった。セイヤは強欲なんかでは無い。ただ、何が自分の求める欲を埋めてくれるのか分かっていないから全てをかき集めているだけ。見せかけの強欲。
だから、気づかせてあげることにしたの。
欲に溺れることも、その欲を飲み干すことも出来ずに持て余しているセイヤに。協力者への報酬として。
信じるのよ、己を。掴もうとするその手を信じるの。そして満ちるのよ。
だって満ちた先に、また欲が生まれるんだもの。
セイヤ、貴方の今の欲は“愛されたい”なのよね。なら、その欲はいつか何に変化するのかしら。新しい欲が貴方の奥深くに根ずいた“生きたい”と上手く結びつくといいのだけど。
止めていた足をもう一度動かして、会談の行われている部屋へと向かう。
報酬をあげたんだもの。ちゃんとセイヤには働いて貰わなくてはいけない。これからのビジネスパートナーさん。御爺様も勿論素晴らしいパートナーだけれど、貴方には別の良さがある。
期待しているわ。そう、この私が期待してるのよ。
特に話す事もなく辿り着いた部屋からは、まだヨハンとユウキが話しているのが聞こえた。
「大老は、魔王リムルが邪魔だと仰せである。ユウキよ、貴様の失敗が原因だぞ?」
「へぇ、どういう意味だい?」
「貴様が、魔王クレイマンと共謀していた計画よ。あれが成功していれば、忌々しい東の商人共を通さずとも、帝国と交易が可能となった。後は、数百年後のヴェルドラ消失を待つだけで、ジュラの大森林は脅威ではなくなったであろう。それどころか、カリオンやフレイといった魔王から、我等を守る壁となったハズなのだ。それを......」
「いやいや、それは仕方ないだろう? あんなイレギュラーな存在が発生するなんて、計画時点で読み通せるものか」
セイヤはその会話を聞いているのかいないのか、音もなく扉を開け部屋へと入っていった。
そしてドアの脇でドアを抑え、私が通るのを待っている。
普段は乱雑なくせに、こんな時に教養を感じてしまって少し面白くなってしまう。
「そうね、そうなのよ。仕方がないのよ。あんな化け物が、私達の邪魔をするなんてね。でも、貴方なら勝てたのではなくて?」
会話に割り込んだ私を見て、ヨハンが一瞬驚く。私達が部屋に入ってきたことに今気づいたらしい。
こういう所が使えないと思わせるのよ、ヨハン。
少し体のサイズに見合わない豪華な椅子に腰をかけて、ユウキへと視線を向ける。
ヨハンが何か言っているけれど、貴方との会話は時間の無駄でしかないのよ。
答えが聞きたいのだと、視線でユウキを急かす。私が雛形となって立案した計画が、こうも失敗に終わるだなんて許されないの。
視線に捕われるように、ユウキは口を開く。
「───無理だね。魔王リムルだけでも厳しいのに、暴風竜ヴェルドラまでいるんだぜ? アレは無理だ。人にどうこう出来る話じゃない」
「懸命だな。ユウキが見たのは人型のヴェルドラだろう。アイツはリムル=テンペストが魔王になった時にギフトを得て力を増してる」
「そう...そうなのね。やはり魔王リムルこそがヴェルドラを封印する鍵なのよ。あの邪竜は、放置しておけば世界に災いを撒き散らすの。御爺様がそう仰っておられたわ」
昔、暴風竜ヴェルドラは生きた災害だった。
逆に今が可笑しいの。可笑しいのよ。
魔王リムルに手懐けられて、まるでペットのようにあの邪竜が大人しくしてるなんて。
手網を持った飼い主に手を出すのは、余りに危険。その縄が外れたら、噛みつかれてしまうもの。
けれど、ロッゾ一族の繁栄の為には、何としてもテンペストの台頭を潰す必要がある。
「ヒナタでも勝てない相手だぜ? 僕が戦っても、勝利するのは難しいと思うよ。まだセイヤの方が勝率が高い」
「馬鹿言うな。あんなんとまともに戦ってみろ。俺だってタダじゃ済まない」
「ほら、それくらい出鱈目な強さなんだよ。ただ、条件次第かな。それ次第なら、勝率はグンと上がるだろうけど」
まるで、魔王リムルだけなら何とかなる、という意味に聞こえるユウキの言葉。
何の抵抗もなくその言葉を放つユウキを見つめて、思案する。
ユウキは私に聞かれたことを抵抗なく答える。命じられるままに、情報を流す。
「......それで、貴方はどう動くつもりなの?」
「魔王リムルと敵対するのは避ける、というのが基本方針だね。仮に勝てても得はないし、支払う犠牲の方が大きすぎるというのが僕の予想だよ」
思考を止めてはいけない。考え続けるの。
魔王リムルの排斥、あるいは無害化、これは何としても成功させたい。いや、させるの。
そうでなければ、ロッゾ一族の悲願は達成出来ないのだから。
協力という手は有り得ない。
私と魔王リムルでは考え方が違いすぎた。
国力は、為替相場の関係を左右する。
各国が独自の通過を設定し、国力ごとに為替の変動が行われる環境が出来ればいい。
それを設定するのが、評議会。
そして、五大老の意思。
自分達が価値を決定する側に回る事こそ、勝利する為の絶対条件なの。
弱小国には重税を貸したり、大義名分な兵士を担わせる。合法的に、強国の従属国家にしてしまうという訳。
私の作戦は全てが順調に進んでいたのよ。
あのスライムが台頭したせいで全てが狂った。
魔王リムルは防衛力を提供して、西側諸国から信用を勝ち得る。
巨大な軍事力を背景に、高度な経済関係を容認させる。
小国ブルムンドを拠点として、西側諸国の物流を支配し、人々に働く喜びを与え、そして安全を担保する。
西側諸国はいずれ、魔王リムルに飲み込まれる。
───ふざけないで欲しいのよ。
自国で完結している大国なら、まだ許容できた。それなのに、魔王リムルはわざわざ私の土俵に乗り込んできた。
ふざけてる。ふざけてるのよ。
断じて、受け入れられない。
魔王リムルとは相容れないのよ。
支配者は常に一人───一方の勢力なのよ。
だから協力者は操れるお人形と、世界なんて興味のない武力に留めるの。
そうやって力を持って、ルールを決める側に回るの。それさえ出来れば、勝利は確実なんだから。
魔王リムルを排除する───口で言うのは簡単。けれど、実行に移すのは難しい。
御爺様を説得して参加した開国祭で確信した。テンペストという国は、将来的に必ず利害で対立する事になる。魔物の国は脅威だと。
魅力的な都市は、欲望に溢れていて、やがて新たな時代を築く流行の最先端になる。今後国交が開かれ、各国との交流が深まれば深まるほどに、彼の国の価値は高まってく。
そうなれば、ロッゾ一族の一存では何事も決められなくなってしまう。
そうね、そうなの。全ては魔王リムルの狙い通りなのよ......。
あぁ、なんて忌々しいのかしら。
こんなにも私に暴れだしほどの苛立ちを覚えさせるだなんて。
でもダメよ。対策を思案するの。
倒すなんて選択肢は論外。
凶暴なヴェルドラが解き放たれれば何をするか分からない。
となれば、無害化だけれど───取れる手段は、威圧か懐柔か。
威圧はミューゼ公爵の二の舞になるだけ。
わざわざ薮をつついて蛇を出すのは愚かよ。
様々な策を弄しても、魔王リムルはそのスキルや魔法を駆使して簡単に切り抜けてしまう。
常識がテンペストという国のせいで覆されてしまっている。
ならば、懐柔か。
懐柔するなら、まずは会って共闘を持ちかけてみるの。条件が折り合えば......いいえ、それは駄目。臆してはダメなのよ。
私は“強欲”のマリアベル。相手が魔王であっても私の“
ユウキにだって私の“
けれど魔王リムルには問題がある。
晩餐会に参加した際、近くで見た魔王リムルの欲望は小さかった。それはあれだけ大それた行動を起こしている姿とは余りにも不釣合いな程だった。反則なのよ......。
あれでは支配するに足るかどうか、ギリギリの量しかない。
でも支配してしまえばいいの。支配出来れば魔王リムルは私の言いなり。そうなれば、魔王リムルが飼い慣らしているヴェルドラだって私の意のままに出来る。こんな魅力的な話はないのよ。
まずは観察する事が先決ね。
その上で安全な対策を考え、より安全な方法できっと魔王リムルを従えて見せるのよ!
作戦はユウキが言っていた、遺跡案内の話が利用出来る。
これは策の一環になるわ。
「手紙を出すわ。魔王リムルを評議会に誘って、反応を伺ってみるのよ」
「魔王は応じるだろうか?」
「それは大丈夫よ。彼は
「不思議な話だな」
「リムルさんは、人類との共存を望んでいたからね。自分達のルールを守ると示す事で、配下の魔物達が安全だと証明したいのさ」
納得は出来る、けれど馬鹿ね。
ルールに縛られるという事は自由を失うのと同義。魔王としての武力を捨てて人と同じ土俵に立つなんて、愚かの極みよ。
「ならば、私がその望みを叶えてあげるのよ。そして、私の“
「怖い怖い、ユウキ・カグラザカとて、聖人ヒナタに並ぶ強者であろうに。本気で戦えば魔王リムルに勝つ算段があるほどのな。そんな強者を従え、更には魔王までも狙うのかね?」
「ユウキの野望は大き過ぎるの。本人は私に操られている事すら自覚せず、自分の意思で交渉をしていると思い込んでいるのよ」
ユウキ本人を前にして、やはりそれは幸せな事だと再確認する。支配されているからこそ、過度な欲望に押し潰されずに済んでいるんだから。
ユウキは先程の会話を何も言わずに聞き流している。そんなユウキの髪を一束撫でて、セイヤが笑う。
「ははっ、人形の綿の色がお前好みだと良いな」
「あら、まさか腸でも抜くつもりかしら?」
「まさか、男の肉は若くても硬いんだ」
「悪趣味ね。一度染めた欲望は、二度と元には戻らないの。私の欲望を上回らない限りね。だからユウキの綿はずっと、私の“
ユニークスキル「
「ヨハン、ここで聞いた事は他言無用よ」
「当然だよマリアベル。私もまだ、死にたくはないからね」
「懸命な判断なの。それでは、テンペストの魔王リムルに宛てて、手紙を出して欲しいのよ。内容は今から書くから、次の会議前には届くようにお願いするわね」
「わかったよ、マリアベル。私に任せてくれて構わないとも」
ヨハンは私に恐怖している。
絶対に私を怒らせる事の無いよう、慎重に行動し、馬鹿な真似は絶対にしない。
だからヨハンに筆を滑らせた高級な紙を、丁寧に袋に閉まって渡した。
それを受け取ったヨハンは、丁寧に内ポケットに手紙を入れ立ち上がった。
私の邪魔にならぬように、ユウキを伴って静かに部屋を出ていく。その時セイヤにファルナスカ王国に連れて行けと言っていたから、その足でそのままセイジに会いに行くのだろう。
部屋を出る瞬間、セイヤは一度こちらに振り返った。
「マリアベル」
「何かしら」
「あまり、気を詰めすぎないように」
「......ふふっ、気遣い感謝するわ」
完全に一人になった部屋で、思案を続ける。
私には時間だけはたっぷりとあるの。
企画し、立案し、実行する。
手駒は十分にある。今回も、また。
───楽しみね。楽しみなのよ。
自分の思考を信じ、笑う。
まだ、考え足りないことばかりなんだから。
▽
マリアベルの作戦は失敗に終わるだろう。
理由は三つ。
一つ、魔王リムルの強さを見誤った事
二つ、ユウキ・カグラザカを支配できたと勘違いした事
三つ、協力関係を結ぶ者を間違えた事
ヨハンはシルトロッゾ王国での会談を終え、その足でファルナスカ王国へと出向いた。
夕日の差し込む執務室のソファーに腰を下ろし、ファルナスカの国王セイジ・カミシロを一掃した。
ヨハンからすれば、セイジ・カミシロもその後ろに立っているセイヤ・カミシロも全てが邪魔であった。
「わざわざ出向いてくるとは、お前は存外に時間を持て余しているのだろうか。それとも、五大老の名の通り、老いたその頭は一日の時間を錯覚しだしてしまったのかな」
「ほざくのも大概にすることだ、セイジよ。今回私が出向いた理由、分かりきっているだろう」
「おや、私の認識では五大老など会議の中でしか声を上げれぬ者達の集まりだと認識していたのだが。まさか評議会以外で私に用があったのかな?」
「......っ、ゴホンッ、いいかセイジよ。貴様は確かに大老と個人的な同盟を結び、その意思に従っている。しかし、最早貴様は東の帝国の人間なのだよ」
「私はグランベルとの同盟の中で確かに言ったはずだが。私は君達の“神”の意思を尊重し、不利益になる行動は取らないと」
「東の帝国の属国になるなどという愚行は神への反逆だ」
「面白い話だ。実際の話、グランベルの情報も評議会の情報も東の帝国には手渡していない。その証明は幾らでもしてきたはずだ」
セイジの言う言葉に嘘は無かった。
実際、東の帝国に手渡す情報にシルトロッゾ王国に関する情報も評議会に関する情報も含まれてはいなかった。セイヤもまた、そのような情報を渡したことは無い。
それは何故か。まさかグランベルとの約束を素直に守っている訳では無い。
ただ、東の帝国が動く前に全てが姿を消すからであった。東の帝国がその情報を知る意味は無い、ただそれだけの話。
しかしヨハンは気が付かない。
光を通さぬ黒の目が二方向から哀れみの感情を向けている事など。
そしてその哀れみはヨハンを通してマリアベル、グランベルにも向いていた。
「良いか。貴様はもはや評議会に参加するべき立場には無いのだ」
「ほう、それで?」
「次の評議会が最後だ。東の帝国に渡す情報等無い。貴様の神への反逆を私が評議会で暴き、その身を放り出してくれる」
「ふっ、ふふ......ヨハン、お前は実に面白いな。老害は声も大きく図も高い。
良いだろう、次が最後だ。“最後の評議会”だ」
「フンッ分かればいいのだ。貴様は神に対して図が高すぎるのだ。身の程を弁えていろ。魔王リムルの次は貴様だ、薄汚れた異世界人」
「そうか、それは楽しみだ。しかし悠長にしている時間はないぞ。何せお前の余生は短いのだから。老後はゆっくりと寝具と戯れているべきだ」
「痴れ者が...」
苛立ちを隠しもせず、ヨハンは立ち上がる。
やはりヨハンは馬鹿であった。
身の程を弁えていないのはどちらか。一瞬でも警戒心を持てないのだから、彼の行く道はもはや考えなくとも分かってしまう。
「セイヤ、見送って差しあげなさい。階段で腰を痛めてしまうかもしれない」
「かしこまりました。ヨハン、ファルナスカの王城は広い。その縮んだ頭では一人で正門まで行けないだろう」
「人を馬鹿にするのも大概にしておけ!」
乱雑に扉が閉まる。
部屋に残ったカミシロの名を持つ二人は姿勢も崩さず会話を続けた。
「追いかけるべきでしょうか」
「結構。本当に腰を痛めるなら、評議会で杖をつく老人を笑ってやればいい」
「質問をしても宜しいですか?」
「許可する」
「“最後の評議会”...とは何でしょうか。お父様はわざわざ多額の金を自由組合に支払い次の評議会に参加します。理由は何でしょうか」
「その二つの質問は一つの答えに収束する。
私はリムル=テンペストの参加する評議会で評議会という組織その物を壊す。その為に私は金を払ったのだ」
「それは、随分とユウキの意思を組むのですね」
「仮にも弟子だからな。たまには労わってやるべきだ。彼は良くやっている」
「壊してしまうのはいいですが、人間はまた組織を作るでしょう。東の帝国の戦争が浮き彫りになった今、リムル=テンペストを筆頭に新たな組織が出来上がる筈です」
「それが狙いだからな」
「......申し訳ありません。私にはお父様の思案が読み取れません」
「新たな組織はファルナスカ王国を国とは認めないだろう。いや、認めさせない。そのように仕向ける。私はもう、お国ごっこは飽きたのだ」
「東の帝国が起こす戦争を、属国としてでは無く...ただの暴徒として行うと?」
「そうだ」
「私にはその必要性が分かりません」
「分からなくて構わない。所詮、戦争も踏み台でしかない。この行動は踏み台の安全性を強める為の物でしか無いのだからね」
「左様ですか」
評議会の日は刻一刻と迫ってきている。
しかし、その評議会は最後の名を持って歴史に残るだろう。それはもう、破綻に破綻した会議として。
何故そう思うのか。
父の語る作戦が余りにも、汚かったからだ。
信頼を知った。
後は何を信じるかだけ。