あれから、もう二日がたった。
結局、評議会が終わってからここまで帰ってきた記憶は殆どない。
それを心配してか、ヒナタが何度か連絡を入れてくれたが、それも無視してしまっている。
仕事は殆ど身に入らず、書類は机の上に塔を形成していた。
それくらい、あの評議会でセイジ・カミシロ───レブルに対して感じた“恐怖”は大きかった。
今まで、敵対してきた者達の数は多い。
しかしそれらは理解出来たし、対処が出来た。
敵対してきた者達の殆どには、俺と同じように守るべきものや理念があった。
それらは、言葉を交わさなくとも行動で理解できることが殆どだった。
ユウキの様に目的は分からなくとも対処出来る者、セイヤの様に行動は読めなくても目的が明確な者。どちらもが悪意の中に、何かに対しての強い意志があった。
レブルにもそれらはあるのかも知れない。
けれど、あの評議会での出来事からは何一つ感じられなかった。
理由も分からずに、血が流れた。
そしてそれを俺は眺めているだけだった。
ずっと、勘違いをしていたのかもしれない。
『俺なら、何が起きても対処出来る』なんて馬鹿な妄想をしていた。
自信があった。今まで、死者蘇生等という夢物語すらも成功させて、全てが上手く行っていたから。
それがどうだ。俺は、ただ見ているだけだった。あの血の海が出来上がる過程を。
何よりも、あれだけ無差別に人が死ぬ様な悪意を向けられた事がなかった。
ファルムス王国の襲撃を彷彿とさせるが、アレはまだ手順を踏んでいた。
何処までも汚れた悪意。悪徳。
言論を利用し、法を利用し、規律の中での戦いが今までの常識だった。流れる血は、随分と少ないものだった。
レブルはそれら全てを無視してきた。
俺は本能から恐怖した。これから先、レブルと敵対しなければならない未来に。
『誰も、被害を出さないなんて無理だ』
『犠牲のない結果は手に入らない』
確信してしまった。
レブルとこれから敵対するなら、“仲間を失う覚悟をしないといけない”のだと。
あの血の海を形成するのは、今度は俺の仲間かもしれない。一度目をかけたヨウムがそうなった様に。
ミュウランやグルーシスもきっともう死んでいる。俺の知らない所で、死んでいった。
俺は、全て理解した気になっていた。
誰かと敵対する時、無意識に余裕があった。慢心とも言うべき感情を持っていた。
あの評議会も、何とかなると思っていた。
───自分の都合の良い様に事が進むと信じて疑わなかった。
結局、評議会はテンペストを国と認める事は無かった。評議会は幹部議員を失い、倒立をなくし全く新しい組織に一新されるらしい。
描いていた結果とは、似ても似つかない。
巫山戯ている。
結果が異なるだけならまだいい。上手くいかないだけなら、それでいい。
けれど...何も得られず、ただ仲間を失う?
巫山戯けるな。俺は、もう誰も失わない為に魔王になったんだ。
それなのに、魔王として進むべき道に必要なのが“失う覚悟”?
失う覚悟が無ければ、何も結果は得られない。
何かを得ることを辞めて足を止めれば、ただ蹂躙され皆殺しだ。
最早、選択肢は一つしかない。
──────仲間が死ぬ事が前提になる。
守る為の力じゃないのか?
魔王としての力は、仲間を守るには足りない?
違う。それに足るだけの力を得たから、レブルと戦う土俵に立ってしまった。
俺が、シオン達を蘇らせると決めたから。
蘇ららせるという話もそうだ。
アレは偶然結界があって、魂が停滞していたから出来たことだ。
レブルやセイヤが突然に仲間を殺せば、魂は飛散し、死体だけが残る。蘇らせる事は出来ない。
理想の為に、“皆で平和に暮らせる国”の為に、二度と帰らぬ者を生み出さなくてはいけない。
俺に、その覚悟は持てるか?
全てなんて手に入らない。この手は、限られた物しか抱えられない。溢れるのが命だと言うのか。
そんなのは、そんなのは───あんまりだ。
「───リムル様、今...宜しいですか?」
負の連鎖でしかない思考を断ち切ったのは、一人にしてくれと言って部屋を出てもらっていたシオンの声だった。
廊下には複数の気配がある。
「......何だ? 悪いが、今はまともに会話出来る心持ちがない」
「リムル様、我々に貴方の心を聞かせてください。無様でも滑稽でも、王らしくなくても構いません。俺は、その心を知りたい」
部屋に入ってくるなり、ベニマルが啖呵を切った。続くシオンやソウエイ、シュナもベニマル同様に穏やかに笑って俺の言葉を待っている。
ベニマルとシュナは評議会で震えた俺の手を見た。大体は察しているだろうに。
自分達の王が、他国の王に精神的に屈服したのだ。弱肉強食の魔物が、何故...こんなに穏やかに笑えるんだろうか。
「......悪い、悪いと思っている。俺は今、セイジ・カミシロに...クッ、レブルに怯えている。あれと敵対することは、お前達の誰かを失う事だ。理想の先にお前達が居ない。俺はその未来を奪回出来ない。けれど、もうこの歩みは止められない。覚悟を持っても持たなくても、どれだけ対策しても何も変わらない。なら覚悟を持つべきだ! 分かってる。それなのに覚悟を持つことが出来ない自分が、憎らしい......はっクソッ、俺はお前達を失う事に恐怖を感じている」
泣けもしないくせに、声だけはやけに震えている。
声に出してみると、今の俺は本当にコイツらに合わせる顔を持っていないらしい。この世界に転生してきて、こんな気持ちは初めてだ。
“未来にある絶望”に押し潰されそうだ。
「ぷっ、あっははは!」
「こらお兄様、ダメですよ。笑ってわ」
「なんだよ、別に笑いたきゃ笑っていい」
「あぁ違うのです、リムル様。気を悪くしないで。俺達は別にいいですよ。死んでも。なぁ?」
「えぇ!シオンは思います! リムル様の理想への歩みに我らの墓場があるのならそれは名誉です!」
「そうですね。リムル様、私達は貴方が必ず理想に辿り着くと信じています。だから我らは“未来の平和”の為に命を懸けます」
「歩みなど止めなくていい。いいえ、止めないで欲しい。それが俺達の本心です。その道が険しくとも、その先に貴方の後ろ姿を見たいんです」
ホント、何なんだよコイツら。
人がどんだけ心を痛めて頭を抱えたと思ってんだか。笑っていいっていたが、普通爆笑何てするか? しないだろう。
何だか肩の力が抜けてしまった。
そっか、覚悟が無かったのは俺だけか......。
“皆と笑える国”、“平和な未来”。そんな理想に必要なのが仲間の死体なのか。
あぁ、違うな。それが当たり前だ。
俺だってそんな理想の為に、一万の兵を殺したんだ。立場は巡り巡る。
犠牲のない平和なんて、ありはしない。
人類史は常にそうやって存続されてきた。
それが魔物でも、歩む時が同じならば例外にはなり得ない。
「っ......はぁ...ホント、お前達には威厳を上手く見せれないなぁ。
───幹部を大会議室に集めろ、全員だ」
大会議室にて、緊急招集。
「──────急に呼び出して悪いな。この二日間、不甲斐ない姿を見せた。少し怖気付いたんだ」
「そんな事もあります。リムル様は立派ですよ」
「ありがとう、ゲルド...お前にそう言われると、もっと立派で居たくなる」
入室した俺に対して、皆が心配してくれる。
それだけ、この二日間の俺は酷い物だった。
そして、今から俺の話す事はもっと酷い物だ。
会議は不要だ、これはすべて決定事項。
何を話し合ってもきっと行き着く結果は同じだ。
「お前達、今...この会議室に集まった各々の顔を見ろ。そして覚えろ。忘れるな。
もしかしたらお前達の横にいる者は、正面にいる者は次の会議では、もうそこに居ないかもしれない」
突拍子もない話に、大体の者が一瞬戸惑いを見せた。
しかしベニマル達は俺の言葉を聞いて、静かにけれど強い意志を持った目で一人一人を見つめた。その真剣さと、俺の纏う空気に全員が言葉の真意を理解した。
まるで焼きつけるように、視線が交差する。
「評議会において、俺はセイジ・カミシロ───レブルに負けた。二度目だ。
そして今回は血が流れた。多くの血だ。俺は何も出来なかった。俺はレブルに全てにおいて負けている。頭脳も力も...全てが。
俺はお前達を守りきれない。すまない、本当にすまない。
けれど! けれど、俺は理想への歩みを止められない。だから俺は“お前達を失う覚悟”を持つ。守りたいと思って得た魔王としての力で、俺は“俺の理想”を切り開く。
心から申し訳なく思う。そして、どうか死ぬかもしれない事実の中で......俺に着いてきてくれ」
頭を下げる。深々と。
王として、部下にする行為では無いのは分かっている。
けれどもしなければ俺の気がすまなかった。
思ってもみなかった、まさか俺が死を前提に話をする日が来るなんて。
玉座とは高みに登れば登るほど不安定になる。それを支えるのは、敵の屍だけでは足りないのだ。
「リムル様、どうかお顔を上げてください」
リグルドの声につられて顔を上げる。
視界に広がる、皆の顔は......笑っていた。
あまりにも穏やかに。
「我らの命で、貴方がそんなに辛い顔なさるのは...本当に貴方の心が優しいからなのだと、このリグルドは思います。初めて会った時の貴方と比べれば考えられない言葉でもあります。
けれど、私は、いいえ...私達一同は貴方の為に死ねるならば本望!」
「そうですぞ! 吾輩はありありと想像できるますぞ。リムル様が理想をその手にする日が!」
「ハハッ、リムル様も大変だな。俺達は命をかけても貴方の為になりたい。だから、ふっ...何があってもその理想に辿り着いてもらわなきゃなぁ。まっそこら辺は疑いようもないが」
俺が強ければ、こんな事を言わせはしなかった。
けれど弱いから、言わせるしか無かった。
死の果てにある理想は、本当に俺が今持つ理想なのだろうか。平和って本当にそういう物か?
変えられるのかもしれない、本当に血の流れない平和もあるのかもしれない。
その破天荒な出来事を起こすのは、俺でなかっただけで。
俺は所詮、在り来りな平和しか掴み取れない。
元一般人、転生してスライム。
それが理想を叶えるんだ。十分だ。
「───ありがとう。俺達は最早戦争に片足を突っ込んでいる。敵はファルナスカ王国、そしてその後ろにいる東の帝国だ。
何よりもまず、セイジ・カミシロとセイヤ・カミシロ...この二人を始末する。何人死んでも、コイツらを殺さなければ何もかもを踏み躙られる。矜恃も誇りもだ。
払わされた分の犠牲を、アイツらにも払わせる!
殺されるなら、殺せ! 戦争とは、所詮殺し合いにつけられた名前に過ぎない」
望む未来は、あまりにも重たい。
くすんだ宝石が飾られる王冠は首を痛める程に重い。けれど顔は下げない。
棘に覆われた椅子は体を貫く。けれど、降りることはしない。
──────平和の為の殺し合い。
その滑稽さを、噛み締めて。
「これは命令だ」
全員が立ち上がる。その目は今までの何よりも、真剣な物だった。
俺は言うよ。きっと今までの俺だったなら、怒りに任せて殴ってきそうな程に酷い事を。
傲慢な王として、平和の為に。
理想の為に。───この国の為に。
「俺は必ず、“皆が笑える平和な国を作る”。だから邪魔者は排除する。
命令だ。ッ...はぁ...『俺の為に死んでいけ! お前達の屍を台にして、俺を理想まで連れて行け!』」
「──────はい!」
幹部達の揃った覚悟の返事は、我先にと未来へと駆けて行った。
リムルのキャラ崩壊な気もするけど、ファルナスカ王国に対して余裕を持った態度を取るのも魔物の王らしくない気がします。この89話は転スラという作品に対しての侮辱な気がして、この話を投稿した後も悩んでます。
でもやっぱりこの2次小説においては、リムルにこの覚悟を持ってもらわなきゃいけなかった。