「絶対に無理!!」
「諦めろって、大丈夫だよ。お前なら絶対」
「適当言ってんなよ! セイヤの馬鹿野郎!
目ついてる? 見えてる? ヤバいだろ、アレはどう考えても!」
“アレ”と称してマラカイトが指を指すその先にいる異形な品。竜の様に見える何か。
100メートルに届くだろうその体躯は、封印され窮屈そうに身動ぎを繰り返している。
カオスドラゴン───過去、幼い竜皇女の愛玩動物であった小さな生命の成れ果て。
それが今、目の前にいる。
「あのなぁ...俺だって出来ることならミリム関係には触れたくないんだよ。まだ命が惜しい」
「なら今からでも帰ろうって。何が“竜の巣”だよ! 名前から物騒じゃん!」
「なら昨日の会談でお前が抗議するんだったな」
「あんな怖そうな人たちに!?」
「怖そうって、お父様とユウキは慣れただろ。まさかマリアベルの事か?」
「あぁいう女は怖えんだよ」
俺のあってもなくても意味の無い相槌はカオスドラゴンの咆哮に掻き消された。
マラカイトの言い分はそれはもうよく分かる。しかし残念なことに、俺達には行動に移すという選択肢以外残ってはいない。
昨日、シルトロッゾ王国にて行われた密談。
マリアベル、ユウキ、そしてセイジ・カミシロ。
異質な組み合わせなそれの議題は魔王リムルをどう貶めるか。
何とも馬鹿らしい議題だ。父は不可能だと知りながらリムルを支配出来ると信じて疑わないマリアベルの自尊心を高め、ユウキは人形のフリをしてすぐ近くでその哀れな強欲を笑った。
密談はテンプレの如く迅速に事を決定した。
魔王リムルを古代遺跡“アムリタ”で堕とす。その結論に至るのは、テンペストという国と同盟や条約を結ぶ国の地盤が余りにも強固であった為だ。評議会に認められなかった、という事実はテンペストの国力を不安定には出来れど決定打にはかける。時間を開ければ、その間に周辺国家と協力してテンペストの地盤の回復を行うだろう。
だからこそ、速やかに支配を完了させなくてはいけなかった。
しかし問題が発生した。古代遺跡調査には魔王ミリムも参加するのだ。マリアベルはそれなら魔王ミリムも共に堕とすと豪語し、ユウキはそれに反対した。勿論その反対は意味をなさず、中庸道化連が発見していたカオスドラゴンを持ち出すという方向に話が進んだ。
カオスドラゴン、それはかつてミリムが己の手で封印した友。強さは覚醒魔王と肩を並べるだろう。
そんな馬鹿みたいな代物を使役するとなれば、生半可な強さではどうにもならなかった。最悪こちらが死ぬ。
ユウキは案の定無理だと肩を竦め、父は何故だか窓際に止まった鳥を見ていた。
使えない奴とやる気の無い奴、あと残ったのは俺だけでありマリアベルの視線が此方に向くのは必然だった。
出来ることなら断りたかったが、協力して行こうと先に言ったのは俺だ。そしてマリアベルは俺が断り切れないことを理解していた。
俺はカオスドラゴンを支配する事を了承した。
けれど、流石に俺がそのままカオスドラゴンを使役するのは良策では無かった。
魔王ミリムの攻撃対象は、カオスドラゴンが優先でなければならない。もし俺が使役していた場合、ミリムの攻撃対象が俺になる可能性が高かった。俺とミリムがぶつかれば少なからず周りにいる者の感情が揺らぐ。
マリアベルの支配は感情の揺れに弱い。
だからカオスドラゴンよりも弱く、撃退を後回しに出来るような者に使役を任せたかった。
適任は誰か? 俺の中では真っ先に “流麗なる剣闘士”ガイが頭に浮かんだ。アレはマリアベルの手駒の一つであり、ミリムも開国祭でその姿を見ている。武闘会での戦闘も見ていたから、取るに足らない強さだと理解しているだろう。そんな奴がカオスドラゴンを使役していれば、使役者よりもまずカオスドラゴンを攻撃対象に定める。流石に裏で支配している奴がいる事はバレるだろうが、そんなのは後の祭りだ。知ったこっちゃない。
しかし物事とはどうも上手くいかないものである。何故なら、ガイは既にこの世に居ないのだから。
マリアベルに提案した時、心底「何言ってるのよ」みたいな顔をされた。
なんとガイは評議会の最中にヨウムに殺されてしまったそう。
これは俺が悪いのだろうか。俺はガイが評議会に乱入する予定だったのを知らなかったし、報連相の出来なかったマリアベルが悪いんじゃないだろうか。うん、絶対にそうだ。 俺は悪くない。
だがまぁ、俺が悪くない証明がたった今成立したからと言って現状は変わらない。
何故今ここで、カオスドラゴンの目の前でマラカイトが居るのか。
それは悲しい事に、ガイの次に適任だったのがマラカイトだったからだ。マラカイトはガイと比べ物にならない位に強いが、ミリムからしたら大したことがない。
ガイ程では無いが妥当だろう。
本当になんでこうもタイミングが悪いのか。大体マリアベルもなんで報告しない? ヨウムを評議会に乱入させる案はちゃんと伝えたと言うのに。まぁいいか、所詮過ぎたこと。
今はこのグズグズと鼻を鳴らしている男をどうにかしなくては。
「......はぁ、ほらシャントしろ。そしてこの現状に吹っ切りをつけろ」
「無理だってばー、普通に俺あのドラゴン怖ぇもん」
「お前にも恐怖心とか備わってんだな」
「俺は野生の勘で生きてるからね...そして勘が言ってんだよ、これはダメ! ムリ! コワイ!」
「............クソガキ」
「なんとでも言えよ! うぅ...ホントに無理。気持ち悪くなってきたんだけど」
「そんなにかなぁ......はぁ」
嘘はついていない。
けど、なんと言うか、言葉の強さと心がリンクしていない。確かに恐怖は感じているんだろうが、やりたくない為に強い言葉を選んでるんだろう。
気持ちは分かるが、やって貰わなければ困るのも事実。
「どうしたらやる気になる?」
「......セイヤが、」
「あ?」
「セイヤが俺の愛情を受け取ってくれたら」
「............はぁぁ」
「そっ、そんな大きいため息つかなくたっていいだろ! 魔王ミリムがカオスドラゴンを優先するかだって確定事項じゃないんだ! もしかしたら死ぬかも───んッ...ん゛ー!」
「んっ......ふはっ、間抜け面」
しゃがみ込んでウダウダやっているマラカイトの後ろに回り込んで、顎を上に傾ける。
俺の少し肩につくかどうかの長さの髪が、カーテンの様にマラカイトの顔を隠す。
それだけ、顔と顔が近ずいた。そのまま唇を舐め取り、小さく開いた口を蹂躙した。俺からするキスはやっぱり変わらず混じった煙草の何とも言えない味がした。
急に口を塞がれた事で強ばっていたマラカイトの体から力が抜ける。
その間抜け面はまだ、深緑の中に閉じ込められたまま。至近距離で見るマラカイトの目には、勿論俺が映っていた。あぁ、ずっと...一生、この目に俺が写り続けていればいいのに。
マラカイトが何かに気づいて、俺の左の髪を下からかき上げた。息を飲む音が聞こえる。
俺の左耳には、確かに、マラカイトと同じピアスが淡く輝いていた。
「......カイト、信じてる」
「──────ッ!」
「俺はお前の愛を信じてる。そして、同じくらい......お前を愛してる。俺達の間にある愛情は綺麗な物じゃないけど、抱えてると何処までも暖かい」
「...セイヤ、...ぁっ、もう一回」
「ふっ欲張り」
もう一度、マラカイトにキスをする。すると、下から手が回ってきて、俺の頭をもっとと言いたげに引き寄せる。さっきよりもずっと長いキス。今度は煙草の味に紛れて、ちゃんとマラカイトの唾液の味がした。
───本当は、ずっと前から分かってた。
俺がマラカイトに絆されて、馬鹿みたいにコイツを愛してしまったことを。
けれどそれを伝えるのが怖かった。
マラカイトの愛情が嘘だったら? いつか冷められたら? そんなの耐えられない。
でも、大丈夫。俺は確かに俺自身でマラカイトの愛情を受け取った。
マラカイトの愛情を“信じた”。
「ほら、もうこれでお終い。仕事しろ」
「やらなきゃダメ?」
「ダメ」
「はぁ......でもまぁ、セイヤがキザなことしてくれたからね。やりますよ」
「その意気だな」
お揃いのピアスがカオスドラゴンの封印の光に反射してまた淡く光る。微かに揺れる光は、カオスドラゴンの影だ。
こんな愛を語り合いながら、行うのは誰かの友を踏みにじる行為だ。
まるで寄生したヤドリギの様に、誰かが大切に育てた木に目障りにも育っていく。
育って、育って、吸い上げ続けて、いつか寄生した木が枯れるまで。
枯れおちて、誰かに踏み潰されるまで。
カオスドラゴンの咆哮が耳を貫いた。
名前なんてないけれど、きっとそれは素晴らしく穢らしい関係