「無様に仲間を殺された王様? 怒りのまま、俺を殺すといいよ」
そう言いながら、マラカイトは手を上から下へと下ろした。
その瞬間、爆音が響いた。
地上からこの最下層まで、ミリムが吹っ飛ばされて来たのだ。ミリムはすぐに体制を建て直し、状況を把握する。
ミリムが自分の落ちてきた穴を睨みつける。そこからは空が見えた。
そして、ミリムサイズの小さな穴を押し広げて、カオスドラゴンが降りてくる。
もはや遺跡は崩壊を始めていた。
「ミリム! 無事か?」
「リムル、アレは私の友なのだ。封印しようと思っていたのだが、どうにもできぬ。このままでは被害が広がる...ワタシには、友達を消すなど出来ないのだ!」
「俺に考えがある。カオスドラゴンは多分あのマラカイトが使役してる。アイツを殺す。そうすれば、使役が解けるはずだ」
「マラカイトとはアイツの事か? 何故リムルはそんなに怒って───ッ...アレはゴブタなのか?」
「あぁ...俺の怒りも汲んでくれ」
「アイツが...あの男がやったのか?」
「ミリム」
「何故止めるのだ! アレは......あの男がゴブタを!!」
「マラカイトは俺が殺る! カオスドラゴンを頼みたい。どんな生き物にも核はある。それを残して外側を削り取れ。ミリム...今はそれしかない。支配者が別にいても、核にまでは支配は及ばない。ミリム...お前が友達を救うんだ」
「......わかったのだ。やるのだ!」
「頼んだぞ」
ミリムがカオスドラゴンの眼前へと飛び立つ。
カリュブディス戦の時もフォビオだけ残して本体を倒せたんだ。ミリムなら出来る。
俺は、俺のやるべき事をやるだけだ。
俺はマラカイトに向き直る。
マラカイトもまた、静かに俺を見つめていた。
「俺は今日、ここで死ぬために生きてきた。ここでお前に殺されて、セイヤに力を明け渡す。それが俺の役目」
「所詮は捨て駒か」
「あぁ、そうだよ。セイジ様にとってはね。セイヤにとっては違う。セイヤにとって俺は唯一無二、だって愛し合ってるから。だから...何も言わずに死んでいくんだ」
「死期を知っていて、言わないなんて、お前は最低なヤツだな」
「言っちゃったら、セイヤは踏み切れないから。......きっと、泣くんだろうな」
お喋りもここまでにして、始めようか。
そう言って、マラカイトは首にかけていた黒い液体の入ったペンダントを取り外した。
そして、それを指で砕く。液体がボタボタと地に落ちた。
マラカイトに勝つ気は無い。生きる気もない。
死ぬ事に意味を見出している。
なら俺の勝利も必然的に決まっている。
釈然としないが、仕方がない。
《告。個体名 マラカイトの所持するスキルの性能が飛躍的に上がったのを検知。ユニークスキルが究極能力に進化したと思われます。》
今ここでか...やりずらいな。
マラカイトは強い。多分、ヒナタと互角な程に。
それでも俺に決定打を打てなかったのは、所持するスキルがユニークスキルであったからだ。
究極能力保持者は、究極能力保持者でしか倒せない。
マラカイトがその土俵に上がってきてしまった。
《否。機能している元素が見つかりません。解除は不可能です。解析を続行します》
結界が貼られてから、ずっとこの返答だ。
セイヤのヤツ、何をしたんだ......。
とにかく状況はマズイ。
アイツは、死ぬ事に重きを置いているが戦う気はあるらしい。
耐性が全て効かず、身体の動きも鈍い。
下手をしたら負けるのは俺だ。
「──────愛してる、心の底から」
マラカイトが愛の言葉を囁く。
そして、俺とコイツの殺し合いが始まった。
▽
君に恋をした。
なんて言ったら、俺の抱える愛がまるで綺麗な壊れ物みたいだ。
本当はもっとドロドロしててぐちゃぐちゃで、鉛みたいに重い感情。“愛”と呼ぶ事すら違うのかもしれない熱情が、俺の心にはあった。
あのスラム街で、黒髪黒目の亡霊みたいな男───セイジ様が俺を訪ねてきた時全てが狂った。でも、その狂いは俺にとっての転機で今思えばあの出会いはすごく良い物だったと思う。
『薄汚れ、骨と皮しかなく、もはや生きているとも言えない。そんなお前は今何を求める?
お前が求めた物を私が与えよう。その変わり、お前は私の為に働きなさい。お前はある子供の黎明となり、そして死ぬのだ。
お前は愛をその子供に与え、頂まで手を引き、そして突き落とすのだ。お前の死をもって』
正直何言ってんだコイツ位は思ったが、俺の欲しい物をくれるという言葉に目が眩んだ。
だから飯や金を貰う代わりにその案に頷いた。死ぬだとか言われた気もしたが、当時は明日生きていけるかも怪しい生活をしていたんだ。いつか死ぬなんて大して重要視してなかった。
セイジ様は俺に、擬似的感情“愛情”を植え付けた。それはセイジ様の持つスキルによって作られたもので、当時はこっちにこんな世界があるなんて知らなかったから、ただただ植え付けた感情が気持ち悪かった。
でもそんな事は、まだ名前もなかったセイヤと出会ってどうでも良くなった。
一目惚れ、なんて言うべきだろうか。
スラム街では見かけない、白い肌と黒髪黒目。
その冷たい目で見られた時、俺の心に植え付けられた感情は何処か隅へと追いやられた。
俺の心には、本物の愛情が芽生えたから。
その時芽生えた愛情はまだ綺麗だった。
それは一緒に過ごす時の中でどんどんと膨れ上がって汚れていった。
ある日の事だ、俺がヘマをしてスラム街に隠れていたマフィアに捕まった時。
もう終わりだと思った。スラムでヘマをした奴を助ける奴なんて居ない。俺はマフィアに嬲られて最後は殺されるのだと悟った。
それなのに、セイヤは助けに来てくれたんだ。
ただ、最近つるんでたからって理由で。
体躯のいいマフィア数名が、使い古されて刃こぼれの酷いボロボロのナイフしか持たない子供に負けた。その光景がなんとも馬鹿らしくて。
でも月光に照らされたセイヤは血に濡れて何処までも綺麗だった。
食べる姿、寝る姿、ただ歩いてるだけの姿、その全部がまるで神聖な物の様に美しくて。人を殺すその姿は神聖な物が見せる自我の様で大好きだった。
その神聖な物を汚したくなった。
俺だけの、俺だけが向ける愛情で。
もしこの神聖な物が俺の愛情を抱えたなら、どれだけ素晴らしいだろうか。
もし、この愛情の為に笑う姿を見る事が出来たなら、もうそれ以上の幸せなんて要らなかった。そして出来ることなら、俺が死んだ後もその愛情を引きずって生きて欲しかった。
神聖な物の穢れに俺はなりたかった。
『ねぇ...愛情ってなんだと思う?』
『知らないな』
『なら、どんな物をお前は愛とする?』
『別にそんなものないだろう。どんな物でも、それを愛と言える度胸があれば、それは愛だ。証明出来ればいいんだよ』
『んー、もっと簡単に言うと?』
『どんなに汚くても美しくても、愛を持つ側が決めるって話』
『そっか......』
『どんな物でも、それを愛と言って与えてくれるなら、満たされるさ』
『え?』
『こっちの話』
その会話をした次の日、スラム街で一番綺麗で賢くて、強かった子供が日本に渡った。
俺の神聖な物に、“神代誠也”なんて名前がついた。
それからはスラム街を拠点に、たまにセイジ様に呼ばれて日本に渡った。
遠くからセイヤの姿を眺めていたけど、だんだん肉付きが良くなっていった。学校の制服を身にまとって、やっぱりそこでも色んな人に言い寄られてた。そりゃそうだ、だってあんなにもセイヤは綺麗なんだから。
ずっと見てた。
寝てるセイヤも起きてるセイヤも。
学校に行く姿、授業を受ける姿、帰る姿。
風呂に入ってる姿や、着替えてる姿。
セイジ様に躾られてる姿。
全部が全部綺麗だった。
流れる体液の一つですら、何物にも代えがたい宝石見たいで、そこから言葉が溢れるなんてそんなの奇跡だ。
だから、死体になったセイヤを余すことなく食べたんだ。
セイジ様の指示に従って、その背中を突き刺した。まさか自分がセイヤを傷つける日が来るなんて思っても見なかったけど、刺してみると感じたのは歓喜だった。
愛して止まない誰かの生をこの手で一度終わらせるなんて、なんて名誉なんだろう。
どんな人生も殺されてしまえば、その人生は殺した者の手に下る。
俺は、確かに神代誠也を手に入れた。
でも不満だったのは、この愛でセイヤ自身が自分からその身を穢してくれなかった事だ。
完全に息を引き取った、セイヤの体を抱き起こしたのは枯れた地面にその血を吸わせたくなかったから。全部俺の物なのに、何も育めない土が神聖な物を手に入れるなんてそんなの可笑しい。
最初に口に含んだのは、唇だった。
唇同士を重ねるように、その唇を噛みちぎった。ファーストキスだな...なんて考えながら、鼻を齧って、目を舌で抉り出した。
引きちぎった耳は血管から脳を引きずり出し、キスを落とした足裏は簡単に砕くことが出来た。
零れ落ちそうな臓器全てを口に入れて、喉につっかえてながら髪の毛だって食べた。
汚い所も、セイヤの体だけは何処までも綺麗で愛おしかった。
人肉は凄く不味かったけど、セイヤの味だと思うと苦では無かった。
セイヤの全てが好きだ。愛してる。
だから、セイヤに群らがる有象無象が嫌いだ。
セイヤを汚していいのは俺だけでいい。セイヤが抱える穢れは俺でなきゃいけない。
その笑顔もその涙も、俺の為に使って欲しい。
苦しむなら、俺という存在に苦しんで。
その為には、何が必要だ?
力だ。力が欲しい。
───セイヤが嫌う全てを不毛に変える力が
───セイヤが手に入れたい物を生み出す力が
俺で穢れたセイヤが、いつかこの力を使う時に、神聖なその自我のままに使えるような力が、欲しい。
《確認しました。ユニークスキル「
魔物や魔法、そんな不思議な物が溢れる世界に引っ張られたのと、無機質な声が聞こえたのはほぼ同時だった。
それから約二年間はずっとイライラして仕方がなかった。
別にセイジ様が俺に料理だとか作法だとかを教えてくることに対してじゃない。
リムル=テンペストを筆頭とする魔物の集団、コイツらが本当に目障りだった。
どうしてリムル=テンペストはセイヤ以外に愛を向けるのか。あんなに神聖で美しい存在がいて、他者なんて所詮ゴミクズと変わらないのに。なんでそんなゴミクズと同じ位の愛をまるで素晴らしい事の様に与えるのか。
だから、セイヤがラルタ=テンペストという名前を捨てたのは必然だったんだ。
神聖な物がゴミクズしかない空間で生きていけるもんか。
俺はこの愛を与えない。
受け取って欲しいんだ。その手で、その心で。セイヤ自身で、愛をもって自分を汚して欲しかった。そして汚れた体を抱きしめて欲しかった。
それが叶った。
死ぬために生きてきた。だってそれが役目だから。不満なんてない。
けど、少し駆け足になってしまったけど、確かに俺だけの神聖な物はこの醜い愛を受け取った。
神聖な物は、穢れて、卑俗な物になった。
その卑俗な物をまた愛するんだ。
これから先、ずっと。ずっと、ずっと。
終わらない一生の中で、ずっと。
セイヤが抱えた汚い愛が「愛してる」と囁き続けるんだ。
だから、さよならは要らない。
でも、ごめんとは思う。だって嘘を着いた。
セイヤは言葉にしなければ、行動にしなければ嘘を判別出来ない。
だから、死ぬことを分かっていながら愛し合った。
「俺は今日、ここで死ぬために生きてきた。ここでお前に殺されて、セイヤに力を明け渡す。それが俺の役目」
「所詮は捨て駒か」
「あぁ、そうだよ。セイジ様にとってはね。セイヤにとっては違う。セイヤにとって俺は唯一無二、だって愛し合ってるから。だから...何も言わずに死んでいくんだ」
「死期を知っていて、言わないなんて、お前は最低なヤツだな」
「言っちゃったら、セイヤは踏み切れないから。......きっと、泣くんだろうな」
ムカつく、憎たらしい。
その目で、その声で、その態度で......一瞬でもセイヤを穢そうとしたんだと思うと、どうにかなりそうだ。
俺だけだ。
俺だけが、あの神聖な物を卑俗な物へと突き落とす権利を有しているんだ。
ゴミクズは死んで、搾取されればいい。
どうせここで死ぬなら、セイヤに最大で最上の
《確認しました。ユニークスキル「
頭に流れる無機質な声が告げた、俺のセイヤに対する愛情の証明。
感情に後押しされて進化した力が、体を蝕んでいるのがわかる。感情が身体を追い越した。
指先が少し崩れる。
それでもいい、構わない。
この愛は不滅なのだから。
俺は、この世の誰よりも幸せ者だ。
「──────愛してる、心の底から」
『危険な愛情』