マラカイトが死んだ。
その事実がやけに重たく脆い心に伸し掛る。
今までそれなりに誰かの死を見てきた。
関係性は近かったり遠かったり、好感度が高かったり低かったり。色んな者達が死んだ。
手の平から零れ落ちた魂を見て、常にあったのは焦燥の感情だった。
心が愛に飢えていた。早く早く、新しく愛を与えてくれる魂をこの手に握り込まなければ、そうしなければ気が狂ってしまいそうだった。
たまに強く握りすぎて壊してしまう事だってあった。それくらい、離さないように、外界に触れないように、檻に愛を押し込んだ。
それなのに、今感じているのは何だ。
焦燥は無かった。もう、次の愛なんて考えられなかった。
喪失感、諦め、絶望───たった一人を失っただけでは大きすぎる感情の渦が“手遅れ”だと怒鳴りつける。
もはや遺影とかした愛を手に握りこんで、受け取ろうと何度も何度も胸に打ち付ける。壊れてしまいそうなその行動も、もはや壊れる事のない愛には無意味だった。
それならば、壊れてしまった方がまだマシだ。壊れたら、欠片を集めてくっつけて、装飾品に出来てしまう。
けれど、手にある愛は絶えずそこで「愛してる」と伝え続ける。そこにあって、けれどもうそこにはない。
触れる事も、見る事も、何も出来やしない愛情が⋯⋯そこに無い愛情が確かにこの手の内にある。
もうどうしていいかも分からない。
ただ、ただ、ずっと苦しい。心がグズグズに溶けて流れ出てしまいそうだ。煮えたぎる心が行き場を無くして悶えている。
手放してしまえば、楽になれる。
そんな事は、俺が一番分かっている。
それでも手放せないのは、その愛に答えてしまったから。
愛とは固執だ。たった一つ、抱えきれるかも怪しい程に重く大きな愛を相手に押し付けて、抱えさせて、縛り付ける物だ。
愛し合った鎖が、互いに絡んでもう解き目が何処かも分からない。いずれ、煮えたぎる心の熱が鉄を溶かし、冷たい現実が溶けた鉄を一つにするだろう。
血溜まりが、足を一歩また一歩進める度に、今の心情を小馬鹿にするように軽い水音を立てる。
もう来るのは御免だと思った“世界”に俺はもう一度足を踏み入れた。───ここに、マラカイトが眠っている。死にながら、生きて⋯次の誰かの為に自分の力が捧げられる日を待っている。
“誰か”、そんなのは許さない。
マラカイトの全ては俺のモノだ。誰にも渡さない。血の一滴、髪の毛の一本、誰にも渡しはしない。命が他者に奪われたなら、せめて⋯死んだ先にある生を、この手で終わらせる。
俺が愛した、俺だけの愛だ。それがマラカイトだ。
檻の中に閉じ込めても、隙間から流てしまうなら⋯今度こそ、流れないようにもっと俺の奥底に閉じ込めなくちゃいけない。閉じ込めて、俺だけに「愛してる」の声を聞こえるようにするんだ。
奥の奥に、マラカイトの愛情とそれから愛されたいと望んでそして愛した俺自身を閉じ込める。ほら⋯そうしたら、夢にまで見た“ふたりぼっち”だ。
もうマラカイトは居ないけど、確かにいる。
今迎えに行くから、そしたら⋯また、今度は一生──────愛し合おう。
──────気の狂った“愛し合い”
誰にも理解されなくてもいい。理解なんて要らない。
このぐちゃぐちゃな熱情は誰かに理解されるような物じゃない。おかしい事もイカれてる事も理解してる。
理解してしまったから、この愛に意味がある。
理解したから、死んだマラカイトをいつまでも“いる”と表現する。
愛情に意味なんてなくて、無意味には確かに意味がある。無意味とは、当事者以外が適用する不理解の言い換えだ。
無駄に長い階段を登った先、沈黙の塔の最上階にマラカイトは眠っていた。
溢れ出る血は、絶えず部屋の中心へと流れている。あぁ、気に入らない。
「カイト、迎えに来たよ。俺が迎えに来るって分かってて、死んで行ったのか? お前は本当に馬鹿だな⋯俺が迎えに来なかったら、いや⋯有り得ないか。お互い、馬鹿だったな」
変に生暖かくけれど硬い頬を撫でる。
もうその目が開かれる事も、その手が俺の背を回ることもない。その口が愛を囁く事も無い。
あと一回、たった一回でも、その瞳に俺を写して欲しかった。
濁って粘つく瞳にもう一度閉じ込めて欲しかった。
血に濡れて、かつてのふわふわした毛質を失った髪を掻き分て見えた耳には、もうピアスは飾られていない。
華奢なチェーンの擦れる音が時たま耳に入ってくる。二つで一つである様に、ピアスはやけに俺の耳に馴染んでいた。
横たわる死体を、まるで壊れ物の様に抱き上げる。丁寧に腹の上に重ねられていた手が、抵抗もなくぶら下がる。
重い体を何とか自分にもたれ掛けさせて、微かに死体臭いマラカイトを抱きしてめた。
強く、強く、きっと生きていたなら文句の一つでも飛んでくるだろうほどに強く。
──────静かな空間には、啜り泣く声しかしない。
この歪な世界に住まう魔物達も今回ばかりは空気を読んでか、やけに静かだ。
「愛してる、愛してるよ、マラカイト。ずっと⋯ずっと壊れてしまいそうな程に、愛してる。どうしたらこの愛は死んで行ったお前に伝わる? なぁ、答えてくれよ。答えて、答えろよ。ひとりぼっちは嫌なんだ」
「置いて行かないで。寂しいよ。なんで? どうして? ⋯⋯俺が、間違えたのか?
俺は、今度は何を間違えた? お前の愛を受け取った事か? お前を愛した事か? 辞めろ。それだけは間違いだと言わないで。
せめて、それだけは⋯正しくあってくれ」
「マラカイト、俺はここに居るよ。ずっと、ここに居るよ」
少しカサつく唇にキスを落とす。
そのまま、舌で入り込んだ口内は唾液の分秘が止まったのか頬肉が舌に張り付いた。
自分の唾液をマラカイトに移すように、何度も何度も口内に注ぐ。マラカイトの喉が潤えば、もう一度言葉を紡いでくれるのだろうか。
流れた涙が、マラカイトの瞳に落ちる。落ちた涙が頬を伝って褐色の肌に筋を作った。
何本も何本も、絶え間なくできる涙の筋。
これだけ泣けば、マラカイトの瞳はまた俺を写すのだろうか。
硬くなった関節を無理矢理動かして、首にマラカイトの腕を回す。
触れ合う胸は、片方の心臓しか動いてなくて、俺にはこの鼓動の分け合い方は分からなかった。
俺にも、死者を蘇生する秘術が使えたのなら⋯⋯こんな結末にならなかったのか。
希望を夢見てしまう。
でも、それでも───この結末は俺達にはお似合いなんだとも思ってしまう。
まだ柔らかい首に歯を立てる。
溢れ出した血を啜って、顕になった骨にこびりつく肉や筋を舐めとって噛み砕く。
何一つ、地面に落ちてしまわないように、慎重に食べ進める。
目を舌で抉り出して、鼻を噛み砕いて、チラリと見えた脳を引きずり出した。
脳は大きくて、けれども脆い。一口で食べなければ崩れてしまうだろう。
だからまず脳液を飲み干した。そして小さくなった脳を少し無理矢理に口に押し込む。
髪の毛は、抉り出した心臓に溜まっていた大量の血を使って喉の奥に流し込む。
血管も臓器も骨も、腐敗液すらも俺の物だ。
食道にマラカイトの一つ一つが流れる度に、体の中で、もう一度マラカイトという存在が再構築されるような感覚に陥った。
魂すらも飲み込んで、腕の中に何も無くなった時、もう耐えきれなかった。
泣いても泣いても、どれだけ声を上げて泣いても、もうマラカイトは戻ってこない。
口内に唾液と混ざって残った血液が嗚咽を妨げる。不細工な泣き声を、この世界は聞いていた。
《告。個体名マラカイトの解析が終了しました。究極能力「
そんな物を残して、俺にどうしろって言うんだ。俺がその力を使う度、マラカイトを思い出して、苦しくなる。
あぁ、それがマラカイトの狙いだったのか。
やっぱりアイツは⋯俺よりもイカれてる。
《問。“愛情”とは何ですか?》
知るかよ、そんなもの。
《問。個体名マラカイトとの間にあった感情を“愛情”と呼ぶのですか?》
そうだよ、そう呼ぶしかないだろ?
《問。“愛情”とは、こんなにも醜い物なのですか?》
醜くたって、確かに愛し合ったんだ。
《問。その“愛情”は正しい物ですか?》
「──────正しくするよ、この世界を」
この愛を、認めさせる。
世間論がこの愛を間違いだと言うのなら、その世間論を覆す。愛が美しい物でなければならないなら、“そんな概念は壊してやる”。
理解しなくていい、理解なんて必要ない。
だって、それが⋯その愛こそが“当たり前”なんだから。意味は、俺にだけあればいい。
誰にも、この愛を否定させたりなんかしない。
俺が正しいと言った事が正しい。そうでなければ⋯⋯生きてはいけない。
熱情に体が焼かれても、心はそこにある。
それが、この世界に歯向かう理由。
愛の先に見つけた、馬鹿みたいな目的。
始めようか、不器用ながらに、愛のお返しを。
《──────確認しました。
ユニークスキル「
ユニークスキル「
自分勝手な、世界への一方的な布告。
世界を所有物だと勘違いしたようなその物言いは正しく概念乖離体のそれである。
そう、概念乖離体。この思考も、力も⋯全ては手の平の上。
「⋯⋯⋯⋯満足ですか? これで」
「あぁ、大いに」
赤い月光に照らされた父は、余りにもこの世界に似合っていない。まるで月光は父の本当の姿を暴こうと躍起になっているみたいだ。
「この世界は常に間違いだらけだ。何故ならば、私達こそが正しいから。
この世に絶対の正解など存在しない。一部の数式を除き、思考や言動に正解を突き付けることは出来ない。現代の正解は法で決められ、その正解を作ったのは⋯⋯正しくない人間だ。
淘汰された者が間違いか? 奪われた者が間違いか? 追いやられた者が間違いか? それは許されない。
正しさが存在しないなら、作ればいい。正しさは証明ではなく、当然にそこに在るべきなのだ。この世界が腐りきった正解に溺れたならば、その上に新たな大地を築くのだ。
神が、“正解”とされる“概念”を真に作りださなければ。そうだろう? 誠也」
「えぇ⋯えぇ⋯⋯それは随分と素晴らしい案です。私のこの整頓されていない頭を整理してくれたこと、感謝します。ですが⋯⋯⋯⋯」
まだ力の入りにくい膝を叱咤して、何時もよりもずっとゆっくりに立ち上がる。
間違っていると言われれば、正しくしたい。
間違いだと言うのが、それが世界自体だったならば、世界を正しくしたいと思うのは当然だ。
──────風を切る音がする。
──────頬に一筋の傷ができ、血が流れる。
──────あぁ、この人も血が流れるのか。
「“俺”が何も気づかないと思ったら大間違いだ⋯⋯“クソ親父”」
「反抗期か?」
「そんな遅咲きの反抗期なら、それはもう根っこが腐ってる。
不自然だ、何処までも。何故都合よくガイが死んでいた? ガイが評議会に乱入する手筈を何故俺が聞かされていなかった?
あの密会で、マラカイトに紅茶を頼んだのは⋯⋯アンタだよ」
「私のせいでマラカイトが死んだと? 違うだろう、マラカイトは己の意思で死を選んだ」
「真実やらの話じゃない。裏で、そうなる為に試行錯誤してたっていう事実が⋯腹立たしい」
「──────愛情とやらは、恐怖を上回るのだな。やはり、それは難しい。
私には理解出来ない境地だ。だが⋯ふっ、いい、素晴らしくいい! 反抗とは心情の変化だ。心情の変化は常に強くなる為の調味料になり得る。調味料を入れすぎた料理も、概念が変われば美味と褒め称えられるだろう。
いい⋯許そう。反抗期でも、私はそれを許してやる。父親とはそういう物だろう?」
「俺達の家族関係は所詮見せかけだ」
「そんな見せかけでも、手放せはしない」
「俺がか? そうだな、間違いない。なら⋯⋯アンタもこの家族関係を⋯“俺自身”を手放せない様にしてやるよ。俺は替えのきく人形じゃない、ふざけた事に、俺は何処までもアンタの息子だよ」
静かに武器を下ろし、父の横を通り過ぎる。
やっぱり、俺はこの世界に長居はしたくなかった。
「恐怖なんて無くても、俺はちゃんとアンタを父親だと思ってる。歪でも、なんでも⋯俺の唯一の家族は───セイジ・カミシロ、アンタだよ」
ねぇマラカイト、俺は今、何かを変えられたかな。
誰かを失って、何かが吹っ切れた。
芽生えたのは『誰かと共に居る事を考える力』
ステータス
名前:セイヤ・カミシロ
種族:概念乖離体──屍食聖魔邪霊
加護:反逆者の紋章
称号:魔王
魔法:元素魔法、精霊魔法、神聖魔法、内撃魔法
究極能力︰叡智之王、悪心之王、繚乱之王、背教之王、不毛之王
ユニークスキル:虚言者、熱情者
固有スキル:結合性希少能力、無限再生、万能感知、魔王覇気、元素汚染
耐性:物理攻撃耐性、痛覚無効、自然影響無効、状態異常無効、精神攻撃耐性、聖魔攻撃耐性、全元素耐性
<不毛之王>
・渇愛⋯触れた対象を劣化させる。対象は生命、無機物だけでなく魔法にも適用される。
触れた武器に能力を移すことが可能。
・不水⋯使用者から一定範囲内の水分を消滅させる。使用者よりも対象が下位の場合、対象の体内水分を消滅させることが可能。
・果てない渇き⋯「渇愛」と「不水」を同時併用する事で使用可能。膨大な魔素を消費し、乾燥させた空気に触れた物を全て劣化させる。
・死相発芽⋯「番となるスキル」が存在することで使用可能。
死者に種を植え付け、植物を生成する。その植物は死者を養分とし、実った果実は死者の能力をコピーした異形となる。
<熱情者>
・熱愛⋯触れた対象の温度を操作する。対象は温度を持つ物に限定させる。
・不知火⋯使用者から一定範囲内の気温を変動させる。
・死相発芽⋯「番となるスキル」が存在することで使用可能。
死者に種を植え付け、植物を生成する。その植物は死者を養分とし、実った果実は死者の能力をコピーした異形となる。
なんかリムルよりスキルの数多くなっちゃったけど、まぁ転スラ世界数じゃないから! 許してください!
パワーバランス崩壊は無いように話は進めるんで大丈夫です。本当すみません。リムルにもパワーアップ回を用意してあるので⋯⋯
『犠牲からしか、何かは生まれず、しかし生まれたものはまだ誰のものでもない。凱旋はまだ先にある』