善悪をより分けるものは何だろうか。
正しければ、それは善だろうか。間違っているから悪なのだろうか。
ならば正しいとは、間違いとは何だ。
答えなんて有りはしない。
何故ならば、善悪も正誤も個人の主観の中に存在し、定義され、そして行動へと促す。
顕になった主観的行動は、世界に影響を与える。多数派を善や正、少数派を悪や誤とする。
多数派はいずれ少数派を制圧するだろう。
残された多数派はまたその中から少数派を見つけ出す。終わること無く、半永久的にそれは続く。
そうやって世界は均衡を保ってきた。
この均衡はヴェルダナーヴァとレブルという両者が世界に降り立った時から始まった。
ヴェルダナーヴァが孤高であった時、世界は創造主を定義付けてはいなかった。レブルが生まれ、その下劣な言動を多数派が悪とみなした事でヴェルダナーヴァは善となった。
少数派に分類される者はレブル一人であった。
だからこそ、容易に世界はレブルを悪とし間違った者として淘汰した。
しかし面白い話である。
レブルが生まれなければ、ヴェルダナーヴァは善でも正でもない。現代に至るまで、語り継がれる事はなかっただろう。
そう、善も正も対になる何かが無ければ存在しない。他人任せに生まれたそれらは、恰も最初からそこにあったと言わんばかりに蹂躙を始めるのだ。
お前は間違っていると罵り、目障りだと追いやり、思考を統一しようとする。
天空、水、大地、植物、動物、人や魔物、そして火を作り生命と光を掲げた創造主はそれを“善”とする為に悪を零した。
そして善として悪を追いやった。“正しい”行いであるから。
これは歴史の裏に隠れた、エゴイズム。
大小様々に現代に至るまで繰り返されてきたプロセス。
そして、今回もまた同じである。
所詮は歴史を繰り返しているに過ぎない。
悪心、繚乱、背教、不毛⋯⋯未熟な嘘に、薄汚れた愛。悪は十二分に揃っている。
さすれば後は善が生まれるだけ。
誰が善でも構わない。これまでの行いが褒められた物でなくとも、普段だったならば悪と呼ばれる存在でも。
レブルを始めとする“悪”によって生まれたならばそれは全て、清く正しき“善”である。
しかし、やはり面白い話だ。
何故ならば、これだけに揃った悪は全てたった一匹の魔物が持っているのだから。
やはり悪とは少数派である。
“善”の生まれる条件は等しく揃っている。
▽
崩れた城を静かに空の上から見下ろす。
クレイマンの立派だった城は見る影もない。
太古の文明もエルフ達の生活の場も全てが消えてなくなった──────友と共に。
風に靡く髪の毛が視界に映ることすら鬱陶しい、それだけ今は心が荒んでいた。
ミリム・ナーヴァ、
自ら別れを告げた友が、目の前に醜い姿で現れた。目の前にチラつかされた希望は砕かれ、どれだけの力を持ってしても友の核が壊された事に気がつけなかった。
仮にも最古の魔王である。
数え切れないほどの死を見てきた。そして暴君らしいその手で、今感じているこの腐れた感情を他者に与え続けてきた。
涙は流れない。目の膜は水分を全て失い乾いていた。
もはや誰かを失っただけで涙を流せる感受性は持ってはいない。あるのはただひたすらに“怒り”と“憎しみ”。彷彿とされる復讐心が、白群の瞳を濁らせていた。
しかし、思ってしまう。
何故ラルタ=テンペストが、かつて友を殺した者達と同じように毒牙を向けたのか。
巫山戯るなと声を荒げたくもなる。
否が応でも馬鹿みたいに信じたかったのだ。“マブダチ”というかけがえのない存在を。
リムルからラルタの裏切り話は聞いていた。
別にそれは何も思わなかった。裏切りなぞ、在り来りなよくある話。
ただ裏切られても“友情”があると信じて疑わなかった。長い時の中に置いてかれた幼心が、必死にラルタとの繋がりを信じ続けたのだ。
言ってしまえば、ミリムは“友情”という繋がりを二つも失ったのだ。同時に。
残ったのは、何も生み出さない感情だけ。
「何度奪われればいいのだ⋯⋯友を殺した人間達のように、セイヤ・カミシロも同じ事をするのか?──────許さないのだ。それだけは絶対に⋯!」
怒りに手が震える。
感情に後押しされ、無秩序に溢れ出す魔素が空間を揺らした。
《確認しました。個体名ミリム・ナーヴァに
それは世界の言葉が生み出した力。
レブルに対抗する為に打ち出された善と正の力。
復讐心が掴み取った善心。怒りと破壊が持つ正解。その矛盾を世界の言葉は感知しない。
何故ならば、ミリム・ナーヴァは悪によって友を失った哀れな子だから。
哀れな子が悪に立ち向かうというならば、それを善と認め力を与えなければいけない。
遥か昔からミリム・ナーヴァの心にあった、復讐心が今にして満ちたのだ。
対抗するべき悪がいる。それが条件。
たった今、ミリム・ナーヴァは清く正しき“善”となったのだ。
《ミリム・ナーヴァ、戦うのです。
貴女がその力で“悪心”を消滅させるのです。》
お告げの様な言葉が、ミリムの頭に注がれる。
この怒りも復讐心も、たった今世界が肯定した。そうなれば、もはや過去に友であった事実など無いに等しい。
愛しい小竜殺害、マブダチであるリムルの裏切りを行った者───セイヤ・カミシロ。
破壊を司るこの手で、殺さなくては。
何故ならば、それは“正しい”行いだから。
悪心を、善心が正しくしなければいけない。
▽
「───失礼します」
声は震えていないだろうか。
この両足はきちんと地についているだろうか。
何故こんなにも、生きた心地がしないのか。
「ソーカ⋯すまないな、こんな時に呼び出して」
「いえ、リムル様がお呼びなら私は何時でも」
「頼もしい限りだよ」
リムル様が弱々しく笑う。
泣き腫らした後かのように疲弊したその表情からは、微かに、けれども重たい憎しみが感じられた。
椅子から立ち上がったリムル様が、目の前までやってくる。
「ソウエイが死んだ」
「⋯⋯はい」
「すごい奴だった。仕事は出来るし、忠実だった。だからこそ“隠密”という役目を与えていた。このテンペストにおいて、欠けてはならない優秀な幹部だった」
「⋯⋯はい」
「───ソーカ、ソウエイはお前を認めていた。そして俺に言ったよ。
“俺が死んだら、ソーカを隠密に任命して欲しい”ってな」
「──────ッ!」
「お前を隠密に任命する」
差し出されたのは、ソウエイ様が愛用していた二対の忍刀。
これを受け取ることは、隠密という役目を拝命することだった。
光栄な事なはずだ。絶対である主に、幹部になるよう言われているのだから。
それだと言うのに、手が持ち上がらない。
どれだけ力を入れても、何故かこの手は刀へと伸びていかない。
まだ、心の中でソウエイ様がいた席を奪いたくないと思ってしまっている。
受け止めきれない、最愛の死という現実。
何故、リムル様はその刀を差し出している?
だってその刀の持ち主はソウエイ様で、ソウエイ様はまだ──────
「私は⋯私はッ、その刀を受け取る事は⋯⋯」
「ソーカ」
「ッ! リムル様、私には出来ませんッ!? 申し訳ありません⋯申し訳───」
「それは認めない」
「ぁ⋯、リムル⋯⋯様」
「俺は“任命する”と言った。拒否権はない。
これから多くの命が散っていくだろう。そんな中で隠密という役目を失ったままでは、その被害は膨れ上がる。それは何があっても避けなきゃいけない事態だ。分かるな?」
安易に告げられる現実に、とうとう崩れ落ちた。
リムル様は地面に膝をつき、下を向いた顔を上へと上げる。優しげに頬を撫でる手は何処までも残酷だ。
けれど、その優しさと残酷さが、上に立つ存在なのだと思うのだ。
「こんな事、本当は言いたくないんだ。ソウエイが死んで、ゴブタが死んで⋯⋯みんな気が滅入ってるんだ。俺だって優しく寄り添ってやりたい。でも、ごめんな。そんな事をしてられる時間は無いんだ。ソーカ、ソウエイの意思をお前が継ぐんだ」
あの時と同じだ。
自分の肌がまだ鱗で覆われていたあの時、兄の死が迫っている事実に涙していた時と同じ。
その手は、溢れそうな涙を拭ってくれる。
あぁ、リムル=テンペスト。我らが主。
そんな人が、直々に幹部になれと仰ったのだ。
感情が必要か? ソウエイ様ならばどうする?
ソウエイ様が、愛等に振り回されて主の命令に歯向かうか?──────有り得ない。
大河がこの愛を押し流そうと、振り向きはしない。この愛を“乗り越える”。
主が望むままに、主がセイヤ・カミシロを殺せと言うならば⋯⋯最愛を殺されたかどうかなど関係ない。
《確認しました。個体名ソーカにユニークスキル「
《ソーカ、戦うのです。
そこ力を真に成長させ、“死火”を消滅させるのです。》
少し寄りかかるように、刀に手をかけた。
無骨で暖かな刀。
何故、玉鋼の塊を暖かく感じるのか、もう上手く思い出せない。
けれど、この刀は自分を肯定してくれる。
「ソーカ、拝命いたします」
火に隠れた正解を、この大河が顕にする。
別に、カオスドラゴンを直接殺したのはセイヤでは無いし、ソウエイは感情に振り回された。
スキル紹介はまた別の機会に。
もっと長めにミリムとソーカの心情の変化を書こうかとも思ったんですが、仮にも主人公の敵対関係の心情をダラダラ書くのもあれな気がしてこの長さです。