虹ヶ咲のメンバーを無自覚に曇らせる転生者の話 作:投稿するヒゲ
この話には刺激の強い鬱要素が含まれております。タグで警告はしておりますが、別にこの話を読まなくても物語はわかります。日常パートのみを楽しみたい方は読まないでください。
栞子編としては前話のエピローグで終了です。
この世界の真相と向き合う方、なんでも許せる方のみお読みください。
虹ヶ咲のなく頃に、始まります。
栞子は背後から感じた人の気配に振り向く。
そこには灰色のコートで全身を覆う様に包んだ男とも女とも言えない人物が、紅の夕陽を逆光に立っていた。
栞子と結が感じていたあたたかく、和やかな空気は一瞬の内に散布する。
栞子は不思議に思った。
先程まで結と共に帰っていた道は、決して人通りが多いという訳ではないが、逆に少ないというわけでもない。
いつも通りの帰り道だというのに、誰一人として自分達とすれ違う事がなかったのだ。
そして目の前の、顔もフードで隠れて見えない不審者を前に、結を後ろに隠して栞子は前に出た。
「……何か御用ですか?」
栞子の問いに何も答えない不審者。自分達の前から動かない事を考えれば何かある事は明白だった。
栞子は警戒心を隠そうともせずに、結へと指示を出し後退する。
そして、それでも動かない不審者を見て、栞子達は訝しみながらも背を向けて歩き出した。
その瞬間が命取りだった。
後ろからドタドタとわざとらしい大きな足音が迫ってくる。栞子は心臓が跳ねる様に驚き少しの間動きが止まった。
二人ほぼ同時に振り向けば、コートの端から見えるきらりと光る刃が迫っていた。
栞子は咄嗟に動けない。それならばと、結が前に出て突き出される刃物を受け止めた。持ち手を両手でなんとか握りしめる。結が少しでも力を抜けば、彼女の腹に鋭い切先が突き刺さるだろう。
「結ッ!」
「栞子! とにかく早く、逃げて! そして警察に! いや、侑先輩にも連絡して!」
いくら基礎トレーニングを人より過剰に行なっているとはいえ、相対する不審者と体格が違い過ぎた。不審者は結よりも頭二つ分ぐらいの差があったのだ。
栞子は走りながら、震える手で警察に電話する。それから、高咲侑に連絡を入れた。
言われた事をやり終え、栞子はこのまま家へと走るか、それとも戻るのかを考えた。
答えは決まっている。
栞子に一人で逃げ帰るという選択はなかった。幼馴染であり親友であり、そして今しがた告白を受け入れた栞子に、結を放っておく事は出来なかった。
故に逃げてきた道を戻る。
見えてきたのは、先程とは違って刃物を不審者から奪い取り、形勢を逆転させた結の姿だった。
思わず栞子は大きく息を吐いた。
最悪の想像を頭中に膨らませていた栞子にとって、結がもたらした結果は最善に近かった。
その姿を見て、不審者が栞子へと走る。
咄嗟に結が刃物を不審者へと振り下ろし、不審者の足を止めた。
「近づくな!」
結の持つ手が震える。いくら前世を持つ彼女とて、刃物を誰かへと向ける経験は今回が初めてであり、誰かに敵意を向ける事すら慣れていない。その中で精一杯に張った虚勢で不審者を威嚇する。
不審者は動きを止める。
結は刃物を向けてゆっくりと後退し、充分な距離を取ってから走り出す。
チラリと背後を確認する。
動かない不審者を見てもなぜか安心出来ない。
栞子と結は自然と手を繋いでいた。この手だけは離さない。繋がれた絆であり、結ばれた手をお互いに離さないと力を込める。
おもいは結ばれた。
お互いに認識の齟齬はあれど、確かに胸の内を吐露したのだ。
常願は成就し、切望は過去から現在へと届いたのだ。
二人の物語はこれからも続いていく。
深く繋がれた絆は、きっと明るい未来をも手繰り寄せるだろう。
この襲われた経験すら思い出話として昇華し、二人の絆を深める為の要素として役割を果たす。
その程度。
その程度の出来事なのだ。
渇いた発砲音が響いた。
軽い、そう本当に軽い音。
鳥達すら飛び立たず、石ころを蹴飛ばす程度の音に感じる。近隣住民にすらテレビの音で掻き消えてしまう、そんな音。しかし、栞子の耳にはやけに明瞭に響いていた。
結の力が抜ける。
栞子から手を離し、身体を前方へと放り投げた。
身体が宙を舞う。
その時間は、栞子にとって永遠にも感じられた一瞬。次には、ドタンと道路に身体をぶつけて倒れ込んだ。
栞子は放心してしまい動けない。
結の身体からは穴が開き、そこから絶え間なく彼女の服や地面を鮮血で濡らしていた。
栞子には何が起こっているのかわからなかった。頭が理解を拒み、腰から力が抜ける。
座り込む栞子を尻目に、不審者は結に近づく。そして、先程撃った銃を徐に結に向けると静かに引き金を引いた。
発泡スチロールを突き刺す様な音が何回か聞こえる。その度に赤い液体が結の体から漏れ出ていた。
栞子は茫然と見ていた。
人は理解できない事、頭が拒んだ事を目の前にすると思考が停止してしまう。
虚な瞳は、ひたすらに目の前で起こっている惨劇を他人事の様に見つめていた。
カチカチと音がして銃をコートのポケットへとしまう。そして、結が持っていた不審者の刃物を手に持つと結の身体を何回も何回も連続で突き刺した。
手を足を頭を首を胸を肩を腹を股間を尻を──全ての箇所に突き刺し引き抜いた。不審者が手慣れている訳ではない。しかし、明確な殺意を持って結を殺した事を栞子は理解した。
「どう、して」
栞子は聞いた訳ではない。
栞子は問いたい訳じゃない。
栞子はただ現状を否定する為に言葉を発したのだ。
不審者は返事の代わりに立ち上がる。
暗がりで見えない不審者の顔が、栞子には笑っている気がした。
パトカーのサイレンの音が鳴る。
栞子が呼んだ警察が近くまで来ていた。
不審者は焦る事なく、返り血で赤く染まったコートで刃物についた血を拭き取る。
そのまま栞子から背を向けて、ゆっくりと歩き去っていった。
◇
私は今日も彼女の日記帳を手に取る。
あの日から一度たりとも彼女の部屋を出ていない。
部屋の前には食事が時間になると置かれており、姉さんは私の説得を諦めた。
あの後世間がどうなったのか、外の情報の一切を遮断した私には知る由もない。
姉さんによれば、同好会は解散となり新たにスクールアイドル部なるものができたらしい。今さら私にはどうでもいいことではあるが。
侑さんはあの事件の後自殺したらしい。なんでも、私から連絡を受けていたのにも関わらず救えなかったと遺書には書かれていたみたいだ。
歩夢さんは行方不明。度々目撃情報も挙がるらしいが今だに家には帰ってないらしい。
璃奈さんと愛さんは転校。
その他のメンバーは新たな部に移動。
外の事などどうでもいい。
今さら本当にどうでもいい。
私は日記帳を捲る。
そこには彼女が生きていた証があった。
同好会に入る前までは書いていなかったみたいだが、春から事件前までの日記がそこに記されていた。
枯れ果てる程に泣いたと言うのに、まだ私の目から雫が零れる。
◯月×日
今さら日記を書くなんて意味あるのかと思うが忘れない為に書いておく。
念願叶って虹ヶ咲学園に入学。
僕が学園に入学してもいいのだろうか?
そんな気持ちとは裏腹に、栞子と共に通うのか楽しみだ。
私はページを読み進める。
△月◯日
栞子が僕の事で悩んでいるのを知った。
母さんが僕を想っていてくれることを知った。
同好会の皆が僕達を信じていてくれることを知った。
ようやく僕も覚悟が決まった。
胸の中に決意がみなぎった。
そして、栞子に思いを伝えられたなら、僕は栞子に歌ってほしい。
あの日聴かせてくれた栞子の歌をもう一度聴きたい。
明日はスクールアイドルフェスティバル。僕にとっては栞子の為の祭典だ。
絶対に成功させてみせる。
このページに栞が挟まっていた。
彼女が最後に記した最後の日記だ。
翠の栞が床に落ちた。
その時、無遠慮な衝撃が扉に響いた。
「栞子、この私、ショウ・ランジュが今日も来てあげたわよ!」
……うるさいですね。
ランジュとは昔、親に連れられて行ったパーティーで会った知り合いだ。
何かにつけて私に絡んでくるものだから鬱陶しいと思っていたが、パーティーに参加している子どもの中では彼女とは一番話していた気がする。
少しだけ昔の話を思い出していると、またランジュが扉の前で話し始めた。
「気持ちがわかるなんて言わないわ。けれど、栞子を大切に思っている人達が居る。その事をどうか忘れないで……もちろん私も栞子を大切に思っているわ」
ランジュの言葉は私の頭には入ってこなかった。
あの日の事を考える。
私が何も出来ずに結を見殺しにしてしまったあの日。
どうしてこんなことになってしまったのだろうと、ずっと考えていた。
彼女を襲った不審者の事は結局分からない。誰がどんな理由で私達を襲ったのか、正確にはどちらを狙っていたのか、無差別な通り魔なのか。何もかもが謎に包まれていて、納得のできる原因が見えてこない。
「そんなにあの子が大事なの? 分かるわ。私も同じ思いを抱いているもの。だったら、あの子の代わりに私が──」
「結の代わりなんて居ません!!」
私は感情のままに叫ぶ。
そう、居ない。
結はもうこの世界には居ない。
私は彼女を助けられなかったのだ。
私の大切な人はもう居ない。
あの日、照れ臭くて言えなかった気持ちも今ならハッキリと言えるのに。
もう、私の大好きな人は居ないんだ。
その瞬間、私の頭の中で全てがカチリと噛み合う感覚がした。
「ご、ごめんなさい。そうよね、代わりなんて居ないわよね。また、明日も来るわ……
扉の前から離れていく気配を感じる。
……誰だ?
今、扉の前に居た人物はいったい誰だったんだ?
そうか。
わかってしまった。
全ての事象を理解してしまった。
世界が狂ったのは、歯車が噛み合わなくなったのはあの時。
私も結もあの時からおかしくなってしまったんだ。
嗚呼、どうして今さら気付いてしまったんだろう。
気づかなければ……私が──私が結を殺してしまった。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。
私の目に、いつも結が使っていたタブレットの充電器が映る。
私はそれを電灯に括り付けて輪をつくる。
嗚呼……あの時、あんな事をしなければよかった。
あの時、彼女と出会わなければ良かった。
結と、出会わなければ良かった。
── 生まれてきて、ごめんなさい。
皮肉にもあの日に彼女が呟いた言葉と同じ台詞を吐いていた。
止めてくれる誰かは、私にはもう居ない。
私が最後に見たのは、日記のページに私の血が滴る所だった。
この話でどれだけの人がお気に入り解除や低評価、罵詈雑言を吐かれるかわかんねえな。
申し訳ありませんでした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これ以降もこんな感じで話が進みますので苦手な方は、この作品は忘れてください。
読んでもいいよ、と言う方は今後ともよろしくお願いいたします。