虹ヶ咲のメンバーを無自覚に曇らせる転生者の話 作:投稿するヒゲ
長い長い廊下の先。
僕は聞こえてくる一つのフレーズに導かれて歩く。透明感のある空間は時間を感じさせず、続く光がさす道の先には青空が広がる外廊下になっていた。
柵に手をついて、小さく囁く様に紡がれる詩に聞き覚えのある声。
一人、黄昏れる彼女の瞳は満点の空とはかけ離れた憂鬱が感じられた。
優木せつ菜。
眼鏡を手で弄びながら肩下まで編まれた三つ編みを揺らして、彼女はただ宙を見る。
どこかふわふわとした雰囲気の彼女に、僕は一歩近づいた。
「アナタは……あぁ、新入生の方ですか。道に迷った……という風には見えませんが」
本物の優木せつ菜その人が僕に話しかける。いや、今は現生徒会長中川菜々と呼んだ方がいいのかも知れない。
だけど、新入生挨拶で見た生徒会長である彼女の凛々しさも、スクールアイドルとして歌う彼女の情熱も、何も感じられない程に今の彼女は何かに弱っていた。
僕はタブレットの画面を見せて彼女の正面へと向かう。
「優木せつ菜……知りませんね。私はただの虹ヶ咲学園生徒会会長の中川菜々です」
眼鏡をかけ直して静かに目を逸らす。目は口ほどに物を言うとは言うが、今の態度だけで殆どの人が彼女の正体に気づくだろう。寧ろ今まで誰にも気づかれていないのが不思議なぐらいにわかりやすかった。
さっき口ずさんでいた歌は間違いなく優木せつ菜の曲だ。しかも、その曲はまだ動画サイトでも公開されていないこの世界では未知──つまりは優木せつ菜本人にしか知り得ない曲。
この世界では、前世で彼女達の事を知る僕にしか判別出来ない言い訳であった。
歌うのが好きなの?
「聞こえていたのですね。恥ずかしいです」
恥ずかしくなんてないよ。
もう、べらぼうに良い曲だよ?
「良い曲……ですか。ありがとうございます」
儚い笑顔で曖昧な返事。
絶対に同好会の件を気にしている。
僕には分かるんだ。長年、三船家に一方的に養われている僕は人の顔色を窺う術を知っている。そんな僕が断定する。優木せつ菜、今メンタル面が最低まで落ち込んでしまっている!
どしたん話聞こか?
僕で良ければ話聞くよ??
僕は彼女の隣で柵に手を置く。
「話……そう、ですね。これは、あの、私じゃなくて、とあるスクールアイドルの話なんですけど」
語られたのは同好会解散イベントの内容プラスアルファ。中川菜々が家族にも自身の秘めた思いを明かせずに、スクールアイドルとしての優木せつ菜との間で板挟みになってしまった苦しさ。そして、自分の理想を同好会のメンバーに押しつけてしまった後悔。
「どうしても許せなかったんです!」
彼女の必死の想いの丈が空へと打ち込まれる。
「絶対に私達は一つになればラブライブでだって優勝できます! もっともっと私達はファンの皆に届けられます! それなのに!」
口窄みになった言葉の節から、消えない無念と悲しみが溢れる。
「私が壊してしまう。このまま続けていれば、同好会は潰れてしまいます……だから彼女はもう歌わない。スクールアイドルでは居られないんです」
柵を持ちながら下を向いてしゃがみ込む。小刻みに体を震わせる様子は、まるで親に叱られる幼児の様に儚く見えた。
「一番、許せないのは私なんです。皆の事をちゃんと見ていなかった私なんですよ」
一通り、聞き終えた僕は思った──
あーそれは、かすみんが悪いわ。
そんなに卑下するなって。とりあえず、同好会の部室行こ?
──だ。だってもういいじゃん。ここまで苦しんで悲しんで、後悔したならもういいじゃん。もう、かすみんが悪いで解決。判決、無罪! 終わり! 閉廷! 以上、皆解散!
「私は……」
もういい、そんなに思い詰めないで。
苦しい時は人の所為にしたってバチは当たんないよ?
とりあえず、帰ろ。帰ってみんなに謝ってもっかいスクールアイドルとして頑張っていこう。
「いいんでしょうか……」
いいんですよ?
そんなに遠慮すんなよ、僕達これから同じ同好会に所属する仲じゃん。
……ヤレる。
後、ひと押しで!
同好会へと連れ帰れる!!
「あー! やっと見つけたー!」
突如、後ろから僕達の方に向かってくる我らが主人公様──高咲侑。
「ごめんなさい。やっぱり、私は!」
そう言ってせっちゃんは走り去ってしまった。
あぁ、もう少しで
「あー、ごめん。なんか今マズかったかな」
この気まずい雰囲気に侑タソも思わず苦笑い。おのれ主人公。その困り笑顔も可愛いな、オイ。
それで?
僕に何か用事でも?
「えっとね、こんな事聞くのおかしいと思うんだけど──」
その後の言葉が続かない。
侑タソもおかしいと感じたのか何度も、口をパクパクさせる。首を両手で掴んで、絞り出す様な動きをして喉を鳴らす。
「アヒュ……ウ……ウ、ヒュ!」
だけど、何度も口を動かして何かを伝えようとしているけど、どうしても言葉に出来ないみたいだった。
「た、タブレット貸して!」
そう言って半分無理やり僕のタブレットを奪い取る。そして、何かを入力しようとして、何度も字を書いたり、入力したりして画面をタップし続ける。
「出来ない! どうして!? どうして伝えられないの!?」
タブレットに音鳴る程に指を食い込ませながら叫ぶ。画面が歪み、暗い有彩色が広がった。
どうしたんだ。さっきから情緒不安定だぞ。
こんな
少しの錯乱の後、落ち着いたのかタブレットを返してくれる。
「ごめん、取り乱した……私、今日は帰るね」
お、おう。
いったい全体、どうなってるんだ?
以前出会った時はいつもの侑タソだったのに、今日の侑タソは何かに取り憑かれたかの様におかしかった。
夕闇が辺りを包む。
学園の廊下は電気が付いておらず、侑タソが消えた先は見えない。
どこまでも続く暗闇は僕に言い様のできない違和感と不安を灯す。
立ち尽くしていると、栞子とリナリーが迎えに来てくれた。
「何かありましたか?」
「大丈夫?」
二人に心配されてようやく平静を取り戻した僕だったが、拭えない不安は僕の心にべったりと張り付いて消えてはくれなかった。