昔教えられた。
人は誰かの不幸で飯を食っている、と。
人を不幸に陥れるのが悪人で、不幸から救い出すのが善人だ。
だからまぁ……善人も悪人も、人の不幸で飯を食っているという意味では変わらないのかもしれない。
恨まれるか、感謝されるか。あるのはその違いだけ。
現代日本で、善人の代表ってなんだろうと考えてみる。無難に警察かな。
それなら悪人は犯罪者か。
感謝される善人が警察。恨まれる悪人が犯罪者。
そして、感謝もされず、恨まれもせず、それでも人の不幸で飯を食うのが私たち———リコリスだ。
深夜2時。都内某所。建設中のとあるビルの中。
ちょっとアイドルっぽい制服姿の私は、目の前の光景をインカムで伝える。
「
『人数は?』
「写真で貰ってたターゲット2人。取り巻きっぽいのが見える範囲に7人。それと……」
『なによ』
「車椅子に括り付けられた、いかにも借金で焦げ付いたっぽい
『たぶん返済が滞って消されるところね。よくある話じゃない』
「建設中のビルで? 普通はコンクリ詰めで海にポイじゃないの?」
『お馬鹿。それだとコンクリ代やらかかる上に見つかるリスクがあるでしょう? 基礎工事に混ぜちゃうのよ。ビルなんて建っちゃえば何十年もそのままなんだから、海なんかに捨てるよりよっぽど安全だもの』
「おぉ! 考えてみれば確かに」
想像するだけで涙が出ちゃう。このまま1人で誰にも知られず朽ち果てるなんて、私なら耐えられないなぁ。
「って、あぁ⁉︎」
『どうしたの⁉︎』
「やっばい! なんか取り巻き連中がパンピーに銃向け出したんだけど」
下手くそな構えで拳銃を向ける取り巻き達の口元には、おもちゃを手に入れた子どものような残酷な笑み。対してパンピーの方は猿轡の下で必死にくぐもった悲鳴を上げながら車椅子の上でバタバタ暴れてる。たぶん目隠しの下は涙でぐちゃぐちゃだね。
そんな相手に向けて、パシュン! 取り巻きの1人が
弾はパンピーに当たらず、顔の右側を通って剥き出しのコンクリートに。それを他の取り巻き達が「下手くそ」やら「ノーコン」ならと冷やかしてるよ。
「……姉御。あいつら、あの人で遊ぶ気だよ」
『そう。つまり完全に注意散漫ってことね。———いけるかしら?』
「いける」
私は背中のスクールバッグから武器を取り出す。それは世界的に有名な黒いシュワシュワ炭酸ジュースの缶。
『じゃあ命令よ———殺しなさい、
「オーライ!」
右手に握った武器———缶ジュースに偽装したスタングレネードのフルタブを開けた私は、的にされてるパンピーと取り巻き達のちょうど中間地点に投げ込んでやった。
———キイィィィィィィイィィィィン‼︎
甲高い音と閃光が一瞬だけフロア内を覆う。それと同時に私は、
一応周囲に仲間がいるため、視覚と聴覚を一時的に奪われても無闇矢鱈に撃たないのはポイント高いよ。まぁ、だからなんだって話だけどね!
「ぃーよっと!」
私は走り込みながら、右太腿のナイフを抜く。そして返り血に気を付けてすれ違いざまに7人中4人の取り巻きの頸動脈を斬り裂いてやった。
喉も一緒に斬ってるので、悲鳴は上がらない。
「なんだ! 何が起きてる⁉︎」
「クソ……何も聞こえねぇ!」
「なんだお前は⁉︎」
あれ? ……っと、やばっ⁉︎1人だけグラサンかけてる奴いたわ。
無駄にデカい声を上げてるところを見るに、耳はバカになってるみたいだけど。
距離はザッと6m。素人が片手撃ちで当てるには無理があるね。
パシュンパシュンとサプレッサー特有の音を響かせながら撃ってくるけど、私はそいつの腕を外側へ開かせるように銃を握る手の方へ走る。……はい、弾切れだね。
「ざけんな‼︎なんでこんな子どもが⁉︎」
「う〜ん、需要と供給?」
握力を支える深指屈筋を斬り裂き、銃を床に落としてから相手の前髪を掴みつつ後ろに回る。そして頸動脈を、えいや。
未だにスタングレネードのピヨリから抜け出せない2人に生温かい血が降り注いだ。
「ハッ…ぁあ…アァァァァァァァ⁉︎」
「ちょっと馬鹿! 混乱するな馬鹿! 本当に馬鹿!」
2人のうち私から見て左側の馬鹿が混乱に耐えかねてバカスカ撃ちまくってくる。危ないなぁ!
今殺した奴の体を盾にして、弾切れを待つしかない。
「あ、終わった。じゃあお休みなさい」
床にへたり込んでリロードもできないくらい戦意喪失してるみたいなので、パパッと殺す。
あと1人残ってた奴は、運悪く乱射された弾が頭部に当たったらしく、既に床でおねんねしてるよ。ドンマイ。
「さて…と。あとはターゲットの2人か」
さすが国から直々に殺せとお達しが入るだけあって、逃げ足が早い。
今回のターゲット2人は、汚職警官とチンピラの元締め。警官が押収した薬物を横流しにしていたらしい。
カビが生えたような小悪党だけど、それもやり過ぎれば殺せと言われるんだから、この国はつくづく『平和で安全』という看板を平和と安全から程遠いやり方を使ってでも死守したいらしいね。
「てめぇ‼︎俺らを嵌めたのか⁉︎」
「だったら一緒に逃げるわけねぇだろうが‼︎ったく、どうなってやがる……ただの小遣い稼ぎのつもりだったのに!」
「大体なんなんだあのガキは! なんであんなガキが平然と人をぶっ殺せる‼︎」
「俺が知るか! 黙ってろ‼︎とにかくここで迎え撃つぞ。どっちにしろ見られたからには生きて返せねぇからな」
わお! とっても悪党なセリフ。やっぱり本物は言うことが違うね。
ターゲット達の声が聞こえるのは、T字になった廊下の突き当たり。
2人を追うにはこの一本道を通るしかないと考えて、ここで私を仕留める作戦のようだ。二手に分かれて、角から様子を伺ってるよ。
流石は腐っても現役警察官。油断できない。
そんな2人に対して、私は
(取り巻きを殺された時、何を思った? 本当なら今すぐ家に帰りたいよね。
お酒を飲んで忘れたいだろうし、出来ればおつまみなんかも欲しいんじゃない?
……そうそう。落ち着いて。冷静に考えれば、あんた達の方が有利だよ? この一本道を行くしかない私に対して、2人は銃を持って待ち構えてる。負けるはずなんてないよね)
おっさん2人の臭そうな呼吸音が落ち着きを取り戻していくのが分かる。
……頃合いかな?
「えいや」
私は缶ジュース型スタングレネードを通路にポイ。カンという音を響かせた後、またも甲高い音と閃光を放つ。
「来るぞ! 撃て! 撃てぇ‼︎」
「クソがぁぁぁ‼︎」
当然、スタングレネードを入れた後は突っ込んでくる。さっきの光景も見てただろうし、予想通り一本道の先から来るであろう私にバカスカ発砲してるよ。お馬鹿さんめ。
「んなっ……⁉︎痛ぇ…」
「なんだこりゃ……」
それを見越していた私は、スタングレネードが炸裂する直前に刃先がしっとり濡れた小型のナイフ———スローイングナイフを投げていた。
そのナイフが、身を出した2人の銃を握る手を掠めていく。
(さて、あとは待つだけの簡単なお仕事♪)
銃火器を使わない……いや、
接近してナイフ。離れればスローイングナイフ。牽制にはスタングレネード。
他のリコリスからは非効率だと言われるし、このせいで銃を持つ他の人と組めないから
(そろそろ効いてきたかな)
通路を覗けば、ターゲット2人からの銃撃は止んでいる。耳を澄ませば、荒い息遣いが聞こえるよ。
私はゆったりと歩いて2人のところまで歩いていく。その間、撃たれることはなかった。まぁ、そもそも相手がもう銃を撃てるような状態じゃ無いんだろうね。
「こんばんは。悪者さんたち」
ぴょこん。待ち合わせで恋人を驚かすように、影から顔だけ覗かせる。
うん、2人とも真っ青な顔に大量の汗が浮かんでる。息遣いも荒いし、とっても苦しそうだね。
……おっとっと、危なく同調しちゃうところだった。
とりあえずはアロハシャツが大変ダサいチンピラの方から始末。
床に引き倒し、うなじのチョイ上側にナイフを刺して天に召す。
「ハァ…ハァ……なんだ…お前は……なんでこんなガキが……」
「あれま。まだ喋れるんだ。警察って毒の耐性訓練とかしてるの?」
私のスローイングナイフには毒が塗ってある。銃火器にナイフで立ち向かうんだったら、弾切れを狙った長期戦は必須だからね。長期戦に毒は、結構相性が良い。
相手に打ち込めれば、時間が経つほど私が有利になる。
「噂で聞いたことがある……人知れず悪人を殺して回ってる…女子高生の噂……ハァ…ハァ……」
え、そうなの? リコリスって機密組織だから、それってまずくね?
ちゃんと情報規制しないとダメだよ。
まぁ、警察ならそういう情報も入ってくるんだろうけどさ。
「う〜ん、とりあえず1つずつ答えていこうかな。ちなみに噂の女子高生ってどんな背格好?」
「銃弾を…避けて近付く……返り血で真っ赤に染まった制服を着て…いる……2メートル近い少女……まさか…お前が……っ⁉︎」
2メートル近い女子高生は少女じゃない気がするけど、そこは一旦置いておこう。
「あー……たぶんそれ私じゃないね。そもそもほら、私の制服は
リコリスの制服は3種類あるけど、私はその中でも1番下っ端の色。
銃弾を避けて近付く返り血で真っ赤に染まった制服の女の子は、たぶん歴代最強のリコリスちゃんだね。
1番上のランクを示す赤色の制服を着てるから、伝言ゲーム的に尾びれが付きまくってそんな噂になったのかも。確かに銃弾を避けて近付くって化け物じみてるし、仕方ない。2メートル近いってのはマジで意味わからんけど。
「んで、『なんでこんなガキが?』だっけ? わりとよく聞かれるから、この質問の答えはもう定型文になっちゃったよ。答えは1つ! ———あんた達みたいのがいなくならないから」
「ハァ……ハァ…」
「頭の中ガキの大人が悪さするなら、ガキが大人の仕事をするしかないじゃない。アダルトチルドレンみたいな? ……あれ、ちょっと違うかな?」
超絶悪い顔色で汚職警官が睨み上げてくる。
「……子どもに人殺しさせて…正義の味方気取りってか…?」
「そういう訳じゃないよ。単に需要と供給がマッチしただけ。悲しいけどさ、やっぱり子どもの殺し屋って需要があるんだよね」
「それがっ……人のやることか‼︎」
最後の力を振り絞って、汚職警官が撃ってくる。狙いは私のキュートな顔面。女の子の顔を銃撃するなんて最低だ!
「そう思うなら、次は善人に生まれてきなよ」
———ギイィィィンッッッ‼︎
画家が絵を描く前にやるみたいに、私は顔の前でナイフを縦に構えて弾丸を斬る。
我がプリティフェイスの左右を、真っ二つになった弾が通過して後ろの壁にめり込んでいった。
「あーあ。ナイフダメになっちゃった」
「なっ……化け物……っ…」
いや、本人的には不意打ちしたつもりなんだろうけど、普通なら撃つでしょ。この状況。映画とかでもよくあるし。
そして狙うならイチかバチか、1発で殺せる頭。こんなものは初歩的な推理だよ、ワトソンくん。
とはいえ、やっぱり弾を斬ったせいでナイフの半ば辺りには大きくひびが入ってる。これでこの人を殺すのは難しいそうだ。
予備のバタフライナイフもあるけど……なんかこいつムカつくしいいや。
「悪いけどこれであんたのこと殺せなくなっちゃった。あと5分もすれば毒が回り切るだろうから、苦しいと思うけど頑張ってね」
「ガ……ガフッ……あぁ……殺しっ、……殺してくれぇ……頼む…カハァ……ッ」
口からブクブクと血の泡を吹きながら、苦痛に耐えかねて懇願してくる汚職警官に、あっかんべー。
そいつが死ぬまで、私はスマホゲームを開いて時間を潰す。
そういえば今日のログインボーナス受け取ってなかったわ。お、詫び石来てんじゃん。ガチャ引こっと。
「ん。死んだかな」
ガチャ引く前に、溜まったスタミナを軽く消費していたらすぐに5分経過。
汚職警官は完全に動かなくなってたので、首に指を当てて脈を測ろうとしたら、グラッ。ベチャ。
バランスを崩した死体が床に倒れて、口元の血の泡が袖に付いたんですけど! ふぁっきゅー‼︎
……あ、もう死んでるんだった。
『姉御、任務終了だよ。敵の生存者、逃走者、共にゼロ。車椅子のパンピーはそのまま放置でいい?』
「そうね。楠木に連絡しておけば勝手に回収してくれるでしょ」
『おーけー。んじゃ帰るね。今日のお夜食はなーに?』
「ポテサラバーガーよ」
『お、新作だ! 楽しみ♪』
「気を付けて帰ってらっしゃい。迎え、行きましょうか?」
『大丈夫だよ。……あー、あとごめん姉御。制服の袖汚しちゃった……』
「……怪我したの?」
『ううん。敵の血。死亡確認した時に付いちゃって……』
「あんたに怪我は無いんでしょうね?」
『うん』
「ならいいわよ。さっさと帰って来なさい」
『うん!』
インカムのスイッチを切って耳から外せば、開放感が心地良い。
音質を重視するとどうしても耳周りが蒸れるんだから、嫌になっちゃう。どこかでもっと通気性良いの販売されないかしら。できれば髪のセットも崩れないのがベストよね。
アタシ自慢のハンバーガー専門キッチンカー、『オータムサンド』。
お客が好きに挟みたいものを指定していって、それに応じて値段が変わる丸亀○麺的なシステム。
学生なら3割引きか、パティを1枚追加のサービス付き。
SNSの普及で最近はどこに行ってもお客が来てくれるから、ありがたいったらないわ〜。リピーターも付いてるし、次にキッチンカーブームが来たらアタシが先駆けになっちゃうのかしら?
取らぬ狸の皮算用に頬を綻ばせているうちに、
初めてのお客さんでも分かるように、何種類かスタンダードな組み合わせを看板に表記しているけど、これも載せようか検討中なのよね。
パティの代わりにポテサラを挟んだバーガーは、値段もお手頃。冷めても美味しく食べられるから、昼食用に朝販売するのもいいかも。
……ちょっとそこ! サンドイッチで良いじゃんとか言うんじゃないわよ! あとサンドイッチじゃなくて、サンド
「あら?」
ペーパーに包んでいると、アタシのスマホから着信音。この着信音は楓ね。
緊急用のものじゃないから、やっぱりポテサラバーガー以外のものがいいとかかしら?
「もしもし? どうしたのよ」
『姉御。良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?』
開口一番、無駄に芝居がかった渋い声でハリウッド映画のような質問。
そういえば昨日、喫茶リコリコ所属のリコリスちゃんから借りた映画を遅くまで観てたわね。
相変わらず影響されやすい子。
「そういう時は、良い知らせからがお約束でしょう?」
『じゃあ良い知らせからだ。———まずは、任務完了。詫び石でガチャを回した結果、20連目で今回のピックアップSSR「炎氷果物王パルパルパイナップル」を手に入れた』
「……あんた一体どんなスマホゲーやってんのよ」
これに課金してるって言うんだから、最近の若い子は本当によく分からないわ。
「で、悪い知らせは?」
『ふっ。聞いて驚くな? ……いや、これを聞いて驚くなって言うのは無理があるなぁ。内臓から来るタイプの驚きってやつを今味合わせてやるぜ』
「……あんた、本当に映画観てた? ジョーク下手くそ過ぎじゃない?」
『なんだよー! 下手って言うなよー! これでも今アドリブで頑張ってるんだよ』
「いいから、悪い知らせは何なの? 怒らないから言ってごらんなさい」
『……本当に怒らない?』
悪戯がバレた子どもみたいにシュンと楓の声が小さくなる。
それから少し間が空いて、意を決したようにグッと喉に力が入る音がスピーカーから流れた。
そして———
『———補導されたから迎えに来て? 押上警察署まで』
「お疲れ様でした」
後部座席の扉を開けて待っていた女秘書に軽く手を上げ、男はスーツに付いた埃を払って車に乗り込む。
「珍しいですね。自ら現場に出向くなんて」
「1度くらいは直接この目で確認しておきたくてね」
銃相手に刃物のみで立ち向かう姿は無謀なことこの上ないが、それでもあの少女がリコリスになってからの3年間生き抜いてきたのは事実。
それを目の前で証明され、男は小さく口角を歪める。
すると、おもむろに運転席の秘書から瑪瑙の櫛を差し出された。
「もしよろしければお使いください。髪が乱れておいでです」
「ん? あぁ、ハリウッドばりの演技を披露したからか」
相変わらず有能な秘書に礼を述べ、受け取った櫛でいつも通りの髪型に整える。
「……なるほど。あれが千束を殺す者か」
男———吉松シンジは車椅子に拘束されながら見た光景を改めて思い出し、後部座席で微笑みを溢す。
はい、いかがでしたか?
楓のキャラクターコンセプトは、ある一定条件に限って千束ちゃんに対抗できるリコリスです。
とりあえずは2話まで投稿して、それ以降は2022年9月9日電撃文庫から発売される小説を読んでから書いていく予定です!(販促)