パーパルディア皇国 皇都エストシラント
日本、アルタラス王国の共同声明発表から一週間後。
パーパルディア皇国の国家運営にとって、最も重要な軍務を預かる軍務局の局長室では、皇国軍最高責任者であるアルデが頭を抱えていた。
アルデが日本という国を初めて認識したのは、第三文明圏外の国ロウリア王国が日本に敗戦したという報告を聞いた時だった。
自国の周辺で武力衝突があれば、普通はその戦争に勝利した国の調査を行い、自国に対して脅威になるかどうかの調査を行い、分析、判断をしなければならない。
しかし、パーパルディア皇国にとって文明圏外の国など、恐るるに足らない存在であり、調査する必要すらない。
この様な考えがあったからこそ、第三文明圏の外で行われた戦いは正確な調査すらされずに、次第にアルデの頭から日本という国の名前は消え去ってしまった。
次に日本の名前を聞いたのは、皇国監察軍がフェン王国の沖合で日本の艦隊に追い返された時だった。
監察軍に所属する戦列艦は前線を退いた旧式であり、その上数も少ない。
質をはねのけるほどの数を揃えたのかと、アルデは考えたのだ。
だからこそ、アルタラス王国への侵攻が決定された会議にて、第三外務局からの「艦隊に所属するワイバーンロード20騎が消息不明になり、艦隊も二隻を除き撃沈されてしまった。」という報告を真に受けず、そればかりかカイオスに対して、
「第三外務局と監察軍は栄えある皇国の恥であります!」
と、言い放ったのだ。
だが、今なら判る。
本当の皇国の恥は、一体誰だったのかを。
カイオスはあの会議の場でただ一人、日本と皇国の力を正確に比較し、物事を判断していたのである。
「私は、二ホン国の力を・・・、見誤ってしまった・・・。」
彼の常識では、文明圏外の国が列強国に勝つなどあり得ない事であり、事実フィルアデス大陸の歴史上にも一度もなかった事であった。
あってはいけない事のはずなのに、現実はそのあってはいけない事が起こってしまっている。
最新鋭の戦列艦や精鋭のワイバーンロードを搭載した竜母艦隊、更にはムーのマリンに匹敵する性能を持つワイバーンオーバーロードでさえも、惜しむこともなく投入した。動員人数も過去最大であり、文明圏外の蛮族の国を複数同時に相手をしても圧勝できるほどの大戦力だった。
しかし、敵国に与えた損害はゼロ。
そう、ゼロだ。敵の一兵すらも討ち取っていないのである。
自慢の大艦隊も飛竜隊もまとめて蹴散らされた上に、昼間の内にエストシラントとパールネウスの基地を破壊され、最後に残っていたデュロも夜中に攻撃を受け、最後の防衛軍基地とアルデの最後の望みであった工場群も破壊されてしまった。
しかもこれだけの被害を、たった一日で受けてしまったのである。
どうにかして反撃を行おうにも、パーパルディア皇国主力部隊を一日で壊滅させた日本を相手に打つ手がまるで浮かばない。
そのうえ、日本とアルタラス王国の共同声明に勇気づけられた属領が一斉に反旗を翻したことで、パーパルディア皇国は四方八方を敵に囲まれてしまった。
「四面楚歌」、この言葉以外にパーパルディア皇国の状況を説明できる言葉があるだろうか?
失意のどん底に沈む、アルデ。
・・・トントン
執務室のドアがノックされる。
「入れ!!」
アルデが入室の許可を出すと、部下が汗をかきながら飛び込んでくる。
「ああ・・・、今度はなんだ、いったい何の悪い知らせだ?」
「報告をします!つい先程、最後まで抵抗をしていた属領が陥落しました!これで我が国は、全ての属領を失ってしまいました!」
属領が全て落ちる。
それはつまり、侵略戦争に明け暮れることになる前の状態、パーパルディア皇国の前身であるパールネウス共和国の時代にまで、国土が戻ってしまうという事である。
「なんてことだ・・・。我が国の100年余りの努力の成果が、全て失われてしまったというのか・・・。」
「・・・さらに、悪い知らせがございます。」
「一体なんだ!?これ以上に悪い知らせがあるというのか!?」
アルデは、パンク寸前の頭を抱えながら、ヒステリックに叫ぶ。
「反乱を起こした各属領軍が互いに通信を行い、「フィルアデス大陸解放軍」を名乗り、我が国に宣戦布告、地方都市アルーニに向けて侵攻を開始しました。解放軍には少数ですが、二ホン国軍が同行しているとの未確認情報もあります!」
「な、なんだと!?アルーニの防衛は、大丈夫なのか!?」
「現時点では、何とか持ちこたえることが出来ているとの事です。」
「そ、そうか・・・。全く、次から次へと・・・!!」
キリキリと胃が痛むのを感じながらも、アルデは軍の最高責任者としての指示を続け、皇国防衛の為に奔走する。
同時刻 レミール邸
従者を通じて入ってきた報告に、レミールは失意と絶望のどん底に突き落とされる。
(いったい、自分の何が悪かったのか・・・。)
自分はいつものように、皇国のためを思い、「仕事」をしただけ。
今回も皇国の更なる発展のために、アルタラス王国を挑発し戦争状態に突入させるのと同時に、アルタラス王国に肩入れし増長させた日本の民を捕らえて、日本大使の目前で処刑することで日本に自国の力を思い知らせるはずだった。
圧倒的な国力を背景に脅迫外交を迫る事も世界では当たり前の事、特に問題はなかったはずだ。
しかし、今回の相手は余りにも特殊であり、戦争を仕掛ける相手としては余りにも悪すぎた。
全世界に向けて、列強国と正面切って戦う事を宣言した日本は、たったの一日で皇国の三大基地とパーパルディア皇国海軍のほぼ全てを葬り去ってしまった。
更には、日本とアルタラス王国の手によってパーパルディア皇国の属領全てが一斉に反乱を起こし、わずか一週間で全ての属領を失い、国家の存亡にかかわる状態へとなってしまった。
しかも日本は、自らの敵が降伏するまで攻撃を続けると宣言をした。
日本大使の前であのような事を言った自分もまた、間違いなく日本の攻撃対象に入っている事だろう。
(二ホン国が憎い!二ホン国が怖い!)
ベッドの中で布団を頭からかぶり、ガタガタと震えているレミールの脳裏に、日本大使の言葉が思い出される。
「「私は、日本の全権大使ではありませんが、これだけは言わせてもらいます。貴国の行いに、我が国の二億一千万の国民は、強い怒りを感じています。この怒りの炎は、間違いなく貴国を焼き尽くすことになるでしょう・・・。実力を知らない?それは、貴国の方ではないか?我が国の実力を知った時の、貴方方の顔が目に浮かびますよ。とても滑稽な光景でしょうね。」」
「「我が国の守護神の怒りの雷に打たれることを覚悟しておけ。」」
負け犬の遠吠え、弱者の戯言だとその時は軽く聞き流していたが・・・。
(しかし・・・、私は、力を見誤ってしまった・・・。)
レミールの思考は、過去の行動への後悔とパーパルディア皇国への懺悔で埋め尽くされていった・・・。
パラディス城 王の間
アルデが国防のために奔走し、レミールが皇国への懺悔をしているのと同時刻。
パーパルディア皇国皇帝ルディアスは、自国を短期間でここまで追い込んだ日本について、皇国の内政において絶大な権力を誇り、圧倒的な外交能力と優れた先見性を持つ相談役ルパーサと話をしていた。
「・・・では、貴様は二ホン国が陸軍基地や工場に対して行った空からの攻撃を皇都に対して行う可能性は、低いと考えているのだな?」
「その通りです、陛下。皇都には大使館に駐在している各国の要人やその家族が住んでおります。また、外国の商人も多数滞在しています。二ホン国が今まで攻撃を行ってきたのは、陸軍基地や軍港などの軍事拠点や、軍事を支える生産拠点のみであり、居住区域には攻撃を行っておりません。」
「うむ、そうか・・・。それでは、二ホン国は我が国に対し、これからどのような策をうってくると思うか?」
「・・・恐らく二ホン国は、二ホン国と彼の国の同盟国に対し、すべての脅威が取り除かれるまで、この戦争を継続するでしょう。本戦争における二ホン国の参戦理由は、「自国と同盟国アルタラス王国の国民の防衛」です。自国と同盟国の最大の障害である我が国を滅ぼすか降伏させるまで、本戦争は続くでしょう。」
「戦争を終わらすためには、皇国の降伏か滅亡しか無いというのか!?」
はいと答えるルパーサに、ルディアスは頭を抱え込む。
このまま戦い続ければ、列強パーパルディア皇国は、間違いなく歴史書の中だけの存在となってしまうだろう。
かと言って降伏すれば、日本はとても厳しい条件をパーパルディア皇国に突き付けてくるだろう。
かつてパーパルディア皇国が、第三文明圏の国々に理不尽で受け入れがたい事を、強引に突き付けたように。
「どうすればよい・・・。どうすれば、現状を打開できる・・・?」
「陛下・・・・。」
部下の前では絶対に出さない、か弱い声を漏らす皇帝ルディアス。
今までに経験したことの無い絶望的状況に、皇帝は考察を巡らせることしかできなかった。
カイオス邸
パーパルディア皇国の重役の殆どが頭を悩ませている頃、エストシラントのカイオス邸にはカイオスとクロムやヴァルハルをはじめとした、彼の信頼を受けている者たちが集まっていた。
「全ての属領が落ち、アルーニに「フィルアデス大陸解放軍」が侵攻してきているこの状況・・・。この国を存続させるには、もはや二ホン国に降伏するしかない。だが問題は・・・。」
「はい、皇帝陛下や皇族の方々、更には強い権力を握っている者たちが権力や利益を失う事を恐れ、まともな行動を取ることが出来ていません。レミール殿が最も良い例でしょう。間者によると、二ホン国の力に怯え、仕事もまともに出来ていないとの事です。」
「あれだけ威勢が良かったのにか?滑稽だな。」
パーパルディア皇国の力に酔い、自分達を馬鹿にしていた小娘の現状に、少しばかりの笑みを浮かべるカイオス達だったがすぐさま真剣な顔になり、話を続けていく。
「現在の政府では、二ホン国に降伏など到底出来ないだろう。かと言って、このまま戦い続ければ間違いなく亡国となってしまうのも事実だ。しかも、今のフィルアデス大陸には二ホン国の他にも「フィルアデス大陸解放軍」という敵対組織が存在している。軍関係の施設のみを攻撃する、理性のある二ホン国ならば、まだ交渉の余地があるが「フィルアデス大陸解放軍」は別だ。何しろ、この軍に参加している者たちは、我が国に長年搾取されていた属領の住人だ。我が国を滅ぼし、蹂躙しなければその怒りは収まらないだろう・・・。だからこそ、私は決心した。この国を救うためには、反乱を起こすしか無いと!」
カイオスの言葉に、この場にいる全員は緊張感を覚える。
この国において反乱とは許されざる行為であり、一族郎党皆殺しになってもおかしくはないのだ。
だが、カイオスは愛する祖国の為に、その禁じられた行為を行うという。
もし平時ならば、必ず止める様に説得する事であるが、今は政府がまともに対策案を打ち出せていない緊急事態。
やらなければ、この部屋にいる者たちもろとも皇国は滅んでしまうだろう。
禁忌だがやらざるを得ない事は、この部屋にいる全員が嫌でも理解していた。
「問題は、この反乱計画にどれほどの兵が集まってくれるかです。戦力が少なければ、反乱を起こしたところで鎮圧されるのは、目に見えています。」
「うむ、それは私も理解している。そこで、ポクトアール提督とゼクト十兵長に兵を集める事を依頼した。二人とも、そちらの方はどうかね?」
カイオスは、白いあごひげをたくわえたゼクト十兵長とその隣に座るポクトアール提督に戦力がどうなっているのか質問する。
「率直に申し上げますと、現時点での計画成功確率は50パーセント程です。現状に不満を持っている兵の大半を引き込むことが出来ましたが、それでも皇居などを守る近衛兵の八割ほどの数です。そのうえ、全ての兵を引き込めている訳ではないので・・・。」
「更には、武器が全く足りておりません。足りているのは刀剣のみであり、他の武器、兵器の類は全く用意できておりません。」
「そうか・・・。成功の確率を上げる方法は?」
「これらの兵が留守の時に突入することが出来れば、成功確率は上がります。ただ、そのためには囮か陽動を用意しなけらばならないのですが・・・。」
う~む、と全員が頭を悩める。
このままでは、反乱は失敗してしまう。
どうにかして、障害を取り除くことは出来ないものかと全員が小一時間程思考を巡らせていると、不意にクロムの頭にある計画が浮かび上がった。
「・・・カイオス様、私に一つ妙案があります。」
「なんだね?話してくれ、クロム。」
「はい、私が考えた案とは・・・・・・。」
クロムが練り上げた計画、それの内容はカイオス達を大いに驚かせるものであった。
が、同時にこれならば確実にこの反乱を成功させることが出来るものであった。
最終的にクロムの案が通り、カイオス達は計画を実行する為に様々な準備を始めたのだった。
日本 東京
パーパルディア皇国の政治、軍関係者が自国の現状に絶望している頃、日本の首都東京のホテルの一室ではムーから観戦武官として来日したマイラスとラッサンが自分の目と耳で体験した事について、自分の考えを交えながら話し合っていた。
「マイラス、二ホン国艦隊の戦いぶりを見て君はどう思う?」
「そうだな・・・。一言で言うと「驚異的」だな。例えば、艦隊の速力だ。我が国の最新鋭戦艦であるラ・カサミの最高速力が、この国の船では巡航速度だという。二ホン人曰く「カクユウゴウ炉」と呼ばれる機関を搭載していると聞いたが、その機関がどの様な理論でエネルギーを生み出しているのか見当もつかないよ。他にも、艦砲の命中精度だ。波があるうえにあれだけ高速で航行しているというのに、一発たりとも外れる事もなく、敵艦に命中した・・・。百発百中とは、あの光景の事だと思ったよ。・・・ラッサンは?」
「俺は、二ホン国の戦闘機に驚いたな。ムーと同じ機械動力の飛行機であるにもかかわらず、ミリシアルのエルペシオ3に似た外見をしていて、しかもその速度は音よりも速い・・・。正にラヴァーナル帝国の天の浮舟その物だ。更には、あのミサイルという誘導兵器だ。伝説上の誘導魔光弾の様な兵器を、この目で見ることになるとは思わなかったよ・・・。だけど一番インパクトを与えたのは・・・・。」
「アマテラスだよな・・・。以前、二ホン国の軍人から『フソウ型より遥かに巨大な戦艦だ』と聞いていたから、どんな戦艦なのか気になっていたがあれほどの戦艦だとは思っていなかった。」
「ああ、本当にな・・・。パーパルディア皇国の戦列艦200隻以上を、たった二発の砲弾で消し去り、300騎以上のワイバーンを一瞬で撃墜し、パーパルディア皇国艦隊の半数以上を沈めたうえで、エストシラントの港に大損害を与えてしまった・・・。あんな戦艦が3隻も存在しているなんて、夢だと思いたいよ・・・。」
エストシラント沖での海戦での光景を思い出したのか、思わず身震いしてしまう二人。
あの海戦で見たモノだけでも、腹いっぱいになる代物であったがそれに加えて、日本に入国した後にも大きな衝撃を受ける出来事があった。
それは、現状ムーの最大の懸念であるグラ・バルカス帝国の誇る戦艦グレードアトラスターの、正確にはグレードアトラスターに類似した日本の戦艦の情報を入手する事が出来たのだ。
現在運用されているふそう型などの、日本型新世代戦艦の始祖ともいえる大和型戦艦の性能を知った時、彼らは頭を金槌で殴られた様な強い衝撃を受けた。
現行の日本の戦艦よりは幾分か性能が劣るとはいえ、46㎝砲というどの国も運用していない巨大な艦砲に、それに耐えることが出来る分厚い装甲、ムーのどの軍艦より速い速力など、目を疑いたくなる程の性能がそこには記述されていた。
だが、マイラスとラッサンがグレードアトラスターの性能以上に脅威に感じたのは、この戦艦の経歴に書かれていたとある一文だった。
それは、「大和型戦艦二番艦武蔵が第二次世界大戦時、地中海にてドイツ空軍の航空機によって大破、沈没一歩寸前まで追い込まれた。」である。
この一文を目にしたとき、マイラスとラッサンはピシリと凍り付いてしまった。
何故、二人は凍り付いてしまったのか?
それはこの世界では、「航空機、若しくはワイバーンの攻撃では戦艦は沈まない」という定説が一般的なのである。
実際、地球上の歴史においても臨戦状態の戦艦が爆撃で沈んだ例はあまりない。(数少ない例の一つが、空の魔王ことルーデルの急降下爆撃で撃沈した戦艦マラート(旧式のド級戦艦、ガングートの姉妹艦)である。)
航空攻撃によって撃沈された戦艦の大半は、航空機からの雷撃による浸水によって沈没したのである。
魚雷という兵器が存在しないこの世界において、航空機では戦艦は沈まないという考えが当たり前の常識となっていた彼らにとって、大小さまざまな対空火器を200門近く積んでいた武藏が、長崎の港で見た海に浮かぶ城ともいえる武藏が、航空機の攻撃によって撃沈寸前まで追い込まれてしまった事に、二人は大きなショックを受けるのと同時に、自国の軍艦が航空機には全くの無力である事を知ってしまったのだ。
「ラッサン、俺は帰国したら軍の上層部に二ホン国製の兵器の購入を再度打診しようと考えている。少なくとも、戦闘機と軍艦用の対空火器の購入は必須だ。今のままでは、グラ・バルカス帝国に一方的に蹂躙されてしまう・・・。」
「ああ、俺も賛成だ。二ホン国の軍艦と比べると、我が国の軍艦の対空兵装は余りにも貧弱すぎる。現状、最も充実しているラ・カサミでさえも十数基程度の単装機銃しか装備していない。これでは、グラ・バルカス帝国の航空機には全く歯が立たない・・・。」
「ただ、問題はこの嘘みたいな本当の情報をどの様に報告し、上層部に信じさせるかだな・・・。」
これからやらなければならない難題に、思わず大きなため息を吐くマイラスとラッサン。
ムーの未来を切り開く若い軍人達の苦労は、まだまだ続く・・・。