日本 東京都
日本の首都東京の一角に存在する100年以上の歴史を持つ、日本有数の名ホテル「帝国ホテル東京」。
各国の大使や著名人が幾度となく宿泊したホテルの一室に、疲れ果てた様子のミリシアル帝国使節団が滞在していた。
この国に足を踏み入れてから、はや二日。彼らの脳はまともに機能しているかも怪しい状態となっていた。
それだけ、この二日間の間で経験した内容が衝撃的だったのだ。
「・・・・一体何なのだ、この国は?我が神聖ミリシアル帝国よりもはるかに発展しているではないか。なぜこんな国が文明圏外に存在するのだ。」
「帝都ルーンポリス並みの都市が地方都市として二ホン国内にゴロゴロ存在している上に、それらの都市をゲルニカ35型以上の速度で一分と遅れずに走るリニアモーターカーという高速鉄道・・・。街中には機械式自動車があふれるぐらいに存在しているのに、渋滞や事故がそこまで起きていないし、機械式の欠点であるはずの空気汚染がそこまで起きていない。」
「自分としてはこれだけの都市群を維持する為のエネルギーを、魔導抜きでどうやって確保しているのかが気になります。我が国でも消費エネルギー量が年々増加しており、現状のペースでは10数年で消費エネルギー量が生産エネルギー量を上回ってしまうと予測されています。二ホン国のエネルギー生産能力の秘密を知ることが出来れば、これらの問題も解決するのではないかと。」
「私は二ホン国の食文化に大きな衝撃を受けましたよ。この二日間で食べた料理はどれも貴族御用達の超高級レストラン並みです。肉料理、魚料理、スープ、パンに麺やご飯ものなどレパートリーも驚くほどの量です。この国の一般的な商店で売られている甘味は、他国では間違いなく専門の高級店で売られていても可笑しくない代物です。しかも、二ホン国人達は、更に美味しい商品を開発しようと日々努力していると聞きます。本当に恐ろしい国ですよ。」
「小官としては、二ホン国の軍事力の高さに唯々恐怖を感じるしかなかった・・・・。我が国自慢のエルぺシオ3やミスリル級以上の兵器、ミサイルとかいう名の誘導魔光弾モドキなどを手足のように扱う兵士達。だが、何よりも驚いたのはあのラヴァーナル帝国の遺跡にすらない兵器や技術を確立している事だ。ミスリル級よりも巨大なあの巨人機、自発的に海に潜る「潜水艦」に水中自走爆弾である「魚雷」、レールガンという長射程高火力の砲・・・。間違いなくあの魔帝を凌駕している!なぜ、文明圏外の国がこれだけの力を持っているのか、私にはさっぱりわからん!?一体全体どうなっているんだ!?」
ミリシアル外交官の各々が話す日本の実力は、自国神聖ミリシアル帝国は愚か古の魔導帝国すらも上回っているかもしれない事を物語っていた。
この事実は、長年に渡って世界一の国として君臨してきた神聖ミリシアル帝国の国民として、受け入れがたく認めたくない事だったが、受け入れたくないという感情だけでこの二日間で体験したことをなかったことにすることは出来ない。
「・・・皆、一旦落ち着こう。二ホン国は確かに凄まじい国力を持つ国だがその国力、特に軍事力の高さに反して領土拡大や周辺国の属国化などの「覇」につながる行動を一切していないばかりか、明らかに国力の劣る国に対しても対等に扱い、その国の支援までしている。新興国として、余りにもあり得ない行動をとっている。」
「確かにその通りだ。我ら列強ならともかく、文明圏外の新興国としてはかなり不自然だ。まるで一度、世界の頂点に立って各国を導いていたかのような立ち振る舞いだ。」
「・・・二ホン国が唱える「二ホン国は別の世界からやってきた転移国家である」事が真実であることを前提としますが、もしかすると二ホン国は見た事、若しくは経験した事があるのではないのでしょうか?パーパルディア皇国のような力を用いた覇権主義の結末を。」
「なに?貴方はそんな世迷言を信じるというのですか?」
「私だって半信半疑ですが・・・。二ホン国の異常なまでの発展ぶり、なのに魔導やラヴァーナル帝国の事を全く知らない件。特に不可解なのがこれだけの国力を持った国が数年前まで全くの無名だった事・・・。二ホン国の提唱する「二ホン国は転移国家である」という説ならば、この疑問点を一挙に解決することが出来ます。何せ、数年前までこの世界に存在すらしていなかったのです。誰も二ホン国の事を知らなくて当然です。」
「確かにそうだが、だがしかし・・・・。」
使節団の一人の考えに、否定しつつもどこか納得してしまうフィアーム。
(確かにそうだ。二ホン国に対する疑問点も、二ホン国が異世界出身の国家である事と定義すれば、いくつかは解決する。だとすれば、この国は異界ではどのような立場だったのか?クワ・トイネ公国やクイラ王国への出資、パーパルディア皇国への対応、外交のスタンス・・・。まさか、二ホン国は「異界の我が国」相応の立場にいたのではないか!?だとすれば、明日の会談次第で二ホン国の対応が大きく変わってしまうかもしれぬ!・・・ああ、頭が痛くなってきた。)
考察の結果出てきた恐るべき仮説のせいで頭を抱えて苦しむフィアームを他所に、ミリシアル帝国使節団の意見交換会は夜遅くまで続いていった。
翌日、外務省
夜遅くまでの論争と極度の緊張からくる眠気をブラックコーヒーで何とか吹き飛ばし、本件の担当となった日本外交官との会談に臨むフィアームらミリシアル帝国使節団は、手元の高品質の紙に印刷された資料と自国の映像作品以上の画質のプロジェクター映像からくる情報量に息を吞んでいた。
神聖ミリシアル帝国程ではないが一度も途切れることなく続く皇室を持ち、幾度となく圧倒的に不利な状況下でもあきらめずに抗い続けた歴史。フィアームが特に注目したのが江戸時代の後期から始まる開国と文明開花の時代だ。自国の周りの国々が遠い異界の国々から脅かされ属国や植民地となっていた中で、必死に国力を高め独立を守り抜いたばかりか百年と経たずに列強国の一つとして数えられるまでに至った歴史。
この世界の常識からすれば「異常」と言わざるを得ないが、フィアームとライドルカはこの過酷なまでの歴史が彼らの今までの外交スタンスを形成したのだと確信した。
(二ホン国、この国は不平等条約を押し付けられながらも、もがき抗い続けた国という事か。そんな国だからこそ、クワ・トイネ公国やクイラ王国、アルタラス王国の心情を理解することが出来たのだな。当然だ、偶々自分達がそうならなかっただけで、下手をすれば自分達も属国や植民地になっていたのかもしれないのだからな。)
(だから侵略者を過剰に嫌う。パーパルディア皇国との関係は最悪だったと聞いているし、噂によれば第三文明圏文明国リーム王国との関係もかなり悪化していると聞いている。だからこそ、彼らは自分達が自分達が最も嫌う侵略者にならないように自らに戒めをかけているのか。)
「・・・以上で我が国の生い立ちからこれまでの歴史についての説明を終えます。何か質問は御座いますでしょうか?」
「何を質問したらいいかわからないが・・・。今見せられた映像やこの資料が事実であるのならば、二ホン国は我々の想像もつかないほどの過酷な歴史を歩んできたのですね。特に自国よりも遥かに強大な国家との戦争を全て切り抜けたのは、称賛に値します。」
「いえ、大したことはしていませんよ。強いて言うのならば、様々なモノをコツコツと積み上げてくれたご先祖様のお陰です。」
「謙虚ですな・・・。貴国では謙虚である事は美徳なのかもしれませんが、その謙虚さは時に自分達に悪い形で帰ってきますぞ。特に先進11ヵ国会議の場でそのような態度をとられると、プライドの高い国々に舐められる事となりますよ。」
「我が神聖ミリシアル帝国からもね。」
余計な一言を口にしたライドルカを一瞬睨むも、ライドルカの「貴方もアルタラス王国に着くまで二ホン国の事、第三文明圏外の野蛮国とでも考えていたでしょ?」と言いたげな目線に小さく舌打ちしながら、日本の外務省職員に先進11ヵ国会議に関する資料を手渡し、この世界唯一の国際会議の場についての説明を始める。
余りにも長いので此処にすべてを記載する事は出来ないが、要点だけを書きおいておく。
・先進11ヵ国会議とは、神聖ミリシアル帝国有数の港町カルトアルパスで二年に一回開催される。
・参加国は列強と呼ばれる常任参加国五か国と、持ち回りで参加する六か国である。
・世界に多大な影響力を持つ大国が参加し、今後の世界の流れを決定する重要な会議である。その為、参加するだけでも大変名誉なことであり、世界中から「大国」として認識される。
・レイフォル帝国はグラ・バルカス帝国、パーパルディア皇国は日本に敗北し、列強としての地位を失ってしまった為、列強国の席が二つ空いている。
・列強パーパルディア皇国を下した一件から、神聖ミリシアル帝国は日本に列強国として先進11ヵ国会議に参加させるべきだと判断した。
・外交官は基本的に艦船で開催都市であるカルトアルパスに向かう事。
・外交官座乗艦とその護衛が停泊する際にかかる費用は、開催国である神聖ミリシアル帝国がある程度負担する。
などである。
一通りの説明を終えたフィアームが疑問点がないかの質問をすると、日本外交官の代表が幾つかの疑問を上げる。
「まず一つ目、この資料によると我が国はパーパルディア皇国の代わりに出席してほしいとの事ですが、滅亡したレイフォル帝国の代わりは何処の国になるのでしょうか?次に、開催都市への交通手段として貴国は船での移動を指定していますが、例外はあるのでしょうか?最後にこの会議で可決された決まり事への会議非参加国の順守義務は発生しますか?また、順守できなかった場合の罰則などはありますか?」
「レイフォル帝国の席に関しては、レイフォル帝国を滅亡させたグラ・バルカス帝国の席にする方向で調整しています。本会議での該当国以外の国の全会一致によって、正式に列強国となります。二つ目の質問についてですが、一部例外として内陸国は空路か陸路での移動が認められています。列強エモール王国などが良い例ですね。最後の質問についてですが、会議非参加国にも順守義務が発生します。彼らが義務を守っているかどうかを確認するのも会議参加国の義務であり、順守していない国に対しては経済制裁や技術供与の停止などがよく行われています。」
フィアームの回答の一部に強い不快感を感じた日本外交官達だったが、これがこの世界の常識なのかと甘んじて受け入れる事にした。
「分かりました。では、最後にフィアームさんに確認してほしいことがあるのです。此方をご覧ください。」
会議終盤になって一体何を確認してほしいのかと思いながら、外交官が差し出してきたタブレットの画面を見たフィアームは頭の中が真っ白になってしまった。
何故なら、タブレットには自国では軍事機密に指定されているものが映し出されていたからである。
「ん?・・・・え?な!?な、なんですか!?この精巧な地図は!?一体、どこで入手したのですか!?」
「え!?地図!?フィアームさん、今貴方地図って言いました!?」
「ええ、地図って言いました!しかもこんな精巧な地図、見た事もありませんよ!?」
「そんなバカな!?私にも見せろ!・・・・なんてことだ、我が国の都市まで細かく描かれているぞ!!我が国ならば、一級指定の機密情報だぞ!?」
日本側がごく当たり前の資料として提示した第一、第二、第三文明圏が描かれた地図のせいで神聖ミリシアル帝国使節団は阿鼻叫喚の嵐となってしまう。更にそこに日本側が爆弾を放り込んでしまう。
「こ、このような精巧な地図、外国人である我々に見せてもよろしいのですか・・・?」
「ええ、構いませんよ。そちらの地図はつい先月完成し、一般公開されたモノですから。我が国の国民は勿論、他国の方でも誰でも自由に閲覧できるものなのですよ。」
「「「い、い、いいいい、一般公開されているですと!?!?!?」」」
「はい、そうです。で、フィアームさんに確認してほしいのはその地図に記載されている赤いライン、我が国の外交使節団を乗せた船団が航行する予定の航路ですね。その航路上に他国の領海などが無いか、航路を変えなければならない箇所が無いかどうかを確認してほしいのです。特に我が国は第一文明圏の各国との国交をあまり持っておりませんので、中央大陸周辺の確認作業があまり進んでいないのです。」
「・・・か、確認自体は出来ますが、言葉だけでは誤解を招くかもしれません。一旦、この地図を我が国に持ち帰ることは出来ますか?」
「分かりました。直ぐにそのタブレットに表示されている地図を印刷して、お渡しします。」
「は、はい・・・・。よろしく、お願いします・・・・。」
予想外の非常識によるダメージは大きく、フィアーム、いや神聖ミリシアル帝国使節団の面々はゼンマイの切れた人形の様に力なく椅子に座りこむ事しか出来なかった。
この時、一同の頭の中にあったのは唯一つ。
(((この二ホン国という常識の通じない国の事、どの様に上に報告しよう????)))
であった。