『…というのがこちらの状況です』
「そうでしたか…ひとまず皆さん無事で何よりでした」
コナンとのビデオ通話で、辻と一緒に乗ったヘリコプターが墜落した一部始終を聞いた杉下は、犠牲者が出なかった事に取りあえず安堵した。
「それで、飛行中に突然辻さんが『眩しくて目が開けられない』と言い出したとの事ですが…」
『普段辻さんは、車の運転前やヘリの操縦前などに目薬を差しているそうでして』
「ではその目薬が?」
『はい。目暮警部によると、虹彩炎用の散瞳剤にすり替えられていたようです』
「さんどうざい…?」
聞きなれない名称に頭の上に疑問符を浮かべる冠城。
「主に眼科系の病気の治療などに使われる物で、瞳孔を開かせる効果のある薬ですねぇ」
「なるほど、だから太陽の光に目が眩んで…」
「散瞳剤にも種類があって、確か虹彩炎用の物は効果が出るのに時間が掛かり、元に戻るのにも10日から2週間近く掛かったはずです」
「2週間って…ちょっと待ってください。確か辻さんって木曜から全米オープンに出るはずだったんじゃ…」
「残念ですが…キャンセルする他ないでしょうねぇ」
選手生命という意味では大きな傷が残された事に言葉を無くす冠城。
「ところで、犯人が目薬をすり替えたとすればどのタイミングなのでしょうか」
『目暮警部の話では、今朝車庫から車を出した後に一度目薬を差しているそうです。その直後何かが割れる音が聞こえて、目薬を車内に置いて家の中に戻ったそうで』
「なるほど、その時という訳ですか」
『ええ。石が投げ込まれて窓ガラスが割れたとの事で、子供のイタズラと思い家政婦の人に後を任せて車に戻ったそうです』
「まず間違いなく犯人の仕業でしょうねぇ」
『石を投げ込んでガラスを割り、狙った相手をおびき出すのは阿笠博士の時にも使われた手です。それにその後、辻さんの自宅のポストにスペードの10のカードが入っているのが見つかっています』
「なるほど。しかしこれで一つハッキリしました。僕は『彼ら』の仕業ではと思っていましたが、その可能性はほぼ無くなったでしょう。辻さんは毛利さんと関係はあっても、君とは無いはずですからねぇ」
『はい。やはり奴らにしてはやり方が大雑把な気がします。それに…』
と、コナンは何か思い返すような顔を見せる。
「それに?」
『博士を襲った時のバイクが盗難車だったというのも、色が赤色だったというのも、奴ららしくありません』
「なるほど…奴らは何かにつけて黒色の物をとにかく使うんだったっけ」
組織の特徴と今回の犯人の特徴が違う事についてコナンが指摘するのに、冠城も同調する。
「それにしても工藤君、まさかヘリの操縦が出来るなんて思わなかったよ」
『へ?あ、ああ。ハワイで親父に話を聞いていたのと、子供の頃に航空博物館で何度も模擬操縦をやっていたので何とか』
「そりゃ凄いな」
『それでも、この体の事があります。辻さんが少しでも協力できる状態じゃ無ければどうなっていた事か…』
「全く…幾ら緊急事態とはいえ、危険な事は避けて欲しいのですがねぇ」
『ご、ごめんなさい』
「一度君とはじっくりと話し合う必要がありそうですねぇ」
それはそれ、これはこれと言わんばかりにお説教モードになってきた杉下に、冠城が苦笑いを浮かべながら間に入ってくる。
「ま、まあまあ右京さん…しかし、こうなると今の所容疑者は村上丈ただ一人って事ですね」
「…本当に彼が犯人なのでしょうか…疑問が残りますねぇ」
『それは、被害者の情報を知りすぎているって事ですか?』
杉下の発言に、自分と同じ違和感を感じていると気づいたコナンが問いかける。
「えぇ。実は先程まで米花刑務所の所長さんにお話を伺っていましてね。村上の服役中の様子などを伺ってきました」
『米花刑務所に?それで、どうでしたか?』
「服役中、村上に面会に来たのは遠方に住む母親が数回来た程度で、それも1年前が最後。それ以外には一切外部と連絡を取っている様子は無かったそうです」
『つまり、村上が服役中にターゲットの情報を調べ上げる事は不可能、という訳ですね』
「そもそも村上は仮出所出来るほどの模範囚で、刑務所内でも問題を起こした事はほぼ無かったそうです。しかも、比較的仲の良かった看守に村上は日頃から『毛利さんに当時の事を謝罪したい』と漏らしていたとか。実際、毛利さんの事務所の住所を聞き、出所したその足で向かうと言っていたそうです」
『…そんな男がこんな復讐をするとは考えにくい』
「全て演技だった可能性もあるにはありますが…何にせよ君の言う通り服役中に復讐の準備を始める事はまず不可能でしょう。という事は村上は出所してからたった一週間で、妃先生の好物がジゴバのチョコレートだという事や、毛利さんの友人の辻さんが目薬を常用していた事を調べ上げた事になります」
『共犯の可能性は…まあ考えにくいですよね』
「無いとはまだ言えませんが、取りあえずこれ以上村上にこだわり過ぎても良くないですね…どうでしょう。一度、そちらに合流したいと思うのですが」
手詰まりを感じた杉下がコナンに提案する。
『なら、今から言う場所に来てください。丁度僕達も向かう所です』
「と言いますと?」
『おっちゃんが、他のターゲットに心当たりがあるみたいでして。9の付く人は分かっていないんですが、8の付く人が』
「8?」
『ソムリエの沢木公平さんという人です。名前に漢字の八が』
「分かりました。すぐに向かいます」
***
沢木のマンション前。
先に到着した杉下達の元に、コナン達が追いつく。
「ここか…おや?杉下君?」
「ああ、目暮警部。お疲れ様です」
「どうしてここに…」
「いえ何、コナン君から皆さんがどちらにいらっしゃるのか伺いましてね。合流させて頂こうかと」
「何か分かったのかね?」
「まだ特には」
「…あ、そう」
相変わらずな杉下に苦笑いを浮かべる目暮。
「まあ良い。取りあえず行こう」
その後、沢木の自宅を尋ね事情を説明した一行は話を聞くため中へ入った。
***
「なるほど…そんな事が。確かに僕にも数字が入っていますね」
沢木は目暮達から事件の概要を聞き、深刻そうな顔を見せて考え込む。
その傍でコナンと杉下は、沢木の部屋を見て回っていた。
「おや、高級なワインがこんなに…」
杉下はワインクーラーを見つけると、中を眺め驚きを見せる。
「ああ、沢木さんのご実家は果樹園をやっているそうでそこのワイン蔵には数百本のワインが保管されているそうです」
小五郎の話を聞き、白鳥もワインを見に立ち上がる。
入れ違いにコナンが一同の元へ戻ろうとすると、途中で足に違和感を覚え立ち止まる。
「いてっ…あれ?こんな所に傷がついてる」
床を見てみると、そこには何かを落としたような跡があり、フローリングが削れ尖ってしまっていた。
「ああごめんね!この間瓶を落としてしまって…」
「そういえばなんて言いましたっけ?えーっと…ペト…」
「もしや、シャトー・ペトリュスもお持ちなんですか?」
「ええ…あったんですが、この前呑んでしまいまして」
「ありぃ?でも確かそのワイン、飲み頃になるまで数年掛かるって…」
「はは、つい我慢が出来なくなってしまって」
小五郎の問いに照れくさそうに頭をかく沢木。
「そういえば、毛利さんとはご友人との事ですが一体いつ頃からお知り合いなのです?」
「もう20年くらいになりますかね?」
「確か、英理さんとまだお付き合いされている頃に初めて店に来ていただきましたよね」
「え、えぇまぁ…」
「この間もご来店頂いて…かなり長くお二人と親しくさせて頂いています」
「この間、というと皆さんで食事をされたという…?」
話を聞き、英理から聞いた事を思い出した杉下。
「え?何故それを!?」
「英理さんから偶々お伺いしまして」
「…そういえばあの日、辻さんもレストランに来てたよね?」
コナンが同日、辻とも会っていた事を思い出し何気なく口にする。
「あ?そういやそうだったか」
「おや、もしや辻さんともお知り合いですか?」
「あぁ、彼も友人でして…ウチの店を贔屓にしてくれていた中で自然に…」
「…沢木さん、その話はまた今度にして、今日のご予定をお伺いしたいのですが」
本筋と離れた内容で盛り上がり始めた一同に、苦笑いをしながら目暮が話を戻そうと声をあげる。
「旭勝義さんという方、ご存じですか?都内に数十件のレストランを経営する実業家の方なんですが」
「ああ、旭さんなら一度仕事の依頼を受け会った事があります。今度東京湾に海洋娯楽施設『アクアクリスタル』をオープンするとか」
沢木からアクアクリスタルのパンフレットを受け取り中を見ながら小五郎が記憶をたどる。
「はい。そこのレストランを一軒、任せても良いと仰ってくださっていまして。その件で15時に約束が…」
と、そこで皆が何かに気づく。
「旭…」
「待てよ…?」
旭。
「…9だ。旭の字に漢字の九が入っていますよ!!」
冠城が思わず声を上げ指摘する。
「次のターゲットは旭勝義という事か…?」
「うーむ、しかし私はペットの猫探しを依頼されただけなんですがねぇ」
「村上はそう思ってはいないかもしれん。とにかく、沢木さんのガードも兼ねて旭さんに会ってみよう」
***
アクアクリスタル前、駐車場。
「はぁ~こらまた」
「何というか、凄い施設ですねぇ」
「…ん?なんですこの音?」
巨大で派手な装いの建物に一同が圧倒されている中、一台の赤いスポーツカーが爆音を出しながら猛スピードで駐車場に突っ込んできた。
ドリフトをかけながら駐車スペースに止まった車から派手な格好の若い女性が降りてくる。
「こらぁ!!あぶねえだろ姉ちゃん!!」
「…何が?」
「あのなあ…」
小五郎がその女性に激怒するがどこ吹く風と言わんばかりの態度を見せる女性。
「交通課に捕まれば一発で免許停止になる程の運転ですよ。危ないので止められた方が良いのではないでしょうか。事故を起こしてからでは遅いのですし」
「っ!…べ、別にあんたには関係ないでしょ!?」
「?…いえいえ、あなたの今後にも関わる事ですよ?小山内奈々さん」
「え、おじさんあたしの事知ってんの?」
杉下は女性の反応に引っかかりを覚えつつ、名前を言い当てる。
「小山内奈々さん、ですか?」
「今絶好調の人気モデルですよ。確か今度、海外ブランドのイメージキャラクターにも抜擢されてましたよね」
どうしても流行りに疎くピンと来ていない目暮に冠城が奈々について解説する。
と、そこに続いて次々と車が入ってきた。
中から男たちが降りてくると、その内の一人が奈々に手を振って声をかける。
「よう奈々ちゃん!君もか」
「あら!宍戸先生も旭さんに呼ばれたの?」
「まあな」
「…凄い、カメラマンの宍戸永明にエッセイストの仁科稔、コメンテーターのピーター・フォード…超有名人ばかりですね」
「おやまだ車が入ってきますね」
冠城が面々の豪華さに驚いていると、更に一台車が入ってくる。
(黒の…ベンツ…)
黒塗りのベンツが止まると、運転席から降りてきた黒服によって後部座席の扉が開かれた。
そこから降りてきたのは白髪の老紳士。
「おいおいあの人は…」
その人物が誰か気づいた目暮は驚きに顔をこわばらせる。
同じく気づいた杉下が口を開く。
「経済界の超大物…大手自動車メーカー会長の
桝山憲三氏ですね」
休日をフルに使って書き上げる事に成功。
えらいぞ俺。
さて標的5話でしたが…
何解説してもネタバレになるなあ…笑
まあそんな大したネタバレでも無いは無いのですが…
原作ご存じの方にちょっとずつフリを入れてる事がわかって頂ければ幸いです。
会話劇が続く中、次回から遂に後半戦突入です。
次回もよろしくお願いします。
TwitterID @esaya_syosetu