なお、今回の話は標的編を覚えていると更に台詞の内容が分かりやすいかと思います。
3-1「疑惑」
警視庁、特命係。
アクアクリスタルの事件から数か月。
季節は代わり冬。もうすぐ雪も降り出そうという頃。
杉下と冠城は、厳しい現実に直面していた。
***
「…戻りました」
「お帰りなさい。どうでしたか」
「ダメですね。桝山さんの自動車会社…『マスヤマ』グループ全ての業績をわかる範囲で洗ってみましたが、おかしな形跡はありませんでした」
アクアクリスタルでの事件の顛末から不審な雰囲気を感じ取った杉下は、冠城と共に桝山の身辺調査を行っていた。
「そうですか…もしや不自然に業績が上がった時期があるのではと思いましたが…」
しかし調査の進展は芳しく無く、冠城は困り果てた顔を見せる。
「旭さんとの不自然な繋がりは出ずですか…右京さん、本当に桝山さんがアクアクリスタルをあそこまで爆破させた犯人なんですか?」
「あくまで可能性、ではありますが…沢木さんが『旭さんの書斎には爆弾を仕掛けていない』と証言しているにも関わらず、書斎が爆破地点の一つであると確認されている以上、何者かの仕業である事は間違いありません。
そして事態が動く直前、最後に旭さんの書斎を訪れているのはそちらの巡回を担当した桝山さんです」
「でもそれだけじゃ」
「気になる点は他にも。あの場所に集められた中で唯一、桝山さんだけが旭さんに直接呼び出されていました」
「確か沢木さんの供述だと…」
***
先日、目暮の許可で沢木を杉下達が取り調べた際の事。
『沢木さん、桝山さんだけが旭さんに直接呼び出されたと言っていましたがそれは本当ですか』
『…ええ。旭を殺した後で数合わせを考えていた時、丁度奴の手帳に約束が書かれている事に気づいて』
身に覚えのない量の爆弾設置について罪に問われそうになってしまい、連日の追及で流石に憔悴しきった様子の沢木。
『それで、他の人もその予定に合わせて呼び出したと』
『そうです…』
***
「…つまり旭さんはあの日、沢木さんに殺されなければ何か用事があったっていう事ですか?」
「えぇ。桝山さんは『オープン前にレストランで食事をと誘われた』と話されていましたが、そのまま信じていいとは僕は思えません。そして、旭さんの書斎を爆破してまで何かしたかったとなると…桝山さんにとって何か不都合な点があったのではと」
「でも右京さん、それでも流石に…」
「そう。残念ですが、君が言う通り僕が話した点だけでは桝山さんへの疑いはただの言いがかりに近い。ですが…『あまりに絶妙な違和感』だと感じられるんです。
普通なら気にもならない違和感でしょう。正直、僕も偶々その考えに至ったと言っても良い位です。
ですが…桝山さんが犯人という疑いを消しきれない位にはあの日の状況には違和感と不可解な点があり、僕にはそこがどうにも気になりますねぇ」
「うーん…右京さんがそこまで言うとなるとなぁ…」
長い付き合いになった冠城としては、限りなく少ない可能性であっても杉下の感覚は侮れないと分かっていた。
しかし、現実として桝山の疑いを深める事にはなっていない。
「でも流石にこれ以上は俺達が調べている事を気づかれますよね」
「えぇ…もし僕の勘が確かなら桝山さんは非常に危険な相手です。下手な真似は良くありません」
つまり手詰まりの状況であった。
「それにどうやら公安も動いているようです。少なくとも何かあるとは思うのですが…」
「あぁ、確か『風見裕也』でしたっけ?」
「ええ。階級は警部補、それ以上は何も分かりませんでした」
「…流石公安。情報は『ゼロ』ですか」
「えぇ。ですが彼らが動いているという事だけで、大きな事件である事は間違いないでしょう」
「まあそもそも爆弾絡みですしね。どこから調達したのかってだけでも確認は必須なんじゃないですか?」
「なら、僕達や目暮警部達一課の方々を追加捜査から締め出した理由が分かりません。その程度ならわざわざ『上からの指示』なんて理由を使ってまで動きを抑える必要もないでしょう」
「それも『杉下右京』をですか…」
「そういう事です」
過去の因縁から、杉下と公安の溝は深い。
また、杉下の性格は良く知られている筈だった。
その杉下にわざわざ釘を刺しに来た。
(…何やら、上手く使われていそうな気がしますねぇ)
どこか不愉快な思いを感じる杉下。
(しかし、公安が動いているとすれば…)
杉下は、先日の沢木の聴取の続きを思い出す。
***
『そうですか。では最後にもう一つ。旭さんの書斎を訪れた際、他にも何か気になる事はありましたか?』
杉下からの唐突な質問に少し困惑しながらも、当時の記憶を何とか思い出そうとする沢木。
『…気になる事。いえ、特には…』
『そうですか…分かりました。ありがとうございます』
これ以上は難しいと判断した杉下は微笑みを見せつつ、取り調べを切り上げようとする。
と、沢木がおずおずと杉下に声をかけた。
『…あの』
『何でしょう?』
『気になった事というのはどんな事でも良いんでしょうか。その、正直事件には一切関係無いかとは思うんですが、ふと…』
『何かあったんですか?』
『それが…酒の事でして』
『…酒?』
『旭は以前からビールかワイン党で、それ以外の酒は一切口にしなかった筈なんですが…あの日に限っては外国の蒸留酒が棚に用意してあって』
『蒸留酒?』
『ええ、ペルーの酒「ピスコ」でした』
***
(もしそうだとしたら、桝山さんは…そして旭さんも…)
とそこまで考えが及んだ所で、これ以上現時点で考えても仕方ないと思い至った杉下は頭を切り替える。
「…まあ仕方ありません。これ以上の事を調べるには多少の危険は覚悟しなければならなそうです」
「どうするんです?」
「取りあえず一度…
桝山さんに会いに行ってみましょう」
***
同日、桝山邸。
『…じゃあそういう事だ。当日また連絡する』
「あぁ、分かった。ではなジン」
ジンとの電話を終え、一息つく桝山。
そこに金髪の大男が酒を持って近づいてきた。
「…ピスコ、これを」
「あぁ、すまんな。やれやれ、奴と喋っていると気が滅入って仕方ない。酒でも呑まんとやってられんよ」
「ジンが相手ですからね、忌々しい奴です」
「ふっ、こんな愚痴を言えるのはお前くらいだな。アイリッシュ」
金髪の大男…アイリッシュは桝山の言葉に顔を緩ませる。
「この程度構いません。それでピスコ…奴からの連絡という事は、例の件ですか」
「あぁ。呑口重彦、奴を消す事が正式に決まった」
「いつですか」
「来週だ。杯戸シティホテルで有名な映画監督の『酒巻昭氏を偲ぶ会』が開かれる」
「あぁ、そういえばピスコも呼ばれていましたね」
「彼とは親しかったからな。そしてその席に呑口もやってくる」
「…ではそこを」
「今日中に計画を詰めろとの指示だ…あぁそれに、『ベルモット』と『バーボン』もバックアップに入るらしい」
桝山の口から出た『二人』の『名前』に驚くアイリッシュ。
「ベルモットにバーボンも?ベルモットは確かアメリカじゃ…それにあのバーボンがわざわざ何故」
「ベルモットはジンから声が掛かったらしい。だがバーボンの方は良く分からん。どうやら奴から噛ませろと言って来たらしいが…」
「…何かあるんでしょうか」
アイリッシュの疑問に、桝山は首を横に振る。
「バーボンの事は考えても仕方ない。取りあえず二人とも計画の詳細だけ伝えておけば『上手くする』との事だ。まあ、当てにせず私達だけで詰めるとしよう」
「…かしこまりました。ですが念の為ベルモットとバーボンには探りを入れておきます」
「あぁ、構わんよ。お前の事だから安心している。上手くやってくれ」
言い様の無い不安を抱えるアイリッシュをよそに、桝山は余裕綽々といった様子でグラスに注いだ『ピスコ』の酒を呷った。
***
同日、阿笠邸。
「…会わせたい人?」
突然のコナンの提案に怪訝な表情を浮かべる赤みがかった茶髪の少女。
「あぁ。すっかりタイミングを逃していたからな。お前の事も話しておこうかと思ってよ」
「…信用できるの?その人」
「あー…まあ、少なくとも組織の人間じゃ無いってのは確かだ」
少女の問いに思う所があったのかぎこちなく返すコナン。
「…私パス」
「おい灰原…」
「あのね…そもそも私達の正体を知る人間は少ない方が良いっていうのに、あなたがそんな微妙そうな顔をする相手に私が会いたいと思う?」
少女…灰原哀はコナンの態度に少しイラッとした様子で返す。
「…信用はできるさ。俺達が正直に話しさえすればな」
「…?」
コナンは灰原の様子に少したじろぐが、普段は見せない神妙な面持ちをする。
「…正直、どんな理由があろうとも絶対に犯罪を許さない人だ。お前の事も、許す事は無えだろうな」
「…」
「だけど、俺達が変に隠し立てせず向き合えば…必ず協力してくれる。心強い味方って訳だ」
コナンが真剣な目で灰原を見つめる。
それを受けた灰原は、大きなため息を零した。
「はぁ…分かったわよ。機会があればね」
「ありがとよ」
***
翌日、桝山邸近辺。
調査が手詰まりになった杉下達は、桝山本人に一度会ってみようと近くまで来ていた。
のだが。
「んー…どうしましょう。警備厳重過ぎません?」
「まあ『マスヤマ』会長宅ですからね。分からないでもありませんが…下手に行くと面倒ですねぇ…」
杉下が躊躇する位には想像以上に桝山邸は警備員で囲まれており、下手に近づくとトラブルになる事は間違いなかった。
するとそこに、
「やめておいた方が良いですよ」
「「!?」」
突然現れた青年が杉下達に話しかけてきた。
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』…確かにそういう考え方もありますが、流石に相手が悪い。何せ相手は『マスヤマ』会長。不審な点があっても下手に手を出せば、あなた方には不都合なだけです。特に『特命係』のあなた方にはね」
「…貴方は?」
「あぁ、申し遅れました。僕は安室透…
プライベート・アイ…探偵です」
皆さま、あけましておめでとうございます(遅)
Twitterの方では挨拶しておりましたがこちらでは2023年初めてという事で。
今年も一年、楽しく元気よく自分のペースで執筆頑張っていきたいと思います。
気長にお付き合いよろしくお願いいたします。
さて、対決Ⅰ第1話でした。
標的編からの続き物という位置づけなのでどんな風に始めようと思ったのですが、結果相棒でシーズン変わった感じに近くなった気がします。
お待たせしていた間、遂に新型コロナを発症し、過去一辛い花粉症に悩まされながらプロットを練っておりました。
今話は流石にオリジナル展開です。
今後の展開も見据えて考えた時、やはり捨て置けない要素は沢山ありますよね。
どんどん原作とは違う世界線になってきた本作。
今後に是非ご期待ください(なお詳しくは結局未定)。
それではまた次回。
餌屋TwitterID @esaya_syosetu