「ふーむ、しかしこの『JUN』とは一体なんなんだ…」
一通り話も聞き終わり現場に戻ってきた一同だったが、一向に捜査が進まず頭を抱える目暮。
その側で小五郎が一人笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、それはズバリ犯人を指しているんですよ警部殿」
「何だって?」
「そして犯人は、この三人の中にいる!」
小五郎の指摘に、大介、三奈、真那美の三人が驚いた顔を見せる。
(おやおや、あまり現場も見ていないように思えましたが…流石『眠りの小五郎』という事なのでしょうか)
それを見ていた杉下も笑みを浮かべて続きを聞いていた。
「おお!良いぞ毛利君!それで誰なんだね犯人は!」
「黒川大造氏を殺害した犯人は…黒川三奈さん!あなただ!」
(……………はいぃ?)
予想に反した小五郎の推理に杉下は戸惑いの表情を浮かべる。
「黒川氏が残した『JUN』の三文字、これは六月の英語『JUNE』を表しているんです。六月は水無月とも言い、三奈さんを指しているのです。しかもあなたは…!」
「六月生まれだからなんだって言うのよ!どこで私の誕生日を聞いたかは知らないけど適当なダジャレで犯人扱いしないで頂戴!」
「いやぁしかしこれは論理的な推理に基づいてですねぇ…」
突拍子もない推理だと怒り心頭で小五郎に詰め寄る三奈に、小五郎はタジタジになってしまう。
「死にそうになっている被害者が、そんな回りくどい事をダイイングメッセージで残すかね?ワシなら直接犯人の名前を書くが」
「そんな警部殿までぇ」
もっともなツッコミを入れる目暮に情けない声を上げる小五郎。
それを見ていた冠城が呆れた様子で杉下に話しかける。
「右京さん…あれが本当に名探偵の『眠りの小五郎』なんですか…?」
「僕も驚きです。まさか本気で今の推理をしているのでしょうか…」
(名探偵というから一体どれほどの物かと思っていましたが…おや?)
とそこで小五郎の推理に意識を取られていた間に、コナンの姿が見えなくなっていると気づいた。
「冠城君、コナン君は一体どこに行ったのでしょう?」
「え、コナン君ですか?さっきまで蘭ちゃんの側にいたと思いますが…」
二人が辺りを見回していると、
「ふぉっ!?はへぇ~来ました~」
突然奇声を上げた小五郎がふらふらとよろめきながら側にあった椅子に座り込んでしまった。
「!?」
「え、なんですかこれ」
「おぉ!来たかね毛利君!」
戸惑う二人と対照的に、期待の声を上げる目暮。
まるで眠ったようにも見える小五郎は、うつむき座り込んだまま話し出した。
「そう、犯人が三奈さんというのはほんの冗談…警部殿!床に落ちているキーボードを見てください」
「ん?このキーボードがどうかしたのかね?」
「キーボードの所々に血痕が付着していますが、その一番左の入力変換キーにも血痕がついていますよね?」
「あぁ…確かにそうだが…」
「血痕の位置、文字の部分は小指に付着した血が、キーボードを入力した際に当たってついてしまった物でしょうが、一番左の入力変換キーについたものはわざわざ小指で押したとは考えにくい…」
「そうか、殴られ倒れた拍子に落とした時についたのか!」
「ええ、その後黒川氏は薄れゆく意識の中で犯人の名前を入力したんです。かな文字入力のつもりでね」
「そうか!つまり『JUN』のかな文字は…」
J=ま
U=な
N=み
「…そう。犯人は家政婦の中沢真那美さん!あなただ!」
小五郎が語る新しい推理に杉下と冠城は目を丸くしていた。
(一体どういう事でしょう…先ほどまでのずさんな推理とは訳が違います)
「え…右京さんも同じ推理でした…?」
「えぇ、全く同じです。そして恐らく証拠についても…」
犯人と名指しされた真那美は平静さを装い小五郎に反論する。
「かな文字って…たまたま私の名前と一致したからというだけで犯人扱いなんて…冗談もいい加減にしてください。それに私がやったなんていう証拠など無いでしょう?」
「ふっ、証拠ならありますよ。真那美さん、あなた犯行の際スリッパを脱いだんじゃありませんか?」
「っ!」
「床についた血痕の一部に途中で途切れたような跡になっているものがあります。恐らくあなたはスリッパを脱いで足音を立てないよう黒川氏の背後に忍び寄り犯行に及んだ。その際、床についた血痕を踏んでしまったんじゃないですかね?」
「…」
「恐らくあなたは今の今まで血がついていることに気づいていないはずだ…さあ見せて頂きましょうか、あなたの靴下を」
小五郎の追及に恐る恐る真那美は靴下の裏側を見せる。
そこにはまさしく血痕が付着していた。
「あなたは警察の事情聴取で、遺体には近寄っていないと仰いましたよね?どういう事ですか?」
「あいつは…黒川大造は、私の主人を殺したんです。医療ミスによって…」
真那美は遂に観念したかのように喋り始めた。
「何だって?」
「まさかあんた、あの時の…」
「そうよ!黒川が酒に酔ったまま心臓手術を行ったせいで死んだ患者の妻よ!ちょっと髪型と名前を変えただけで気づかないなんて…あなた達にとって記憶に残るほどの物じゃ無かったって事ね!」
真那美の鋭い叱責に、大介と三奈は驚きで言葉を失ってしまう。
「…丁度一年前、週刊フォトスで報じられた『黒川医院 医療ミス疑惑』の事ですね?」
うつむく真那美に杉下が歩み寄り話しかける。
「…ええ」
「す、杉下君。その医療ミス疑惑というのはワシも覚えているが…」
「ええ。当時センセーショナルに報じられましたが、遺族以外関係者が揃って噂を否定し、続報も無いまま一部で囁かれる程度になってしまいました」
「…私は黒川を告訴しようとしましたが、誰一人協力してくれませんでした。皆黒川が怖かったんです…!」
「つまり動機は、復讐…」
「命日の今日、絶好のチャンスが巡ってきた。そう思ったんです」
あまりにも悲しい動機に、その場の全員が沈痛な面持ちを浮かべる。
「私は後悔していないわ!あの人の恨みを晴らせたんですから…!」
「…本当にそうでしょうか」
ハッキリと後悔していないと言う真那美に、杉下が問いかける。
「…何が言いたいのよ」
「確かに、大造氏の行った行為は決して許されるものではありません。ご主人を失った貴女の悲しみも、想像を絶するものだったでしょう」
「だから私は!」
「しかし、それでも貴女は『殺人』を犯したんです」
「…っ!」
「どんな理由があろうと、大造氏の行為と同じく、『殺人』は許されるものではありません」
杉下の、どこか諭すような言葉に真那美は涙を浮かべる。
「それに、ご主人が本当に貴女が殺人を犯した事を、喜んでくれるのでしょうか。僕には、そうは思えないのですがねぇ」
「…うっ…うっ…」
「…どうか罪を償ってください。ご主人もそれを望んでいるはずですよ」
「…行こうか」
泣き始めてしまった真那美は、目暮に気遣われながら連行されていった。
それを見送った後、杉下は大介と三奈へ向き直る。
「さて、お二人にもお話をお伺いする必要がありますね」
「え…」
「何で私達が…」
「とぼけないで頂きたい。大造氏の医療ミスについて、あなた方はそれを問題と知りながらも隠蔽したのですよ。その結果、また人が死んでしまったんです!」
「…っ」
「法に問われるどうこうの問題ではありません。自分たちの罪に、いい加減目を向けなさい!」
怒りに震える杉下の叱責に、大介と三奈はうつむき自分達の行いを悔やむ他無かったのだった。
***
翌日 4月26日 朝、特命係。
「よっ、暇か?」
いつも通り暇を持て余していた杉下達のもとへ、隣にある組織対策犯罪五課の課長、角田六郎がやってきた。
「ええ、暇です」
「お前ら、昨日あの黒川大造の事件現場に居合わせたらしいな」
角田はいつものようにコーヒーを入れながら話題を振る。
「あれ、課長もうその事知ってるんですか」
「当たり前だろ。殺人事件は『眠りの小五郎』が、医療ミスの件は特命が引導を渡したって噂で持ちきりだぞ?」
「引導って…別に僕ら大した事やってないんですけど…」
「あくまで医療ミスの件を追及できたのは、犯人の動機が判明した為ですからねぇ」
「これで黒川医院もマトモになってくれりゃあ良いんだがな」
「そこは期待する他ありませんね」
「ところで、生の『眠りの小五郎』はどうだったよ?」
「あぁ、毛利さんですか…」
興味津々という顔な角田の問いに、杉下は昨夜の小五郎の推理を思い出す。
「非常に不思議な方でしたねぇ」
「不思議?」
「あぁ、分かります。最初とんちんかんな推理で何言ってんだこの人って感じだったんですけどね」
冠城はうんうんと頷きながら話し出す。
「急に奇声を上げて座り込んだと思ったら突然冴えた推理を話し出して…あれは凄かったですね。まさに眠ったように見えながらも事件を解決!『眠りの小五郎』、恐れ入りました」
「ほぉそりゃすげえや。人ってのは変わるもんなんだなぁ」
「おや、課長は毛利さんの事をご存じなんですか?」
その角田の言葉に杉下が反応する。
「あぁいやぁ、俺も現役の頃の話を聞いただけなんだがな。射撃の腕は天才級、柔道の腕前もピカイチの敏腕刑事…とはいえ推理力だけはからっきしで迷宮入りも一つや二つじゃ無かったとか」
「…それが今では名探偵、ですか」
「あぁ、昔を知っている奴からすりゃあビックリらしいぞ。ま、眠れる才能が覚醒したって所なのかねぇ~」
そう言って角田は笑いながら自らの席に戻っていった。
「はぁ~射撃も柔道も得意とか、凄かったんですねぇ毛利さん」
毛利の昔の話に冠城が感心していると、思案に耽っている杉下に気づいた。
「右京さん?何か気になる事でも?」
「…本当に、毛利さんの才能だけなのでしょうか」
「えっ?どういう事です?」
杉下は立ち上がり話を続ける。
「確かに、昨夜の毛利さんの推理は非常に冴えた物でした。しかしその直前にはあまりに突拍子もないずさんな推理を展開していなかったでしょうか」
「あれは、本人が冗談だって言ってましたが…」
「しかし、あの時の彼の推理は冗談で言っているようには感じませんでしたよ」
「じゃあ…どういう事です?」
「…まだ僕にも分かりません。しかし…」
(しかし…もし何か裏があるとするならば…)
右京の脳内には、真剣な様子で現場を調べていたコナンの姿が浮かんでいた。
「…そういえば毛利さんの推理の際、急にコナン君が居なくなっていましたね」
「え?あぁそう言えば」
「その後、推理が終わってひと段落した頃、またコナン君は戻ってきていました」
「ちょ、ちょっと待ってください右京さん。まさかコナン君が何か関わっているとでも?」
「…そこは何とも。ですが、非常に興味深い子だという事は間違いありません」
「少し、調べてみましょうか」
第3話でした。
右京の怒り初炸裂でした。
中々相棒らしい表現が難しいですね。いかがでしたでしょうか。
後、自分伏線を貼るの大好きなタイプなんですが、元の事件を知らない方向けに事件のヒントを散りばめるのって意外に難しいと気づきました。
まだまだ精進が必要ですね。
前回も追記で記載させて頂いたのですが、改めて謝辞を。
皆様沢山のUA、お気に入り、感想、評価、本当にありがとうございます。
正直見向きもされないのではと思っていたので感激しています。
これからも頑張りたいと思います。
さてようやくプロローグが終了。次回より時計仕掛け本編です。
次回はちょっと遅くなります。気長にお待ちください。
※追記(8/18 01:56)
Twitter始めました。
投稿予定などつぶやくかと思います。
TwitterID @esaya_syosetu
以上、次回進捗率40%の餌屋でした。