枡山は目を見開き、これ以上もない決定的な瞬間が写った写真を見て、体が震えだす。
そんな枡山の姿に、杉下はもはや微笑みも浮かべず、哀れな物をみるような目を向けた。
「・・・こんな・・・こんなものが・・・」
「既にSNSでは気付き始めている人もいます。残念でしたね」
「こ、こんなもの合成で・・・」
「・・・本気で仰っているとは思えませんねぇ。この写真のUP時間を考えれば合成なんてする暇などありませんし、そもそもこんな合成をして一体何になるというんです?
あぁ、それにキチンと当時の位置関係を確認しましたよ。既にテレビのワイドショーやSNSで流出していたので確認は楽でした。
シャンデリアの真下にいた俵さんとクリスさんは鎖が狙えないので除外。司会で客に注目されていた麦倉さんもあり得ませんし、事件直前に抱き合っていた樽見さんと南条さんは論外。
後は、三瓶さんと枡山さんのみですが、多くの写真や動画に、ずっと両手に食器を持っている三瓶さんが写っていましたし、聞き込みの中、お付きの方々とずっと会話されていたという目撃情報がありました。
貴方だけなんですよ。当時、明確な目撃証言が出てこない人物は」
「・・・あ、あぁ・・・」
杉下の追い打ちに、なす術がなくなった枡山は遂に力なく膝から崩れ落ちた。
***
「・・・枡山憲三。殺人容疑で逮捕する!」
推移を見守っていた目暮が、膝をつき顔を伏せる枡山に近づいていく。
もはやあがく様子も見せない枡山の手を取り、その手に手錠をかけた。
「・・・さて、枡山さん。最後に一つ、よろしいですか?」
もはや、枡山に対し態度を取り繕わなくなった杉下は、冷たい目を向けながら連行されようとする枡山の前に立った。
「・・・」
「一体貴方は、2枚目のハンカチをどうやって手に入れたのでしょう。幾ら考えても、ご自身一人だけで行えたとは考えにくいんですよ」
「・・・」
杉下の指摘に、枡山は反応を示さない。
だが、流石に目暮は驚きの声を上げた。
「ど、どういう事だね杉下君?」
「考えてもみてください。同じ紫のハンカチを最初から用意なんて中々出来る事ではありません。
当日受付からかすめ取ったとも考えられますが・・・枡山さんが近づけば怪しまれる事間違いありません。
となると、後の可能性としては既に帰宅済みの参加者の方から盗み取ったと考えるのが自然でしょう」
「な、なるほど・・・」
「しかし、それも枡山さん個人で盗み取れるとは考えにくい・・・事件が起きるまで枡山さんは本業の会長職としての仕事をしていたと思われますしねぇ」
「ま、まさか!」
「えぇ、どう考えても共犯者がいた事は確実でしょう」
「きょ、共犯!!」
そして杉下は辺りを改めて見渡す。
「残念ながら、それがどなたなのかを特定する術はありません・・・あまりにも情報が少なすぎます。なので、是非教えて頂きたいんですがねぇ・・・枡山さんっ?」
そして最後に枡山を見据えると、体をブルっと震わせながら詰め寄る。
「・・・くくっ」
すると、それまで反応をまるで見せなかった枡山の口から、『邪悪』とも言える笑い声が漏れた。
そんな枡山にも、全く動揺せず冷たい目を向ける杉下。
二人の間の謎の空気に、挟まれた目暮は困惑の顔を浮かべる。
「・・・私は喋らんよ、杉下右京・・・」
伏せていた顔を上げ、杉下に向ける枡山。
その顔はまさに『邪悪』の一言に尽きた。
「・・・はいぃ?」
「いやぁ・・・素晴らしいお手並みだったよ・・・そう、私が犯人だ。大方君の『推理』通りさ・・・だが私はこれ以上何も喋る事は決してない。私にもプライドというものがあるからねぇ」
「・・・あぁ、そうですか。もう結構・・・失礼しました目暮警部。どうぞ連行してください」
「あ、あぁ・・・分かった」
不遜な態度の枡山にもはや怒りを超えて呆れを感じた杉下は、手間を取らせた目暮に謝罪して連行を促した。
(・・・やはり共犯は同じ黒づくめの組織・・・つまりこの中に、まだ組織のメンバーが混ざっているという事・・・
そしてあの態度は、大方例え捕まっても組織に助け出されると思っているのでしょう・・・)
大人しく連行されていく枡山の背中に目をやり、杉下は固く誓う。
(ですがそうはさせません・・・必ず罪を償わせて、組織の全容を吐かせて見せます・・・!)
だが流石の杉下も気付くことはできない。
その後ろでこっそりとメールを送る人物がいる事に。
***
何とか野次馬を避けながら、目暮は枡山をホテル正面を出た所に止めたパトカーに連行していく。
(やれやれ・・・流石杉下君だったな・・・我々だけでは枡山氏を逮捕する事は出来んかっただろう)
目暮は隣で笑みを浮かべながら、自分の左側で大人しくついてくる桝山に目を向ける。
(・・・アクアクリスタルの事件。公安に捜査は止められてしまったが、あの時杉下君は枡山氏について何か引っかかっていたようだった・・・もしかすると今回の事であの事件も何か進展するかもしれんな)
しばらく前に、苦々しい思いをしてしまったあの事件まで思いをはせながら、ホテルの玄関を抜けて表通りに目暮達は到着した。
既に通りにはどこから聞きつけたのか多くの報道陣が詰めかけていたが、警察の仲間たちによる必死のガードで何とか周りが少し開けている程度にはなっていた。
これからまだまだ面倒な事が続きそうだ、とため息を一つつき、気を取り直してパトカーへ枡山を連れていく。
パシュッ
と、目暮の耳にどこからか、やけに乾いた音が聞こえてきた。
その音の正体に思考が向きそうになった時、今度は目暮の左頬に生暖かい何かが飛んで来る。
「・・・は?」
目暮は、ゆっくりと頬に手を当て、飛んできた何かを確認した。
そこには真っ赤に染まった自分の手が、
「っ!?!?」
ここまでゆっくりと進んでいた体感時間が、急速に現実へ引き戻されていく。
明らかな異常に気付いた目暮は、反射的に左を向いた。
「・・・・・・ぁ」
そこには、額に風穴を開けた枡山がいた。
「・・・なぜだ」
自分に起こった事が信じられないとばかりに呆然とした顔をしてそう呟いた枡山。
それが『ピスコ』と呼ばれた彼の最期の言葉となった。
***
会場内。
事件も謎は残りつつもひと段落したため、順番に参加者を帰宅させていた中、外からざわめきが聞こえてきた。
会場内で、作業の推移を見守っていた杉下は、何かあったのかとロビーに出ていく。
何が起きたのか理解できず混乱する人々の中に、恐怖で顔をこわばらせるものがちらほらいる事に気づいた。
「失礼、何かあったのですか?」
近くにいた、恐怖に体を震わせうずくまる婦人に声をかける杉下。
「・・・ま、枡山さんが」
「枡山さん?」
何か嫌な予感を感じ取る杉下。
「枡山さんが・・・ホテルの外にでた途端・・・撃たれたって誰かが・・・」
「・・・は?」
杉下は気づく。
自分は未だ『黒づくめの組織』というものを甘く見ていたのだと。
もはや、後悔しても遅かったのだが。
***
「・・・ターゲットを射殺。任務は完了した。」
「ご苦労だった、カルバドス」
杯戸シティホテル向いのビル屋上。
そこには、ジン、ウォッカに加え、専用にカスタムされたライフルを構えるカルバドスと呼ばれたサングラスの男がいた。
「流石カルバドスですね兄貴。ピスコの額の真ん中にドンピシャでしたぜ」
「ふん、この程度コイツにとっちゃ屁でもねえよ」
カルバドスの腕に賞賛を送るウォッカと、冷静さを保ちつつもどこか愉悦を感じているような笑みを浮かべるジン。
二人を尻目に、カルバドスはライフルを手早く片付けていく。
「俺はこれで失礼する。すぐ警察が来るだろうからな」
「あぁ、俺達もすぐズらかるぞ。『あの方』からの指示もこれで終わったしな」
「ヘイ・・・しかしピスコも大したことない奴ですね。まさか自分が殺してる姿をみすみす撮影されてるなんて」
バーボンから二人に届いた写真こそ、週刊フォトスのSNSに乗っていた枡山の犯行シーンだった。
「奴も老いぼれていたからな。耄碌したんだろ・・・ほら、行くぞ」
もはや死んだ人間になど興味のない様子のジンは、カルバドスと共に屋上から去っていく。
その後ろをウォッカが慌てたように追いかけていく。
「そういやシェリーの奴は良いんですかい?」
とウォッカはジンが気にかけていたシェリー抹殺について思い出し、ジンへ問う。
「あぁ、無駄なことはしねえ性分でな・・・『奴』からの連絡も無かったから、どうやら会場にも現れなかったようだし、どこか遠くの街へ逃げてる所だろうよ・・・」
「残念ですねぇ・・・」
「楽しみはとっておくさ・・・アイツの恐怖に染まった死にざまの顔を見るのはな・・・そんな事より『奴』と合流するぞ」
「了解です」
そして彼らは、黒い闇の中へ消えていった。
次回。「対決Ⅰ~Pisco」編、最終回。
明日10日19時更新。
餌屋TwitterID @esaya_syosetu