9月1日。これが何の日かと聞かれピンと来ない小、中学生、高校生はほぼいないだろう。そう、二学期の始業式の日だ。9月の最初の日ということもありまだまだ気温は高い。この学校は私立のため基本的に小学生だろうと制服だ。そんな中でエアコンもついていない体育館で長い長い先生の話を聞かなければならない。
......何が言いたいかというととにかく暑いのだ。退屈な話を延々と聞かされるせいでなおさらキツい。
そんな我慢地獄を乗り越えた後に待っているのは教室で待ってるのは配布物地獄だ。配られる手紙やらプリントやらが多い。
本当に始業式と終業式の日は憂鬱だ。いや、年度のおわりも含めたら修了式もか。
ようやっと我慢地獄を乗り越え教室に入り、黒板に貼ってある座席表を見て違和感を覚える。席替えなんてした覚えはないのに女子の席の配置が微妙に、というか私から後ろ全員が一つずつずれている。心なしか、机と椅子も一つ増えている気がする。首を傾げながら席について読みかけの本を開こうとすると教室のドアが開く音がした。
長い黒髪をストレートに落とした女性───私たちのクラスの担任が入ってくる。
........いまこっちの方を見て笑顔のまま睨まれた気がする。まさか心読まれてないよね.........。
教壇の前に立って日直が号令をかけて全員が礼をした後に座る。
「おーす、久しぶり。お前ら夏休みの宿題はやってきたかー?ちゃんとやってなかったら冬休みの宿題増やしてやるぞー?」
えー!という声が教室中に響く。
「にゃはは。冗談だよ、冗談。んじゃ、宿題集めるけどその前に。今日からこのクラスのメンバーが一人増えっから。入ってきていいよー」
ガラガラとドアが開いて桃色の髪をショートカットにし片側をリボンで結んだ少女が入ってきた。
「湊智花です。よろしくお願いします」
*
─────大人しそうな少女。それが第一印象だった。
「んじゃー、そこの楓の前に座って」
「は、はい」
歩いてきて私の前の席に座る。
「あの、よろしくお願いします」
「ああ、うん。私は
「は、はい。あの」
「なに?」
「.......この学校には女子バスケ部ってないんですよね?」
.......どういう意味だろう?
「ないよ。なんで?経験者?」
「あっ。い、いえ、そういうわけでは.......」
ダウト。わかりやすいな。この子。
「まあ、私もここに入ったのは5年生になってからだから、そこまでこの学校に詳しいわけじゃないけど。わかんないことあったら適当に聞いてよ」
「は、はい。ありがとうございます」
初対面にしてはそれなりだろう。
その後宿題を集め終わった後に本を開き読み始めるとクラスの人たちから質問攻めにあってあたふたしている湊さんの姿が視界の端に映った。
*
湊さんが転入してきてから三週間が過ぎてわかったことがある。湊さんはあまりコミュニケーション能力が高くないらしい。休み時間にずっと本を読んでいる私もあまり人のことを言えないけど、それでも昼食の時間だったり体育の時間だったりはクラスメートと話すくらいはする。けど湊さんの場合はそれすらもしようとしていない。
なので休み時間もずっと私の前に座っている。
「あの、柳さんは休み時間なのに他の人と話したりはしないんですか?」
「それ、湊さんが言う?」
「あう......」
「私は本読むのが好きだからこうしてるけど、湊さんはなんで?」
「私は......別にいいかなって。何話したらいいかわからないから一人でも......」
だったらなんで転入してきたんだろう。この時期に私立小学校に試験まで受けて入るなんてそこまで意味があるとは思えない。私と同じで親の都合か、それとも本人に問題があったか。
「でも、その割には周りの方に目がいってるね」
「えっ」
「誰かと一緒にいたいとは思ってるんじゃないの?」
瞳が大きく揺れる。図星のようだ。
「それは......そうなんですけど、でも」
「別に自分から無理に話広げようとしなくてもいいんじゃない」
えっ、と目を丸くする湊さん。
「私だって一人でいる時間の方が長いけどそれでも周りとは上手くやれてるし。慣れないことやり続けたってつらいだけでしょ」
「...どうしたらいいんでしょうか。柳さんみたいに特に趣味があるわけでもないですし......」
「とりあえず私が近くにいるくらいはしてやれると思うよ。私、休み時間もほとんど席に座ってるから湊さんに特に用がなければ基本的にこの距離でしょ。本読みながらでいいなら会話の相手くらいはするよ。その間に他の誰かと仲良くなってその人と一緒に過ごす時間が長くなればもう無理に私の方にかまわなくていいし」
「で、でも」
「別に私にマイナスがあるわけじゃないから。むしろ目の前でそわそわしてる人見ながら本読む方が難しいよ。気が散って」
ここまでずけずけと言ってくるのが予想外だったのか、逆に力が抜けたらしい。再度目が丸くなった後すぐに表情が少し柔らかくなった。
「じゃあ、改めてよろしくお願いします。柳さん」
「うん。あと、敬語別に使わなくていいよ。ほぼ毎日顔合わせてる同い年の相手に敬語続けられるのは堅苦しいし」
「は、はいじゃなくって......うん。───ありがとう」
どういたしましてと適当に返しておく。こうやって本のページをめくっている時は思ってもみなかった。
私のこの行動が後々の私に大きく関わっていたなんて。
*
「柳さん、この問題を教えてほしいんだけど」
「ん、あーこれは先にわかってることを書き出しとけばできるよ」
あれから一週間経って湊さんについてわかったことその2。自分から輪を広げるのは苦手だけど、ある程度打ち解けた相手には意外と遠慮がない。
いやまあ、わかんないことあったら適当に聞いてとは言ったけど、ここまでポンポンくるとは思ってなかった。こういう風に本を読みながらじゃ分からないことも聞いてくるおかげで休み時間に本を読む時間が普通に減ってる。
うんうんと考えているところ申し訳ないが、さすがに私にも都合はある。
「湊さん、いいの?」
「ふぇ?」
「次、体育だよ」
「え?あっ⁉︎」
サボるぶんには勝手だけど私に授業サボるほどの度胸はない。湊さんは全く用意してなかったらしくあわてて鞄から体育着を取り出そうとする。......待っててあげるか。大した差はないし。
「時間ギリギリだから走っちゃおう」
「う、うん!」
先生に見つかったら怒られそうだけど背に腹は変えられない。
というか、この子足速いな。全力ダッシュしてる風には見えないのに私は結構本気で走らないと置いてかれそうだ。
そんなこと考えてる間になんとかチャイムが鳴る前に体育館に着いて更衣室での着替えが終わった。
「あー、つかれた」
「ご、ごめんね」
「間に合ったからいいよ」
どうせマット運動だから大して動かない。なんていう私の希望はあっさりと崩れ去った。
「おーし、今日の体育はバスケやるぞー」
絶対に湊さんが経験者だからだ。ああ見えてかなり面倒見がいい人だからこれもあの人なりの気遣いなんだろう。残念ながら当の湊さんは気が進んでなさそうだが。
篁先生に私が
準備運動が終わった後、ボールが全員に行き渡り全体に広がってシュートし始める。湊さんはというと、隅っこの壁に寄りかかってどこか上の空だ。
篁先生はあまり細かく指示を入れる人じゃないのですぐに試合やろうという話になった。こういうこと言い出すのはだいたい男子なんだよな。そういうのがあまり好きじゃない人だっているのに。そのくせ足引っ張ったりしたら文句いってきたりするところがタチが悪い。
当然全員参加なので私もチームに割り振りされる。
......ボール、触るの半年ぶりくらいか。目立たないようにパス回しだけしてよう。できるだけ初心者に見えるように。
早く終わってくれと願い続けてると騒ぎ声が聞こえてきた。逆面をみると男女間で何やら揉めてる。巻き込まれる前に避難、ていうか早く先生止めてくれ。
「おー、いいね。どうせなら男女対抗戦しちゃえ」
そういえばこういう人だった。止めるどころか面白がって焚き付ける人だった。
「いーけどさ、どうせこっちが勝つぜ?」
クラスで唯一の男子バスケ部員──────竹中君が勝ちが決まってるかのような態度を取る。
まあ普通に考えれば男子が勝つ。全体的な身体能力は負けてる上に、経験者が向こう側だけにいるとなれば女子に勝ち目はほぼない。
湊さんという存在を無視すれば、の話だけど。
「本気、出していいよ」
私の横にいた湊さんに背後から篁先生がそうささやいたのを私は聞き逃さなかった。
湊さんの眼に、炎が宿った。
試合が始まり、男子ボールから始まった。ボールをとった男子の一人がすぐさま竹中君にボールを渡す。そのマークの相手は湊さん。
外から見てるとわかりやすい。やっぱり経験者だなあの子。それもかなりの上級者。初心者ができるディフェンスの姿勢じゃない。そのことにも気付かずに竹中君はフェイクも何もなしにまっすぐの右ドライブをする。当然、そんな単純なもので抜けるわけがない。
「は?」
一閃。サイドステップで正面に入り左手でカットする。攻守が変わり、女子チームがフロントコートに入ってトップの位置で女子の一人がボールを持つが、どうしたらいいかわからずオロオロしている。
「こっち!」
すぐに湊さんが左ウイングに向かってミートをしそのまま右手でワンドリブルをついてジャンプシュートを放つ。切れ込むスピードといい、打点の高さといい、そこらの選手のそれとは段違いだ。何より、
「きれい.......」
思わず呟いてしまった。それなりにバスケを長くやっていたがこれほど綺麗なシュートフォームは見たことがない。そもそも女子がワンハンドであの距離のジャンプシュートを打てるのがすごい。
唯一の経験者である竹中君が攻守ともになすすべもないのだから他の初心者が対処できるはずもなく。その後も湊さんが次々とスティールとシュートを決め続け終わってみれば女子の圧勝だった。だというのに、湊さんはやってしまったという顔をしている。
多分前の学校かチームであの負けん気の強さが災いしたんだろう。今回はそうはならなそうだけど。呆気にとられてる人が大半だけどマイナスの感情を抱いた人はほとんどいないだろう。実際、今湊さんと一緒に試合に出てたうちの一人──────三沢さんが興奮しながら詰め寄ってる。あれが始まりになって少しずつ輪が広がるだろう。
案の定、次の日もまたその次の日も三沢さんとずっと話していた。
湊さんの悩みもこれで解決。何もかも元に戻って私は休み時間に今まで通り静かに本を読んでいるだろう。
そう、思っていた。
*
週が変わりいつものように休み時間を過ごしていると、ここ最近で聞き慣れた声が聞こえてきた。
「柳さん」
珍しく湊さんの方から話しかけてきた。というか、もう私のところにはほとんどこないと思っていた。
「...何?」
「分からないことあったら聞いてって言ってたよね」
「ああ、うん」
緊張しているらしく少し顔が強張っている。意を決したのか、息を吸って二の句をつぐ。
「────────バスケ部に入ってくれないかな?」