「バスケ部......?」
素っ頓狂な声を上げてしまった私は悪くないだろう。何せないはずの部に入ってくれと言われたんだから。いや待て。
「新しくバスケ部を作るってこと?」
「うん。だから柳さんにも入ってほしいなって」
「人数が足りないの?」
「ううん、とりあえず設立に必要な五人はもう集まってるよ」
「じゃあ別に私入んなくても──────」
いいよね、と言う前に湊さんがものすごく悲しそうな顔になった。やめてほしい。そういうのに私は弱いんだ。
「その、試合とかするときに五人だとやりにくいから......」
「湊さんが入るチーム側を二人にしたほうがむしろバランスちょうどいいでしょ。他の四人の中に経験者が居たりするの?」
「それは.....いないけど」
引く気配はなさそうだ。何で私にこだわるのかわからないけど、今更またバスケを始める気が起きない。私がバスケやってたことがばれたらなおさら強く誘ってきそうだから言わないけど。
......でも結局その後もはっきりと嫌と言うこともできずに授業の時間が始まった。
*
放課後になり、教室から人が次々と出て行く。あの後またしつこくは言ってこなかったけど明日には返事がほしいと頼まれた。
「よー、楓」
「......先生」
ある意味一番声をかけられたくない人にかけられた。ゆっくり考えたいのに。この人のことは嫌いじゃないけど少し苦手だ。
「聞いたよ、智花から誘われてるんだって?バスケ部」
なんで知ってるんだって言葉が出る前にそもそもこの人に顧問やってもらうって言ってたのを思い出した。
「先生からも勧誘ですか?」
「んーまあ強制はしないよ。本人の自由だし。けど入ってほしいとは思ってるかな」
「人数は足りてますよね」
「そういうんじゃなくってさ。楓にももうちょっと人と交わってほしいんだよね。楓はさ、人とくっつきすぎず離れすぎれずって感じじゃん。けど智花に対してだけはそうじゃなかった。その証拠にあんたら結構仲良かったしね。だからできるだけ一緒にいてほしいってこと。智花と一緒にいるのが嫌ってわけじゃないでしょ?」
「...そういう言い方はずるいですよ」
でも的を得ている。本を読むのに気が散るっていうのも嘘じゃないけど、湊さんには不思議と最初から親近感が湧いてきた。別にクラスに馴染めない子を見るのは初めてじゃないはずなのに。
「そろそろ行きますね。さようなら」
ペースに巻き込まれる前にさっさと退散する。
「きっとあんたはバスケ部入るよ。なんだかんだ優しいからね」
......やっぱり苦手だ。この人は。
*
翌日。朝のホームルームが始まる前に早速湊さんが来る。ていうか、席が私のすぐ前だからくるのは当たり前か。言われる前にさっさと言ってしまおう。
「バスケ部のことなんだけどさ」
私がそう言った途端、くるりと振り向いてくる。
「私、普通に本読んでる方が好きなんだよね」
私がそう言った途端に湊さんの顔が昨日と同じようになる。
「だから試合するときの数合わせだけでいいなら参加するよ。それ以外のときは隅っこで本読んでるか、最悪幽霊部員になるかもしれないけど、それでもいいなら入る」
「...!うん。うん......!」
うれしそうにしちゃって。何が嬉しいのか知らないけど、そんなに期待しないでほしい。一応言質はとったし程よい落としどころだと思う。
「あれ、どこに行くの?」
「先生に入部届けもらってくる」
篁先生に入部する旨を伝えるとイタズラが成功した男子みたいな顔をする。
「にゅふふ。ほら、私の言ったとおりだったろ」
なんか手のひらで転がされてるようでいい気はしない。この人に勝てる気もしないからそこら辺はもう諦めているけど。
「数合わせですよ、数合わせ」
「智花はそう思ってないと思うけどなー」
ぶっちゃけそれは感じてた。
「部活はいつからですか」
「明日。1日おきで週3日だから忘れないよーに」
バッシュ......じゃなくて学校指定の体育館履きで服も体育着でいいや。
*
翌日の放課後。体育館のステージ前に先生含めて六人集まっていた。湊さんと三沢さんと長い三つ編みの子───長塚さんと黒髪ボブカットで大きい子とロングヘアにゆるくウェーブがかかった小さい子。2人知らない人がいる。
それを察したのか、三沢さんが仕切り始める。
「じこしょーかいからはじめよー!ではまず、アイリーンから!」
「えっ、わ、わたしから?か、香椎愛莉です。よろしくお願いします」
思い出した。確か一学期の水泳で顔つけるのが出来なかった子だ。大きいから印象に残ってる。大きいな。身長以外も。
湊さんがじっと香椎さんを見つめてる。
「な、なに...?」
「えっ、あっ、最初に思ってたんですけど.......香椎さんってものすごく大きいですね、羨ましいです」
湊さんがそう言った途端、香椎さんが固まる。
「う...う...うわああああああああん!やっぱりおおきいんだ!でか女なんだあ!わたし!うえええええええええええん!」
「お、落ち着け!アイリーン!人より成長が早いだけだ!アイリーンは四月生まれなんだから!」
「え、えぇっ⁉︎」
突然の号泣に三沢さんが必死になだめ、その光景に湊さんが困惑する。私も一瞬何が起きてるかわからなかった。袴田さんは特に反応なしだけど永塚さんは「あちゃー.....」という顔をしていた。
「...ねえ、永塚さん。これ、どういうこと?」
「あー、柳さんも途中からこの学校入ったから知らないのか。高身長がすごいコンプレックスなの。ちょっとでも触れられるとすぐにああなっちゃう」
「なるほどね」
クラスメートだけどほとんど香椎さんとは交流がなかったから普通に私も地雷踏むところだった。
とは言っても、バスケやってる人間からすればものすごい嫌味に聞こえる気もする。女子が小学五年生の途中で160センチ後半もある人なんてなかなかお目にかかれるものではない。
「ご、ごめんなさい」
ようやっと泣き止んだ。時間食ってしまったことに対する謝罪だろうけどむしろナイスだ。だいぶ部活動の時間を削ってくれた。
「では気を取り直して、次ひな!」
「ひなた。袴田ひなた」
そういえばクラスにいたっけかこんな子。私のこういうところを先生は直してほしいんだろうな。
なんていうか、ちっちゃくてほわほわしててものすごくマイペースそう。
「そしてみんなごぞんじ!三沢真帆でーす。2人とも真帆とよぶよーに!」
「しれっと私を省くなー!」
永塚さんはクラス委員長だからさすがに私でも知ってる。
「コホン、永塚紗季よ。紗季でいいわ。よろしくね」
うん、典型的な委員長って感じ。
「柳楓。よろしく」
「湊智花です。よろしくお願いします」
「んー、もっかんはもっかんでいいとして、柳楓......ナギとカエとどっちがいい?」
普通に名前で呼んでほしいんだけど聞いてもらえなさそう。ろ
ナギって名前は普通にいそうだし......。
「じゃあ、カエで」
「よろしくっ!カエ!」
元気いっぱいな子だな。ザ、ムードメーカー。
「とりあえず試合でもやってみ?6人だから3対3だな」
「んじゃ、あたしともっかんでとーりっぴ」
湊さん・袴田さん・紗希対真帆・私・香椎さんというチーム分けになりセンターサークルの前で並ぶ。ジャンプボールには湊さんが出てくる。普通に香椎さんが跳んだ方がいいんだけど地雷を踏まないように直ぐに真帆が出た。
先生の下手なトスアップで試合が始まった。
ボールが私に渡り、ジャンプの後すぐ前に走った三沢さんへとボールを送る。ゴール下までペチペチとドリブルをついて止まる。
そのままゴール下から打ったボールはリングの内側に一回当たりそのままコロリとネットを通過した。
「っしゃー!見たか!これからピンチのときにはあたしに出しどけばまちがいねーよ」
「いや絶対まぐれでしょ」
まぐれはまぐれだろうけど、運動神経はいいしちゃんと練習すればすぐに上手くなりそう。
この後のゲームはまあ、普通に初心者らしいものだったと思う。パスは全部山なり。ドリブルしようとして自分の足にぶつけてしまうお決まりのあれ。私も素人のふりをするのはかなり難しいことを知った。
湊さんもちょこちょこボールに絡んでるけどあの時の動きとは程遠い。まあ、そもそも経験者が素人とやるときはあんまり本気でやらないのは暗黙の了解だったりもする。バスケは経験者と素人の差が露骨に出るスポーツだし。
結局、時間いっぱいまで3対3をしていた。......これもしかして休めないやつ?ゲームだけは出るなんて言わなきゃ良かったかも......。
*
昨日部活があったから今日の放課後は時間がある。さっさと支度を済ませて教室を出ようとすると前から声がかかる。
「柳さん、もう帰る?」
「や、図書室寄ってく」
「...少しいいかな?」
何やら湊さんからの大事な話があるらしい。ものすごく真剣な顔だ。......だから私はそういう顔には弱いんだってば。
内心ため息をつきながらも外のベンチへと一緒に歩いて行った。
「で、何の用?」
「私の話、聞いてほしくて」
私と湊さんは付き合いが浅い。当たり前だ。湊さんがこの学校に転入するまでは赤の他人だったんだから。必然的に話の内容も絞られてくる。
「前の学校の話?」
「...うん。私、転校する前は市内の公立校のバスケ部に所属してたの」
小さく頷く。あれだけの動きができるのに未経験者は無理がある。
「この間の試合見てたから分かると思うけど、バスケのことになると私、おかしくなっちゃうの。試合にはどうしても勝たないと気が済まなくて。これでもかってほど練習して。それを他の部員にも強制して。───────気がついたら孤立してた。誰も私の話なんか聞こうとしてくれない。......だから逃げたの。慧心の編入試験を受けて」
うん。
「なんかだいたい予想通りだね」
「ふええっ⁉︎」
顔を真っ赤にしてる。湊さんのこういう反応はやっぱり可愛いなあ。
「な、なんでわかったの?」
「いやだって初対面の相手に『女子バスケ部はないですよね?』だよ?普通に経験者か何かかなって思うじゃん。その割に体育でバスケやるってなったらなんか乗り気じゃなさそうだったし。あのとき『本気でやれないならやらない方がいいな』とか思ってたんじゃない?で、いざ本気出したら出したで『やっちゃった』みたいな顔してたし」
「あ、あうぅぅ.......」
さらに顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。全部図星か。本当にフォワード向きの性格をしてる。
閑話休題。
「話戻すけど、別に湊さんが悪いわけでもなくない?」
「ううん、私が悪いの。みんながみんな私と同じようにやるわけがないのに、一方的に押し付けて。......だから、ああなるのはあたりまえ」
「悪かったのは巡り合わせでしょ」
「...え?」
「湊さんみたいにはやれないって言うけど、そうでもないでしょ。たまたまその学校の人間がやれなかっただけで。少し年は離れるけど、高校の強いところなんかは湊さんみたいな人材を集めまくって厳しい練習を積み続ける。小学生にだってそういう人間が少しはいたって何もおかしくはないよ」
私がいたチームはまさしくそれだった。人材を集めることはしなかったけど(というかできないけど)、練習なんかちっとも楽しくない。ただただキツイ、勝つための練習。
......一瞬とんでもなく不謹慎な考えがよぎった。
「柳さん?」
「ん?ああ、...向こうに問題がなかったとも言えないしね。嫌なら嫌って言えばよかったんだから。まあ、どうすればうまくやれたかなんて私にはわからないけど。単純に『運が悪かった』、これで終わりでいいじゃん。これは私が読んだことがある本の受け売りだけどね、考えても結論が出ないなら都合のいい解釈でいい。割とこの考え方、気に入ってるよ」
「......柳さんもバスケ部に入ってたの?」
「いや部活には入ったことなかったけど、なんで?」
そもそも前の小学校には部活動がなかったけど。小学校の部活動は地域によってあるかないか決まってるらしいし、前にいたところはまあそういうことなんだろう。低学年の頃は小学校には部活動がないものだと思っていた。
「そうなんだ.......」
なんか怪訝そうな顔をしてるけど実際入ったことがないのだからどうしようもない。
「正直さ、意外だったんだよね」
「ふぇ?なにが?」
「湊さんってさっき自分でも言ってたけどバスケに関しては相当負けず嫌いじゃない?だからあんな風にお遊び当然の部活でやっていくっていうのが意外だったんだよね」
「......勝ち負けよりも大切なものに気付かされちゃったから、かな。勝ちしか見ることのできない自分に戻るのは嫌だよ。何よりまたバスケができるってことがすごく嬉しい」
「......そう」
私にはわからない感覚だ。勝ちだけが唯一のやりがいだと思っていたから。最終的にそれすらもやりがいにできなくなったけど。
「ていうかさ、この話なんで私にしたの?篁先生とかじゃだめだったの?」
「えっ?あ、えっと、なんでかはわからないけどなんとなく柳さんに話したほうが気が楽になれるかなって」
「......あんまり期待しすぎないでね。部活のほうに関しても」
「うん、頼りにしてる」
どっちも大して変わんないじゃん、というセリフを飲み込む。
湊さんとのこの距離感は妙に心地よかった。
それから数ヶ月間、ほとんどお遊び状態だったけど活動を続けていった。予想通り私もほとんど休めなかったけど、湊さんもまたバスケができてかなり楽しそうで、私が読んだりする漫画やラノベだったらめでたしめでたしで終わる、というわけでもない。フィクションの世界でもそうすんなりはいかないわけだから、現実ではそんなのもっとありえないわけで。
「────────女子バスケットボール部を廃部とさせていただきたい」
それは篁先生が毛嫌いする男の先生からの無慈悲な宣告だった。
口調の再現が難しい.....。