水の都に転生ってマジ?めちゃくちゃ好きな映画だけどヘタしたら水没するよね?ハッピーエンドを迎える為に主人公頑張ります。

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20年ぶりに劇場で観たので初投稿です。


水の都のイレギュラー ~劇場版のストーリーを回避しようとしたら想定外のルートに進んだ小話~

 赤と白の帽子をかぶった少年が一人の少女と手をつなぎながら街中を走っている。

 まるで何かに追われているようにチラチラと幾度も振り返りながら右に左に角を曲がっていく。

 

「そうか……ついにサトシが来たのか……」

 

 主人公の到来。それは物語の幕開けを意味している。

 俺にとっては永遠に来て欲しくなかった始まりであり、そして待ち望んでいた終わりでもあった。

 

 この物語をハッピーエンドで終わらせる。それだけが俺の生まれた意味なのだから。

 

 

 

 

 エル、それがこの今世での俺の名前だ。

 

 前世で死んだ俺はその記憶を持ち続けたまま新しい生を得た。生まれ変わってすぐに俺は自分がどんな世界に転生したのか理解した。

 見たことがないはずなのにやけに見覚えのある不思議な生き物たちがあちこちにいるのだから誰でもすぐに気づく。

 ここはポケットモンスターの世界だ。

 

 それに気づいてからはもう気分は最高だった。

 だってポケモンの世界だぜ?夢見る少年少女なら誰しも一度はポケモン達と一緒に暮らしたいって思うだろ?

 

 俺だってその例に漏れなく子供の時はポケモンに夢中だった。ゲームも毎作買ってたしアニメも毎週見てた。

 中高生になってからはそこまで熱心にハマっていたわけじゃないけど、それでもネットで情報を追ってはいた。

 

 だからポケモンワールドに転生したらやりたいことだって何個も妄想してきた。中でも俺は旅をすることに一番憧れていた。

 

 心の通った相棒を連れながら世界を歩き回る。

 行く先々で出会ったライバル達とバトルして。

 知り合ったかわいい女の子にお近づきなんかしたりして。

 そんなワクワクする冒険を夢見ていたんだ。

 

 だけど俺は自分が住む街の名前を聞いて置かれた状況を全て理解した。

 水の都、アルトマーレ。

 劇場版アニメ「水の都の護神 ラティオスとラティアス」のストーリーが展開される舞台。

 イタリアの都市であるヴェネツィアをモデルとした水と人が共存している美しい街だ。

 

 前世の俺は劇場版の中でも特にこの作品が好きだった。だからこの街で暮らせるのは本来喜ぶべきことなのだろう。

 しかし俺は知っている。遠くない未来、この街に未曾有の危機が訪れることを。

 

 アルトマーレという街はゲームの世界には登場していない。そのことからおそらくここはアニメ版の世界だと推測できる。

 つまり、劇場アニメ内のストーリーがそのまま起きる可能性が高いのだ。

 

 名高い女盗賊たちによって『こころのしずく』が奪われ、街を守るための防衛システムが暴走を始める。

 暴走によって街からは水が無くなり、大きな津波となって襲い掛かってくる。

 アルトマーレの危機を救うために二匹の護神が立ち向かい、その内一匹が命を落としてしまう。

 その後、天に昇った魂は『こころのしずく』となってこれからも街を見守りづつける。

 

 悲しくも美しいストーリーだ。スクリーンを隔てて見る分には何度でも見たくなる物語だ。

 だけど、実際に俺の周りで起きるとなると話は別だ。

 

 絶対に食い止めなければならない。なんの罪もないラティオスを人間のエゴで殺させてたまるか。

 

 だから俺は悲しい物語を打ち砕く。

 この身に宿るチカラ(・・・)を使うことになったとしても、絶対にハッピーエンドで終わらせて見せる。

 

 

 

 

「ん?秘密の庭園に知らない人がいるのは珍しいな。カノンかボンゴレさんの知り合いか?」

 

 突然後ろから聞こえた声にサトシは振り向く。そこにいたのは自分より少し年上に見える青い髪の少年だった。服装から見るにこの街の住人のようだ。

 

「いやっ、俺は偶然会った女の子と逃げてたら迷い込んじゃって……君はここがどこだか知ってるの?」

 

「ここは街の住人でも一部の人しか知らない特別な場所なんだ。簡単に迷い込めるはずはないんだけど……あぁ、そういうことか」

 

 彼はサトシの後ろにいる少女を見て納得したような表情を見せた。

 

「なるほど、どうやら彼女が君をここまで連れてきたかったみたいだね。随分と気に入られたもんだ」

 

「き、気に入られた?」

 

 初めて会った女の子が自分を気に入ったと言われサトシは少し頬を赤くする。

 少年に気づいた少女はぱぁっと顔を明るくしぶんぶんと大きく手を振っている。それを見て苦笑しながらも手を振り返す少年。

 一体どういう関係なんだろう?サトシがそう思っていると周囲にある風車がからからと音を立てて回りだした。

 

「っ!」

 

 空気が変わったのを肌で感じる。なにかいる(・・・・・)。目には見えないが何かがこの近くにいることをサトシはマサラ人の直観で感じ取った。

 ビュンビュンと飛び回るナニか。それがサトシの傍らにいるピカチュウに突撃しようとした瞬間。

 

「やめろ、ラティオス」

 

 ピカチュウの前に立ちふさがった少年が掌を立てて空中に向けた。その手のすぐ先に急ブレーキをかけたような姿勢をとった青いポケモンが姿を現した。

 

「グルルァウ!」

 

「彼はラティアスが連れてきた客人だ。悪意を持って入ってきたわけではないよ」

 

 そう少年が諭すように言うものの青いポケモンは納得がいかないように唸り声を上げている。

 そんな様子を見た少女が少年の横に並んで両手を広げてこれ以上は止めてと声に出さずに伝えた。

 

「グルァウ……」

 

 二人に説得されたポケモンは渋々と納得し敵意を収めた。

 

「ちょっと!一体なにが起きているのっ!」

 

 場が纏まったサトシが安心していたら今度は見知らぬ少女の尖った声が遠くから聞こえてきた。

 

「はぁ……また振り出しに戻りそうだ……」

 

 隣に立つ少年がはぁと大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

「ごめんなさい、早とちりしちゃって。でもエルもちゃんと説明してくれればいいのに」

 

「頭に血を登らせて全然聞かなかったのはカノンだろ。俺は何度も説明しようとしたよ……」

 

 サトシの前を歩いている少年と少女は飽きずにまた口論をしている。仲がいいんだな、と思っていると博物館ガイドのボンゴレさんが口を開いた。

 

「すまいないね、サトシくん。こちらの勘違いで怖い思いをさせてしまって」

 

「いえ!エルが止めてくれてたんで大丈夫です。二人は兄妹なんですか?」

 

「エルとカノンのことかい?そうだね、エルとは血が繋がっていないけど二人とも私の大事な孫だ」

 

「えっ?」

 

 さらっと重い事実を伝えられる。聞いちゃいけないことだったかなと思っていると前を歩いているエルがこちらを振り向きながら付け足した。

 

「気にしなくていいよ、サトシ。そんなに複雑な事情とかじゃないんだ。単に俺が捨て子で、そんな俺を拾って育ててくれたのがボンゴレさんってだけさ」

 

 そう言って笑う彼に暗い影はない。どうやら本当に気にしていないようだ。ほっと息をなで下ろして安心するサトシ。

 視線を前に戻すとエルの隣にいるカノンがぷくっと頬を膨らませていた。

 

「もうっ!私とエルは姉弟じゃないって何度も言ってるのに!」

 

「ははっ、いいだろ?他の人に説明するときはそう言っても。俺はちゃんとカノンの事を一人の女の子として見てるよ」

 

「そっ、それならいいんだけど!」

 

 頬を赤く染めてぷいっとそっぽを向くカノン。それを見てエルはどこか大人びた笑みを浮かべている。

 やっぱり仲がいいんだな、まだ10歳のサトシは単純にそう思った。

 

 

 

 

「俺は少し寄る所があるからここで別れるよ。サトシ、また後で(・・・・)会おう」

 

 ボンゴレさんの作業場に着くとエルはそう言ってさっさと出て行ってしまった。

 

「また後でって……また今度の言い間違えかしら?」

 

「うーん、俺たち特に会う約束とかはしてないんだけどなぁ」

 

 カノンと二人して首を傾げる。

 

「まぁいいわ。ボンゴレさんにお願いされたし、ポケモンセンターまで案内するわね」

 

「あぁ!頼むよ!」

 

 そう言ってサトシとカノンはゴンドラに乗り込んだ。

 

 

「こんばんわ、綺麗なお姉さん方。今から俺とデートしませんか?」

 

 サトシ達と別れたエルはとある女性たちに声をかけていた。

 夜闇に紛れる黒いラバースートを着用した金髪ドリルと銀髪ショーツを美しい二人組。

 

 女怪盗、ザンナーとリオンだ。

 

「なによあんた、私たちは今忙しいの。お子様の相手をしてる暇は……ってあんた、どこかで見た顔ね?」

 

「姉さん、もう忘れたの?秘密の庭園でラティオス達と一緒にいた坊やじゃない」

 

 目もくれずあしらおうとしていた二人だったが、話しかけてきた相手が目下捜索中であるラティオス・ラティアスの関係者だと気づくと興味あり気に視線を彼に向けた。

 年端もいかぬ少年はれっきとした犯罪者である彼女たちの視線を受けても少しも怯えずに淡々と告げた。

 

「『こころのしずく』を狙ってるんでしょ?簡単に盗めるようにお手伝いしますよ、女怪盗のザンナーさん、リオンさん」

 

「っ!?」

 

「あなた、どうして私たちのことを……」

 

 少年は貼りつけたような笑みでニコリと笑った。

 

 

 

 

『こころのしずく』を盗み出して秘密の庭園から大聖堂に向かう三人。その途中でザンナーとリオンは弾んだ声で少年に聞いた。

 

「本当にあっさり盗み出せたわね。どういうカラクリの?」

 

「そんな大したことじゃないです。俺がいると庭園の警備システムは反応しないですし、ラティオス達も絶対(・・)にこの時間は熟睡してるのを知っていただけですから」

 

「ふーん、まぁ済んだことだしどうでもいいわ。それよりも本当にラティオス達を使わなくても防衛システムは起動できるのよね?石碑には必要だって書いてあったけど」

 

「普通なら必要ですね。でも俺がいれば必要ありません。俺はラティオス因子を持った(・・・・・・・・・・・)人間なので」

 

「どういう意味……?」

 

 訝しむ表情で二人はエルを見る。彼は見返すことなく無表情のまま大聖堂を見つめている。

 

「話すと長くなるんですよね。取りあえず俺を使えば防衛システムは起動できますよ。試したことがあるので保障します」

 

「ふーん……」

 

(ちょっと危なっかしいわね、この坊や)とザンナーは危なっかしい弟を心配する目でエルを見ている。

(なかなか使える子供ね、これなら計画が上手く進みそう)とリオンは彼を使える駒と考えこれから先の期待に胸を躍らされていた。

 

 そんな二人を横目にエルは「もう少しでゴールだ」と内心一人ごちて少しだけ口角を緩めていた。

 

 

 

 

「本当に起動できた!あなたの言う通りだったわね!」

 

 防衛システムに乗り込んだリオンは喜びのあまり子供のようなはしゃぎ声を上げている。

 ザンナーはそんな彼女を「またあの子は……」というような呆れたような姉の目で見ている。

 そんな二人を俺はぐるぐると回るリングの中からじっと眺めていた。

 

 ここからだ。これまでは前準備に過ぎない。本番はこの後だ。

 俺は前々から考えていた計画と現状に齟齬がないことを再度確認していく。

 

 ザンナーとリオンに接触して『こころのしずく』の盗みに手を貸した。

 秘密の庭園の警備システムはあらかじめ切っておいたし、ラティオスとラティアスも俺のさいみんじゅつ(・・・・・・・)で眠らせておいた。

 リオンにはラティオスの代わりに俺を使って大聖堂の防衛システムを起動できると伝えている。そして今実際に動かせたことでそれは確認済みだ。

 

 ザンナーとリオンはラティオスを捕まえるために痛めつけてないし、無理やり防衛システムの動力とすることで生命力を削ってもいない。これでラティオスが死ぬ要因はなくなった。

 後は防衛システムの暴走と街を襲う津波を収めれば晴れてハッピーエンドだ。

 

 はじけ飛びそうなほど脈動している心臓を無視しながらも俺は冷えた頭で考え続ける。身体中をめぐる血液が沸騰するかのように熱を発しているのもシカトする。

 わかっていたことだ。伝説のポケモンであるラティオスが瀕死になるほどのエネルギー量、まがい物(・・・・)である俺に耐えられるわけがない。

 

 それでもいい。もとより覚悟していた。どうせ肉親のいない身、中身も外から来た中古品だ。この世界に生まれた命が失われるよりはずっといい。

 

 あぁでも、と振り返る。

 ボンゴレさんは悲しんでくれるかな、実の息子のように俺を育ててくれた人を思って少し寂しい気持ちになる。

 それにカノン、俺にとってはかわいい妹のような存在だった。あいつを泣かせたくはないな、今更そう思ってしまう。

 

 ポケモンの世界に生まれて15年。この時の為に生きてきたつもりが思ったより楽しんでしまったようだ。

 心の奥底に閉じ込めたはずの憧れが未練となって口から零れだした。

 

「生きて帰れたら旅に出たいな……」

 

 ポツリと小さくつぶやく。

 口に出すつもりはなかったので少しドキリとしてしまったが、ここには聞かれたらマズイ人が誰もいないことを思い出して胸をなでおろす。

 

 生きて帰れたら、無事に街を救えたなら。

 その時は今度こそ自分に正直になって、子供のころに夢見た旅に出発しよう。

 明るい未来を想像して少し気持ちが楽になった。

 

 リオンはますます激しくマシンを動かしている。

 チラリと『こころのしずく』に目をやると深い水のような澄んだ青色はいつの間にか血のような深い赤色に変わっていた。

 

 防衛システムが暴走するまであと少しだ。時が来たら俺の最後の役割を果たそう。

 拳を強く握って身体を襲う強烈な不快感を耐え忍ぶ。目指していた瞬間まであと少しだ。

 

「……」

 

 

 

 

「ぐっ、なによこれ!?どうなってるの!?」

 

「リオン!!」

 

 リオンの悲鳴にザンナーが慌てた声を上げる。ようやく防衛システムは暴走したようだ。

 映画では確かラティアスが力を使った影響で暴走していたが、今回はまだ庭園で寝ているはず。

 何がきっかけで暴走したのだろう。そう脳裏をよぎる疑問を放り捨てて俺はリオンに声をかける。

 

「リオンさん!どうやら無理な操縦の影響でシステムが暴走したようです!俺からの動力を止めれば緊急停止できます!やってもいいですか!?」

 

「駄目よっ!せっかくここまで来たのにっ!あと少しで……」

 

「リオン!これ以上は諦めなさい!」

 

 食い下がるリオンにザンナーが静止の声をかける。

 

「姉さん!どうしてっ!!!」

 

「あなた今冷静じゃないわよっ!!思い通りになったことで浮かれてやりすぎたのよっ!!坊や、私が許可するわ。今すぐシステムを止めちゃって!!」

 

「待って、まだ私は……!」

 

 リオンの声を待たずに俺はサイコキネシスでリングを吹き飛ばす。

 ザンナーが認めてくれたのは想定外だったが俺にとっては都合がよかった。

 これで不自然なくシステムを止めることが出来るから。

 

 ぐるぐると激しく動いていた防衛システムはコックピットを下にして動きを止めた。

 

「ぐっ……どうして……」

 

「まったく、相変わらず世話が焼けるわねリオン。『こころのしずく』は私がもらうわよ」

 

「……」

 

 口を閉じてうなだれるリオン。そんな彼女を無視してザンナーは『こころのしずく』を外しに向かう。

 

「やーねぇ、色が変わっちゃってるじゃないの」

 

 そう言ってザンナーは真っ赤に染まった『こころのしずく』に手を伸ばす。

 

「駄目だ」

 

 その手がしずくに触れる直前、横から伸びた手がザンナーを腕をがしっと掴んで止めた。

 

「ちょっ、ちょっと!何するの……よ……」

 

 先程まで自分たちに従っていた少年による突然の反抗にザンナーは声を荒げる。

 しかし腕の主に視線を向けた彼女は、彼の先程の無表情とは全く異なる真剣な眼差しに言葉の勢いをなくした。

 

「ザンナーさん、よく聞いてください」

 

 少し硬い声色で彼が告げる。

 

「いま『こころのしずく』は暴走状態にあります。私欲を持った人間が触れると再び防衛システムが暴れだしてこの街は津波に飲み込まれてしまいます」

 

「……」

 

「お願いです。『こころのしずく』を諦めてください。あなたが本当に大事にしている『たから』の為にも」

 

「何が本当の宝よ……どうせそいつの言うことなんて全部嘘っぱちよ……」

 

 拗ねたリオンが投げやりな口調でそう呟く。エルの言葉を聞いたザンナーはしばらく真剣な眼差しで彼を見つめていたが、やがてふっと表情を緩めると肩をすくめて言う。

 

「坊や、最初からこれが目的だったでしょ?」

 

「……はい、すみません」

 

「ナンバーワン怪盗の私たちがこんな子供に出し抜かれちゃったか、これはもう負けと言わざるを得ないわね」

 

 そう言ってクスリと笑うザンナー。

 

「あなたの言う通り『こころのしずく』は諦めるわ。幸い私もリオンも無事だもの、また別のお宝を探すわ」

 

「姉さん……?」

 

「えぇ、そうしてください。お二人ならもっと沢山の美しいものが見れますよ」

 

 エルも嬉しそうに笑って返す。ザンナーはリオンをコックピットから連れ出してゆっくりと防衛システムを降りていく。

 

「ねぇ、しずくは諦めるけど防衛システムをこのままには出来ないでしょ?どうするつもりなの?」

 

「それは……」

 

 エルが答えようとした時、外からバタバタと人が走ってくる音が聞こえてきた。やってきたのはボンゴレとカノンだ。

 

「エル!なにをやってるんじゃ!!」

 

 ボンゴレが怒りの声を上げる。カノンも信じられないような顔をしながら両手で口を覆っている。

 しまった、状況的には俺が主犯に見えちゃうな、エルはそう思いつつもなんて言えばいいか思いつかずポリポリと頬を書いている。

 

「えーっと、『こころのしずく』を盗み出したのは私たちで、彼はそれを止めに来ただけよ?あなた達何か勘違いしてないかしら?」

 

 何故かザンナーがエルのフォローに回る。

 それを見てくすりと笑ったエルは表情を引き締めてボンゴレに返答する。

 

「すみません、ボンゴレさん。ここまでは何年も前から決まっていたことなんです」

 

 そう言いながら彼は『こころのしずく』に手を伸ばす。ボンゴレが制止の声を上げるようとするものの彼の手がしずくに触れる方が早い。

 

「そしてここからが、俺が待ち望んでいた瞬間です」

 

 私欲(・・)を持った人間の手が真っ赤な『こころのしずく』に触れた。パキンと音を鳴らしてしずくはバラバラに崩れ落ちた。

 

 遠くで波が引く音がする。

 

 

 

 

「エル!どうしてあなたがこんなことをしてるの!一体なにが目的でこんな……!」

 

 カノンが痛々しい悲鳴を上げる。エルはそれを無視してコックピットの乗り込んでいく。

『こころのしずく』を失った防衛システムは本来の歴史(・・・・・)では暴走をしていたはずだったが、今回は何故か静止したまま新たな主が己を操るのを待っている。

 

「ごめん、カノン。俺も出来ることなら全部止めたかった。でも本筋から大きく逸れてしまうと俺の意図しない形で収束(・・)してしまうような気がしたんだ」

 

「……どういう意味?」

 

 彼の言ってる意味がわからなかったカノンは再度問いを彼に投げかける。

 

「すまない、もう説明している時間はなさそうだ。これから津波がアルトマーレを襲う。俺がどうにか止めるけど念のためボンゴレさんとカノンは安全な所に避難してくれっ!ザンナーさんとリオンさんも!」

 

 コックピットの中からエルの切羽詰まった声が返ってくる。彼は動力を失ったはずの防衛システムを起動させ、本来の役割(・・・・・)を果たす為に様々な機構を動かしている。

 

「動力を供給できる存在がコックピット内に居れば起動することは確認済み……!あとは俺がどれだけこいつを操れるかだ!」

 

 10本の指をちぎれそうなほど激しく動かす。操作用の仮装ディスプレイを忙しく操作して津波への対応策を組み上げていく。

 

「ごはっ……頼む、あと少しだけ持ってくれ……俺の身体……!」

 

 口から血を吐きながらも彼は手を動かすのを止めない。どどどどど、と大きな音がすぐそこに聞こえる、津波がすぐそこまで迫ってきているのだ。

 あと数秒もしないうちに街が飲み込まれる!そう皆が思った刹那――

 

「『水の都の護神(ガーディアン・ドゥ・アルトマーレ)』起動っ!」

 

 エルの指が最後のボタンを押す。瞬間、青白い光が街ごと津波を照らした。

 まるで昼になったかのような強い明かり。その光が街を照らし終わった後には津波は跡形もなく消え去っていた。

 

「た、助かったの……?」

 

「おお、防衛装置が作動したようじゃ……!」

 

 カノンとボンゴレが安心した声を出す。すると二人の後ろで焦ったような女の叫び声が上がった。

 

「坊や!!」

 

 はっと振り向く。防衛システムはいつの間にか停止しており、コックピットが地面の近くで静止していた。

 その近くにはザンナーが立っており中を覗き込んでいる。

 慌ててカノンもコックピットに走り寄った。すると中にいたのは……

 

「ひっ、エル!?」

 

「あぁ……カノン……よかった……ぶじで……」

 

「坊や!しっかりして!!意識して呼吸を続けなさい!」

 

 コックピットの中はエルの身体からまき散らされた血で真っ赤に染まっていた。

 防衛システムを動かすために体内のエネルギーを放出し続けた彼の身体はとっくに許容量を超えており、限界を迎えたことで破裂、その身から血と肉を飛び散らせていた。

 

「あぁ……よかった……俺は……ラティオスも……アルトマーレも……両方守れたんだな……」

 

「エル……えるっ……」

 

「血が止まらないっ、あなた!回復技が使えるポケモンは持ってないの!?」

 

「える……」

 

「ちっ!使えないわね。おじいさん!早く手当しないとこの子死ぬわよ!なにか方法はある!?」

 

「なんと!!今はポケモンセンターも閉まっておるし……すぐに治療できる場所となると……」

 

 ボンゴレさんとザンナーさんが怒鳴るような声で、それでも俺のために話し合っている。

 本来の物語じゃ見れなかったその光景を俺は少しだけ愉快に感じた。

 

 視界がぼやける、耳鳴りがどんどん強くなる。懐かしい死の感覚だ。二度目ともなれば慣れもんだ。

 

(あぁ……やっぱ生きて終われなかったか……旅に出たかったな……)

 

 最後に思い返すのはカノンのことですらなく、幼少期に封じ込めた憧れのことだった。

 やっぱり俺はエゴだらけの人間だな、そう小さく笑うと俺は静かに瞼を下す。

 

 目を閉じる瞬間、赤と青が俺の空を覆い隠したように見えた。

 

 

 

 

 結局のところ、俺は生きていた。

 あの後、瀕死の俺のもとにアルトマーレのラティオス達に呼ばれた沢山のラティ兄妹が集まって謎のラティパワーで俺を治癒してくれたようだ。

 そのおかげで俺は死まであと一歩の所から重症患者レベルにまで回復したようだ。俺の中にラティオスの因子があることも彼らの治療が良く効いた理由の一つだろう。

 

 意識を取り戻した俺はボンゴレさんにしこたま叱られてカノンに布団がびちゃびちゃになるほど泣かれた。

 俺は昔から隠してきたことを二人に伝えた。

 

 生まれた時から未来の記憶を持っていたこと。

 その未来だとラティオスが死んでしまっていたこと。

 それを防ぐために自分が暗躍していたこと。

 自分の中にラティオスと同じような力があること。

 ラティオスの代わりに自分を動力に使ったこと。

 

 最後のことを伝えたら二人の怒りと泣きのゲージがフルマックスを超えてしまいつい言わないつもりだったことまで口を滑らせたことを少し後悔した。

 でもずっと秘密にしてきたことを言えて俺はすっきりとした気分だ。家族同然の二人に重要なことを黙っているというのは思ったよりも俺の心に重くのしかかっていたらしい。

 

 そうそう、サトシ達一行は昨日アルトマーレを発ったようだ。出発する前にわざわざ俺の見舞いに来てくれた。

「あんまり無茶するなよ」とサトシは言っていたがそれはこちらの台詞だ。この後も劇場版で散々ハリウッド並みのアクションをやることをこっちは知ってるんだぞスーパーマサラ人。

 彼の去り際にラティアスがキスをしたのかは俺も知らないことだ。出来れば見たかったのだが。

 

 そうしてあの事件から一週間が過ぎた頃、俺は一人で歩けるようになっていた。ラティパワー様様だ。やはりポケモンの力というのは凄まじいな。

 俺は特にやることもなく水路の手すりに身を預けてぼーっとたそがれている。そんなことをしばらく続けていると……

 

「あら、そこのかっこいい坊や。暇なら今からお姉さんとデートしない?」

 

 聞き覚え、いや言い覚えのある台詞に俺は後ろを振り向く。そこには自前のジェットボートに乗ったザンナーさんとリオンさんがいた。

 

「こんにちは、お二人とも。もう行くんですか?」

 

「えぇ、目的のお宝は手に入らなかったし。リオンはこんなだしっ」

 

 助手席でぐったりと伸びているリオンさんの頬をザンナーさんがびしびしと指で突く。どうやらリオンさんはまだ先日のショックから立ち直れていないようだ。意外と失敗を引きずるタイプなのかもしれない、端麗な外見とのギャップに俺はクスクスと笑う。

 

「坊やの方こそ体調はもういいの?」

 

「えぇ、ポケモンの力っていうのは偉大ですね。体調が万全なら街一つ守ることすら容易いというのも頷けます」

 

 俺がラティオスの身代わりになったら簡単に死にかけたのだ。ポケモンと人間の差は今回の件で痛いほど身に染みた、文字通りに。

 

「確かにそうね、でも今回街を守ったのは紛れもなくあなたよ。私たちが言えたことじゃないけど誇るべきだわ」

 

 優しい顔でザンナーさんがそう言う。リオンさんは相変わらず拗ねたままだ。照れくささを誤魔化すためにポリポリと頬をかく。

 彼女の言葉を聞いて俺は本当に物語が終わったんだということを実感した。

 

 彼女たちの顛末も俺が劇場版本編であまり好きじゃなかった結末の一つだ。

 確かにアルトマーレにとてつもない迷惑をかけたことやラティオスを死に追いやったのは紛れもない事実だ。

 でも、前者はともかく後者については決して故意ではなかったんだと俺は思っている。

 もしラティオスをはなから殺す気なら、彼の抵抗を抑える為にもっと残虐な手法を取ることだってできたのだから。

 

 だから俺は出来れば彼女たちも守りたかった。例え悪事に手を染めたとしても、取返しのつく所までで止めたかった。そして運よく今回はそれを達成できた。

 

 ラティオスの生存、アルトマーレの無事、そしてザンナーさんとリオンさんのライン越え抑止。

 全て俺の望んだ結果通りだ、何の不満もない。清々しく晴れやかな気持ちだ。

 

 ただそんな充足感を抱いておきながらも俺はイマイチ楽しい気持ちになりきれなかった。

 この災難を乗り越えられるとは思っていなかったから今後どうするかがイマイチ決めきれない。

 やっぱり旅には出たいな……でもお金もポケモンも持ってないんだよな……そう俺が思っていると。

 

「ねぇ、坊やに相談があるんだけど」

 

 突然ザンナーさんがそう俺に言った。

 

「はい?なんですか?」

 

「あなた、私たちと一緒に来ない?」

 

「え?」

 

 全くの予想外なお誘いに頭がフリーズする。彼女たちと一緒に行くってことは……俺も怪盗の仲間入りをするってことか?

 

「それは、犯罪幇助のお誘いって認識で間違いないですか?」

 

「ええ、その通りよ。目的達成のための計画立案、ナンバーワン怪盗をハメるほどの話術。私たちの新たな戦力として是非ともあなたが欲しいの」

 

 真剣な顔でザンナーさんがそう言う。どうやら別れ際のお茶目なジョークではないようだ。

 視線をリオンさんに向ける。彼女はあいかわら拗ねたままだ。いつまで拗ねてんだこのお姉さんは。

 

「リオンさんはどう思ってるんですか?俺と組むことに反対じゃないんですか?」

 

「……いい気はしないわよ。でもあなたの優秀さはハメられた私が一番良く知っているもの。嫌がりはしても反対はしないわ」

 

 ぶすっとした口調のままそう返される。どうしよう、思ったより二人とも俺の事を認めてくれているようだ。

 目を閉じて頭の中を整理する。考えろ、ここは俺にとって大きな分岐点になる。よく考えて決断しろ。

 

 まずアルトマーレの今後の事を考える。一番重要なストーリーは終わった。これからは多少の事件が起きてもなんとかなるはずだ。

 ボンゴレさんとカノンのことを考える。あの二人は俺がいなくても大丈夫だろう。しばらく留守になることさえ伝えればそこまで心配されないはずだ。

 外的要因は問題なし。とすれば後は俺の問題だ。

 

 身体の調子はもう完全に元通りだ。むしろラティエネルギーを過剰に供給されたことで今の俺は以前よりもラティオスの力を使うことができる。まぁとにかく問題なし。

 となればやはり心の部分。俺がこの誘いをどう思っているかだ。怪盗、怪盗か……。

 

 ……しっかりと熟考した俺は目を開けた。そしてザンナーさんとリオンさんに向けてニヤリと笑う。

 

「実は俺、昔から怪盗ってやつに憧れてたんですよね」

 

 その言葉にザンナーとリオンはニヤリと笑い返す。

 

「「契約成立ね」」

 

 ぱちんと手を打ちあう。

 

 ザンナーさんがボートのエンジンをかけたのと同時に向こうからカノンが走ってくるのが見えた。

 最初は明るい顔をしていた彼女だが、二人が目に入ると般若のような怒りに満ち溢れた顔に変化した。

 

(やべっ!!)

 

 彼女がブチギレモードへ突入していることを察した俺は即座にボートへ飛び乗る。

 

「ザンナーさん!早く出してください!!」

 

「いいのぉ?彼女にお別れしなくて」

 

「去り際にちゃんと言います!だから早く!」

 

 俺が焦るのを楽しそうに見ていたザンナーさんだったがエンジンを点火させるとボートを発進させた。

 すぐそこまで迫って来ていたカノンに俺は大声で別れを告げる。

 

「カノン!俺は旅に出るよ!世界を見てくる!一区切りついたらまた帰ってくるから!!」

 

 彼女の何か言っているが俺にはもう届かない。船は沖に向かって凄まじいスピードで走り始めている。

 

「また会おうな!!」

 

 そう言って手を振る。そうして彼女もアルトマーレもあっという間に小さな点になって消えていった。

 

「あぁ……気持ちいいな……」

 

 潮風が俺の顔を撫でる。アルトマーレに吹く日常的な穏やかな風とは違う。塩っ辛くて肌に染みる、荒々しい冒険の風だ。

 

「ほらっコックピットを閉めるわよ。潮風は髪の天敵なんだから」

 

「あっすみません」

 

 慌ててボートに座り込む。フロントウィンドウのガラスが操縦席全体を大きく包む。

 もともとこのボートは二人用なので俺はザンナーさんとリオンさんの間にちょこんと座り込んでいる。

 

「さて、次はどこに行きましょうね」

 

「今度こそ目標を確保したいわ。1000年周期で目を覚ます幻のポケモンとかはどう?なんでも願いを叶えてくれるという伝説があるのよ」

 

「また願いを叶える系!?やーよ、次はもっと美しいだけの芸術品を狙いましょ」

 

 姉妹怪盗はぎゃあぎゃあと仲良く次のターゲットについて言い合っている。俺はそれを見てニコニコと笑っていた。

 これから先は俺が見たことのない光景が沢山見られるはずだ。思い描いていた旅とはちょっと違うけど、それでもこれはけして神様に決められた脚本通りなんかじゃない。

 俺だけが歩める冒険譚だ。

 

「でも次の相手がどんな手ごわくても今回よりは楽になるわよね。だって今度はあなたが味方にいるもの♡」

 

 ちゅっとつややかなリップが吸い付く。ザンナーさんは真っ赤な口紅の跡を俺の頬につけると満足そうに笑った。

 

「げっ、姉さんってもしかしてショタコン……?」

 

「ちょっと!リオンあなた何を言ってるの!!」

 

 赤くなった頬を誤魔化すようにごしごしと腕でこする。

 うん!楽しい旅になりそうだ!

 

 

 

 

『こころのしずくは盗めませんでしたが、代わりにあなたの大事な彼を頂いていきます』

 

『追伸:あなたの元に帰る頃には男として一皮剥けているはずだから安心してていいわよ♡』

 

 

「あんの……女狐どもがああああああ!!!」

 

 びりびりと犯行予告(・・・・)を破り捨てるカノン。

 

「ラティアス!じっと待ってるなんてありえないわ!さっさと年増にコロッと騙されたあのバカを連れ戻しに行くわよ!!」

 

「ルゥゥ!ルゥゥ!」

 

 彼女の過激な言葉にラティアスはこくこくと頷いている。

 

 そんな二人を見ながらボンゴレとラティオスははぁと深くため息をついた。

 

「エル……ちょっと考えればこうなることは予想できたろうに……せめて五体満足で帰ってくることをわしは祈ろう……」

 

「グルルゥ……」




久々に見て昂った熱で書ききりました。

書き始めた当初はカノンとラティアスと旅に出る予定だったのですが、いつの間にかザンナーとリオンに搔っ攫われてました。

一体どうしてこうなったのやら…(すっとぼけ)

いやー、やっぱりいいですね、ポケモンの映画だとダントツで水の都が好きです。二番目はジラーチかな。

幼少期に見た映画を成人してから再びスクリーンで観れるというのはとても素晴らしいですね。
『水の都の護神 ラティオスとラティアス』は8/18まで公開中なので、昔みた皆さんも見たことがない皆さんもぜひ劇場に足を運んでみてください!

面白かったら是非コメントをお願いします!頂いた内容によっては続編を書かせていただくかもしれません。


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普段はオリジナルのR18小説を書いています。
こちらも読んでいただけると嬉しいです。
https://syosetu.org/novel/294409/

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