あのほのぼのした感じがたまらないですね。
薄らと目を開けると、先程までの真っ暗な闇とは真逆の、白い光が視界に入ってくる。突然のあまりの眩しさに、思わず眉間に皺を寄せた。
視線を横に向けるとそこには窓があって、ガラスの先には雲ひとつない青い空が広がっていた。
何処からか、鳥のさえずりが聞こえる。
「……ん。体が、重い」
腕や足を動かすと、まるで体中から重りをぶら下げているような、不自由さを感じた。
どうしてだろう、と湊音は考える。
それに呼応するように、寝起きの脳が、少しずつ元の機能を取り戻していく。鮮明になった記憶を辿って、湊音はハッと我に返った。
「ここ、どこだ。あいつらは────!?」
慌てて起き上がると右肩がズキズキと痛んで、確認すると、そこには包帯が巻かれている。誰かが治療した痕跡があった。
「あまり動くな。傷に響く」
男性の、低い声がした。さっと目を向けると、中途半端に開かれた扉から、部屋に入ってくる大柄の男の姿があった。
色黒な肌が印象的で、大きな眼鏡をかけている。一見怖そうな外見だけど、湊音を見る目は優しかった。
「……あの、ここは」
「ここは私の店だ」
「店……? それじゃ、あなたは」
「この店の店主をやっている。ミカだ」
「ミカ、さん」
ミカと名乗ったその男性は、湊音の目の前に立ち、ちらりと肩の傷を見る。
「色々と聞きたいことはあるが、とりあえず。君の名前を聞いてもいいか」
「……はい。青川湊音と言います。あの、助けて下さったんですよね? ありがとうございました」
「大したことはしてないさ。偶然、店の近くで倒れていたから、ここまで運んだだけだよ」
特に恩着せがましくすることもなく、ただ微かに笑うこの人は、きっと優しい方なのだろうと湊音は心の中で思った。
「そんな。ここの治療だって」
そっと、左手で自分の右肩に触れる。
「それは私じゃなくてミズキがした。後で顔を合わせることがあったら、礼を言っておくといい」
「ミズキさん……。はい、そうします」
湊音はベッドに寝かせていた足を地面に下ろし、そのままゆっくりと腰を上げる。その行動を見たミカは、困惑したように首を傾げた。
「……どうした。まだ安静にしていないと」
「いえ、もう大丈夫です。早くここから離れて、遠くへ行かないと。……お世話になりました」
「何を言っているんだ。そんな体で無理をするな。気にせず、もう少し休みなさい」
もう一度ベッドに座らせようと、肩に手を置くミカ。左肩だけの所に、気遣いを感じた。
しかし、その言葉に甘える訳にはいかない。
「……だめなんです。俺がここにいると、たぶん巻き込んでしまう。あなたたちを」
お世話になった人達を、自分のせいで危険に晒すことは出来ない。それが湊音の想いだった。
ただ、ミカも簡単に退くことはしない。
「君の事情を詳しくは知らないが、誰かに狙われていることは分かる。だからこそ、私はここにいるべきだと言っているんだ」
湊音にはミカの言っている意味が分からなかった。危険だと理解していて、何故なのかと。
「私たちは困っている人を助ける仕事をしている。護衛をすることだってある」
「護衛……? ここは喫茶店じゃ」
人を護衛する喫茶店なんて、聞いたことがない。普通に考えて、ありえないはずだ。
ミカは頷いて、また口を開く。
「それも、私たちが持つ顔の1つに過ぎないということだ。これで言葉の意味は分かったか?」
「いや、でも……」
「とにかく、信じてもう少しここにいるといい。幸い、君が血痕が残らないよう注意して逃げていたから、連中はすぐにここを見つけられないだろう」
その言葉に、湊音は少なからず驚いた。倒れている自分を見つけて運ぶ際に、ミカはそんなことに目を向けていたのだ。
ここがただの喫茶店でないということは、あながち嘘ではないのかもしれない。
事実、今の状態の湊音は外に出て逃げるのが困難である為、もう少しだけこの人に甘えてみてもいいのかもしれないとも思った。
肩の力が、抜けていく。
「本当に、お世話になります」
そう言って頭を下げる湊音を見て、ミカは柔らかい笑みを浮かべながら首を振った。
窓から入ってきた風が、カーテンを揺らす。
僅かに光が射した、そんな気がした。
◇
「おお、目覚めたんだ」
ミカと一緒に部屋から出ると、机に結婚雑誌を広げた女性が声を掛けてきた。
「あ、はい。えっと……」
困った様子の湊音を見かねたのか、隣にいるミカが耳元で小さく「ミズキだ」と呟く。
「あっ、この人が。あの、傷の治療をしていただいて、ありがとうございました」
「あー、いいのいいの。店長の命令でやっただけだから。それより、あんた中々いい顔してんね」
「……はい?」
ミズキの脈絡のない急な言葉に、湊音は顔を上げてきょとんとした表情をする。
「ねぇ、君。歳はいくつよ」
「えと……16です」
「くそおおおおおおおっ!! どいつもこいつも若すぎなんだっての。結婚相手には無理かー」
出会って僅かの自分が生涯のパートナーとして吟味されていたことを知った湊音は、何とも言えない複雑な気持ちになる。
「こんな奴だが、まあ仲良くしてやってくれ」
「ちょっと店長! こんな奴とはなによ。こんな奴とはぁ」
段々とこの店の空気感が分かってきたところで、また奥から騒がしい声がする。なんていうか、とても賑やかな店だなと思った。
「よーし、今日も張り切って仕事しちゃうぞー。先生、おっはよー!」
朝からびっくりするくらいテンションの高い声で、1人の少女が部屋から出てくる。クリーム色の髪と赤色の仕事服が見事に調和していた。
「うーわ。早速うるさいのが来たぞー」
「あっ、ねーミズキ。さっき悲痛な叫びが聞こえてきたけど、どったのよー」
「なんでもないですー」
「わはは、なんか拗ねとる」
ミズキの小言も意に介さないように、明るい笑顔を浮かべてカウンターに行く少女。その途中で湊音と目が合って、きょとんとする。
「あれー、この子だーれ?」
「昨日倒れていた所を見つけてな。今は匿っている」
「青川湊音って言います」
簡単に説明してくれたミカの後に続いて、湊音が名前を口にすると、少女は目を丸くした。
「えぇー、倒れてたってなんかあったの!? 右肩の包帯を見るに、あんま穏やかじゃなさそーだけど」
ミカやミズキの時にも思ったのだが、何故だかここにいる人は物騒な事に慣れている気がする。やはり、ただの喫茶店ではないということか。
「……えと、銃で撃たれて」
「銃!? うわー、それは痛い。あっ、それはそうと。ねぇ、すごく綺麗な青髪だよね!!」
あっさりと話題がすり替わった。
「……これ、元からこの色で」
「うそぉ!? カラーリングとかしてないの?」
「はい。全く」
「わーお。そりゃすげぇ……って、よく見たら瞳も青色じゃん!! そういや苗字も青川だっけ?」
「そう、ですね」
既に高いテンションが更に上昇していって、湊音はただただ圧倒されるばかり。
「青に愛された男ってやつか。なんかカッコイイ!! ねー、ちょっとだけ髪触ってもいーい?」
「別にいいですけど」
「では失礼! おー、さらっさらだぁ。なんか、絵本から出てきた存在って感じで、すごい!!」
「あなたも、その、どっかの物語にいそうな方だと思いますけど」
本当に、現実でここまでのマシンガントークを繰り広げる人がいるとは思わなかった。
「えー、マ・ジ・で? どんな物語だろ。やっぱ、どうせならお姫様とかがいいよね」
「村の外れにいるお調子者とかだろ」
「黙ってろよ独身貴族」
「誰が独身貴族じゃこらー!!」
ミズキのガヤにもしっかりと応戦した少女は、あらためて湊音の方に向き直る。
「そういやまだ私の名前教えてなかったよね? 私は千束だよー。よろしくねっ!」
「あ、よろしくお願いします」
目の前に差し出された手を恐る恐る握ると、千束と名乗る少女はまた明るく笑う。
「んふふっ。ねっ、歳はいくつ?」
「16、です」
「おー、私の1つ下だー。すごく近いね! なんだか親近感覚えちゃうなぁ」
「じゃあ千束さんは17?」
「そそ! あー、あと〝さん〟は要らないから! 千束でいいよ。あと敬語もきんしー。ほら、距離感できちゃったら、いけないでしょー?」
「そ、そうですね。……あっ、そうだね」
彼女に圧倒されるままに、どんどんルールが追加されていく。呼び捨て、敬語は禁止。
「ふふ、湊音はかわいいね。年下の男の子って感じがして、ベリーグッド!」
右手は親指を立てて、唇の隙間から覗く白い歯はきらりと輝く。よく分からないが、褒められた。
「千束。そろそろ開店の時間だ」
ミカがコーヒー豆を挽きながら、そう呟く。
「おーっ、そうだった! 早く準備しないと。じゃあ湊音、またゆっくり語り合おー!!」
「え、あ、うん。そうだね」
パタパタと忙しなく駆け出していった千束は、またすぐにこちらに引き返してくる。
「ん? どうしたの?」
「いやー、言い忘れてたことがあってさ」
湊音のすぐ正面で立ち止まった千束は、にんまり笑って、両手を目一杯に広げた。
「湊音! リコリコへようこそー!!」
頑張ってもう1話書いてみました。
千束の登場回でした。
彼女の魅力を表すのは難しいですね。
それでは、また。