エロゲー世界で悪役に転生したので、自分だけのヒロインを見つけます 作:グルグル30
私はなんてことをしてしまったのでしょうか……!
フレイ様による武術の鍛錬を終えた私は、お風呂で汗を流しながら、思わず昼食時の出来事を思い出していた。
仕えるべき主であるフレイ様の膝の上に乗って、そして彼の手で食事を食べさせて貰うなんてメイド失格の行いだ。
それに使ったのはフレイ様が使っていた食器だ。
文字の練習用に、フレイ様から借りた奥様秘蔵の恋愛小説には、あのような行いは間接キスというのだと記載されていた。
キスとは愛し合う男女がする行いだと記載されていた。
間接的とはいえ、フレイ様とそのようなことをしてしまったのだ。
「フレイ様はどう思っているんだろう」
そう言ってわたしは思わず自分の唇を撫でる。
フレイ様はまるで気にせずに自分の食器を使っていたけど、そう言うことを気にすることはないのだろうか、あの本はフレイ様から渡された本だから、間接キスというものを知らない訳でもないと思うのに。
「わたしはフレイ様となら……」
フレイ様がどう思っているか分からない。
だけど、わたしの気持ちはもう決まっていた。
名前を付けて貰ったあの時から――。
「来幸、来幸」
頂いた名前を何度も呟いて笑みがこぼれる。
フレイ様には嘘をついてしまったが、わたしの本当の名前は一禍だった。
わたしの髪を見た両親は、忌み子で禍をもたらすからとその名前を付けた。
わたしはその名前が大っ嫌いだった。
どんな些細な災難でも全てわたしのせいにされ、殴れて食事を抜かれる。
そして名前の通り禍を呼び寄せるんだなと嘲笑らわれるのだ。
それは両親に売られた先でも変わらなかった。
黒髪を見て、名前を聞いて、やっぱりそうなんだなと嘲笑れる。
奴隷の中で一人だけ売れ残り、その度に折檻を受け、仮に売れたとしても、散々いたぶられた後に、気味が悪いからと再度売り飛ばされた。
何処に行っても厄介者。
そのおかげか、或いは年齢からか、恋愛小説で改めて知った、守らなければならない貞操というものは無事だったが、それでもその内、今までよりももっと酷い目に合うことになると思っていたのだ。
刻み込まれた名前からは逃げられない。
そう諦めながらも、必死で奴隷商から逃げ出した先で拾ってくれたのは、フレイ様だった。
彼はわたしを助けてくれただけではなく、新しい名前までくれた。
幸は来るという意味を持つ名前、わたしがもっとも欲しかったもの。
そして名前が変わってからは、フレイ様が言う通り、とても幸せな日々だった。
わたしの為に話を通してくれたのもあると思うけど、使用人の皆はとても親切で色々なことを教えてくれる。
そしてわたしが仕えるご主人様であるフレイ様も、今日の食事のようにわたしのために施してくれる。
わたしには返せない恩がフレイ様にある。
いや、それはきっとただの言い訳だ。
わたしの一番欲しかった名前をくれたあの時から、きっとわたしはフレイ様に惹かれていたのだ。そしてあの演説で心を奪われて、日常の様々な出来事で、心の底からフレイ様のことが好きになった。
わたしもいずれ誰かと愛し合うのだろう。
だけどそれは、『誰か』じゃなく、『フレイ様』がいい。
平民だから正妻にはなれないかもしれないけど、側室として側に置いて貰えたら……なんて、それは恋愛小説の読み過ぎかな。
わたしはそんな自分の思考を楽しみながら、お風呂から出る。
脱衣所でメイド服に着替えて、フレイ様の部屋に向かう途中で、同じメイドであるマーガレットさんが話しかけてきた。
「来幸ちゃん。ちょっと悪いんだけど手伝って貰えるかい」
「はい。なんですか?」
「市場に買い物に行くんだけどね。荷物が多そうで、運ぶのを手伝って欲しいんだ。これからは来幸ちゃんも買い出しに行くことになるだろうし、その練習のためにもちょうどいいだろう?」
マーガレットさんはそう言って気軽に提案してくる。
わたしには分かった。
何だかんだ理由を付けているが、これはわたしに勉強させてあげようとするマーガレットさんの親切心だということを。
「わかりました! いきます!」
「よし! じゃあ、行こうかね。まず出掛けるときは――」
そう言ってマーガレットさんが行う準備を頭に記憶しながら着いていく。
馬車は貴族の方が使うものだから、わたしたち使用人は、その時に相乗りする状況じゃないと、この屋敷の馬車は使えない。
市場はそれほど遠くないので歩いて行って、商品を買ってくるのだと聞く。
「行ってきます~!」
「ほい、行ってらっしゃい」
衛兵さんに声を掛けて街へと出た。
こうして誰かに行ってきますと言えるようになったのもフレイ様のおかげだ。
しばらく歩いて商品で様々なものを購入する。
初めての買い出しということもあり、あっさりと目的の商品を購入して、わたしとマーガレットさんは帰宅することになった。
「重いかい? 大丈夫?」
「大丈夫です!」
ちょっと重いが武術の鍛錬で身体強化の方法について習っているので、わたしでも何とか運ぶことができている。
「なんだい? あんたら?」
しばらく歩いていると道を塞ぐように怪しげな男達が現れた。
それを見てマーガレットさんが不機嫌そうにそう聞く。
だが、男達の視線はマーガレットさんに無かった。
彼らが見ているのは――わたし?
「黒髪……目的のやつだ」
そう言うと男はナイフを取り出した。
それを見てマーガレットさんが叫ぶ。
「アタシ達がシーザック家の使用人だと分かっての狼藉なんだろうね!」
「やれ!」
だが、男達はそれを気にせず動き出した。
そして目の前の男達に気を取られていたわたしは、後ろから袋のようなものをわたしに被せてくる男の存在に気付かなかった。
「や、やめ……」
「来幸! あああっ」
マーガレットさんがこちらを気にする声と、そして刺されたことによる悲鳴がその場に響く。
わたしは何故か薄れていく意識の中で、それだけが耳に残った。