エロゲー世界で悪役に転生したので、自分だけのヒロインを見つけます 作:グルグル30
「来幸ちゃん。その後、フレイ様とはどうなの?」
そんな風に私に話しかけてきたのは、メイドの同僚であるアイリーンだった。
そのアイリーンの隣で他のシーザック家のメイド達も、興味津々で私の話を聞こうと待機している。
「どう、とは?」
「決まってるじゃない! フレイ様とキスしたのかってことよ!」
相手の意図を聞き返した私の返答に、きゃあきゃあ言いながら、アイリーンはそう言ってくる。
……そんな話をされても正直困る。
実際にキスされたこともないし、相手は自分の主だ。
下手な回答をすることはできない。
だから、私の返答は至極無難なものだった。
「特に何もありません。私とフレイ様はただの主人とメイド……ですから」
「え~ほんと~? だってフレイ様、明らかに来幸を特別視しているじゃん。使用人の前で演説したのも来幸の為だって話だし、黒神教に浚われた時も、一人で敵地に乗り込んで来幸を救ってくれたんでしょ~?」
「それは、そうですが……」
「そんなの絶対好きだからに決まってるじゃん! きっと一目惚れって奴よ! 来幸を自分の妻にしたいから、専属メイドって形で手元に置いているじゃないの?」
いやらしい~とアイリーンに追従するのは、メイド仲間の一人である椿だ。
彼女と私の名前である一禍や来幸は他の人と名前と雰囲気が違うが、何でも200年前くらいに征服した王国西部の名付け方らしい。
昔はいざこざがあったらしいけど、さすがにそれなりの年月が経っているので、今の王国では普通に一般人として過ごしているのだとか。
だが、それでも珍しいことには違いないので、同じような名前の付け方ということで、特に仲良くして貰っているメイドの一人だ。
「まあ、坊ちゃまは貴族だから、来幸だとなれるとしても妾が限度だろうけどね」
マーガレットさんがそう厳しい意見を口にする。
それに対してわたしの後輩であるミリーが不機嫌そうな顔で言う。
「来幸先輩は妾で良いんですか? 来幸先輩は美人だし、幾らでもちゃんとした妻として扱ってくれる人はいそうなのに、フレイ様の元だと大勢存在する妻の中の一人にしかなれないんですよ」
私を心配してくれているのかミリーがそう言ってくれる。
私はありがとうと言う意味を込めてその頭を撫でて答えた。
「私は――妾でもいい。フレイ様がどれだけの人を好きであろうとも、私が好きな人はフレイ様ただ一人だから……」
「いうね! 来幸!」
そう言ってバンと背中を叩かれた。
そしてアイリーン達は「一途な愛よ~!」と盛り上がっている。
正直言えば私だってフレイ様を独占したい。
だけど、身分的にそれが難しいことは分かっているし、何よりもそれでフレイ様に選ばれないという状況になりたくない。
だからこそ、妾でもいいのだ。
ほんの少しでも愛を向けて貰えれば、きっとそれだけで私は満足出来る。
「来幸! 何か大切な話があるから一人で部屋に来てくれって! フレイ様が!」
「フレイ様が?」
メイドの休憩室にそう言ってやってきたのはエマだ。
それを聞いてアイリーンがまさかという表情をする。
「もしかして――告白じゃない!?」
「アイリーンなんでそんな話に……」
「だって、大切な話があるから一人で部屋に来いって言われてるんでしょ? それ以外考えられないじゃん」
「でも、先輩もフレイ様もまだ9歳ですよ?」
アイリーンの言葉にミリーが疑問を返す。
確かにフレイ様も私もまだ9歳で、結婚なんかできる年齢でもない。
「だからってのもあるかも知れないねぇ……。10歳になったら、坊ちゃんにも婚約者ができるだろうし、その前に妾になってくれるように頼むのかも知れないよ」
メイド達の中でも年長者であるマーガレットさんがそう言った。
「それって、婚約者は作るけど、妾にするから他の奴とは付き合うなって事ですか? そう言うのって正直どうかと思います!」
「まあ、アタシらが勝手に言っているだけだから、実際は違うかもしれないけどね。だけど当人同士が納得しているのなら、そういう形もありじゃないかと、アタシは思うよ。貴族様だと真っ当な恋愛結婚をするのも難しいって話だしね。相手の婚約者がどんな人物か分からないなら、せめて好きな相手に側に居て欲しいっていうのは、仕方のないことだと思うけど」
「ミリーも貴族ですけど……納得いきません!」
シーザック家は侯爵家であり、その規模になると、メイドの中には領地内の下級貴族などの娘の行儀見習いが居たりする。
アイリーンとミリーはそのタイプであり、フレイ様の専属メイドとなるべく、このシーザック家に派遣されていた。
しかし、私が急遽専属メイドになってしまったために、アイリーンはフレイ様の専属を外れることになり、ミリーは私の部下としてフレイ様付きになった。
私はそのことを知った時、アイリーンに謝りに行ったが。
アイリーンは行儀見習いとして来ているだけで、わざわざフレイ様の側付きになるつもりもなかったということで、その立場を快く譲ってくれたのだ。
「まあ、大きくなれば分かるようになるさ。どんな立場であろうとも、好きな人の側に居られる幸せってやつは」
何処か哀愁を感じさせる表情でマーガレットさんがそう言った。
実感の強く籠もったその言葉は、彼女の経験談なのかも知れない。
そう、他の方々も思ったのか、重苦しい空気に、全員が黙り込んでしまう。
「さ、来幸。フレイ様を待たせてるんだろう? こんな所でくっちゃべってないで、さっさとフレイ様のところにいきな」
私はその言葉に後押しされて、休憩室を出てフレイ様の部屋に向かう。
歩いている中で先程の会話のことを思い出す。
もしかして本当に告白なのでしょうか。
先程は思わず否定の言葉を出したが、心の中ではフレイ様からの告白を期待する気持ちで溢れ、心臓が期待と高揚、そして緊張で激しく脈打った。
もしかしたら、私はフレイ様と恋仲になることができるかも知れない。
そうすれば恋愛小説に書かれていたように、間接じゃないキスや、愛し合ったものしかできないそれ以上のことだって……。
そんな不埒なことを考えると体が火照るのを感じた。
だが、そんな姿をフレイ様に見せることはできない。
深呼吸して気を取り直すと、私はフレイ様の部屋の扉をノックし、返答を貰ってから中に入る。
真剣な表情をするフレイ様の前で、私はその言葉を待った。
「来幸……君に伝えなければならないことがある」
「は、はい!」
思わずうわずった声で答えてしまう。
「君には――俺の――」
まさか、本当に……告白……!?
私は緊張で鳴り止まない心臓の鼓動を感じながら、期待を胸に続きを待つ。
だが――返ってきた言葉は期待したものではなかった。
「協力者になって欲しい」
「きょ、協力者?」
期待していた言葉で無かったことに加え、意図の分からない協力者という言葉に、私は思わず困惑した声を出す。
「これは秘密にして欲しいことなんだが、君だけには話そう。実はね――」
そう言って、フレイ様は自らの存在の秘密を語ってくれた。
自身が前世の記憶を持っているということ、ゲームというもので、この世界の平行世界の運命の幾つかを、その目で見ていて様々なことに通じていること。
アレクとアリシアというこの世界の主人公に、彼と彼女に攻略され、物語を展開することになる攻略対象という存在の話を。
「前世? ゲーム? 攻略対象? ふ、フレイ様、何を言っているんですか?」
荒唐無稽な話を聞かされて思わずそんなことを言ってしまう。
そんな私の態度を、そう来ると分かっていたというような雰囲気で、フレイ様は見て優しい顔で言った。
「まあ、直ぐには信じられないかも知れない。他人から見れば俺がとち狂ったとしか思えない話だろう。でも、俺に取ってはこれらのことは全て真実なんだ」
フレイ様は真摯にそう訴えかけてきた。
私は未だに完全に受け入れることができないものの、フレイ様の言うことだから、それを信じることを決め、フレイ様に聞く。
「なぜ、私にこのことを話したんですか?」
「さっきも言ったが協力者になって欲しくてね。協力者として行動するためには、最低限この辺りの知識が必要だから話しただけのことだ」
「協力者とは一体――」
重要なところはそれだ。
こんな荒唐無稽な話が前提条件になる協力者とは一体何なのか。
ここに来た時とは別の緊張感の中で、私はフレイ様の回答を待つ。
「協力者というのはね。俺の、俺だけの、最高のヒロインを見つけるための手伝いをして欲しいってことなんだよ」
「――え?」
唐突に聞かされた言葉に、私は思わず固まってしまう。
ヒロインの意味は私にも分かる。
フレイ様に勧められて幾つもの恋愛小説を読んだから。
そしてフレイ様が自分のヒロインを見つけようと考えているのもわかった。
でも、それを見つけるための手伝いを私に依頼するということは、私は――。
「俺はね。前世では三十年くらい生きたが、女性と恋人関係になることは一度もなかった。いわゆる童貞ってやつなんだ。だからこそ、今世では今までの苦労が報われるくらいの最高の相手との恋愛を、ボーイミーツガールと言えるような素晴らしい青春の日々をおくりたいと考えている」
私が固まっている間にフレイ様はキラキラとした表情で、自らの夢を語るように自分の思いを語り始めた。
「でも、女性経験のない俺だけでは、最高のヒロインを見つけることは難しい。女性には裏の顔があるものだからね。だからこそ、それを探ってくれる女性の協力者が欲しいと思っていたんだ。そして、それが来幸、君なんだ」
「な、なんで私なんですか? 女性なら、この屋敷には他にも沢山、ミリーやアイリーン、椿だって」
ヒロインを見つけるための協力者にする。
それは言ってしまえば、その者はヒロインにはなれないということだ。
なぜ、その立場に私が選ばれてしまっているのか。
歳が近く、身近にいる存在が必要だと言うのなら、他にも候補はいるはずだ。
私は協力者なんてなりたくない。
フレイ様と結ばれる可能性を無くすなんて真似を絶対にしたくない。
だって、好きなんだ私は、フレイ様のことが、誰よりも何よりも。
フレイ様が望むなら、今すぐにでもフレイ様のヒロインになる。
フレイ様のためなら、どんなヒロイン像でも完璧にこなして、どんな要求だって絶対に受け入れてみせるのに……。
こんなのはあんまりだ。これだけは絶対に無理だ。
「それはミリーやアイリーンと違って、来幸が俺の恋愛対象にならないからだな」
「え――? そ、それはどうして!?」
フレイ様の口から齎された最悪な言葉に、私は一瞬唖然とし、その後、お互いの立場も忘れて、悲鳴にも似た感じで、怒鳴るように問い返してしまった。
「さっきした、攻略対象者の話を覚えているか?」
「た、確かゲームという選択肢で物語を分岐させられる絵付きの小説の中で、主人公であるアレクとアリシアの恋人候補となる人達のことですよね?」
私は先程聞いた話を思い出しならがらそう返す。
その攻略対象者というのが、私に何の関係があるというのか、いや、ここでその話が出たということは、まさか――。
「来幸というかゲームでは一禍という名前だったんだけど、君もアレクのヒロイン――つまり、攻略対象者の一人なんだよ。言ってしまえば君の運命の相手はアレクで、俺のヒロインではないということさ」
好きな相手から、お前は別の奴の女だぞと告げられる。
私はアレクなんて奴のことは知らないし、きっと好きになることもないのに、それでもフレイ様は私がそのアレクとかいう奴のものだと確信しているようだった。
その事実に、私の心は怒りと絶望と悲しみと、色々な感情がごちゃ混ぜになって、思わず目の前が真っ暗になり、倒れそうになってしまう。
でも、ダメだ。
ここで倒れたら、本当に全部が終わってしまう。
そんな気がする。
「違います! 私はアレクなんて奴のヒロインじゃありません!」
私は気力を振り絞ってそう叫んだ。
フレイ様に認めて欲しかった私もフレイ様のヒロインになれると。
「違わないよ。君は攻略対象。アレクのヒロインだ。俺はゲームでアレクの選択肢を操作して、一禍を攻略し、君とアレクとのラブロマンスを見たことがある」
フレイ様は再度断言するようにそう言った。
そして私に対して諭すように言う。
「だからこそ、俺は君を攻略対象としてしか見られない。俺の恋愛対象にすることは出来ない……これで納得してくれないかな?」
フレイ様はそうやって優しく語りかけてくれた。
だが、私としてはそんなもので納得することなんか出来なかった。
「無理です! そんなわけがわからない話で! 私はこの思いを――! フレイ様を諦めたくありません!」
「……そうか。そこまで言うのなら、一から説明しよう」
そうするとフレイ様は何か覚悟を決めたような表情をすると、きちんと詳細を説明した方が良いと思ったのか、聞きたくも無い、私じゃ無い私――、一禍と、アレクとかいう奴との物語を語り始める。
「来幸はゲームでは一禍という名前で、今と同じように俺の専属メイドとして、シーザック家に仕えているんだ。物語が始まるのは今から六年後、俺達が15歳になって学園に入学した時からだな。レシリアがディノスに殺されて家族関係が最悪になっていたフレイは、王女の推薦で学園に入学したアレクを嫌って嫌がらせを仕掛けるんだ。一禍はその手伝いとして物語に初登場する」
私じゃない私は、フレイ様に名前を付けて貰えなかったらしい。
それにこの世界では元気に生きているレシリア様も、ゲームとやらの世界では殺されてしまっているようだ。
明らかに今の世界よりも悪い状況だ。
それを考えるとゲームのフレイ様より、ここにいる私のフレイ様の方が、凄くて素晴らしい存在だということを強く感じる。
「まあ、なんやかんやで嫌がらせを続けるが、最終的にはアレクとフレイは決闘をすることになり、それに敗れたフレイは学園中から笑いものにされて失踪することになってしまうんだ。そしてフレイの加護を無くした一禍は、一部のシーザック家の者達によって家を追い出されてしまうんだ」
私じゃない私は何をやっているんだろう。
大切なフレイ様を失踪なんかさせて。
私なら絶対に見つけ出して着いていくし、嫌がらせをしていたゲームでのフレイ様が悪いにしても、最終的に追い出す原因になったアレクを絶対に許さないのに。
私はそんな風に思うが、アレクのヒロインになるということは、私じゃない私はそうではなかっただろう。
「シーザック家を追い出された一禍は謎組織に襲撃される。今の来幸ならもう知っていると思うけど、黒神教の奴らだな。そうして襲われて絶体絶命のピンチになった所を助けたのがアレクだ。一禍はフレイ失踪の原因であるアレクを一度は拒絶するが、何度も助けられていく内にアレクに惹かれていくことになる。そして黒神教にフレイが殺されたことを知ると、その復讐の為だと言い訳をして、アレクに助けて貰うためにその体をアレクに差し出すんだ」
「か、体をアレクに差し出す……?」
フレイ様の失踪の原因であるアレクに惚れていくなんていう、まるで理解できない行動をしていた私じゃない私に対して怒りを覚えていると、唐突に飛び込んで来た体を差し出すというワードに、思わず私は問い返してしまった。
「……言いにくいが、端的に言えばエッチなことをしたってことだ」
「そ、それをフレイ様は見ているのですか?」
「ああ、インフィニット・ワンはエロゲー……そう言うアレクとヒロインとのラブロマンスや、愛し合った二人の様々なプレイ――体の交わりなどのエッチなシーンを眺めるものだからな」
そこまで言ったところでフレイ様は確認するように言う。
「さすがにここから先は嫌なら話さないが如何する?」
「あ――」
フレイ様は私を気遣ってそう言ってくれたが、私はそんな事に答えられるような状況ではなかった。
私じゃない私が、フレイ様以外の誰かに体を許し、そして行為を楽しんでいる姿を、今ここにいるフレイ様に見られている。
そんな事実に打ちのめされ、混乱した私は、言葉が出ず、返答出来ない。
フレイ様は返答がなかったことで、無言の肯定……私が会話を続けるのを止めなかったという風に判断したようだ。
ただ淡々とその続きを話始める。
「特に一禍は主であるフレイから、調教して寝取るキャラって立場のせいか、エッチシーンが豊富でな、フレイの為だと口にしながら、心の中ではアレクとできる事を喜んで、知らず知らずの内に腰を振って楽しんでしまう初回のエッチから、胸にあるほくろを舐められ続けて喘ぐものに、メイドだからと体に料理を載せられてそれごと舐められるもの」
「ぁあ……!」
やめて……! やめてください……!
好きな人の口から、私じゃない私とフレイ様以外の男との情事の詳細なんて、聞きたくないです……!
そう、私は思うが、そう思えば思うほど言葉が出てこず、喋り続けるフレイ様を止めることが出来ずに、ただ聞きたくも無い話を聞かされ続ける。
フレイ様の言葉を聞く度に、綺麗なはずの私の体が、誰かによって汚され続けていくかのような、気味の悪い感触が私を襲う。
「……あと、一禍が黒髪はいやだと言って、アレクが射精して精子で髪を白く染めるなんてものもあったな。精子でドロドロに白く汚れた一禍が、自分を染めてくれたアレクの精子にお礼を言って、口でアレクの逸物をくわえて感謝の気持ちのお掃除をしたりもするんだ」
「うぁあああああ……!!」
私は発狂しそうになった。
いや、もう既に発狂しているのかも知れない。
今すぐにでもここで叫び出したいのに、私じゃない私への怒りが強すぎて、呻くような声しか出てこない。
好きな人に! 私のフレイ様に! 私じゃない私とはいえ、私の体を持った人物とアレクとか言うゴミとのエッチを見られてしまっているのだ!
それも何度も何度も! 髪を精子で汚すなんて、アブノーマルな行いまで余すところなく見られてしまっている!
子供の頃に一度見られたとは言え、成長している私の体。
立派な女性となったらフレイ様だけに見て貰おうと思っていたのに、それすらもアレクとかいうゴミに既に見られ、そしてフレイ様にももう見られてしまっている。
成長した私の体を見て、綺麗になったねと言われたかった私の夢も、そんな私を見て興奮してくれたフレイ様に奉仕するという妄想も、今となっては灰色になって全てが泥に汚されていくような気分だった。
「あ……ほくろ……」
そこで私は気付いた。
初めてフレイ様と出会った日、お風呂でフレイ様が私の裸体を見た時、フレイ様は「本当に胸にほくろがあるんだな……」と言って、げんなりとした様子で私のほくろを見ていたということを思い出す。
恐らくゲームで舐めていたというほくろはそれなのだ。
だからこそ、ゲームと同じなんだとフレイ様は気落ちした。
間違いない。
私の全ては既に知られてしまっている。
大切に、本当に愛し合う時まで、取っておこうとした、私の何もかもが、私の体を持っただけの理解できないクズによって、さらけ出されてしまっているのだ。
「俺はね。自分だけのヒロインが欲しいんだ。だから、他人のヒロインを奪い取るつもりはない。俺以外の人と大切な体を許して愛し合うような関係を築ける者が、俺だけのヒロインになるはずもないだろう? だから、攻略対象は俺の恋愛相手とはならないんだ」
「そ、それは……! 平行世界の話ですよね! この世界ではアレクなんて人と愛し合うような関係にもなっていないし! フレイ様だけのヒロインになってくれる攻略対象だっているかもしれないじゃないですか!」
私は最後の気力を振り絞ってそう反論した。
何もかもが、私じゃない私、一禍のせいでさらけ出されて、そのせいで今ここにいる私がフレイ様と恋人になれないなんて許せない。
私と一禍は別人なんだ。
それを何とかして認めて貰わないといけなかった。
「確かにゲームではアレクのヒロインだったとしても、やろうと思えば俺のヒロインにすることはできる。それこそイベントを俺が代わりに実行すればね」
「じゃあ……」
「だけどそれって、結局は誰でもいいって事なんだよ」
「え――?」
フレイ様の反応で希望を得た私は再び谷底に突き落とされた。
困惑している私の前でフレイ様は語る。
「結局の所さ。攻略対象っていうのは、自分を助けてくれる存在が、主人公が来てくれるのなら、それが誰であってもいいんだ。イベントを起こし、そしてそれを解決したのがアレクでなく、俺や、それ以外の誰かでも、攻略対象達はその相手に感謝し、恋に落ちて、そして体を許すだろう」
そう言うフレイ様はどこか辛そうにその思いを吐き出していた。
「例えば一禍の場合だと黒神教から彼女を救い、そして黒神教を打倒するのがイベントで、それを実行する者は誰でもいいということだね」
そこでフレイ様は私をちらりと見て言う。
「さっきの発言からすると、来幸は少なからず俺に対して、好意を持ってくれているのだと思う。だけどそれは黒神教を倒すというイベントを、アレクの代わりに俺がこなしたからだ。今回は俺が担当だったというだけで、俺である必要性はない」
違う……それは違います。
もっと前から私は貴方のことが好きだった。
名前を付けて貰ったあの時から私は貴方に惹かれていた。
きっとその名前を付けるという行為は、誰にでもできる事じゃ無くて、目の前にいる貴方にしかできないことだったと思う。
だから、私は貴方だけの……今ここにいるフレイ様だけのヒロインなんだ。
そう口にしたいのに、その大切な私の思いすらも、ゲームとやらのイベントを使って、否定されてしまうのではないかと怖くなって、言い出すことができない。
「そう、俺である必要はないんだ。イベントだから好きになっただけで、俺だから好きになったわけじゃない、俺のことを見てくれたわけじゃない。だから俺は攻略対象を愛することはできない」
そしてフレイ様は一瞬口籠もった後、言った。
「だって、他の誰でもいいなら、きっとその子は俺以外のヒロインになるから。また同じようなイベントが起こって、それを解決した別の誰かを好きになり、其奴の元へと去って行く。そう俺は思ってしまうから」
「フレイ様――」
「来幸。恋愛というのは究極の自己満足だよ。自分が納得出来ない恋愛には何の意味もない。幾ら自分を騙そうとしても、自分を騙し続けることはできない。――だからこそ、己が望む恋愛を何を犠牲にしてでも勝ち取らなければならないんだ」
拳を握り、決意を滲ませながらもフレイ様はそう言い切った。
「だからこそ、俺は俺だけのヒロインが欲しい! 他の誰かでは起こせない出来事で俺を好きになり、俺を裏切らず、俺の事だけを見てくれる女性……こんな猜疑心の塊である俺が、相手を疑わずにいられるほどの永遠の愛を与えてくれる人を!」
そう言ったフレイ様は、最後にギリギリ聞こえるくらいのか細い声で、一言付け加えるように言った。
「――そうでなければ俺は安心出来ないんだ……」
「フレイ様……」
弱々しい姿のフレイ様に何も言い出すことが出来ない。
私に取ってフレイ様は何でもできる凄い人だった。
だけど、こんな風に私が守ってあげなければならないと思えるほどの、弱々しい一面も彼の中にはあったのだ。
「……返答は明日でいい、今日は帰ってくれ」
「……わかりました」
私は結局何も言えなかった。
フレイ様の恋人になれないということに打ちひしがれて、一禍とアレクに殺したいほどの怒りを覚えて、何とか考えを変えて貰おうとしたけど、それもフレイ様に全て論破されてしまって。
尚も縋ろうという思いは、弱々しいフレイ様を見たら、すっ飛んでしまった。
部屋を出て自室へ向かう。
メイドの仕事も全て投げ出して、他のメイドに何かを言われたような気もするが、何を言われたのかも思い出せなかった。
「私はどうすればいいんだろう……」
ただそれだけが頭の中にある。
フレイ様の言う通り、フレイ様の協力者となって、フレイ様が自分だけのヒロインを見つける手伝いをするべきなのだろうか。
私はそのことを想像してみた。
メイドである私の前を一人の女性とフレイ様が幸せそうに歩く。
それを見ていることしか出来ない私の前で、フレイ様は大きく膨らんだその女性のお腹を触った。
「あと少しで私達の子供が生まれるね」とその女性がいい、フレイ様が「そうだな俺達の子だ」と嬉しそうに――。
――嫌だ。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!!
そんな未来! 私は耐えられない!!!
私が愛して貰えないのに、フレイ様に愛される誰かを見続けるなんて!
私にはフレイ様しかいないんだ!
フレイ様が私の全てなんだ!
それを他の誰かでも良かった女になんか渡したくはない!!
平行世界の私がどうだったかなんて関係ない。
この世界の私はフレイ様しか好きになれないだろう。
それこそが私の意思、私の結論だ。
そう考えると急に気持ちがすっきりする気がした。
ごちゃごちゃになっていた考えが纏まるような気もする。
フレイ様だって言っていたじゃないか、恋愛とは究極の自己満足で、自分が納得出来ない恋愛には何の意味もないと、自分を騙し続けることなんて出来ないのだから、どんなものを犠牲にしても、己の望む恋愛を勝ち取らなければならないと。
私はそう考えるとろうそくを取り出して火を付けた。
そしてメイド服と下着を脱ぎ、ろうそくの火を自らの体に押し当てた。
「~っ!」
火によって焼かれる体の痛みで呻く。
だが、それくらいでこの行いを止めるつもりはない。
しばらくその場所を焼いたあと、私は火を消し、鏡の前に立った。
そこには胸に火傷を負った私の姿があった。
その火傷によってその場所にあったいらないほくろは無くなっている。
「ふふふ」
それを見て私は嬉しくなった。
鏡に映る私の口が歪なほどに歪んでいるのが見える。
これは決別だ。
平行世界の私じゃない私――、一禍との決別。
これは決意だ。
フレイ様だけの私で在り続けるという決意。
「フレイ様、私は協力者の話を受けようと思います」
誰も聞いていないその場所で、私は喋り続ける。
「そうすれば、私はフレイ様の側にずっといられますから……」
マーガレットさんは、どんな立場であろうとも、好きな人の側に居られる幸せがあると言っていた。
だが、私はその幸せとやらは理解出来そうにない。
私がフレイ様の側にずっと居たいのはそんな殊勝な気持ちからではない。
もっと、俗物的な気持ちからだ。
「フレイ様の目的は達成出来ないと思います」
そうだ。どんな時でも永遠に裏切らずフレイ様だけを見てくれるヒロインなんてそうそう現れない。それこそ私くらいなものだろう。
だからこそ、フレイ様の目的は達成出来ない。
フレイ様の目的の人物は恋愛対象外の所にいるのだから。
「でも、安心してください。私がずっと側に居て、貴方を支え続けます。そしていつか、フレイ様が諦めたその時こそは、私が名乗りを上げましょう」
フレイ様が足掻き続けて打ちひしがれた時、こだわりを捨て攻略対象にも目を向けた時、私はそんなフレイ様のものとなり、フレイ様の欲しい物を全て捧げよう。
私になら出来る。
だって私の全てはフレイ様のもので、誰よりも側でフレイ様を支え続ける私は、誰よりもフレイ様のことを知っているのだから。
「フレイ様、物語のヒロインというのは、どんな時でも主人公の側で、常に主人公を思い、主人公の為に行動して、主人公の事を支え続ける事が出来る――最も身近で最も頼りになる女性のことを指すんですよ」
そして私は断言するように言い放つ。
「フレイ様のヒロインはこの私です」
他の誰にも譲る気はない。
あの人のヒロインは私だけのものだ。