エロゲー世界で悪役に転生したので、自分だけのヒロインを見つけます 作:グルグル30
そして月日は経ち、あたしはナルル学園に入学した。
ナルル学園では入学式の日に入学生を集めた社交界が行われる。
あたしはこの舞台に主役になれるよう着飾ってパーティに参加していた。
「リュークも入学するって言ってたけど、彼奴何処にいるのよ」
あたしはそう思いながら会場を歩く。
時折、声を掛けてくる奴らが鬱陶しい。
あたしが、あたし目当てで近寄ってくる男達の誘いを上手く断りながら、会場を進んでいるとようやくその姿を見つけた。
「あ、リュ――」
だが、あたしが話しかけるよりも先に、リュークは別の人物に話しかけていた。
その人物が誰かをあたしは知っている。
第三王女ユーナ……。
他の王族の出涸らしと言われる影の薄い同い年の王女だった。
他の王女とは違い、あたしより明らかに劣る相手だったとしても、相手は王女であるため、あたしはリュークと彼女の会話に横入り出来ずその行方を見守る。
「ユーナ様は確かまだ婚約者がいないはずですね?」
「ええ、そうですが……」
リュークの問いに困惑したようにそう返すユーナ。
そんなユーナに対してリュークは満面の笑みを浮かべて言った。
「では、どうでしょう! この私を婚約者とするのは! 私なら王女である貴方との釣り合いも取れますし、最適な婚姻だと思います!」
そう言ってリュークは手に持った花をユーナに差し出す。
「――え?」
あたしはリュークの告白を見て思わずそんな声を出してしまった。
何故だろうか、ユーナに告白するリュークの姿を見ていると、胸が締め付けられるように痛い。
「あの……ごめんなさい」
リュークの問いに困った様子を見せていたユーナは、左右をみるなど少し慌てたような様子を見せたものの、最終的にはそんな言葉でその告白を断った。
「ちょ! ちょっと待ってください! もうちょっと考えて! 俺ならきっと君を幸せにすることが――!」
「いつまで王女様に迷惑を掛けるつもりだ! 出て行け!」
リュークは断られたのにまだ足掻こうとしていたが、それをユーナの側にいた護衛騎士と思われる者が、リュークを掴んで無理矢理引き摺っていくことで防ぐ。
「ユーナ姫! ユーナ姫ぇえええ! 俺だけのヒロインになってくれぇええ!」
「えぇ……」
最後までそんな悲鳴のような声を残してリュークは会場の外に連れ出された。
それを見送るユーナは嬉しそうな何処か困惑したような表情を見せる。
「なにそれ」
そんなユーナの表情を見てあたしが感じたのは怒りだった。
あたしがあんなことをリュークに言われたら喜んで受け入れるのに、なんであんな女がそれを言われて、あんな態度で断れるのか。
そう思っていたあたしの耳に思いも寄らぬ言葉が入ってくる。
「なあ、あれって例の奴だよな」
「ああ、シーザック家の頭のおかしな――」
「待って」
あたしは思わずその話をしていた者に声を掛けた。
「なんだよ」
「おい! この人はノーティスの……」
「こ、公爵家の!? 何のようでしょうか!?」
「さっき、あの男を見てシーザック家とか言ってなかった?」
あたしの言葉にその男達は顔を見合わせた。
「ああ、さっき、引き摺られていった奴のことですか。そうですよ、彼奴は確かシーザック家のフレイ、巷では頭のおかしな麒麟児と噂される変な奴です。こうやって入学早々、ユーナ王女に告白するなんて噂通りの――」
あたしは其奴の話を最後まで聞かずに駆け出した。
あたしの頭の中に浮かぶのは疑問だった。
どうして? なんで? リュークがシーザック家のフレイ?
そんな疑問だけが頭を巡る。
だってシーザック家はあたしが婚約破棄をした相手なのだ。
つまり、そのままならあたしはリュークと……。
どういうことなのかという困惑と、あたしを騙していたのかという怒りと、婚約破棄をしてしまったという後悔と、そんなにあたしが嫌だったのかという悲しみが、あたしの中でごちゃ混ぜになり、どんな感情かも分からないまま走る。
あたしは入学パーティーを抜け、会場の外に追い出されたリュークの元へと走って駆け寄った。
「リューク!」
「ん? ……エルザか」
リュークは疲れたようにそう答えた。
そんなリュークに最初に聞かなければならないことを聞く。
「あんた……。シーザック家のフレイ……なの!?」
「ああ、気付いたんだ。そうだよ。俺の本当の名はフレイ・フォン・シーザック」
リュークは何てことないようにそれを口にする。
「リュークはただの偽名だ」
あたしは……リュークの、いや、フレイのその言葉を聞いて、思わず言った。
「なんで……」
「あの段階で俺がシーザック家のものだってバレたら、婚約破棄になんか支障がでるかも知れないだろ?」
あたしが聞きたい言葉の意味を解釈してくれたフレイはそう単純に答える。
だが、それこそがあたしが理解できないことだった。
「あんたも婚約破棄するためにあのダンジョンに潜ってたってこと!?」
「そりゃ、それ以外にあのダンジョンに潜る意味はないだろ」
そうはっきりと断言される。
あたしは理解の出来ない怒りで手を強く握りしめた。
「どうして!? なんで婚約破棄なんか!」
「それを言う権利はお前にはないだろ」
理由を問いただそうとしたあたしを、フレイはそう切り捨てた。
「確かにそうかも知れないけど……あんたはあたしと違って、婚約相手があたしだって、分かってたのよね!? それなのに婚約破棄したの!? あたしは公爵家の令嬢で、能力もあって、それにこのお母様譲りの美しさだって……」
「ああ、ごめん」
あたしの必死のアピールを止めるようにフレイがそう言う。
「全部知ってて、俺に取ってお前はなしなんだ」
「――は?」
フレイの言葉を理解出来ずあたしは唖然として固まる。
「お前は家柄とか美しさとか能力とか……。そう言ったもので恋する相手を決めるのかもしれないけど、そう言った基準は人それぞれ違うもんだよ」
そうフレイは諭すようにあたしに言った。
「そして俺はそう言った要素は重要視していない。俺が大切にしているのは、その人が俺だけのヒロインになってくれるかどうかだ」
「俺だけのヒロイン……?」
あたしが思わず聞き返すとフレイはキラキラとした表情で言った。
「そう! 俺だけのヒロイン! 他の誰かでは手に入れることが出来ず、俺の事を裏切らずに、俺の事だけを見続けてくれる――俺に永遠の愛を与えてくれる女性!」
そう言うとフレイはまるで唄うように言った。
「それが俺だけのヒロインというものだ!」
断言するように自分のヒロイン像を語るフレイ。
それに対してあたしは締め付けられる胸の痛みに耐えながら言った。
「それがユーナ王女だというの?」
「あくまでヒロイン候補の最有力ってだけだけどな。あの人は攻略対象じゃないから」
「攻略対象?」
言葉の意味自体は分かるが、恐らくそう言う意味で使ってないだろうと思われるフレイの言葉に内心首を傾げる。
だが、恐らくはその攻略対象というのは重要な意味をフレイの中で持っていることは何となくだが分かった。
「モブという訳でもないのに攻略出来なかった彼女は、アレクに靡かないと言うことが実証されているとも言える。つまり、ユーナ王女には運命の相手と言える人はまだ存在していないんだよ」
その話を聞いて余計にあたしは混乱した。
そもそも、アレクと言うのは誰なのか、何故それに靡かないと、運命の相手がいないということになるのか。
「それなら俺がその運命の相手になれるかも知れない……! だからこそ、ユーナ王女は俺のヒロインの最有力候補と言えるんだ!」
詳しい事情はよく分からない。
だが、ユーナはアレクと言う存在に恋をしないから、フレイのことだけを見てくれると思っていることは分かった。
だからこそ、ユーナをフレイは狙っているのだと。
「だから、俺はユーナ王女を俺だけのヒロインにするために、これから努力を重ねていくのさ」
ユーナを追い求めている瞳に更に胸の痛みが強くなる。
気付けばあたしはこんなことを聞いていた。
「ねえ、その、あんたのためのヒロインに、あたしはなれないの……?」
聞かなくても分かることなのに。
婚約破棄を相手が望んでいた時点で、フレイがあたしのことをどう思っているかなんて、わかりきったことなのに。
それなのに、あたしは聞かずにはいられなかった。
「ん? なれないぞ?」
まるで挨拶でも交わすみたいに軽い調子でフレイはそう言った。
「お前は攻略対象だからな。始めっから俺のヒロインになることはあり得ない。俺に取ってお前は、恋愛対象ではないし、異性として見ないようにする必要がある相手なんだよ」
「う……あ……」
フレイのその言葉にあたしは思わず打ちひしがれた。
そんなあたしを見て、フレイは納得したように言う。
「そうか、ダンジョン攻略してノーティス家の問題を解決するって、イベントを俺がこなしたから、俺のことに少なからず好意を持ったんだな。押し切られて同時に取ってしまったからか、それとも元からあの方法では影響を無くせなかったか……」
好意……? この気持ちが……?
あたしは自分の中に生まれていた気持ちにようやく気付く。
「でも、それも結局誰でもいいものだ。クレアがレオナルドに惚れたように、ダンジョンを攻略したのが、俺でもアレクでもあるいはジークでもお前は惚れてたよ」
またアレクだ。
あたしが、知らない人の名前を言いながら、フレイはそう断言する。
違う。そうじゃない。
あたしは思わずそう思う。
この気持ちが恋ならば、あたしがフレイを好きになったのは――。
もっと前からだ。
もっと日常的なことからだ。
だって最後の日、差し出された手を握ったあの時から……あたしは既にフレイに惹かれて恋に落ちていたのだから。
気安い関係が心地よかった。
他の者と違ってあたしに価値を見いださない態度が好きだった。
ああ、そうだ。
あたしは誰よりも自分の価値を信じていたが、誰よりもそれを取り払った関係を、誰かが作り上げたあたしじゃない、あたしが作ったあたしを見て欲しかったんだ。
だからこそ、ダンジョン攻略の日々の中で、あたしは自然と恋に落ちたんだ。
そんなことが出来るのはきっとフレイしかいない。
だからこそ、誰でもいいなんてことは絶対にないのに……。
あたしのそんな思いに気付かず、フレイは続けるように言う。
「だから、悪いが諦めてくれ。前に言ってたもんな? 『手に入らないものを勝手に求めた奴の気持ちなんて知らないし、そんな立場になったのならさっさと諦めたらと思うわ』ってさ」
以前の言葉があたしに跳ね返ってくる。
昔は気にならなかった切り捨てた者達の気持ちがいまなら分かる。
どれだけ愚かでも――こんなの諦められるわけがない……!
「恋愛は究極の自己満足。自分が納得出来ない恋愛に何の意味もない。だから俺はその障害になるものは全て無視するつもりだったが……相手が元からそう言う考えなら、心痛まずに切り捨てられるから嬉しいよ」
それだけ言うとフレイはあたしに背を向けた。
それはダンジョンから去るあの日と似ていた。
「待って!」
あの時とは違い、あたしの言葉を無視して彼は去って行く。
残されたのは惨めな負け犬だけ。
婚約相手が好きな人だと気付かず、自らそれを破棄し、尚も縋ったが、異性としてすら見られていないと語られて、かつての言葉を盾に捨てられる。
誰もいなくなった庭園であたしの頬を涙が伝った。
「あ、ははは。あはははははは!」
自分が愚かで愚かで笑いが止まらない。
泣きながらただ笑い続ける。
どうしたら良かったのだろう。
どうすればあたしはフレイの妻になれたのだろうか。
……理由は分かっている。知らなかったからだ。
リュークがフレイだと知っていればこんなことにはならなかった。
婚約相手について何も知らずに嫌がるのでは無く、ちゃんと相手を知ってから嫌うべきだった。
――そんな当たり前なことも出来なかったからあたしは負け犬なのだ。
「あはははは……」
過去の自分を呪うが時を戻すことは出来ない。
もはや、あたしがフレイと結婚することはなくなったのだ。
「どうせ、お父様が新しい婚約者を見つけるわ……」
やけっぱちになりながら思わずそう口にする。
それが貴族の在り方だ、恋だの愛だの何を考えているのだろうか。
だが、そう思えば思うほど胸は痛くなる。
あたしは思わず蹲ってしまった。
「あ、イヤリング……」
その時によく磨かれた大理石にあたしの顔が写り、そこにあった安物のイヤリングが目に付いた。
「ダンジョンの時の……こんなもの!」
そう言ってあたしはそれを外して投げようとするが、投げようとした手がそれ以上動かず、なげることが出来なかった。
「なんで捨てられないのよ!」
たった三日でも、フレイと過ごした日々は、あたしの中で何よりも強く残っていた。
それを捨て去ることがあたしには出来なかった。
「ああ、そうか……答えはもう出ていたんだ」
ふとパーテイーが行われている方向を見て、戻る気も無い自分に気付く。
パーティーにいるあたしに話しかけてきた男達が有象無象にしか見えず、握りしめていたイヤリングがダイヤモンドのように輝いて見えた。
「酷いわね。もう普通の令嬢に戻れないじゃない」
あの最後の日、フレイの手を取ったときから、こうなることは決まっていたのだ。
あたしはもう、フレイ以外の者の手を取れない。
ただのノーティス公爵令嬢であるエルザには戻れない。
そうだあの日にあたしは――フレイだけのヒロインにされてしまったのだ。
だったらやることは決まっている。
かつて自分が意味がないと無慈悲に笑った負け犬達のように、相手に気に入られる為に自分を着飾って行く、あたしはあたしを作り出し、そしてあたしに恋愛対象がないと言い切った彼奴が、あたししか目に入らないようにしてやるのだ。
「フレイ! 物語のヒロインってのはね! どんなに相手にされなくても! 何度でも自分を磨いて主人公に挑み続けて! そしていつか恋人の座を勝ち取る――挑み戦い続けることが出来る強い女性のことを指すのよ!」
そしてあたしは断言するように言い放つ。
「フレイ! あんたのヒロインはこのあたしよ!」
絶対に誰にも奪わせない。
彼奴のヒロインを勝ち取るのはこのあたしだ。
予約投稿分はこれで終了です。
現在ユーナ編である四章は書き溜め中ですが、まだ四万字しか書き溜めが出来ておらず、話もいいところまで進んでいないので、次回の更新は四章分が書き終わるであろう十月頃にさせて頂きたいと思います。
四章では原作の舞台であるルーレリア学園ではなく、ナルル学園ですが、貴族の攻略対象達が集結するというのもあって、ストーリーの転換点となるような、色々な展開をさせていきたいと思うので、気長に待って頂けると助かります。