エロゲー世界で悪役に転生したので、自分だけのヒロインを見つけます 作:グルグル30
「師匠。わたしは一人前になりましたか?」
バーグを倒して舞い上がっていたわたしは、その感情の高ぶりから、思わず師匠にそんなことを聞いてしまった。
「ん? バーグを倒せたんだから、一人前と言えるだろう」
そんなわたしに師匠はそう返す。
だからこそ、わたしは期待に満ちた気持ちでいった。
「でしたら、あの時の返事を教えてください! 師匠相手ならわたし……」
かつてナルル学園の入学式で、師匠に婚約を申し込まれた時は、自分に自信がなかったわたしは、婚約の申し込み自体は嬉しかったものの、それを断ってしまった。
だけど、今のわたしなら素直に受け取ることが出来る。
これまでの修行の日々の中で心身ともに成長することで自信を付け、そしてそうやって自分を育ててくれた師匠を――、一人の男性として好きになったわたしなら。
「あ、あ~。それは……だな……」
だから、わたしは師匠の言葉を待った。
師匠がわたしを受け入れてくれた瞬間に、その胸の中へと飛び込むために。
「勿論、王家への忠誠心からです。ユーナ王女」
――だが、返ってきた言葉は、想像と違ったものだった。
だからこそ、わたしの口から思わず唖然とした言葉が出る。
「……は?」
そんなわたしの思いを汲んでくれたのか、クリスティアお姉様が叫んだ。
「フレイ! 何を言っているんだ!? お前は、ナルル学園の入学式の時に、ユーナに告白していたじゃないか! ユーナが好きだから師匠になったんだろう!?」
そうだよ。クリスティアお姉様が言うとおりだよ。
師匠はわたしに告白していたよね?
わたしが好きだからわたしの師匠になってくれたんだよね?
思わず、そんな言葉が心の底から溢れだした。
わたしは必死でさっきのは師匠の言い間違いだと思い込もうとして、何故かズキズキと痛み始めた胸を手で押さえる。
「HAHAHA! 俺はあの時、ユーナ様に振られて、己の立場というものを理解したのです! 侯爵家の……それも当主にすらならないような者が、王家の者を娶ろうとするなど、愚の骨頂! お互いの立場に見合った相手を見つけるべきだとね!」
「……」
師匠はそう言って理由を話した。
わたしはその言葉に声も出せない。
わたしが振ったから、師匠はわたしを諦めた?
師匠がわたしを求めてくれていたのに……わたしがそれを駄目にした?
自分の胸の中で後悔という言葉が大量に溢れだしてくる。
「そして立場を理解したからこそ、王家への忠誠心をしっかりと見せるべきだと考えたのです。それこそが俺がユーナ様の師匠になった理由であり、今の俺にユーナ様を己のものにしようなどという、大それたことを考える邪な気持ちは微塵もありません!」
わたしを恋愛対象とみていないと断言する師匠。
わたしを助けたのも、王家への忠誠心が理由で、わたしの為ではないと。
それを聞いてわたしは思わず縋り付くように聞いた。
「師匠には……わたしを恋人にする気持ちはないと言うんですか……?」
「ええ、今の俺にはそんな気持ちは一切ありません。俺はユーナ様のことはもう諦めて、新しい俺だけのヒロインを探し始めております!」
そんなことはないと言って欲しかったその言葉。
返ってきたのは無慈悲な返答だった。
だからこそ、わたしは信じ切れなくてもう一度聞く。
「……わたしじゃ、駄目なんですか……?」
「駄目ですね」
少しでも自分を求めて欲しい。
そう思って言った言葉すら、考える素振りもなく、刹那の速さで否定されて、わたしはそのことで、本当に師匠がわたしを恋愛対象にしていないと気づき、その事実によって打ちのめされた。
そんなわたしの肩を師匠が掴んだ。
「ユーナ様はバーグを倒せるほど強くなられた。これからは、もう俺が師匠として貴方を教え導く必要はないでしょう……」
「――は?」
理解したくもない言葉を聞いて、わたしは思わずそんな言葉を返した。
だって、師匠は師匠なんだ!
これからも教えて貰いたいことや、一緒にやっていきたいことは山ほどあるのに、こんな所で師弟関係を解消なんてしたくない!
恋愛対象として見られないなら、せめて弟子として側にいたい!
「免許皆伝です! これからはユーナ様が師匠として、新たに弟子を取り、その者達を育てていくのです!」
「そ、そんな師匠……! わたしはまだ……!」
そんな思いから、師匠の免許皆伝を止めようとするわたしの言葉を、師匠は優しげな言葉で、遮るように言う。
「大丈夫。もっと自分に自信を持ちなさい。貴方はもう一人で歩いて行けるほど、しっかりと成長して強くなっている」
わたしが……一人で歩いて行ける?
さっきから胸がずっと痛くて、師匠に縋り付こうとしているのに?
「それに貴方には、貴方を支えてくれる仲間がいる」
わたしを……支えてくれる仲間がいる?
クリスティアお姉様が側にいるのに、気持ちを改めることが出来ないのに?
「これからは貴方達の時代だ。仲間とともに自分達だけの未来を、君達の手で作り上げていきなさい」
普通なら、祝うべき巣立ちの言葉。
それすらも、わたしは素直に受け入れる事が出来ず、どうして師匠に捨てられるんだという苛立ちと、師匠に対する妄念だけが燃え上がっていく。
だからこそ、わたしは師匠に話しかけようとした。
「そ、それは――」
「無事ですか! クリスティア様!」
だが、邪魔な兵士やってきて、師匠はレディシアお姉様を振り払うと、その兵士と共に転移して消えてしまった。
「まったく! フレイの奴! 急にどうしてあんなことを!」
わたしへの師匠の対応を、そんな風にクリスティアお姉様が怒ってくれた。
だけど、それでもわたしの気持ちは収まらない。
「入学式の時は、『俺だけのヒロインになってくれ』と、ユーナに対して喚き散らかしていたと言うのに!」
ヒロイン――先程の師匠も言っていたその言葉。
師匠が求めているその存在。
「クリスティアお姉様……ヒロインって何かな?」
師匠に捨てられた理由を知りたかったわたしは、思わずクリスティアお姉様に、ヒロインとはどんなものなのかを聞いた。
「物語における女主人公か、男主人公の相手役のことだが……ユーナが聞きたいのは、そう言うことではないよな?」
「はい」
わたしがそう言うとクリスティアお姉様は考える。
「フレイが探す理想のヒロイン――それはきっと物語の男女のように、運命と呼べるような理想的な相性を持つ相手のことを指しているのだろう」
クリスティアお姉様はそう答える。
今は何故かもう辞めているようだが、クリスティアお姉様は、かなりの影響力を持つ師匠を危険人物として監視対象にしていて、生徒会に入る前からその動向に関する情報を集めていたのだ。
恐らくその情報から、わたしへの回答を導き出そうとしているのだろう。
「それを考えれば、物語のような関係の相手がヒロインに相応しいと言える。つまり、忠義と愛情からフレイに真摯に支えられ、守って貰える者こそが、理想のヒロインに――」
何処か嬉しそうに遠い目をして語っていたクリスティアお姉様は、そこではっと自分が言っていることに気付くと、慌てて取り繕うようにわたしに言った。
「こ、これはお前の事を言ったんだぞ? わかるな? ユーナ」
「はい」
クリスティアお姉様がそう言った言葉にわたしは取り敢えず頷いておく。
せっかく、仲良くなったクリスティアお姉様との関係をまた悪くしたくない。
だが、わたしの目線でいたたまれなくなったのか、クリスティアお姉様はゴホンと咳払いを一つすると、わたしに対してわざとらしく言った。
「城内の者に無事を知らせねばならん。それに……」
そこまで言うとクリスティアお姉様は、師匠が転移で消えたときから、師匠に縋り付いた姿勢のまま地面を這い、「フレイさまぁん……何処ですの? フレイさまぁん……」と呟きながら徘徊するレディシアお姉様に目を向けた。
「こんな状況のレディシアを他の者達に見せる訳にもいかん。だから、私達はもう行くぞ。何かあれば、近くの兵士に言づてを頼んでくれ」
クリスティアお姉様は、当て身でレディシアお姉様を気絶させて静かにさせると、それを担いでこの場から去って行く。
一人残されたわたしはその場で考える。
守って貰える者がヒロイン――本当にそうだろうか?
違うと心が訴える。
そんなものは師匠のヒロインに相応しくないと。
そして同時に実感する。
自分の心がどんどん醜くなっていくと。
ああ、ダメだ……。
ダメだよ、師匠。
わたしは弱い……。
師匠は、私が強いから免許皆伝だと言ったけど、私はその巣立ちを喜ぶことも出来ず、クリスティアお姉様の言葉にも納得出来ず、ただ醜い思いを募らせて、自分の立場への不満や、師匠への執着を捨てることが出来ない。
師匠に育てて貰ったけど、わたしはまだ心が弱いままだったのだ。
「弱いなら――しっかりと育って貰わないとダメだよね?」
思わず口がそう口走った時、わたしの口は歪に歪んだ笑みを作っていた。
そして、自分が思わず言った言葉に、自分自身で納得する。
弟子に未熟なところがあるのなら、その未熟さを無くせるように、力を尽くして一緒に行動してくれる存在が師匠のはずだ。
次から次へと湧いてくるこの気持ち。
師匠に捨てられたことで抱く醜い思い。
これがわたしの弱さなら、師匠はそれを無くす責任がある。
そう、ずーと、ずーと、ずーと、ずーと、師匠はわたしの側に居続けて、わたしがこの気持ちにならないように、永遠にわたしを育て続けないといけないのだ。
「ああ、そうだ」
そこでわたしは気付いた。
師匠のヒロインに相応しいのがどんな者なのかを。
「師匠、物語のヒロインというのは、主人公によって助けられ、そしてその主人公に支えられながら、共にその先へと進んでいくことが出来る――主人公の影響で成長していく女性のことを指すと思います」
だからこそ、わたしは気付いていない者に知らせるような声色で、ここにいない師匠に向かって言う。
「師匠、師匠のヒロインはわたしですよ?」
何者であろうとも、その立場は渡さない。
師匠のヒロインで在り続けるのはこのわたしです。
ヒロインがどんなものかと聞かれて、うっかりと自分の立場を答えてしまう卑しい姉様……。
そんな後押しもあって、上手く巣立ちが出来なかった弟子は、依存系の方向に覚醒してしまいました。
ユーナの側から見たら、ようやく過去の清算が終わって、これからが本当の人生の始まりだと、未来に対して希望を持っていた所で、側にいてくれるはずだった師匠が勝手に去るという絶望を唐突に喰らって、その落差による衝撃が大きすぎて巣立ちに失敗した為に、自分の弱さを実感することになってしまい、師匠にはずっと師匠でいて貰おうという発想に思い至ってしまった感じです。
何時もなら、ここで章が終わりとなりますが、四章は色々と後始末が残っているので、もうちょっとだけ話が続きます。