柊游は勇者である   作:松浦

1 / 2
西暦2015年、七月某日
わたし達は大災害に見舞われた。目の前で白い大きな化け物が人々を貪る様子を何度も見た。


0デイ

 

どんっ

 

地面を揺るがすほど大きな音がしてわたしと涼、それから雨音さんは同時にその方向を向く。どうやら花火大会が始まったらしい。

 

ひゅるひゅるひゅるひゅる

 

という、なんとも腑抜けた音がして球が打ちあがり、パッという音にならない音を立てて夜空を明るく映し出した。

空をいっぱいに広がる火の花にわたし達はただただ圧倒されていた。

 

「綺麗だね」

「そうだな」

「そうね」

 

あまりの壮大さにわたし含めた三人とも語彙力が皆無になってしまう。

 

今日は一年に一回の花火大会、鉾田市民祭りの日だ。毎年わたしは双子の妹、涼と一緒に来ていたのだが、今年は中学のクラス替えで隣の席になって以来大の仲良しになった、雨音さんも一緒だ。友達なのにさん付けなのは、なんかすっごく美人さんで圧倒されるから。

 

おっとり系で包容力のある、いかにも男子が好きそうな子。それに加えて距離感が近い。本人曰く『目が悪いけど相手の顔はしっかり見たいから』そうだが、初対面の時に間近で話された時にはびっくりした。

 

因みにわたしは雨音さんにさん付けするが、涼は『雨音』と呼ぶ。涼はわたしの双子の妹という事もあって、初対面の人は必ずと言っていい程困惑する。出会ったばかりの頃の雨音さんもその仲間で、最初は名前の呼ばれ方で判別していたのだとか。

 

周りを見てみると行き交う人々は皆手に思い思いの物を持ち、それぞれの楽しみ方で祭りを満喫していた。

 

ぼんやりと空を眺めていると沿道の方から

 

「あら、游ちゃん、涼ちゃんじゃない。エンジョイしてる?」

 

振り返ってみると家の近所に住む遠藤さんだった。遠藤さん夫妻はうちの近くではおしどり夫婦としてよく知られている、いつもパワフルな奥さんと寡黙で穏やかな主人でその娘さん共々わたし達一家は家族ぐるみの付き合いをさせてもらっている。

 

「あ、遠藤のおばさん!こんにちは」

「こんにちはー」

「はい、こんにちは。二人とも元気ね。良い事よ。今年も旦那と一緒に見に来ちゃった。うふふ。ところでそちらの可愛い女の子はお友達?」

「うん、学校で同じクラスで友達の……」

「森永雨音と申します。よろしくお願いします。」

 

「あっらぁ~ビシッとしちゃって。そんな固くならなくて良いのよ?おばさん、面白い子は大歓迎だから。」

「は…はぁ」

「あ、いっけない!今日はおばさんの友達が焼きそばの露店出すから手伝ってって言われてたんだった。じゃあねー、游ちゃん、涼ちゃん、それから雨音ちゃん。あとで焼きそばのお店にも来てね。たっぷりサービスしてあげるよ?」

 

マシンガンのように一方的に話しておばさんは足早に去って行った。

いつもの調子を知っているわたしと涼は慣れっこだったが初対面の雨音さんを放心させるに十分だったらしい。

 

「す、すごい人でしたね…」

「いやいや、あれでもおばさん相当抑えた方だと思うよ」

「そうそう。この間なんて立ち話で三時間以上話しているのを見かけちゃんったんだから。」

「三時間…」

 

なんか話が遠藤のおばさん一色に染められてしまった。遠藤のおばさん、おそるべし。

そうこうしているうちに、花火大会も終わりの方に近づいてきたというアナウンスが入った。

 

そして最後の一発が上がるという時になって、今までで一番大きい

 

ドンッ

 

という音が鳴り響いた。しかし球は打ちあがらない。

 

「あれ?おかしいね。音だけって」

「空砲でしょうか」

「花火に空砲なんてあるの!?」

「分かりませんけども…」

 

そこでアナウンスが聞こえた。

 

『えぇー、どうやらアクシデントが起きたらしいので少々お待ちください。』

 

保留音の、ヴィヴァルディの『春』が流れ始めた。それからずいぶんと時間が経ち、周りもうるさくなってきた。だがそれも直ぐに静まった。

 

「……遅いね」

「そうですね」

「どうするんだ?帰る?それとももう少し待つのか?」

「あともう少しだけ待ってみようよ。来年も来れるかなんて分からないんだし。」

 

と、その瞬間

 

どんっ

 

という花火らしい音が聞こえた。

 

 そして夜空に大輪の花を咲かせた。人々の阿鼻叫喚というスパイスを加えて。

周りが一瞬明るくなった瞬間、わたし達は何故さっきうるさくなっていたのかを瞬時に理解した。少し離れたところにいた、綿菓子屋のおっちゃんの頭だけが消えていたのだ。いや、正確に言おう。頭の代わりに白い、大きな化け物があった。それだけではない。周囲を見回してみると大量にいる。

 

 その白い化け物は体長3~4メートルで空中に浮かんでいた。ぎざぎざの歯は外からも丸見えで、切れ味が悪そうだ。そして顎あたりから謎の、うどんみたいなものが生えている。そんな化け物が何匹も不気味に浮かんでいる。

 

「涼、雨音さん、行くよ!」

 

フリーズしていた二人の手を握り、私は走り始めた。

走りながら二人ともだんだんと意識がはっきりしてきたらしい。三人で全力で逃げようとした。

 

 だがその頃にはもう遅かった。周りの人たちも一斉に駆け出し始めたおかげで混んでしまったのだ。みんなが急げば急ぐほど遅々として動かない列。周りには、うようよと白い化け物が迫って来る。そしてこのような時でもさっき流れ始めた『春』は能天気に、春の楽しさを美しいメロディーで伝えてくる。

 

 化け物たちはわたし達を一人も残さず喰いつくすつもりみたいで、いつの間にかわたし達は細い道の前後を化け物に塞がれてしまった。

 

 混乱する民衆。ひしめき合って互いに化け物から一センチでも離れようとする。そしてその敗北者は転んだりして列から飛び出てしまい即座に化け物の餌となる。

 

「きゃっ」

 

 また一人その争いに負けたらしく、道路に飛び出てしまった。よく見ると、その人こそさっき話した遠藤のおばさんだった。どうしようもないとは分かりつつも、叫ぶ。

 

「おばさん!」

「游ちゃん!」

 

 列に戻そうと、飛び出そうとするが両腕を涼と雨音さんにがっしり掴まれてしまい動けない。

「どうして、離してよ!」

 

 そう言っても二人とも力なく首を振るだけだった。そうしているうちに、おばさんの顔は恐怖に歪む

 

 そしてその時は冷酷にも訪れる。一匹目の白い化け物が迫ってきておばさんの腕をむしり取った。どす黒い鮮血が白の化け物の歯を真っ赤に染める。その千切り取られた腕の断面から噴き出る血をもう片方の手で押さえようとしながらも、おばさんは声にならない声でその激痛をわたし達に伝えてくる。

 

 二匹目が迫ってくると、おばさんは涙を流しながら、命乞いをしてその場に留まっていた。そんなおばさんの思いなどいざ知らず、二匹目は体当たりしておばさんを地面に引き倒す。そして倒れ込んだおばさんの下半身を一口で噛み千切ると、その頃には三匹目四匹目とどんどん集まってきて、いつのまにやらおばさんの姿は白い化け物に阻まれて見えなくなっていた。

 

「どうして、こんな……っ!」

 

 しばらくして白い化け物が離れた時にはおばさんの姿は消えていた。代わりに化け物の歯をべっとりとした血で赤く染めて。

 

 そうこうしているうちにも、わたし達がいたグループは最初の三分の一にまで数を減らしていた。残りの人たちがどこに行ったのかは怖くなるので考えるのをやめておく。

 

 さっきから衝撃の場面ばかり見てしまったせいか、わたし達の恐怖の感覚はだんだんと麻痺してしまった。自分の命に関しても無頓着になるほどに。それどころか、いづれ殺されるなら早い方がいいろさえ思うようになってしまった。

 

 その頃にはいよいよ化け物の食事も大詰めになったらしく、満を期して一斉に突撃してきた。

 

(案外、人生ってあっけなかったんだな)

(喰い殺されるなら痛くない方がいいな)

 

 

そして目の前に奴らが迫ってきた。

 

 

 

――――――0デイ終了――――――

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。