一方で見捨てる人がいるかと思うと、他方で救ってくれる人がいる。(『広辞苑』より抜粋)
避難生活一日目
「…はようございます。起きてください。」
ハッと目を覚ます。目の前にはまだ年端もいかない女の子。その子はわたしが起きたのを確認するとぱぁっと表情を輝かせ、
「おはようございます、ゆうさん。」
と、天使のような可愛らしい微笑みを返してくる。
結論から言おう。わたし達は助けられた。加藤つくしというこの、たった12歳の少女に。
白い化け物(どうやらバーテックスと言うらしい)がわたしに迫ってきた瞬間、目の前で二つに分かれた。そして次々にわたし達を包囲していた残りのバーテックスも切り刻まれ、あっという間に倒してしまったのだ。
そして、彼女の案内するままにここ、鹿島神宮に案内された。どうやら、茨城だけでなく全国にバーテックスは突如現れたらしい。どこを見回しても安全なところはない。そう思われたが、土地神の力が強いところ、例えばこの鹿島神宮のような場所は結界が出来て他のところよりも安全なんだとか。
手水場で顔を洗ってから本殿に行くと花火大会から逃げてきた人たちが炊き出しをしていた。そこでご飯とみそ汁を貰ってからあの二人の姿を探そうとすると、一番はずれの方から
「お~い姉ちゃん、ここだよ、ここ」
「游さん、こちらです」
と、声が聞こえた。
声の聴こえる方へ視線を動かすと涼、雨音の姿を確認できた。二人の正面に座る。
「おはよう。昨日は取り乱しちゃってごめん。それに、やり過ぎた。あの時飛び出しても遠藤さんは助からなかったし」
「……うん。あたし達もごめん。どうしても姉ちゃんに死んでもらいたくなかったから」
「ごめんなさい。私も、游さんが死んでしまったらと思うと不安になってしまって」
昨日、助かり正気に戻ってから、二人の事を思いっきり殴ってしまった。変えようのない状況に気持ちを保つことが出来なかった。
お互いに謝ったところで、奥の方からさっき見たつくしがやって来て、皆に向かって話し始めた。騒がしかった炊き出しの人たちも、不安で近くの人と話さずにはいられない人たちも彼女の姿を確認すると直ぐに黙らせるような迫力がその顔にはあった。
「皆さん、おはようございます。私は加藤つくしと申します。私は勇者です。私の命に代えてまでも絶対にバーテックスから守り抜きます」
わたしは、彼女の話を聞きながらぼんやりと昨日の事を思い出していた。わたし達がバーテックスに喰い殺されるところから救われた後、つくしから説明を聞いたのだった。
凄く長かったのだが要約すると、全世界に天の神が生み出した究極の生命体であるバーテックスが攻めてきて、うんぬんかんぬん…。もっと要約すると、『すげーヤバい』という事らしいが流石に分からないだろうと思われるので大事なポイントだけ補足すると、
・バーテックスは人間を捕食する
・普通に戦ったぐらいじゃバーテックスに勝てない
・バーテックスに勝てるのは『勇者』の武器のみ
らしい。つまり、つくしは勇者の力に目覚めた事でバーテックスからわたし達を救えたということみたいだ。
この説明があった後にわたし達一行はつくしに付いて行き、無事鹿島神宮に着くことが出来た。道中、二三回バーテックスに出くわしたが一撃でつくしが倒して死者ゼロのままたどり着いた。
回想しているうちにもつくしの話は続く。ここで過ごすためにしなくてはいけないこと、してはいけない事等々。
最後に、「『今』を失わない為に一人一人が出来ることをしていきましょう」という言葉で彼女は締めくくった。
つくしのスピーチが終わると、またさっきと同じように皆が動き始めた。彼女はと言うと、一直線にわたし達の方へ向かって来て、涼達に挨拶をしてから私の隣にちょこんと座りご飯を食べ始めた。逃げてきた人たちの中ではわたし達が最年少なので当然と思える。
わたしたちはさっきまでの堂々とした態度と裏腹に可愛らしく、美味しそうにご飯をほおばる少女の姿にあっけに取られた。
「どうしたんです?私の顔に何かついていますか?」
「いや、何でもないけど怖くないのかなぁって」
「そうそう。昨日もあんな白い化け物と戦ってさ。命がいくつあっても足りないと思うのに。一歩間違えたら死んじゃうんだよ?」
「お怪我はありませんか?つくしちゃん。何か思う事があれば遠慮なくおっしゃってください」
「そ、そんなにいっぺんに質問されても答えられませんよ…」
わたし達の質問攻めに困惑した表情を浮かべるつくし。それでも律儀に答えてくれる。
「怖くはないけど、恐ろしいです。皆さんがバーテックスに捕食されるのを想像しただけで震えが止まりません。特に、わたしは勇者の力で強化されていますがみなさんは何の力も持っていません。バーテックスに囲まれたら死んでしまいます。
怪我はしてもすぐ直るみたいです。ご心配かけました。」
そういうと彼女はまたご飯を手に取る。すぐ隣に座っているからこそ違和感を感じたが、その頬がほんの少しだけ、引きつっているように見えた。
この日は結界内の調査だった。バーテックスが入ってこれない所にはどのくらい食料があるのか、水場はあるのか等を三人ひとグループで探し回った。知り合い同士で組むと食料などを独り占めする輩がいるのでわたしの提案で知らない人と組むこととなった。
その日に探し回った収穫として、多くのものをわたし達は発見した。先ず、水は豊富にあるみたいだ。また、近くに水場を発見しそこに魚もいるのを見つけ、最低限の食料は保障された。
そしてその日の夜、わたしが予想だにしてなかったことが起きた。
時間を決めて皆で交代交代で水浴びをしていた時の事。わたしの順番で川の水に浸かっていると、うしろの茂みががさがさと音を立て始めた。いくら結界内とはいえ昨日危ない目に遭ったばかりなので急いで川から出て、いつでも逃げられるよう全身の神経を張り巡らせていると、その正体はつくしだった。
「つくしちゃん!?」
「ゆうさん、いっしょに水浴びしても良いですか?」
「え?も、もちろん良いけど…」
という事でわたし達は一緒に水浴びをすることとなった。二人きりとなったので朝の疑問を口にする。
「つくしちゃん、無理してない?本当は怖いんじゃないの?」
この言葉を聞いた瞬間につくしの両の目から大粒の涙が流れ始めた。
「つ、つくしちゃん?」
「こ、怖くなんてないです。勇者は強くてはいけないし弱音をはいてもいけない。みんなのリーダーとなんなきゃいけないんです。今泣いちゃってるのは、ただ目にゴミが入っただけなんです」
彼女の答えを聞き、わたしはやっと気が付いた。つくしは本当は怖くないわけないけどみんなのリーダーとして怖がってはいけないと自分を奮い立たせてただけであるという事に。それがわたしと二人きりになり暖かい言葉を投げた瞬間に緊張が解けたから泣き出してしまったのだ。
「怖いのは当たり前なんだから、しょうがないよ。今はわたしに好きなだけ言ってごらん」
私の胸に顔をうずめてつくしは泣き続ける。小さな、細い肩がびくびくと震える。よっぽど気を張り詰めていたのだろう。
「怖いのはほんとうで、戦いたくないのもほんとで。でもそんなの言っちゃだめで…」
ぎゅっと抱きしめる。5分ぐらいはそうしていただろうか。我に返ったようにつくしはわたしから離れると
「ごめんなさい。動揺しちゃって。見苦しいところを見せました」
と言ったが、最後にあるお願いを続けた
「ゆうさん、一つだけお願いがあるのですが言っても良いですか?」
「え?お願い?もちろん良いよ。私にできる範囲だったらだけど。」
その言葉を聞くや否や、やたっと小さな声で喜んだあと、涙を拭きとり満面の笑みを浮かべながらわたしに向かってこう言う。
「ゆうさん、私のお姉ちゃんになってもらえませんか?」
「……………………………へっ?」
「ゆうさんに私のお姉ちゃんになってほしいんです」
「え????」
「二人きりの時だけでいいので私のお姉ちゃんになってください」
「う…うん。良いけど…」
言った瞬間にわたしの視界は真っ暗になった。どうやら飛びついてきたらしい。まだ未発達な彼女の胸が顔面に押し付けられる。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
「ど、どういたしまして、つくしちゃん」
言うと、目の前がまた明るくなった。見えるのはつくしの不機嫌そうな顔。口をつんととがらせてほっぺたをぷっくりさせている。これはこれで可愛いのだが、肝心な事情は分からない。
「あれ?なんかわたしつくしちゃんを怒らせること言ったっけ?」
「お姉ちゃん、お姉ちゃんから見て私は何?」
「え?妹のつくしちゃ…」
「ちがーう!!!普通、お姉ちゃんは妹の音を呼び捨てで呼ぶものでしょ?」
「いや、そうとは限らないけど…」
いけない。むすっとした顔になってきた。ここはわたしが一肌脱ぐべきか
「つ、つくし」
「お姉ちゃんーーっ!」
「むぎゅう」
なにこれ結構恥ずかしい。その後月明かりが反射している水面に二人抱き合っている様子を冷静に見てしまい、二人で我に返った。離れた後はお互いに顔は見れないほど真っ赤なことに気付く。
まぁ兎に角こうしてわたしには二人目の、秘密の妹が出来た。
『わたし達はここにいますここには夢がちゃんとある』と、あるアニメのオープニングにもあるがこの言葉をそっくりそのまま昨日の絶望しきったわたしに伝えたいと思った。
昨日のわたしはこんな事が次の日に起きる事なんて予想もしてなかっただろう。尤も、一昨日のわたしは次の日にあんな大虐殺が起きるだなんて予想もしていなかっただろうが。
そして、わたし達は平和に避難生活初日を過ごしたのであった
――――――避難生活初日終了――――――