「ん〜♪おいしいですねぇ」
「そりゃ良かった。気まぐれも役に立つもんだ」
丸い皿に乗せられたのはショートケーキ。
ふわふわのスポンジにホイップクリーム、そしてその上の真っ赤で瑞々しい苺。奇を衒う事はない、シンプルかつ王道のケーキである。
フォークで切り分け、口に運ぶ。リーゼロッテのそんな動作を僅かに微笑み見守りながら、荒島はカフェラテに口をつける。
「それにしても雨、やみませんねぇ」
「そうだなァ。風も強ェし、落ち着くまではうちでゆっくりしてけよ。なんもねェが」
「むしろ叩き出そうとしたら大声出しますからね」
「やめろ」
出されたレモンティーに口をつけながら、リーゼロッテは荒島の部屋を見渡す。BURK基地にある荒島の部屋とは違い、彼のプライベートが伺える部屋だ。衣装タンス、部屋に入った際にすぐつけられたストーブ、そしてベッドのそばに貼られたゴモラのポスター。備え付けられた本棚には怪獣や現代科学に関する本、漫画、その他趣味に関する本が系統立てて並べられている。
テレビの下には携帯ゲーム機と最新鋭の大型ゲーム機『プレイステーションγ(ガンマ)』。
「なんというか、子供っぽいですねぇ。本当に」
「ほっとけ。いちご食べんぞ」
「やめてくださいよちょっと!メインディッシュなんですから!」
再びケーキを口に運ぶ。柔らかなスポンジとクリームの甘さが口の中で溶け合う。初めて見た時から察していたが、おそらく結構お高めなケーキだ。
「...これどこで買いました?」
「高校の友達の試供品貰ってきただけだからプライスレスだぜ」
「これで試供品なんですか!?!?」
「いや、その友達画家なんだよ」
「パティシエなった方いいと思いますけど...??」
あいつ絵にしか興味ねェから無理かな、と笑う荒島。
「そんなに気に入ったなら、また貰って来てやろうか?」
「大丈夫ですって。確かに美味しいですけど、迷惑をおかけする訳にはいきませんし」
「ガキが遠慮なんかするもんじゃねェよ」
そう言って再びカフェラテを飲む。リーゼロッテもレモンティーをちびちびと飲む。
それにしても、おいしいショートケーキだ。何よりクリームがすごい。
食レポの経験がある訳ではないが、こう、コク?というものが感じられる。いちごもいちごでいい物を使っているとわかるが、これをなぜ画家が作ったのか。うーん、謎だ。
口をもぐもぐと動かしながら見ると、写真立てが目に入る。
「...っん、荒島さん。その写真は?」
「あァ、これか?」
荒島は写真立てを持って来ると、見せてくれる。
『黒田第一中学校 卒業式』と書かれたパネルの前で、恥ずかしそうにはにかんだ少年と、その少年の隣に立つ夫婦らしき男女だ。
夫婦の方は写真が劣化しており、顔を詳しく窺い知ることができない。
「俺の兄貴と、両親だそうだ」
「...ご両親は確か」
「母さんは俺を産んで死んだ、らしい。兄貴と父さんは行方知れず」
「...そうでしたね。すみません」
リーゼロッテは、どこか申し訳なさそうな顔で謝る。
それを見た荒島は、普段と変わらないような声で返した。
「別にいいよ。覚えてねェ事なんざ、ないも同じだろ?」
「そう、でしょうか?」
「俺にとっちゃそうなんだよ。だから、お前が気に病む事でもねーの」
再びケーキを口に運ぶ。もう残り少ない。
いちごがポロッと落ちた。
「........あ、あの!」
「どうした?」
「...わ、私は、貴方と一緒に遊びたいし、まだ勝負をし足りません」
「お、おう。なんだ急に」
「ですから、その、黙って1人でどこかに行くとか、やめてくださいね」
荒島はぽかんとした顔でリーゼロッテを見る。
「...あ、荒島さん?」
「っはっははは...なに言い出すかと思えば...」
「き、きちんと真面目なんですけど!?」
「わかったわかった!大丈夫、行かねェよ。楽しい事なら、分けた方が得だからな」
「わ、わかってますか本当に〜!?」
「わかってるわかってる!...お、雨もやんできたな」
荒島の部屋の窓からは、曇り空から差し込む日差しが見えてくる。
「服は...まだ乾いてねェな...しゃあねェ。娘さんが置いてった服あるからそれ使え。あっちにんなぶかぶか服で戻るわけいかねェだろ」
「すいません、ありがとうございます」
「あれ置いてあると俺が変質者みたいに思われっから嫌なんだよ。いらなくなったら捨ててくれて構わねェぜ。もういらねェっつってた」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「おう、俺コンビニ行ってくるからその間に着替えとけ」
ばたん。
マンションの扉が閉まる。
リーゼロッテの脳裏には、先程の荒島の顔が浮かんでいた。
『覚えてねェ事なんざ、ないも同じだろ?』
普段と変わらなそうに見えて、どこか寂しそうに話すその顔が、いつまでも頭から離れなかった。