薄らとした月明かりが反射して闇に浮かぶ夜の海……』
『その中に不夜城の如く浮かぶ機帆走スーパーヨット……』
『明るい昼間に見ると青く美しい海も…
夜に、それも陸地から遠い沖から見ると暗く不気味である』
『スーパーヨットの灯りの美しさを際立てる独特な魅力を有していると共に、美しい自然も時として人間に牙を剥く』
『この暗い水底にも、人類文明を破壊しうる巨大怪獣を時に育む程の様々な環境が備わっています…』
『我々は、かつて深い闇に覆われた海の底から海上や地上へと現れ、人類へ災厄の一端をもたらした怪獣の同族を調査すべく、この海域まで やってきました。このライトアップされた船の ずっと下にも、時に殺人魚いや破壊魚へと化しうる怪獣候補生が潜んでいるのでは ないでしょうか?』
紺色の短髪と金の瞳をしたボーイッシュな顔立ち、それに反した大きなバストとヒップを持つ長身な女性__彼女こそが我がBURK中国支部爆撃機隊女性陣において『男役』とか『王子様』と呼ばれる劉静(リウ・ジン)隊員……アタシを含めた彼女のファンクラブ会員は「静(ジン)様」と呼んでいる。
その静様が小型艇に備えられた座面に腰掛けて、ボイスレコーダーを口元に構えて収録予定の台詞を口にした。
ああ、それにしても船の灯りに照らされて、静様の御尊顔とたわわに実った御乳が闇夜に浮かびあがり、ミステリアスな魅力が一段と麗しく……
「ま、調査とか対決つっても単なる『夜釣り』なんだけどな」
静様の美貌に見とれていたのをぶち壊しにするようにかけられる若い男の声。日本の小面とかいう能面の如く凹凸の少ない白い顔と頭を含めて真っ白な全身の所々に火傷のような大きな黒いシミが付いた人間体形な異星人……の着ぐるみからだ。
「ちょっ、荒島さーん……静様が折角いい感じに決めてくれたんだから、茶々入れないでください!今、収録中なんですよね!」
「はははっ、さっきの荒島君と夏侯(シャホウ)君の声も入ってしまったろうけど、僕が言い終えた後だったから被ってないだろうし、上手くカットしてくれるだろうね」
アタシが異星人の着ぐるみ男に文句を言うと、静様は笑顔でフォローを入れる。こういう所も静様の魅力なんだろうけど、ちょっと優しすぎ……?いや静様だって厳しい時も有るには有るんだけど、こういう時は行き過ぎなんじゃないかという感じがしなくもない。
「はぁー……曹(ツァオ)ー、撮れてるー?」
「んー大丈夫。色んなアングルから船を撮れたし、もう戻っても良いんじゃない?」
なんだかんだで静様が言うフォロー内容も正しいという事もあって、アタシは溜息をついた後、
今回の動画撮影に当たってBURK宣伝部から支給されたキャスター付き三脚ビデオカメラでこの小型艇の母船である機帆走スーパーヨットを映していた、BURK中国支部爆撃機隊に属するアタシの同期、曹白牌(ツァオ・パイパイ)へと声をかけると、当の彼女がコッチを振り返りながら返事を返す。
「そっかそっか。じゃ戻るか……あっ、一応、戻るまでの間も撮っといて。後で『だんだん船がアップになっていく映像も欲しかった』とか言われるかもだし」
「了解了解」
そうしてアタシ達はこの小型艇の操船の為に乗船してきてもらっていた母船員に頼んで、この艇をスーパーヨットまで戻してもらった。
そのスーパーヨットは、船首が昔のラム(衝角)のように突きでているが故に、古代の地中海で使われていたような軍船...を想起させなくもない外観や構造をしている。今は各部の照明を点けてライトアップされてるから、さっき静様が収録したナレーションの台詞にも有ったように、まさに夜闇に浮かぶ小さな不夜城の如き様相を醸し出している。
「そう言えば、船を外から撮影するだけならカメラマン担当にされた私だけで良かったのに、なんで夏侯や静様……あと荒島さんまで付いてきたの?」
「そりゃアタシは一応、現場監督担当にされちゃってるから撮影状況を把握できる場所まで付いていかないとまずいでしょ。静様は『本来、美しい船は外から見てこそさ』っていう大昔の映画みたいな台詞を仰って付いてこられて、荒島さんは『んじゃ俺も外から拝んどくか』って付いてきたんだよ」
「あっ、なるほどー」
「静様には折角だから広報動画冒頭で使うっていうナレーションの収録もしてもらっておいたってワケ」
曹から挙げられた疑問にアタシが似てないモノマネをしながら説明した。荒島さんのは特に。まあ、夜闇の中に美しく浮かび上がるスーパーヨットは確かにアタシも正直に言って見ていて悪くない気持ちにさせられたので、二人の気持ちも解らないでもないのだが。
「まあ、ぶっちゃけコレで良かったんじゃね?アタシも曹も出払ったら荒島さんめが静様とスーパーヨットで二人っきりになっちゃうだろうし」
「えっ!?いやスーパーヨットの正規船員だって何名も居るんだから、なにも二人っきりって事には……」
「そうだけど、共用部でも船客用ラウンジや船尾デッキテラスには船員は あまり来ないだろうから、実質2人きりになりやすそうでしょうよ」
「た、確かに……やっぱ二人とも付いてきててほんと良かった……」
アタシは静様と荒島さんには聞こえないように曹との会話を続けた。
アタシや曹を含めて静様ファンクラブには、静様が割と目付きが悪くて粗野そうな男である荒島さんと多く交流する事を内心で あまり快く思っていない子が決して少なくはない。それなのにも関わらず、ファンの子達が今は全く過激化しないのは静様が楽しそうで面白そうにしているからあくまでも、あくまでも静様の為なんだと何とか割り切るようにしている他、当の荒島はドイツ支部のリーゼロッテ隊長代行との付き合いの方がメインであって静様とはラブじゃないライク止まりな友人関係でしかなく、静様も そういう感じでの付き合いに留まっているらしいので一線をこえる事は無さそうだという安心点からなのだ。
ただ、静様は荒島さんをからかう事に味をしめたのか、以前にはプールにて荒島さんへ誘惑っぽい台詞と態度をなされたと聞くし、いつか何かの拍子……例えば互いに酒が入った状態等で一線を越えてしまう可能性も皆無とは言い切れない。静様にも出来れば少し控えてもらいた………いや、待てよ。
以前に静様はファンクラブの子をけしかけて荒島さんへのドッキリ企画を仕掛けた事が有った筈。実は静様も自身のファン達が荒島へ どういう感情を抱いているのか薄々ながらも勘付いていて、それを逆手に取って御自身が御楽しみになられる為に最初から計算づくで利用している可能性も……そう言えば静様は『程々に黒幕でいられる方が性に合っている』と公言なされる等、お腹が割と黒い所や其れをあまり隠そうとしない所も御有りだから、有り得なくもない。地味に恐ろしいかな……。
ソレはともかく。アタシ達が乗った小型艇がスーパーヨットに着くと共に、それの船尾両舷に設けられている格納庫扉から小型艇もろとも船内へ入ったアタシ達は釣りの撮影の準備を進めた。この船の格納庫扉は開放状態であれば、そのままスイムプラットフォーム(水面近い高さに張り出して水面からの出入りを容易にした部分)となるので、そこが今回の広報動画の主要撮影場所となるワケだ。
「っかし今更だけどよ、広報動画の為に指名とくじで決まったヤツと先着志願者の四人だけで撮影スタッフまで兼ねて、船で夜釣りしつつ釣った生き物の解説までする動画を撮って来い、なんて上も割と無茶 言うよなァ」
「まあまあ、いいじゃないか荒島君。こうして本来なら欧米や中東のセレブしか乗れないようなスーパーヨットに乗れる上、ゆったりと寛げもする副産物が付いてくるんだから。それに今回の企画動画の着想元だっていう番組が大昔のドキュメンタリー番組じゃなくて、水曜どうでしょうだったらどうするつもりだい?港で寝釣りでもする気かい?」
「まあなァ……」
白い異星人の着ぐるみ男がマスク部分を外すと、オールバックにした黒髪と、サメのようなギザ歯。そして悪魔のように目付きの悪い男の顔が露わになる。彼こそが当の『荒島さん』こと荒島真己だ。
静様が選出された『惑星調査隊』における同僚であり、静様の出向先たる日本支部にて彼女の心を__弄り対象へのライク止まりの好奇心故らしいと言え__ある意味では掴んでやまない、我がBURK中国支部爆撃機隊を中核とする『劉静様ファンクラブ』にとって小憎たらしい存在でもある。
上層部から今回の企画動画撮影に当たって支給された大型深海魚用の高耐荷重な電動リールの釣り竿を用意しながらその荒島さんと会話を続けていたのだけど、
今回の企画動画の着想元となったドキュメンタリーというのは数十年前に放送されていたという、生物学者であり釣り人でもある番組ホストが世界各地の川や湖や河口を探検し、目撃者や、実際にソレらによって襲われた被害者などの話を元に、その背後に潜む生き物の謎に迫った末に釣り上げて、その釣った生き物の生態などを解説した後にリリースする……という、ややサスペンス調となった番組の事だ。
上層部および広報部の意向で、その番組を着想元としてBURK隊員が水棲怪獣の幼体を釣って解説し同じくBURK隊員がそれを撮影する、という広報動画の企画が立ち上がった。
それで趣味と実益の為に生物学を習得しているという荒島さんに釣り役としての指名が掛かり、
釣り役が後もう一人は居た方が良いという広報部の意向により人事部にてくじ引きが行われた結果、もう一人の釣り役に静様が決まって、
現場での監督相当役とカメラマン担当役をそれぞれ先着志願で計2名を決めると聞いたアタシと曹が、静様を荒島さんに独占させてなるものか、というか静様がアイツと殆ど二人っきりで割と良い雰囲気になり易そうな船旅は許すまじと大急ぎで志願した……というのが、アタシを含めた此の4人を撮影メンバーとしてスーパーヨットに乗ってここまで来た経緯となる。
アタシは、釣られた大物魚を掬い上げる為の網の配置準備を進めながら、釣りの準備を進めながら話す静様と荒島さんの会話へ横耳を傾けた。
「いや、そりゃそうなんだけどよ。なんで単なる釣り船じゃなくて、こんな全長100メートル越えのデカいスーパーヨットなんて用意してくれたんだァ?しかも今時、本格的な帆まで付いてるようなモンで」
「んー、無茶な命令に従う僕達をそのまま労って不満が出ないようにするって意図もあるかもしれないけど。海洋性の巨大怪獣が近くを通っても襲われにくいようにする為なんじゃないかな?機帆走なのを選んだのは、万が一にエンジンが故障しても帆をコンピューター制御から人力操帆に切り替えて帆走のみでも帰投できるようにってトコかも」
「なるほどなー……ま確かに異星人とかに操られている場合とかを除けば、動物ってのは1匹だけじゃ自分よりもでかくてすばしっこい物襲わねェもんな。なるべくデカい船の方が いいってのは正解かもな……、俺だって海に出るなら、コレみたいなスーパーヨットの方がいい」
「うん、そういう事なんだろうね。ああ、たぶん上が夜釣りに拘ったのは、ビル街とかも昼間に見るよりも夜景として見た方が綺麗に思えるのと同じ感覚で、夜にライトアップされた姿の方が綺麗で視聴者の気を引きやすいと踏んだからじゃないかな?実際に僕も、昼間の乗船時に見た時よりも、さっき小型艇で外から見た時のライトアップ姿の方が美しく思えたし」
「ハッ、それだけならいいけどなァ。大方向こうの想定してんのは『防衛隊の中性的美女』推しなんじゃねェの?」
「あぁあぁ、それも有り得るかもね。それにしても、君が僕にそんな事を思っていたとは...部屋の鍵は開けておくかい?」
「あァ!?いきなり下をぶっ込んでくんじゃねェびっくりするわ!!」
「あははっ、今のを下ネタだと思うなんて随分と君もウブなんだねぇ」
概ね荒島さんの疑問に静様が答える形で、共に釣りの準備を進めながら二人は会話を続けてたんだけど、話が進んでいく内に内容が少し痴話__互いの感情はライク止まりである筈だから少し違うのかもだけど__じみてきた。静様が楽しそうにしておられるとは いえ、それを目の前で やられるのは、静様を中性的可愛さすら少なめな男に独り占めされるみたいでなんか面白くなかったので、少し水をさしておく。
「あー、お二人とも!乗船前にも言われていた筈ですけど、上からは着想元のドキュメンタリー番組と同じく、ニュアンスを踏襲するのも兼ねて、釣った生き物の生態とかを解説した後で必ず!リリースするように言われています!いいですか、ちゃんと曹のカメラが回ってる時にリリースして下さいね!」
少し水を差すという目的に則って、静様と荒島さんの意識が向きやすいように、笑顔を作りつつも一部の語気を強めてアタシは二人に話した。
「了解。まァ確かに、ちゃんとリリースしてる事がわかんねェと上がうるせぇかもだしな」
「ああ、でも今回の釣りで狙うよう上から言われたのは確かアンゴーラス...とかいう怪獣の幼体だそうだ。確かアレは昔、釣り上げられた幼体を内陸へ連れ去って飼育したせいで、それを取り返しに深海から上がってきた怪獣サイズの親魚によって沿岸部限定とは いえ其れなりの被害を出している。そんなのを狙って釣ろうなんて動画を公にしたら『防衛部隊であるBURKが自ら再度の怪獣災害を態々まねくつもりかッ!?』って批判されるかもね」
アタシの台詞に二人は意識をこっちへ向けて、各々の返事をした後で、今度は少し珍しく静様の方が疑問を口にした。
「んあぁ、それは だな……」
「ご安心ください、静様!長年の研究により、どうやらアンゴーラスは体長が1メートル前後を越える辺りから親元から巣立ち、そして体長が10メートル弱を越えるまでは同世代の若魚と群れを作って行動する事が明らかになっています!この海域は そういう若いアンゴーラスの群れの定住地となっている情報も確認済みです。だから、そういう巣立った後かつ釣り竿で釣れ得る範疇サイズな若いアンゴーラスを狙うんだとなれば、批判も入らないはず……と、いうのが上の判断だそうです」
荒島さんが静様の疑問に答える そぶりを見せると共に、アタシは我ながら反射的に其の前にグイッと躍り出る。最初だけ また語気を強めて、荒島さんが言い出そうとしていたらしき台詞をさえぎってから、静様の疑問に答える内容を説明した。
静様ファンとして小憎らしい男に、そうそう いいところを静様に見せられてたまるかっての。それで代わりにアタシが いいところをアピールするってワケだけど。
「おー、なるほど……確かに、それなら批判も出なさそうだね。夏侯君も中々に詳しいじゃないか」
「へへっ、それ程でも。まあ現場撮影の監督役として乗船前に上に近しい人から詳細を教えてもらってましたからね」
へへんっ、静様に褒められて、アタシの いいとこアピールも成功したみたいで、やっぱり嬉しくて気持ちもいい。乗船前に教えてもらったのは事実だけど、それも正直に言っておいたので適度な謙遜として良いアピールポイントとなった筈だ。
「でも、例のアンゴーラスの成魚は身長60メートルもあったのに対して、1メートル前後で巣立ち始める若魚とかが亜成体の扱いとなるなんて不自然な気がするな。なんでなんだろね?」
「へっ?そっ、それは其の……って曹……!」
「………ふっ」
背後から聞こえてきた女性の声での疑問内容については事前に聞かされてなかったので、答えに窮して戸惑ってしまったんだけど、その声は そもそも曹の声だったという事に気付いて後ろに振り返ると、当の曹が「してやったり」と云った感じのドヤ顔をしながら小さく鼻で笑っていた。
コイツ……アタシにだけ静様に いいとこアピールさせて溜まるかって、アタシが知らないような事をわざと聞いてきて、地味に足を引っ張りにきたな……!
「あーそりゃ、殆どのアンゴーラスは体長20メートル以上に育つ前までに寿命が尽きちまうんだ。だから大昔に沿岸へ被害をもたらした個体は実は相当な長老クラスだって事、アンゴーラスは信じられない程の高齢産卵と高齢受精が安定して可能だって事も判明もしてるみてェだから、60メートルの親魚から1メートル前後の子魚が巣立つってのも、そう可笑しくねーってこったな」
「なるほど、流石は本業研究員の荒島君だね」
さっき曹が態と挙げた疑問の内容に荒島さんがスラスラと答え、それに静様は感心したような声をあげた。
「ぐぬぬ……」
「……いや曹がわざと疑問を出して足を引っ張るからだろうが……!」
荒島さんに静様への いいところを見せられてしまったのが悔しかったのか、曹は大体そんな感じの表情をしながら小さく呻いたんだけど、そもそも彼女が足を引っ張るべく疑問を口にしたのが原因なんだから、アタシはジト目になりながら曹をしばいた。
ともあれ、釣り及び撮影の準備を終えて、静様と荒島さんは錘の付いた高耐荷重の電動リールに餌である魚の切り身を付けて遠くへ放る。
曹はキャスター付き三脚の前に乗った大型ビデオカメラを操作__夜だけど船の照明で明るめなので暗視モードじゃない通常モードで__して、リールを夜の海に垂らす二人の姿を映している。
アタシは現場での撮影監督役……とは言っても、上や広報部門からザックリ聞かされた大体どういう映像等を撮影してくれば良いのかに則って、何をして何を撮ったりすれば良いのかを指示する程度なので、動画撮影のメインである釣りさえ始まってしまえば概ね暇だ。静様や荒島さんが釣り上げた魚とかを網で掬ったり、曹が撮影中のビデオカメラのモニター部分を時折 覗くなりして何を映すかカメラを止めるか等を指示したりするくらいしかやる事が無い。
「いやー、それにしてもルアーがメインで、餌を使うにしても魚の切り身で安心したよ。流石にゴカイは遠慮したかったからね」
「流石のお前でもゴカイは苦手か?」
「うん、まあ厚手の手袋越しでなら何とか触れるけど、あんまり積極的に見たり触ったりは したくないよ。それは そうと荒島君、さっきのキャスティングといいインドア派だって割には中々の竿さばきじゃないか」
「そりゃまあ、上から提供された電動釣竿型コントローラー付きの船釣りシミュレーターで散々 事前練習させられたからな」
「ああ君も そうだったか。僕もだけど、アレはアレで それなりに面白かったから文句が言い辛いんだけどね」
「わっかる。ま、竿さばきっつっても、この船自体が動き続けてるから、それが そのままトローリングになるぶん俺らは其処まで上等なテクニックが いらねぇだろうから深海魚ねらいも楽なモンだろ」
「ふふっ、そうかもね。今回の動画企画の着想元だっていう番組のホスト生物学者さんよりも、環境が恵まれているぶん僕達の方が色々と楽だろうからね」
静様と荒島さんは並んでリールを海へ垂らしたまま会話を続ける。
荒島さんらが言った通り実は今も、このスーパーヨットの船長__本当はクルー長というのだが__に頼んで、ここの海域を船でゆっくりと旋回させ続けてもらっている。
これによって釣りをしている最中はトローリング(深海などにいる魚を釣る技法の1つらしい)状態となるので、ルアー釣りだとしてもルアー操作のテクニックをそこまで必要しない。釣る難易度が高いという深海魚釣りの難易度が多少は相殺される筈...らしい。
また、静様が言ったように、例の番組ホストな生物学者はメイン対象が淡水魚だったが故に、偶に小船に乗る程度だったのに対して、
アタシ達は全長が110メートルにも及び統合電気推進と帆走を併用した豪華な機帆走スーパーヨットを用意されて船上で寛ぎながら釣りや撮影を行えるぶん現場環境に恵まれているから、確かに例の生物学者に比べて色々と楽なのだろう。
また、ちょうど今は晴れていて海も荒れてないのも幸いだった。柵とかが無くて水面に近いが故に波を被る事も有るスイムプラットフォームに居ても波に さらわれたり海に落ちたりする危険性も無さそうだし。
それはそれとして。あのまま荒島さんめが静様と二人だけの世界みたいな感じになっていくのも面白くないから、アタシからも適当に話を振って何とか会話に混じっていくようにしておく。
「あー、そう言えば荒島さんは普段、着ぐるみは着ぐるみでも、ゴモラの着ぐるみ姿らしいですけど、なんで今回は その異星人っぽい白スーツなんです?」
「んあ、そりゃまあ船に乗って沖に出るってんだから、ゴモラのだと万が一に海に落ちた時に、動き難くて上手く泳げずに溺れちまいそうだろ。それにいかにも"ネタ枠でござい"って恰好の方が面白ェじゃねェか」
アタシが質問、という形で振った話に荒島さんが答える。それに静様が更なる疑問を口にした。
「なるほどねぇ、でも確か君、テぺト星人のスーツを誰かから匿名でプレゼントされったって言ってた筈だろ?どうせ海に来るなら、そのテぺト星人の方が水棲っぽいぶん適任だったんじゃないのかい?」
「あァ。俺も考えは したんだけどよ、テぺト星人は河童モドキだから海とは また違うし、なにより……試しに着てみたら尻や臍や胸板のラインが裸並に浮き出んだよ!男の乳首まで浮き出るなんてバカじゃねェのって思ったぜ。流石に俺も恥ずいんで、作って送ってきてくれた奴にゃワリィが、ありゃ着ずに仕舞っとく事にしといたんだ」
「えぇえっ、荒島さんの……」
「お尻とかがぁあ……!?」
先程の静様の疑問への荒島さんの回答を聞いたアタシが途中まで台詞を言いかけたところで、アタシの台詞の最後あたりに被さるようにして後方から曹の声が聞こえたんだけど、彼女も荒島さんの説明を聞いて、つい台詞を発してしまったそうだ。
「あははっ、それは ちょっと見てみたかったかもね、夏侯君に曹君」
「変な趣味植え付けようとしてんじゃねェ、バカ。こいつの言う事は気にすんなよ」
急に静様から、そういう感じの話を振られてアタシと曹は やや戸惑って口籠ってしまった。
「えっ、それは その……」
「まっ、まあ……ほんの少しくらいは……」
一応……実は、さっき荒島さんがテぺト星人のスーツについて説明した時に、彼の お尻へ つい目が行ってしまった際に、不覚にも ちょっと見てみたいかもと思ってしまったので、嘘じゃない筈。静様のファンクラブ会員としては悔しくもある事を感じてしまったのが少しアレだけど。
「頼むからやめとけクソガキ共」
やや困惑するようにして返した荒島さん。腹立つ。
アタシは、お尻にしても一番いいのは静様と思って……いや、静様よりも お尻が大きくてスタイルの良い美女の お尻にも目を奪われがちになった事もあるから、それは嘘になる。
ただ彼が今着ている白いスーツの時点で、スーツ越しからでも男性特有の筋肉感と柔らかそうな丸みと肉感が両立されてそうな荒島さんのお尻の形が...いやいやいや、ダメよこれは、静様ファンクラブ会員として小憎たらしく且つ中性的な可愛さも少なめ__メイクでもすれば実は そうでもないのかもしれないけど__な相手の お尻にまで魅力を感じそうになってしまったという事になるから、地味に悔しい。
このままだと我ながら考えが変な方向へ行ってしまいそうな気もしたので、気持ちを切り替えるのを兼ねて話題を少し変える事にした。
「あー、それで……今 着てる その黒い染みみたいなのが付いた白スーツも異星人の着ぐるみだそうだけど、いったい何ていう異星人なんです?」