弱小本丸の喪女審神者   作:minamonhhs

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幕開け-4-

 

 それから数日。約束通り、大倶利伽羅と山姥切の二振りと一緒に出掛ける準備をしていた。

 

「大倶利伽羅ー、山姥切ー、ごめんね。待った?」

「! いや、大丈夫だ……」

「…………問題ない」

 

 流石元々が整っている刀たちである。普段出陣する時と変わらない衣装ではあるが(甲冑は取り去っている)黙って立っている姿だけでも様になる。

 

 そんな二振りと今日は仕事用の買い出しではなく“遊び”として出かける予定だ。なので普段着ているようなTシャツにジーンズではなく、足首まで隠れる長めのワンピースに、総レースの透け感が夏らしい薄手のカーディガンを羽織った。

 

 勿論ワンピースの裾からは痣が見えないように工夫している。

 

 どこも痛めてはいないが、肌色のテーピングを巻き、その上からストッキングを履いてぱっと見では分からないようにした。皆に見られて心配させたくないからだ。だからこそのロング丈ワンピである。まぁ身長が低いから引きずらないようにするのが大変なのだが……。

 言うてもいつも履く運動靴ではなく、五センチほど高さのあるサンダルを履く予定だ。だから裾を引きずることはないだろう。

 

 だけどそんな珍しい姿で現れたせいか、玄関口で待っていた二振りもそうだが周りにいた皆もぎょっと目を丸くして固まってしまった。

 かと思えば今度は一斉に騒ぎ出す。

 

「えーーーーー!! 何それズルーーーーーイ!!! 主めっちゃおめかししてんじゃーん!!!」

「うわー! うわー!! あるじさんすっごく可愛いよ!! ボクあるじさんがスカート履いてる姿初めて見た!!」

「や、やめろ……。あまり見るな……」

 

 自分でも『タイプじゃないな』と思ってはいるのだ。この格好は。でも少なからず残った女の部分というか、たまにはおしゃれしたくなる時が来るのだ。何ヶ月かに一回ぐらいだけど。

 それに今日はあくまでも“遊び”なのだ。普段友人たちと出かける時だって誰も仕事着なんか着ないだろう。だから日頃着ない服を引っ張り出してきたのだが、やっぱりまずかったか。

 

 あからさまに食いついてくる加州と、瞳を輝かせる乱から逃げるようにして偶然傍にいた長谷部の背中に隠れる。その際無意識に彼のジャージを掴めば、何故かその瞬間桜が舞った。

 

「あれ? 長谷部何かいいことあった?」

「……ええ、まあ。はい。嬉しさと悔しさと、それ以上の喜びで今打ち震えております……」

 

 口元に手を当て、ぷるぷると震える彼は確かにどこか嬉しそうだ。朝ごはんに好きなおかずでも出たのかな?

 首を傾けていると、平安刀達がこぞって近づいてくる。

 

「いやぁ、きみもこうしてみると随分と可愛らしいじゃないか。もっとよく見せてくれ」

「見事だなぁ、主よ。普段色気のない格好ばかりしているから見違えたぞ。どれ、爺にもよく見せてみろ」

「似合っているが、きみと出かけるのがあの二人だというのが聊か悔しいな。もっと早くに見せてくれたらよかったのに」

「いやいやいやいや?! どうしたあんたたち! 長谷部助けて!!」

 

 いつも以上にグイグイ来る平安刀たちから逃げるようにして長谷部を突き出せば、今日の『本丸警察』係である江雪と平野も助けに来てくれる。

 

「貴様ら! 主を困らせるな!!」

「そうですよ、皆さん。主はこれからお出かけするのですから。我儘を言ってはいけません」

「その通りです! 主さまの旅路をお守りするのも我らの役目でしょう? さ、鶯丸様。僕と一緒に美味しいお茶でもいかがです?」

 

 桜を舞わせつつも爺太刀に雷を落とす長谷部に、ゆるやかに、けれどしっかりとたしなめる江雪。そしてみんなの緩衝材としてうまく取り合ってくれる平野にほっと息をついていると、近づいてきた大倶利伽羅がぐっと腕を掴んできた。

 

「早く行くぞ。これ以上は構ってられん」

「あ、うん。ごめんね、待たせて」

 

 そわそわと落ち着きなく待っていた山姥切と大倶利伽羅に守られながらサンダルを履き、鞄を肩にかけなおす。

 

「それじゃあ皆、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。楽しんでくるんだよ」

「本丸のことは任せて」

「小夜の言う通りじゃ。楽しんでくるがよ」

「うん。皆ありがと。それじゃあ行ってきまーす!」

 

 同じように靴を履き終えた大倶利伽羅と山姥切の手を取り、ゲートに向かって歩き出す。わざわざ見送りに出てくれた歌仙、小夜、陸奥守に手を振りながら、私たちは何度も足を運んだ万屋への通り道へと足を踏み入れた。

 

「さーてと、どこから回ろうか?」

 

 振り仰いだ二振りはまだどこかギクシャクとした様子だったけど、私が「あっちに行く? それともこっち?」と話しかければそれぞれが「ここに行きたい」「あそこに行きたい」と言ってくれたのでそこに向かって歩き出す。

 通りは案の定沢山の審神者や刀剣男士で溢れており、どの店も繁盛していそうだ。

 皆には夕飯までには帰ると約束している。出陣部隊も夕方には戻ってくるし、きっと負傷者も出てくるだろう。

 

 最近では重症になる刀は減ってきたけど、それでも中傷で戻ってくることは多い。そうなれば私は手入れにかかりっきりになる。だからそれまで、少しの間でも羽目を外して来い。と背中を押してくれた皆のためにもこの時間を思いっきり楽しむつもりでいた。

 

「それにしても、やっぱり全国から集まるから人が多いねぇ~。離れ離れになったら見つけるの大変そうだよ」

 

 万屋の他にも甘味屋や書店、文具屋や呉服屋、中には楽器屋まである。日頃足を運ぶのは万屋と甘味屋、そして書店ぐらいなので、呉服や文房具を見て回るのも楽しい。

 中には茶器だけでなく家具を扱っているお店もあり、ついつい目移りしてしまう。勿論それは私だけではない。余所の審神者や刀剣男士もそうだ。

 

 通りを歩く審神者は老若男女問わず、御簾で顔を隠している人もいれば隠していない人もいる。時にはとてもじゃないが隣に並びたくない、所謂『月とスッポンだ』と笑われそうな美男美女ともすれ違う。

 その度にぎょっとしてしまうが、この体型に甘んじている自分が悪いのだ。嫉妬はよくない。

 それに人は顔じゃない。うん。などと言い訳しつつ、審神者の付き添いをしている刀剣男士たちの顔も観察してみる。

 

 多いのはやはり『へし切長谷部』だ。殆どの『長谷部』が喜んで荷物持ちをしている。他には『燭台切』や『鯰尾』『三日月』『堀川』『和泉守』ともよくすれ違う。そもそも名前すら知らない刀もいれば、我が本丸には顕現していない刀や槍、大太刀の姿もある。だけどどの刀にも共通して言えることは、この時間を楽しんでいるということだ。

 

 二振りはどうなのかな。と視線を上げれば、いつの間に見ていたのだろう。二振りの瞳がじっとこちらを見下ろしていた。

 

「んえ? 何? どうしたの?」

「いや……。その、珍しい格好をしているから、つい……」

 

 しどろもどろになりながらも答えてくれたのは山姥切だ。大倶利伽羅も何も言わないが視線で『珍しい』と物語っており、私は流石に照れて俯く。

 

「あー、まぁ、うん。そうだよね。でも、あの、ほら。折角二振りと一緒に出掛けるんだから、たまには、っていうか、ちょっとぐらいは、ね? まともな格好した方がいいかな、って思ったんだよ。いや、別に必要なかったのなら申し訳ないんだけど……」

 

 別に刀たちに懸想しているわけではないし、特別意識しているわけでもない。だから別に『可愛い』とか何とか言われたいわけでもない。

 どちらかと言えばこれは『武装』だ。普段仕事の買い出しで来ている時は『今仕事中ですし。これは仕事着ですから』という態度で闊歩出来るけど、明らかに今はオフだ。家の中でぐうたらするならまだしも、人通りの多い、いわば都市部に来ているのも同然だ。

 であるにも関わらず、普段と同じ格好で来るのは流石にまずい。別に誰かと対抗しているわけでもバトルをするわけでもないが、『人目』というのは大事だ。社会人としてTPOをわきまえるのは当然だし、何よりも二振りにとって『仕事での買い出し』ではない時間を楽しんでもらいたかった。

 まぁ要するに『お前らも羽目外しちゃいなYO!』というやつだ。

 

「……やっぱ、いつもの格好の方がよかった……?」

 

 でもこんなに見られるんだから二振りの目から見て浮いているのかな? と不安になって尋ねれば、二振りは間髪入れずに「いや」と首を横に振った。

 

「たまにはいいんじゃないのか? 俺は嫌いじゃない」

「服装なんて好きにすればいい。あんたがあんたであればそれでいい」

 

 布で顔を隠しつつフォローしてくれる山姥切と、男らしく断言する大倶利伽羅。

 うん。やっぱり私の刀は優しいなぁ。例えそれがお世辞であっても嬉しい。と御簾の奥で口元を緩めていれば、大倶利伽羅が口にしていた店へと辿り着く。

 

「着いたぞ。ここだ」

「お。ここは小物屋さん?」

「ああ。お前たちも適当に見ていろ。俺も勝手に選ぶ」

「分かった。買う時は言って。私が出すから!」

 

 今日はお礼を兼ねて驕るのだ! と勇んで続ければ、大倶利伽羅は「はいはい」と言わんばかりのため息を吐きだして片手を振った。多分「分かったから好きにしろ」という合図だろう。単独行動が好きな大倶利伽羅に無理矢理ついて行っても邪魔をするだけなので、隣に立っていた山姥切に向かって「一緒に見て回ろうか」と声を掛ける。

 

「はぁ~……。初めて来たけど、本当に色々揃ってるんだねぇ」

 

 流石何でも揃う場所である。簪を始めとする髪留めから、洋風のアクセサリー、指輪、手芸道具まで幅広く取り扱っている。勿論鞄や時計、置物なんかも扱っており、見ていて飽きない。山姥切も初めて来たのだろう。物珍しげに辺りを見回しては顔を近づけ、興味を惹かれたものがあれば私の手を取り教えてくれる。

 一体何時の時代に作られたのか。よく分からない焼き物を二人して首を傾けて眺めていると、私の頭にポンと大きな手が乗せられた。

 

「何をしている」

「あ。大倶利伽羅。おかえりー。いやー、珍しい置物があるなぁ、と思って」

 

 笑いながら置物を指させば、大倶利伽羅はちらりと視線を向けてから暫し黙る。

 

「……俺にはよく分からん」

「私も」

「俺もだ」

 

 やっぱり刀は主に似るのか。皆して「よく分からない」と位置付けた置物のことはさらっと流すことにして、私は大倶利伽羅を仰ぎ見た。

 

「それで、欲しいものはあった?」

「ああ」

 

 大倶利伽羅が差し出してきたのは扇子だった。この時期ならではの品物だろう。何事も飾らない大倶利伽羅らしい、非常にシンプルで素朴な出来だった。それでも手に取ればとても丁寧に作られていることが分かる納得の一品でもある。

 

「流石大倶利伽羅。センスがいいね。扇子だけにってな!」

「無駄口はいい。さっさと行け」

 

 眉間に深い皺を寄せた大倶利伽羅に背を押され、レジへと並ぶ。離れていても構わないのに、律儀に傍にいる大倶利伽羅にバレないよう「やっぱりさっきのはダメだったか」と御簾の奥で舌を出す。

 あんまりダジャレって得意じゃないんだよね。それこそ『布団が吹っ飛んだ』レベルの奴しか知らないし。まぁたまに口に出すぐらいならリアクション取ってくれるかもしれないな。なんてアホなことを考えていると、レジの傍で可愛らしい小物を見つけた。

 

「わー、可愛い。蝶々だ」

 

 レジのすぐ傍に展示されていたのは蝶々を象ったキーホルダーだった。種類は豊富で、鞄や財布にも付けられるチャームタイプもある。

 私は蝶々のデザインをした小物が好きだ。殆どの虫が平気なこともあり、色鮮やかで、姿も飛び方も美しい蝶々は特に好きな昆虫だ。思わず視線を奪われていると、大倶利伽羅が背後から覗き込んでくる。

 

「欲しいのか」

「え? あ、いやぁ。可愛いなぁ、と思って」

 

 白やピンクといった淡い色合いのものから、紺や黒といったシックなタイプまで。本当に様々なデザインで作られており、一つに絞るのはちょっと難しい。でもこういう風に悩んで一つに絞れない時はいっそ買わない方がいい。そう親に教えられているし、手持ちも多くない。ここで欲を出していざ山姥切の欲しいものが買えなかったら情けなくて暫く表を歩けないだろう。

 それに今すぐ必要なものというわけでもないし。だから別にいいかな。と答えようとしたら、大倶利伽羅の手が肩に置かれ、そのまま背中に彼の胸板が密着する。それに驚く暇もなく顔の横から逞しい腕がにゅっと伸び、一つのチャームを手に取った。

 

「あんたにはコレがいい」

「え。え?」

 

 あっけに取られていると、店員さんから「お待ちのお客様ー」と呼ばれて慌てて扇子をカウンターに置く。大倶利伽羅に「それは買わないからね」と釘をさすが、何故か彼はフンと顔を逸らした。

 

「別にあんたは買わなくていい。買うのは俺だ」

「え。いや、でも、」

「お客様、こちらはご自宅用ですか? プレゼント用ですか?」

「え、あ」

「自宅用だ。包装はいらない」

「はい。畏まりました」

 

 私の代わりに答えた大倶利伽羅に二の句が継げずにいると、彼は空いた隣のレジに先程のチャームを置いた。

 

「え、ちょ、大倶利伽羅、」

「お客様、こちらがお品物です」

「あ。ありがとうございます」

 

 カウンター越しに渡された紙袋を受け取り、店員さんの物腰丁寧な「ありがとうございました」に背中を押されるままにしてレジからずれる。その間に大倶利伽羅も会計を済ませたらしく、簡単に包装されたそれを私に向かって差し出してきた。

 

「魔除けとして持っていろ」

「え?! そういうお守り効果あんの?! これ!」

 

 嘘ぉ!!? と驚きつつもつい癖で受け取ってしまえば(だって彼に何度も花を贈られていたから、彼に何か差し出されるとつい受け取ってしまう癖が出来てしまったのだ)大倶利伽羅は珍しくどこか満足げな表情をした。

 

「ほら、さっさと行くぞ」

「え、あ、ちょ、大倶利伽羅……!」

 

 私の手を取り、さっさと歩き出す大倶利伽羅に慌てて着いて行く。出入口では既に山姥切が待っており、大倶利伽羅に手を引かれる私を見ると首を傾げた。

 

「どうした。軟派でもされたのか?」

「どうしてそうなるの?!」

 

 ナンパなんて生まれてこの方一度もされたことねえわ!!! なんて悲しい情報を漏らす気にはなれず、キョトンとしている山姥切には聞こえないような声で大倶利伽羅を軽くなじる。

 

「私がプレゼント貰ってちゃ意味ないじゃん」

「別にプレゼントじゃない。あんただって俺たちに“お守り”を渡すだろう。それと一緒だ」

「え? このチャームまじで魔除けなの?」

 

 そんなことポップに書いてあったっけ? と首を傾げたくなったが、今はとにかく礼を言わねば。身長差があるため背伸びしても届かない私は、大倶利伽羅の袖を引っ張ると彼だけに聞こえるような声で「ありがとう」と伝えた。

 勿論それに笑顔を返してくれる彼ではなく、ただいつものように淡々と「ああ」という短い返事だけが返ってくる。それは普段花を贈ってくれる時のやり取りそのもので、何だか色々考えている自分がバカバカしくなってしまった。

 

「私いつも大倶利伽羅に貰ってばっかりだね。でも嬉しいよ。ありがとう。大事にするね」

「好きにしろ」

 

 素っ気ない大倶利伽羅だが、本当は優しいことは十分に理解している。なのでそれ以上は深入りせず、私たちが動き出すまで待ってくれていた山姥切に向かって手を伸ばす。

 

「さ! 次は山姥切だよ!」

「あ、ああ」

 

 彼の手首を掴み、反対の手で大倶利伽羅の手首を掴んで引っ張る。その際横を通り抜けたのはまだ幼い審神者で、その子は一緒に買い物に来ていた鶴丸としっかり手を繋いでいた。私の腰ぐらいしか身長がないのだ。ああしないと迷子になるのだろう。うちでもそうだが鶴丸は小さい子に優しいところがある。年の功なんだろうなぁ。

 なんて密かに頷きながらも暫く歩いていると、広い場所に出る。さっきまでは人通りが混んでいたから手を取ったが、開けた場所に出たのだ。だからもう必要ないだろうと手を離し、用意されている案内板へと近付こうと一歩踏み出す。が、何故か殆ど同時に左右から手を繋がれ踏鞴を踏んだ。

 

「んえ? 何? どうしたの?」

 

 何かあったのかと高い位置にある二振りの顔を仰ぎ見れば、何故か山姥切は目だけでなく顔ごと逸らし、反対に大倶利伽羅はこちらをじっと見つめていた。

 

「……迷ったら困るだろう」

「え。まさかさっきの子供を見てそう思ったの?! 悪かったな、小さくて!」

 

 でも迷子になったりせんわい!! と突っ込んだが二振りは聞き入れてくれず、結局そのまま二振りと手を繋いだまま歩くことになった。

 

 何か……あれだ。『捕獲された宇宙人』っていうより『ドナドナ』だ。

 鏡に映る自分たちの姿を見てちょっと悲しくなる。やっぱりダイエットした方がいいよなぁ……。

 心の中で涙を流していると、山姥切が「着いたぞ」と声を上げる。顔を上げた先にあったのは、普段の彼からは連想できない『お香』を取り扱っているお店だった。

 

「え……? ここ?」

「ああ。間違いない」

 

 歌仙に買い物でも頼まれていたのかな? なんて疑ってしまいたくなるほど、普段の彼とは結びつかない。それでも手を引かれるままに店内に足を踏み入れると、穏やかであたたかな照明が体を包み込むと同時に柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。

 

「うわぁ~、いい香り」

 

 アロマの方がメディアに取り上げられているが、私は昔からお香が好きだ。皆には教えていないが、部屋でこっそりお香を焚いて楽しんでいる時がある。

 元々お香は母の趣味で、京都に旅行に行った際にはいくつも購入していた。最近では海外製のものも増えてきたし、フルーティーなものからスパイシーな香りまで豊富だ。

 でも私も母も昔からある落ち着いた香りが好きで、審神者になる前も一緒に楽しんでいた。

 もし財布に余裕があったら母にも買ってあげようかな。と眺めていると、山姥切がテスターを持って近づいてくる。

 

「この香りはどう思う?」

「え? うーん……。あ。桃?」

「新商品らしい」

 

 手で香を仰いで匂いを嗅げば、それは若く瑞々しい桃のような香りがした。どうやらこのお店ではフルーティーな香りのお香が人気らしく、店員さんが「再入荷したばかりなんですよ」と教えてくれた。他にもマンゴーやザクロ、ココナッツなんかも揃っており、最近のお香は幅広いな。と素直に感心した。

 

「うーん……。でも私の好みではないかな」

「そうか」

「あ。でも私の意見なんて気にしなくていいからね。好きなもの選びなよ?」

「分かっている」

 

 頷く山姥切はテスターを戻しに行き、未だに私の手を離さない大倶利伽羅は傍にあった別の香りのテスターを指さす。

 

「こっちはどうなんだ」

「ん? あ。お花のシリーズだ」

 

 そこに展示されていたのは『花の香』をモチーフにしたシリーズだ。私も桜や薔薇なんかを持っている。色々と嗅いでみたが、藤やすみれなんかも優しくていい香りだ。リラックスしたい時とか、読書する時に焚きたい。

 山姥切の買い物なのに自分が楽しんでどうすんだ。と思わなくもないが、買い物なんて楽しんでなんぼだろう。

 大倶利伽羅もお香は嫌いではないようで、皆で「あれはどうだ」とか「こっちはどうだ」とか時間をかけて吟味しながら幾つかピックアップした。そんなことをしていたからか、結局山姥切だけでなく大倶利伽羅と私も購入することにした。

 

「じゃあまとめて払うから。あ、一応包装は個別にしてもらうからね。ちょっと待ってて」

「分かった」

 

 流石に会計時には離れてもらった。

 そうして店員さん二人掛かりで会計をしてもらっていると、年若い女性店員がニコニコと微笑みながら話しかけてくる。

 

「随分と仲がよろしいんですね。あんな風に沢山お喋りする二人を見たのは初めてですよ」

「え。そうですか?」

 

 特別『仲がいい』なんて意識したことはないが、色んな審神者と刀剣男士を見ているはずの店員さんがそう言うのだからそうなのだろうか? それともこれもビジネストークの一つなのかな。

 判断出来ずに首を傾げていると、ご年配の店員さんが個別に包装してくれながら話に参加してくる。

 

「ええ、そうですよ。『大倶利伽羅』も『山姥切国広』も主人を大事にする刀ですが、うちのお店であんな風に話す姿はそう見られませんから」

「へぇ~。そうなんですか」

 

 刀は主人に似るという。私も大概お喋りだし、うちの本丸にいる刀たちも殆どがお喋り好きだ。ということは必然的に無口だと言われている大倶利伽羅も山姥切も余所から見たら『よく喋る』部類に入るのかもしれない。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが、まぁそれが『うちの刀』なのだ。特に悪い気はしない。

 

「まぁでも優しい刀なのは確かですかねぇ~。親バカ改め主バカかもしれませんけど」

 

 笑って言い返せば、店員さんたちも「あらまぁ」という感じで笑い返してくれた。穏やかな空間に見合う穏やかな会話を終え、受け取った品物を手に二振りの元へと戻る。

 

「お待たせ。次はどこ行く? もうすぐお昼だし、折角だから御飯も食べて行こうよ」

 

 用事は終えたが、これで帰るのはちょっと物寂しい気がする。それに広間の柱に設置された時計ももうすぐで十二時になることを示していたので、美味しいものを食べて帰るのも悪くないなと思ったのだ。前に歌仙と加州が行ったお店が美味しかったと教えてくれたので、そこに行ってもいいかもしれない。

 二振りも「構わない」と頷いてくれたので、私は再び掲示板に向かって歩き出した。その際お香が入った袋は山姥切が持ってくれた。別に重くないから気にしなくてもよかったんだけど、本人が珍しく譲らない気配を醸し出していたのでお言葉に甘えた。

 

 

 通りに面した食事処の席は殆ど埋まっており、中には長蛇の列も出来ている。これは早く行った方がいいのか、それとも時間を遅めた方がいいのか。

 悩みつつも店舗に向かえば、幸運なことにまだそこまで列を成してはいなかった。表通りから外れ、少し奥まった場所に構えていたからだろう。だから意気揚々と名簿に名前を書き込み、並べられた椅子の一つに腰かける。

 

「このお店はねー、前に歌仙さんと加州が『美味しかったよ』って教えてくれたお店なんだ。一度来てみたかったんだよね~」

「そうか」

 

 大倶利伽羅と山姥切に挟まれて座れば、完全に漢字の『凹』である。しかしもう慣れたので特に気にせずお喋りを楽しむことにする。

 先程店員さんに言われたから気にかけて見たのだが、やっぱり話し好きの質が移ったのか、それとも相槌を返す優しさに溢れているからなのか。二振りもそれなりに反応を返してくれた。

 その間にも列は進み、然程待つことなく店内に通される。

 

 流石歌仙と加州が認めた店である。和定食をメインに扱っているため味は勿論のこと、盛り付けも美しくさぞ写真映えするだろうな。と隣の席に座るスマホを構えた女性審神者を見て思った。

 

「あんたは写真とやらを撮らなくていいのか? 女性は皆そうしているみたいだが……」

「んー? 別にいいかな~。撮ったところでどうすんのって話だし。それに今は二振りと来てんだからさ、二振りを見て喋ってる方が楽しいんだよね」

 

 普段から食事を共にすることはなく、彼らが何を好んでいるかも知らない。だからメニュー表を広げた時にあれこれ聞き、何が好きか、どんな味付けが好みなのか教えてもらったばかりなのだ。だからこそ余計に今が楽しい。

 

 とはいえ、私だって写真は好きだ。撮るのも見るのも。だけどこういう場所で料理を撮るのはちょっと理解できないところがある。

 別に否定はしないんだけどね。でも私自身は特別撮りたいとは思わない。それだけだ。第一写真なんて撮るも撮らないも個人の自由だろう。好きにすればいい。

 ただこういう話をすると周囲にいる女性陣からイヤな目で見られそうなので胸中だけで呟いた。

 

 だから尋ねてきた山姥切は先の返答に「そうか」とどこか照れたように顔を俯かせるが、大倶利伽羅は堂々と座っているだけだった。

 

 その後は特に何もなく、食事も無事終わり、会計を済ませてから店を出る。その際店の周囲を見れば先程よりも人が増えており、私は「タイミングよかったね~」と感想を漏らしてから立ち止まる。

 

「あー……ごめん。ちょっとお手洗い行ってきていい?」

「早く行ってこい」

 

 頷く大倶利伽羅と山姥切に「適当に周囲をうろついてて」と指示を飛ばしつつお手洗いへと向かう。しかしやはりというか何と言うか。非常に混んでいる。そこまで焦っているわけではないからよかったが、これでギリギリだったらやばかっただろう。遅々として進まない列に苦笑いすること数分。無事お手洗いから出てくることが出来た。

 が、ここで思わぬ人物と遭遇する。

 

「おや? 君はこの間の審神者じゃないか?」

「ほお。偶然だな」

「あえ?」

 

 声を掛けてきたのは、うちの刀ではない鶯丸と大包平だった。てっきり私の後ろにいる誰かに話しかけているのかと思って振り向くが、皆無視して去って行く。もしかして私か? と顔を前に戻せば、思った以上に至近距離に鶯丸が立っていて心底驚いた。

 

「どわあ?! な、ななな、何ですか?!」

 

 まさか落とし物でも拾ってくれたのか?! 森のくまさん改め万屋の鶯丸さん!

 驚きのあまり妙なことを考えながら後ずされば、鶯丸はニコニコと笑いながら「ああ、そうか」と手を叩く。

 

「忘れてしまったか? ほら。少し前に演練会場で出会っただろう」

「俺を忘れるとは感心せんな。声を掛けてきたのはお前からだろうに」

「は? え? 演練会場? …………あーーーっ! あの時の!」

 

 一月ほど前だろうか。確かに演練会場で大包平と鶯丸に会った。確かその日の夜に宗三から「危機感が足りない」と怒られたので記憶に残っている。むしろそれがなかったら思い出しすらしなかっただろう。

 だって演練会場で大包平や鶯丸はよく見るし、審神者の顔なんていちいち覚えていない。だから忘れていた。だけど向こうは覚えていたらしい。鶴丸じゃないが、驚きの記憶力である。

 話しかけられたのだから無視するわけにもいかず、驚いたことに対する謝罪をした後改めて挨拶をした。

 

「いや、驚かせた俺も悪かった。今日は一人か? 随分とめかしこんでいるようだが……」

「確かに。先日見た時に比べ、随分と涼し気だ」

「あはは……。今日はちょっと特別と言いますか、うちの刀たちと買い物に来てるんです」

 

 今は傍にいないが、大倶利伽羅も山姥切も然程離れた場所にはいないだろう。もしくはあと数分待てば戻ってくるかもしれない。

 

 彼らも審神者と一緒に来ているのか、それとも二振りだけなのかは知らないが、適当に世間話を終えたら別れようと思っていた。

 しかし鶯丸はそれを聞くと何故かスッと表情を涼しいものに変えた。

 

「そうか。それは“宗三左文字”か?」

「え? いいえ。違いますよ? 連れてきたのは大倶利伽羅と山姥切です」

「また随分な組み合わせだな。上手くやれているのか?」

 

 心配するような不思議がるような、微妙な表情で問いかけてくる大包平に自信を持って頷く。そちらの大倶利伽羅と山姥切のことは知らないが、うちの刀は優しくて思いやりのある主思いの刀なのだ。だから大包平ほどではないが、胸を張って自信満々に答える。

 

「はい。大丈夫ですよ。今はちょっと離れてますけど」

「そうか。あまり一人でうろつくなよ。女一人では何があるか分からんからな」

「ありがとうございます」

 

 相変わらず紳士的な大包平に「いい刀だなー」と思っていると、宗三がいないことに安心したのか。涼しい顔をしていた鶯丸がニコリと笑う。

 

「では君の刀たちが戻ってきたら一緒に茶でもどうだ? 君とは一度ちゃんと話してみたかったんだ」

「え? 私とですか?」

「ああ。大包平もいいだろう?」

「別に構わん。俺は器のデカい男だからな」

 

 うーん? 何故自分が茶に誘われるのかがちょっと理解できない。別にお茶をすることが嫌というわけではない。ただこちらもそうだが、向こうにだって都合があるはずだ。帰りが遅いと審神者が心配するんじゃないかな。なんて考えていると、頭上に影が落ちてきた。

 

「何をしている」

「あ。大倶利伽羅。山姥切も」

 

 どうやら私の刀が戻ってきたらしい。鶯丸と私の間に立ったのは大倶利伽羅で、傍に来たのは山姥切だ。

 ん? なーんかこの体勢どこかで見たような……?

 

「ふむ……。今度は“大倶利伽羅”か」

「おい。何をしていた。大丈夫なんだろうな?」

「え? 何が?」

 

 どこか怒っているようにも不安そうにも見える山姥切の瞳を見つめ返しながら首を傾ける。傍から見ても危ない目に合っているようには見えなかっただろうに、一体何を心配しているのか。

 そんな私に山姥切はため息をつき、大倶利伽羅は呆れたような目を向けてきた。

 

「……あんたは本当にロクでもないな」

「え?! 私何かした?!」

 

 身に覚えがなく固まるが、はっ! まさか臭いとか?! いや、そんなことはないはず! ふんふんと自身の腕や服の匂いを嗅いでみるが、悲しいことによく分からない。それを見た山姥切と大倶利伽羅は同時に片手で顔を覆い項垂れた。

 え。本当に何かしたのか? 私。

 

「はっはっはっ。お前は相変わらずのようだな」

「え? いや、ちょ、大包平さん、相変わらずってどういう意味ですか?」

 

 豪快に笑い飛ばす大包平を見上げれば、何故か大倶利伽羅が間に割り込み、山姥切から布で隠された。

 

「悪いが俺たちは帰らせてもらう。出陣部隊も戻ってくるからな」

「主がいなければ手入れ出来ないのは貴様らも同じだろう」

「おーい。まんばさーん? 前が見えないよー?」

 

 暖簾に腕押しとはよく言ったもので、どれだけ引っ掻こうが前に手を突き出そうが山姥切の布ガードから抜け出すことが出来ない。まるで犬かきのようにシャカシャカと手を動かしていると、再び同時に左右から両手を握られた。

 

「じゃあな」

「帰るぞ、主」

「え?! あ、マジで?! ちょ、あ、さ、さよなら!」

 

 先程までとは比較にならないほどの物凄い力で引っ張られながら、私は首だけを巡らせ二振りに別れを告げる。相変わらず大包平は鷹揚に答え、鶯丸はあの時と同じように名残惜し気な視線を向けてきたが、引き留めることはなかった。

 

 でも出陣部隊が帰ってくるにはまだ早い。

 もしかして大倶利伽羅と山姥切って鶯丸と仲悪い? いや、そんなはずは……。普段の二振りからでは想像できない対応だったので腑に落ちず、ブツブツと呟いていると左右から大きなため息が聞こえてくる。

 

「あんたは本当に危機感がないな」

「主。頼むからホイホイと誘いに乗らないでくれ。肝が冷える」

「危機感? 誘い? ちょっと何言ってるか分かんないんだけど……」

 

 あの場に敵はいなかった。確かに鶯丸からお茶を誘われたけど、うちの鶯丸だって同じようにお茶を誘ってくる。時には三日月も交えて飲むお茶会はのんびりとして楽しくて、その穏やかな時間が好きだった。でも二振りは違うのだろうか。

 納得がいかなかったので思ったことをそのまま口にすれば、大倶利伽羅は片手で目元を覆い、山姥切は残念な子を見るような目で私を見下ろしてきた。

 

「お前はもう少し女であることの自覚を持て。……いや、自信を持てというべきか……?」

「いっそ俺たち以外の男は皆敵だと教えた方がよいのでは……?」

 

 頭上で交わされる言葉に「えー?」と声を上げている間にも本丸へと続くゲートが見えてくる。それぞれの本丸に向かって皆が帰宅する中、私たちも同様に座標値を打ち込みゲートを開いた。

 

「よく分かんないけど……まぁ楽しかったし。買いたいものも買えたからいっか」

 

 荷物はそれぞれ大倶利伽羅と山姥切が持ってくれている。未だに両手は二振りの手と繋がれてはいるが、滅多にこんなことしないのだ。偶にはいいかと両手を振りながらゲートを潜れば、ゲートが作動したことでお迎えに来てくれたのだろう。本丸の入り口には朝と同様、歌仙と小夜、陸奥守、そして長谷部が立っていた。

 

「おかえり。ある、じ……?」

「…………」

「はあ。こりゃあたまがった。大倶利伽羅と山姥切が主と手を繋ぎゆう」

「き、貴様ら……!! 何と羨ま、いや、けしからんことを……!!」

 

 ぽかんとする歌仙と小夜、陸奥守とは違い、長谷部は拳を握って震えている。そんなに珍し……うん。珍しいわな。繋いでいた手を軽く振れば、大広間から顔を出してきた多くの刀がぎょっとする。

 

「ちょーーーー!! 何で何で何でー?!?! 大倶利伽羅も山姥切もずるいっての!! 主! 今度俺とも手ぇ繋いで出かけよ!!」

「はあ、こりゃあ驚いたな。大倶利伽羅がこんなにも大胆に動くとは」

「ちょっと、伽羅ちゃんも山姥切くんもずるいよ。僕だって主と手を繋いで出かけたいのに」

「和睦ですね」

「主よ、爺の手も空いているぞ?」

「三日月さん。気持ちは分かるけどあるじさんの両手は塞がってるでしょ? だからあるじさん! 後でボクと手を繋ご!」

「えー? 何で皆そんなに手ぇ繋ぎたいの? 寂しんぼかー?」

 

 よく分からないけど皆人肌が好きなんだろうな。

 群がってくる皆を待つ間に繋いでいた手を離し、短刀や加州の頭を撫でてやる。うちの刀たちは優しいだけでなく寂しんぼで甘えたで人肌が好きらしい。まるで子供だ。私より年上の神様たちなのになぁ。なんて思うが、それを楽しんでいる自分がいる。

 

 出陣部隊が戻ってくるまで残り数時間。折角だから皆で遊ぼうか。と声を掛ければ喜んで賛成してくれた。

 

 たまにはこんな日も悪くない。久々にそう思えた一日だった。

 

 

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