弱小本丸の喪女審神者   作:minamonhhs

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幕引き-2-

 

 来て早々爆弾発言を落とした石切丸を大広間に通し、私たちは改めて自己紹介をした。

 

「この本丸の審神者を務めさせていただいております。水野、と申します」

「僕は石切丸。きみの噂は色々と聞いているよ」

 

 ニコニコと微笑む彼に悪気はなさそうだが、先程の発言は一体……。困惑しているのは私だけではないらしく、武田さんも軽く咳払いした後石切丸を促す。

 

「それで、さっきの発言の件なんですが……」

「ああ、そうだね。気になるだろうから先に話してしまおうか」

 

 石切丸は一口お茶を飲んで喉を潤わせると、私が『人ではなくなった』という理由を話し始める。

 

「では最初に、きみの霊力が尽きたにも関わらず何故本丸に来ることが出来たのか。そこから話そうか」

「はい」

「まず“霊力”というのは“霊感”と違うということは分かっているね?」

「はい。それは大丈夫です」

 

 霊力も霊感もどちらも『霊』がつく言葉ではあるが、その意味合いはだいぶ違う。ざっくりとした説明になるが『霊感』は『霊の存在を感じる力』で、『霊力』は『魂が持つ力』というのが一般的な解釈だ。だから霊力があっても霊が見えるわけではないし、霊感があっても審神者になれるわけではない。同じように聞こえるけどその意味は結構違う。

 

「きみたち『審神者』はその『霊力』を使って僕たち刀剣男士を顕現させる。分霊としてね。だけど霊力の代わりになるものがある。それが何だか分かるかい?」

「いいえ。聞いたこともありませんから……」

 

 首を振る私同様、武田さんも知らないらしい。それもそうか。『霊力』以外の力で審神者業が出来るとしたら武田さんも不思議に思って上司に相談しないだろう。

 

「今きみの中にあるのは『霊力』ではなく『神気』だ。それも複数の神様から与えられた力によって成り立っている。非常に珍しい例だ」

「複数の神様? 神気?」

 

 話しはまだ始まったばかりだというのにもう頭の中が混乱しつつある。そんな私に石切丸は嫌な顔一つせず丁寧に説いてくれる。

 

「その感じだと『神気』という言葉は初めて聞いたようだね。これも『霊力』のように魂が持つ力の一つさ。そして神が纏う力の一つでもある」

「神様が纏うって……」

 

 それって大層なことじゃ……。あまりの事に顔を青くすれば、石切丸は「そんなに大げさに捉えなくていいよ」と微笑む。

 

「例えば神社の境内にある御神木の近くに立ったり、神聖な空気が流れる森なんかに行くと体の中がスーッとした、清らかな心地にならないかい?」

「あ、分かります。なんかこう……マイナスイオンを全身で感じてるような……」

 

 言葉にするのは難しいけど、何て言うかこう……クールミントを食べたようなすっきりとした気持ちになる。

 いや、例えが悪いな。あ、そうだ。心身ともに浄化される。っていうのかな。そういう気持ちになる。そう伝えれば石切丸は頷く。

 

「そうだね。体から悪いものが取り払われ、清らかな気持ちになるだろう? ああいう場所には『神気』が溢れているんだ」

「はあ~……。成程。でもそれでいうと、人間が持つ『霊力』より『神気』の方が凄いんじゃないですか?」

 

 何せ神様が持つ力の一つなのだ。神と人は同等ではない。例え『付喪神』と言えど彼らだって神様で、私よりずっと凄い存在だ。そんな彼らの持つ力がどうして私にあるのか。サッパリわからない。

 

「うん。きみの言う通りだ。そもそも『神気』というのは人間が持てる力ではない」

「え」

 

 またもや『人間じゃない発言』をされ固まる。でも私はどこからどう見ても人間にしか見えないと思う。『鬼』になった覚えもないし、益々混乱していると、石切丸が困ったように笑う。

 

「そんなに身構えなくてもいいよ。別にそれが『悪い』と言っているわけじゃない。むしろきみのような存在はとても珍しいんだ。勿論、良い意味でね」

「良い意味で、ですか?」

「ああ。基本的に『神気』とは人が持てない、神やそれに準じた存在が持つことの出来る特殊な力だ。でもきみはちゃんと『人』でもある」

「え。でもさっきは……」

「うん。分かりやすく言うとね、きみの肉体は『人』のままだけど、魂の在り方が『人』である時と変わっているんだ。だから厳密に言うと『“人”であって“人”でなし』なんだけど、鬼や物の怪とは違うから安心して欲しい」

 

 人であって人でなし。肉体は人であっても魂が違うというのはどういうことなんだろう……? 思わず胸に手を当てれば、石切丸が優しく目元を和らげる。

 

「きみは僕たちとは違う、もっと上位にいる神の加護を生まれながらに授かっているんだ。そしてこの本丸の刀剣男士とは違う刀たちからも、きみは力を授かっている」

「この本丸の刀とは違う刀……? もしかして――」

 

 この本丸以外の刀剣男士と言えば、あのもう一つの本丸しか思い浮かばない。

 幾度も私を助けてくれた『前田藤四郎』を始めとし、沢山の刀が私に優しくしてくれた。夢の中のような『この世とあの世の狭間』で過ごした時間を思い出していると、石切丸が頷く。

 

「きみは何度も『この世とあの世の狭間』に渡った。本来ならばそう何度も生還できるものではない。特に生者を拒む“呪の本丸”からも戻ってきている。これは普通の人間であれば不可能なことだ」

「で、ででででも、」

 

 確かにあの本丸には幾つもの呪術に使われる箱や壺があった。だけどそれがあったからって、本丸に行っただけで死んでしまうだなんて想像出来ない。そもそもあの本丸はあの男の本丸だ。行き来するだけで死んでしまうならあの男もとうに亡くなっていても可笑しくはないはず。

 そう言い募る私に、石切丸は首を振った。

 

「きみとあの男は違う。だけど一つだけ共通しているところがある。それは互いに『人ではない』部分があるということだ」

「人ではない……」

「そう。きみが神の加護を受けているように、あの男は自ら“修羅の道”――“鬼”になってしまったんだ」

「鬼って……」

「肉体は人であっても持つべき力が人のそれを超えている。人非ざる存在に堕ちてしまったんだよ」

 

 人であって人ではない。鬼に堕ちた男と、神様に守られている私。同じ『付喪神』を『道具』として使っている私たちにどうしてここまで違いが生まれたのか。そもそも私の生まれながらにして加護を授かっているとはどういうことなのか。分からないことばかりだ。

 

「きみと鬼崎――あ。そういえばきみはあの男の名前を知らなかったね」

「はい」

 

 今更なことに気付いて頷けば、石切丸はあの男を『鬼崎(きざき)』と呼んだ。

 

「この名前は彼が審神者に登録した時の名前だよ。狙ってか無意識かは分からないが、彼は文字通り『鬼』の道を選んだわけだ」

「鬼崎……」

 

 皮肉にも自身を『鬼崎』と名付けた男は陰陽師を輩出していた家系だと話していた。対する私は百姓の出。だけど鬼崎の説明を信じれば私は『神様と密接に暮らしてきた一族』でもあるらしい。霊山の麓で暮らしていた。なんて全く想像出来ないが、石切丸は笑ったりしなかった。

 

「あの男が調べたことは本当だよ。僕たちも改めて調べたからね」

「そうなんですか?」

「うん。うちの主は神社の神主をしているからね。色々その手のことについては調べる伝手があるんだよ」

「成程」

「だからこそ確信を持って言える。きみは類稀なる魂の持ち主だ。だけどそれは普通に生きていると実感出来ない、特殊なものなんだよ」

 

 もし審神者になっていなければ、私は平々凡々な人生を歩んだに違いない。これといった特技もなく、これといった大きな事故にあうこともなく。ごく一般的な人生を歩んでいただろう。だけど私は審神者に選ばれた。選ばれてしまった。だからこそ、この魂の在り方に目を付けられたらしい。

 

「今から話すことは僕の主がきみの家系について調べたことだ。鬼崎からある程度聞いているとは思うけど、きみのご先祖様は遥か昔――僕たちが打たれるよりも更に前だ。九州にあるとある霊山の麓で暮らしていた」

 

 九州と言えば私の祖父母が暮らしていた『福岡』がある。私自身一時的とはいえそこで暮らしたこともあるから全く馴染みがない場所ではない。

 

「霊山というのはね、沢山の神様が住んでいる場所もあれば、一人の神様が統治している場所もある。きみのご先祖様がいたのは前者――様々な神様が暮らしていた、比較的大きな霊山だ。そこでは神々の声を聞く巫女や神職を輩出する家系が二つあってね。きみは“巫女”を輩出していた家系の分家に当たるんだ」

「巫女……。分家……」

 

 鬼崎はそこまで言っていなかったが、私が分家の血筋だから“百姓の出”と言ったのかもしれない。本家であれば“巫女”を輩出していた。って言うだろうし。数多く枝分かれした分家の一つだったんだろう。

 

「きみが知っているかどうかは分からないが、神様を祀っている祠がご実家にあったり、決して売りにだしてはいけないと言われている骨董品などないかい?」

「祠なら祖父母の墓――福岡にあるんですけど、その近くにあります。祠自体はすごく小さいんですけど、祖父母が先祖代々祀ってきた神様だとか……」

「そう。他には?」

「えっと……あ。確か母が“白鹿の角”って呼ばれるアクセサリーを祖母から渡されたとかなんとか……」

 

 随分昔の話になるが、母が祖母から『決して人に渡さないで』と受け継いできた家宝のような物がある。と言って見せてくれたことがある。だいぶ色褪せてはいたけど、まろやかな優しい色合いをした立派な牡鹿の角を使った、少し大きめのネックレスだった。それを付けたことは祖母も母も一度もないらしいけど、どうにも売りに出せない不思議な力を感じ、母は今も大事に仕舞っていたはずだ。

 それを伝えれば石切丸は深く頷いた。

 

「そうか。やはりきみの家が受け継いで守ってきたんだね」

「何か知ってるんですか?」

「ああ。勿論だよ。それも今から説明しよう。まずは祠から。その祠に何が祀られているか、きみは知っているかい?」

 

 あの祠に祀られている神様……。そういえば聞いたことがなかった。いつもお参りに連れて行ってくれた祖父は『ご先祖様が大事にしてきた神様だ。失礼があっちゃあいけないよ』とは言っていたけれど、何の神様が祀られているかまでは教えてくれなかった。もしくは知らなかったのかもしれない。祖母は私が生まれてすぐ他界してしまったから、祖母に聞くことは出来なかったし。

 

「すみません。知らなくて……」

「いや、構わないさ。もう随分昔の話だからね。きみが知っている祠に祀られているのはね、“竜神”だよ」

「竜神?」

 

 竜神って、あの竜? 日本昔話で坊や~良い子だねんねしな~♪ ってOPで出てくるあの緑の竜か? ぽかんとする私を尻目に石切丸は続ける。

 

「“竜神”と言っても種類は数多くある。きみのところが祀っているのは水神。水の神様だ」

「じゃ、じゃあ、白鹿は?」

「鹿には野山を駆け巡る立派な脚があるだろう? 他にも神を乗せてきたこともあるし、昔から神聖な生き物なんだ。きみのご先祖様たちは白鹿は“山の神”“大地の神”として崇めていたらしいよ」

 

 奈良の鹿を見て分かるように、鹿という生き物は古来より大事にされていた生き物だ。私のご先祖様もそうだったらしい。あんなのほほんとした顔つきだけど鹿って色々すごいんだなぁ。なんて、ちょっと現実逃避じみたことを考えてしまう。

 

「さて、では何故大きな霊山に住んでいた神々が小さな祠に収められるようになったのか。その話をしよう」

「はい」

「きみのご先祖様はとても穏やかに過ごしてきた。神と語らい大地を耕し、作物を神に捧げ慈悲を頂く――。神の膝元で直接慈悲を頂けるのは百姓にとってこれ以上に幸せなことはないだろう。実際残された文献では“とある事件”が起きるまではとても穏やかに暮らしていた、と記述されていたそうだよ」

「とある事件?」

「ああ。木こりたちが立派な木々を求めてきみたちの神が住まう霊山を狙ったらしい。それも当時にしては珍しいほどの大規模な伐採だった」

 

 霊山の山々には沢山の神がいる。ご神木は勿論のこと、木霊を育て緑を育み、作物を実らせ動植物たちを育てる重要な役割がある。

 他にも家々を建てる時にも木は使うが、そう多くを伐採するほど新しい家など建てることはない。精々数十年に一度ぐらいだろう。それこそ、大きな災害がない限り家なんて壊れないのだから。

 

 鬼崎が言っていたけれど、私のご先祖様はあまり大きな災害にあっていなかったみたいだし。神様と仲良くしていたというならやっぱりその“慈悲”というのを賜って平穏に暮らしていたんだろう。

 でも、それが崩された。外部の手によって。

 

「その木こりたちはかなり離れた土地に住んでいた民族だったらしい。災害か何かがあって移住してきたんだろうね。生活するために比較的大きく、丈夫に育った木々が多く生えていた霊山を狙ったんだ。神の加護を受けた、あるいは神が住まう木や岩などは大きなものが多いからね」

「でもそんなことしたら神様って怒るんじゃ……」

 

 人間でも同じだ。家や庭を荒らされたら誰だって怒る。私だって怒る。それは当然神様も同じで、石切丸は「その通りだ」と頷いた。

 

「きみたちのご先祖様も当然反対したさ。だけど木こりたちが神職を始めとする、当時神々の声を聞いていた人たちを殺してしまったんだ」

「神様の声を聞かせないように、ですか」

「ああ。当然多くの民が木こりたちを追い出そうとしたんだけどね。百姓と木こりでは取り扱い物が違う。百姓は鍬を使うが木こりは斧だ。多くの民が虐殺されたそうだよ」

「……酷い……」

 

 ずっと昔の話だとはいえ、やっぱりこの手の話は嫌いだ。唇を噛みしめる私に、石切丸は困ったように眉を下げる。

 

「きみが気に病むことはないさ。この手の話は全国津々浦々、沢山ある。それにもう終わったことだ。今更干渉は出来ない」

「はい」

「では続けるよ? 霊山に木こりたちが足を踏み入れ山を荒らす中、きみたちの本家にあたる当時の家長が夢に見たそうだよ。白鹿が山を下り、竜が空に昇る夢を。そしてその白鹿は一つの苗を家長に渡し、どこかに去っていったという。この苗が当時山を統べていたご神木の苗だったそうだ」

「白鹿が、苗を?」

「ああ。家長たちはその苗を手に霊山を離れた。大地を守る白鹿が山を下りただけでなく、山ではないどこかに駆けて行ったということは『山を離れろ』という意味だ。更に水を司る竜神が空に昇ってしまった。これは山や川を流れる水の管理を放棄したということ。つまり、」

「――水が、枯れる」

「その通りだ。神々が離れた山に慈悲などない。山は崩れ、大地は干上がり、草木は死んでいく。そして死の森となった山には大雨が降り、河川が氾濫する。そして山は周辺の村を巻き込んだ大きな土砂崩れを起こしたんだ」

 

 今と違い、昔はダムもなければ頑丈な家もない。きっと多くの人たちが為す術もなく死んでしまったのだろう。その木こりたちを含め。

 

「大雨は七日七晩続き、土砂崩れは山の原型を留めないほどに大きく崩れ去ったそうだ。その頃にはきみたちのご先祖様は新たな土地に移住済みでね。当時の神職が後々霊山に戻ったことで山が崩れていたことが分かったと残されていた」

「そうなんですか……」

 

 自分のご先祖様のことなのに一つも知らなかった。これだけのことがあれば誰かが語り継いでいても可笑しくはないが、あまりにも古いことだから忘れられていたのだろう。うちに古い書物や文献なんて残っていなかったから、尚更だ。

 

「白鹿に渡された苗は本家が管理し、育てた。それが今福岡にあるとある神社のご神木となっているよ。気になるようなら後で住所を教えてあげよう」

「ありがとうございます」

 

 その伝承が真実か嘘かはどうであれ、今も尚残っているご神木があるというのは凄いことだ。それに福岡にあるのであれば祖父母の墓参りをしたついでに行ってみてもいい。神社にお参りするのは嫌いではないし、元が私のご先祖の本家であるなら別におかしなことでもないだろう。

 

「そして神職は崩れた山から二つの宝を見つけた。それが白鹿の角と竜神の宝玉だ」

「竜神の宝玉?」

「ああ。きっとその祠に祀られているはずだよ。竜の御霊が宿りし神聖な宝玉、と記されていたから」

 

 流石に罰当たりだから祠を開けたことはない。屋根やその周辺、お供え物を置くところなんかはこの間掃除したけど。と考えていると、石切丸がニコリと笑う。

 

「ところで、少し話が脱線するけど、きみは最近その祠にお参りに行ったかい?」

「え? あ、はい。行きました。その、自宅待機って言われてたんですけど、祖父母に生きて帰ってこれた報告を兼ねて……」

 

 祠の存在はたまたま思い出しただけに過ぎないが、それでもお参りしたのは確かだ。因みにぐちゃぐちゃになっていたお菓子は『今までお疲れさまでした』と一礼してから捨てた。元は神様の供物だから、棄てるのにも一言いるだろうと思って。

 だけどどうしてそれが分かったのだろう。疑問に思っていると石切丸がクスリと笑う。

 

「きみの魂を守っているのがその“竜神”だからだよ。本体に一度戻って英気を養ったんだろう。とても強い力を感じるよ」

「あ、そうなんですか」

「ああ。勿論きみが刀剣男士から与えられた神気も竜神の力になってはいるだろうけどね。やっぱり力を蓄えている本元に還るのが一番だよ」

 

 お参りしている時は何も思わなかったけど、少なくとも私を守ってくれている神様に力が戻ったらしい。色々巻き込まれたもんなぁ。私。怪異とか怪異とか怪異とか。思わず『ごめんなさい』と胸に手を当て謝れば、石切丸が一つ咳払いする。

 

「さて。では話を戻そうか。先にも言ったけど、宝は“三つ”だ」

「はい。ご神木の苗と白鹿の角。そして竜神の宝玉、ですよね?」

「そう。本来であれば一つの家に一つの宝を管理するんだが、今はきみの家が二つ管理している」

「白鹿の角と、竜神の宝玉」

「そう。きみの話によると、きみのご先祖様が代々守ってきたのは竜神の宝玉だろう。現にきみの魂を守っているのも竜神だからね。白鹿の角はきっとどこかの家系から預けられたんじゃないかと思う」

 

 ご神木は本家が、竜神の宝玉は私の家が。白鹿の角はどこかの家から祖母が預かったのだろう。もしくはその前から。祖父母は既に他界しているから知っているとしたら直接受け取った母だろうが、母が知っているかどうかは甚だ疑問だった。

 

「でもどうして宝は一家に一つなんですか? ご神木の苗があったのならそこでまとめて管理した方が神様たちにとってもよさそうですけど……」

 

 神社となれば『神気』に満ち溢れた場所だ。あんな寂れた墓地の近くに祠を建てられるより、ずっと居心地がいいのではないだろうか。そもそも元は同じ山にいた神様なんだから喧嘩だってしないだろうに。そんなことを考えていると、石切丸はあっけらかんと言い放った。

 

「簡単なことだよ。“人”が管理するにはあまりにも力が強いからさ」

「え」

 

 あまりにも軽く、ポーンと放たれた言葉に唖然としてしまう。だけど石切丸はどこ吹く風と言わんばかりに飄々と続ける。

 

「だってそうだろう? 元は“霊山”という大きな土地に住んでいた身だ。それが一つの家に大人しく収まると思うかい?」

「あー……。確かに。窮屈というか、居心地悪そうですね」

「うん。そういうことだよ。だから分ける必要があったんだ」

 

 言われてみればそうか。神様という大きな存在に対し、人の家はあまりにも小さい。それに元は大きな山に住んでいたのだから尚のことだ。竜神の宝玉は山の麓の祠に祀られているが、白鹿の角は我が家にある。一応管理は『我が家』が行っていることにはなるが、一つの屋内に管理されていないからギリセーフなのかもしれない。

 

「ここで一つ興味深い話をしよう。きみのご先祖だが、どんな民族であったか見当がつくかい?」

「え? い、いえ。百姓だった、ということぐらいしか……」

 

 第一百姓の出であったことすら知らなかったのだ。山の麓で田畑を耕し、のんびり暮らしている以外に何かあったのだろうか。分からず首を横に振ると、石切丸は頷く。

 

「そうか。では教えてあげよう。今は、というより武家の時代になってからと言った方がいいかな? 男性の力が強い『父権社会』であることは分かっているね?」

「それは、はい。知っています」

 

 『男尊女卑』という言葉が未だに残っているぐらいなのだ。昭和時代を背景にしたドラマなんかでは家長である父親が一番偉くて、続いて長男、次男と男性が家での権力を持っている。それ以外にも歴史の授業で『女性が社会進出するのにすごく時間がかかった』とも習った。それが武家の時代から始まったことは知らなかったけど。

 

「そもそも農耕の民にとって家を司るのは男性ではなく女性だったんだ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。『母権社会』と言ってね。父権社会が『父親』という存在のもとに硬く結束するのに対し、母権社会は共同体の中に緩やかな結びつきを築くんだ」

 

 となると、今とは違い家々の繋がりが強かった時代。一つの家が力を持つより、一つの村が大きな家――つまるところ『一家』となって生活した方が衣食住に困らずに済んだのだろう。共同体とはそういうことだ。

 実際、今よりうんと不便だったことを考えればそっちの方が生存確率上がるだろうし。うん。成程。納得というか、合理的だなぁ。と思う。

 頷く私に石切丸が続ける。

 

「それにね、奈良平安朝までは『婿入り』が普通だったんだ。特に農家にとって娘は大事な労働力だからね。長い間婿を取ることが普通だったんだよ」

「あー。確かに。働き手が減るって言うのは大きな問題ですからねぇ」

 

 今もそうだが、農家というのは非常に大変な職業だ。虫や動物と常に戦いながら広大な土地を耕し、作物を育てる。天候や気候に左右されれば生活苦に晒される。それでなくとも引き継ぎ手が少ない職業なのだ。当時からしてみても貴重な戦力が嫁に行ってしまうのは困るのだろう。であれば男を婿入りさせ、新たな働き手にした方がよっぽど家が栄えそうだ。

 

「それに『親』という存在も昔は『母親』だけを指していたんだ。男も女も皆『母』の胎から生まれる。いわば子を成せるのは女性だけだと考えられていたからね」

「『親』は『母親』を指す、か……。成程。一つ勉強になりました」

「それはよかった」

 

 歴史の授業では決して学べない部分だろう。私自身知らなかったし、よっぽどの歴史好きか、郷土について調べないと分からないことだ。農民と武家では色んな違いがあるんだろうな。とは思っていたけど、まさかこんなところでも違いがあるとは思いもしなかった。

 改めて歴史って深いなぁ。と思っていると、石切丸がそっと人差し指を立てる。

 

「それじゃあもう一つおまけに。大和言葉、というのを知っているかい?」

「あ、はい。それは知っています。幾つか、ですけど」

「それでも十分さ。大和言葉はそれこそ『女性』が先に来る言葉が多いんだよ? 夫婦のことを『女男(めおと)』父母は『母父(おもちち)』男女は『妹兄(いもせ)』と呼んでいたんだ。今も残っている言葉はとても少ないけれどね」

「確かに。あまり聞きなれない言葉ばかりでした」

 

 今では『夫婦』『父母』『兄妹』だから、父権社会になるにつれ言葉も変わったのだろう。時代によって言葉が代わるのはよくあることだ。

 

「さて。それじゃあ話を戻すけどね。きみたちもその百姓――農耕の民だ。それはどういう社会だったか、もう分かるね?」

「私たちのご先祖様も母権社会だった。そういうことですか?」

「その通りだ」

 

 男は婿に、娘は母となり子を成し家を存続させる。そして“巫女”は女。“神職”も昔は男女両方いたそうだから、女性の方が重宝されていたのだろう。

 

「調べたところ、きみのご両親、祖父母も『婿入り』だったよ。習わしに沿ったわけではないだろうけど、面白い偶然だろう?」

「え! そ、そうだったんですか……。知らなかった……」

 

 両親は勿論、祖父からもそんな話を聞いたことがなかったのでてっきり『嫁入り』なのかと思っていた。でもそれは違ったらしい。驚いていると石切丸が微笑む。

 

「きみのご先祖様――本家に当たる家々には“神職”の出が多く、枝分かれした分家の一つからは“巫女”が出ている。だけどきみの家系からは特別大きな力を持った人は殆ど出ていない。一部を除いてね」

「一部、とは?」

「神様に嫁いだ人が何人かいるんだ」

「へぇ?!」

 

 神様に嫁入り?! マジでか?!?! そんな漫画みたいなことある?! と驚いていると、石切丸は「あまり多くはないのだけれどね」と補足してくる。

 

「神に嫁入り、といっても色々あってね。完全なる“夫婦”になるのは難しいんだ」

「はあ」

「僕たち刀剣男士と婚約した人もそうだけど、契りを交わしても実際には“夫婦”ではなく“従者”という位置づけになる。ようはその神様の“眷属”だね」

「じゃあ、厳密に言うと“夫婦”ではない、と?」

「うん。結局のところ、完全なる“夫婦”と呼ぶためには両者が“神”でなくてはならない。例えば僕たちが竜神と婚姻を結べば“夫婦”、きみが神様と結婚すれば肩書は“夫婦”だけど、厳密に分類すると“眷属”扱いになるんだ」

「へえ~……。そうなんですか」

 

 神様にも色々あるんだなぁ。と思ったところでふと思い立つ。そういえば、私が以前出会った『神様と夫婦になった人』は『人であって人ではない存在』になり、本丸から出られなくなった。それを石切丸に伝えれば、彼は一つ頷いた。

 

「そうだろうね。神の眷属になるということは、俗世――ようは現世から離れることを意味する。特に“夫婦”として契ったのであれば尚の事だ。現世に出ることは完全に不可能というわけではないけど、今迄みたいに気軽には戻れないだろうね」

「そうなんですか。あれ? じゃあ私は?」

 

 私も石切丸が言う所の『人非ざる存在』だ。一応肉体はまだ『普通の人』らしいけど、本丸に来るまでは家にいた。この場合は気軽にホイホイ現世に戻っていいのだろうか。疑問に思って尋ねれば、石切丸はまたも頷いた。

 

「きみは大丈夫だよ。神の加護を受け、神気を受け継いだ身ではあるけれど、ようは“巫女”や“神職”のようなものだ。そんなに気負うことはないさ」

「成程。じゃあ安心ですね」

 

 でももし私が『神様と結婚する』ことになったらどうなるのか。やっぱり外に出られなくなるのだろうか。そんな予定はないけど、ちょっと聞いてみたくなる。

 

「まぁ神様と“夫婦”になってもね、神様が許せば現世に行くのは平気だよ。ただそこで不貞を働けばどうなるかは神様次第だけどね」

「あ……そっすか……」

 

 石切丸はニコニコしているけど、言っちゃえば『殺されても文句言うなよ。浮気したのはお前だからな』ってことだろう。やっぱり神様も浮気されたら嫌なんだろうか。意外と可愛いところがあるものだ。

 

「それじゃあ今までの話を纏めると、きみは『神様との相性がいい』存在。ということだね」

「成程。本当、審神者にならなきゃ分かんないことですね。それ」

 

 審神者にならなきゃ『神様』なんているかいないか分かんない存在だっただろうし、付喪神である彼ら――刀のことも勉強しないままで終わっただろう。色々なことが積み重なって今に繋がっているのなら、私が神様と密接に過ごしてきた一族の出であっても不思議じゃない。自然とそう思えてくる。

 

「だから今後もきみが望めば審神者は続けられる。あ、そうだった。きみの少なかった霊力がなくなった理由だけどね、それは無くなったんじゃなくて、神気と混ざって一つになっただけだから。心配しなくていいよ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。何せ『神気』は神が持つ力だから、人間には過ぎたるものだ。とてもじゃないけどすぐには馴染まない。だけどその者が持つ“霊力”を間に挟むことによって、ようは仲介役だね。神気が体や魂に馴染み易いんだ。きみの霊力は今その役割を果たしているから感じられないだけで、存在はしているよ」

「で、でも、一時的にですけど皆の姿が見えなくなった時があって、」

 

 そう。入院している時私は太郎太刀の姿を見ることが出来なかった。夢の中で助けてくれた『前田藤四郎』もそうだ。あの時もまだ霊力が残っていたのであれば見えていたのでは? と入院時に起こったことを掻い摘んで説明しつつ尋ねれば、石切丸は「ああ」と手を打つ。

 

「それは厳密に言うと『霊力を失っていた』んじゃない。残り僅かな霊力を、きみの魂を守る竜神が食べていたんだよ。自らの力を維持するためにね」

「え」

「でも今は力に満ちている。先に聞いただろう? お参りに行ったかい? って」

「あ。じゃあ……」

「そう。きみが祠にお参りに行ったことで宝玉から直接力を貰った。それに今は刀剣男士たちから与えられた神気もある。だからきみの霊力を食べて力を維持する必要がなくなったから、きみは僕たちが見えるし、本丸にも来ることが出来たんだよ」

「そうだったんですか……。あー、よかった~」

 

 私があまりにも怪異に巻き込まれるから竜神は徐々に力を失っていったらしい。だから私の少ない霊力を餌に力を維持していたという。

 それで私は一時的に彼らが見えなくなったのか。でも霊力事態はうっすらとだがあったから、あの本丸に行くことが出来たのだ。完全に力を失ってはいなかったから。そして今は竜神の力が戻り、今まで通り私の魂を守っている。

 

 知らない間に色んな神様に迷惑をかけていたんだなぁ。私は。

 

「今はもう大丈夫だよ。むしろ僕と僕の主はきみの力に目を付けているぐらいなんだけどね」

「え? 力?」

 

 ニコニコとした石切丸から悪い空気は感じない。そもそも私に妙な力はないはずだが。

 そりゃあ確かに、いつの間にか皆の霊力をそれとなく感じ取れるようにはなったけど、それは三日月が来てからだし、第一直接触れて神経を集中させないと分からない。それ以外では大したことも出来ないのに、そんな私に何があるというのだろう。

 怪訝な表情をしていたのが可笑しかったのだろう。石切丸はクスクスと笑う。

 

「まぁ分からないのも無理はない。きみの持つ力というのは『感じ取る力』だよ」

「感じ取る力」

「ああ。結界を張ったり式神を使ったり、高度な呪術は扱うことは出来ない。だけどそれが良いものであるか悪いものであるか。またその物がどんな性質を持っているか、そういうものをきみは感じ取ることが出来るんだ。例えば霊力が乱れているとか落ち着いているとか、我々が隠している深層部に触れることが出来るとか、そういう特殊な力だよ」

「あ」

 

 それは、確かに出来た。あの日、三日月が刀に戻る直前。私は確かに夢の中で震える彼に触れた。始めは『概念』だった霊力がいつしか三日月の形になり、私はその肩に自らの手で触れることが出来た。そしていつの間にか刀に戻った彼を夢でも現実でも私は抱いていた。

 他にも怪異の中で私を襲ってきた『蜘蛛』の意識に一時的とはいえ、触れて知ることが出来た。

 思わず声を上げて心当たりを思い浮かべた私に、石切丸は頷く。

 

「その力は練習すればもっと高めることが出来る」

「練習って、どうやって?」

「何、それは簡単だよ。僕の主の所に勉強に来るといい。きっと喜んで受け入れてくれるよ」

 

 まさかの事態だが、今後何が起きるか分からない。結界を張ることは出来ないみたいだが、良いものか悪いものか判別出来るだけでも違うだろう。一応考えておくか。と頷けば、石切丸は微笑んだ。

 

「僕としては是非そうしてもらいたいけどね。何せ竜神がその身を保護しているんだ。それにきみに神気を与えて消えて行った僕たちの仲間も、きっと力になってくれるはずだよ」

 

 そう口にした石切丸に、ここでずっと黙っていた武田さんが声を上げた。

 

「話の腰を折って悪いが、その『刀剣男士の神気』ってのはどうやって手に入れたんだ? 方法によっては力を失った審神者に『神気』とやらを与えることが出来るかもしれねえ」

「あ。そっか。そうですよね」

 

 戦争は未だ終結していない。今は何とか拮抗状態を保っているが、審神者の数が減れば戦況は悪化する。特に審神者の霊力が尽きれば『引退』の二文字が待っているのだ。その間にもし攻められたら、と考えると政府としては少しでも改善策が欲しいのだろう。職務に忠実な武田さんの疑問に、石切丸は私に視線を移す。

 

「きみはどうやってその力を手に入れたのか、見当がつくかい?」

「え? あ……。うーん……。そうだなぁ……」

 

 心当たりがあるとすれば……。

 

「そういえば、皆に『お酒じゃない何か』をしこたま飲まされました」

「はあ? 何だそりゃ」

 

 あの本丸で皆が楽し気に宴をする最中、私は次から次へと皆に盃にソレを注がれた。甘くて、舌の上で転がすと不思議と幸せな気持ちになれた飲み物。加州曰く『お酒じゃない』不思議な存在。多分あの場にいた刀剣男士全員から一度はお猪口に注がれたな。なんてことを思い返していれば、石切丸は笑顔で「うん。それだね」と頷いた。

 

「きみの言う『お酒じゃない何か』。それこそが彼らの『神気』そのものなんだよ」

「へ。……でえええええ?!?! じゃ、じゃあ私、あの時に皆の神気ガブガブ飲んじゃったってことですか?!?!」

 

 宗三を初めとし、皆が徳利を持って『そーれ飲め飲めー』って感じで笑顔で注いできたからついつい飲んじゃったけど、そんな凄いものだなんて思ってもみなかった。

 青褪める私に石切丸が声を上げて笑う。

 

「そうかそうか。いや、きみが無理矢理奪ったなんてこれっぽっちも思ってはいなかったけどね? まさかそんな風に与えられていたなんて思ってもみなくて。いやー、おかしいねぇ」

「いや笑わんでくださいよ!! お酒じゃないよ、大丈夫だよ。って言われたから飲んだんですけど、神様の力だって知ってたら畏れ多くて飲まなかったですよ!!」

 

 あの時皆は口々に『大丈夫だ』と言って頷いた。陸奥守も前田も頷いていたし、笑っていた。だけどそれが彼らの『神気』だなんて思ってもみなかった。恐れ戦く私に、石切丸はのほほんと告げる。

 

「大丈夫だよ。無理矢理奪ったものでなく、彼らが『きみに』と渡した力だ。鬼崎のように『鬼』に堕ちたりはしない。むしろきみを守る竜神の力にもなっている。彼らの好意を無碍にしないためにも、後悔はしないでくれ」

「あ……。それは……そう、ですね……」

 

 確かに。彼らは私を何度も守ってくれた。良くしてくれた。それは偏に『好意』があったからだ。

 前田は命を賭して私の傷を身代わりに受け、朽ちた。他にも折れた刀を集めてくれた。鍛刀することで綺麗に打ち直すことも出来た。そして不思議なことに彼らは今、受肉している。

 

 振り返って背後にいる四振りを見つめれば、ずっと黙って聞いていた鶴丸が口を開いた。

 

「俺達も一つ、きみに話しておかなければいけないことがあるんだ」

 

 

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