ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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とりあえず、番外編、特別篇だけで来たので投稿します。
念のためご忠告しますが、あくまでフラグが立っただけで、ルートが確定したわけではないので、カップリング成立と勘違いなさらないようにお願いします。
なお、一話ごとに時系列が異なりますが、クラス内交流戦が始まる前の出来事で統一されています。

それでは、お楽しみください。

【添削しました】


おまけ編 【特別篇・フラグオン】

ハイスクールイマジネーション8.5 番外

 

『特別編』

 

 

1『時系列・一学期 第三試験 金剛VSカグヤ戦前』陽頼×彩夏

 

 黒髪ツインテールにゴスロリ衣装、水面(ミナモ)=N(エヌ)=彩夏(サイカ)(♂)がルームメイト相手に最初にしたことは、ユニークな行動である。

「あいさつ代わりに私の目標を聞いてくれ。とりあえずルームメイトとは気軽にキスぐらいはできる関係になりたいと思っている!」

 開口一番にナンパなのか、セクハラなのか、とりあえず『通報する』が正解であることは間違いなさそうな発言に、ルームメイトの緋浪(ひなみ)陽頼(ひより)は無言無表情ノーリアクションの眼差しを送るだけで応えた。

 タレ気味の金の瞳を真っすぐ、いかにもバカらしくなりそうな決めポーズを決めている彩夏へと向け続け、ただただ次の反応を待っている。

 元より、彩夏はわざとバカをやって相手のツッコミを引き出し相手がどういった人間なのかを確認しようと言うのが目的だったのだが、ノーリアクションだったことに少しばかり残念な物を感じてしまう。

(でも、目が白けてるとかそう言うんじゃないんだよなぁ~、戸惑ってる様子もなければ冷めてる雰囲気もない。本当にこっちのリアクションを待ってるだけ?)

 表情はおちゃらけた笑顔のまま、内心訝しく思う彩夏は、ならばお望み通りと、次のリアクションに移る。

「まずはお互い同じベットで寝られる関係からはじめよう」

 などと言いながらベットに座る陽頼の正面に立ち、両肩を掴んで思いっきり至近距離から瞳を覗き込む。

「………」

「………」

 反応は返ってこない。

 もしかして、このまま押し倒してOKっと言う事なのだろうか? え? じゃあ押し倒しちゃってもいいよね? っと、一瞬血迷いかけた彩夏だったが、そこはそこ、(彼にとっての)常識を重んじて行動には至らなかった。

 さて、こうなると本格的に自分は興味を持たれていないのか、それともただの無頓着なのか、あるいは単にリアクション自体が苦手と言うタイプなのだろうか? それによって自分も対応が変わってくる。この先、長ければ三年間を共にする相手だ。できる事なら友好的に過ごしていきたい。そのためにも、彩夏は相手の事をもっとしっかりと知っておきたかった。

 

 なのでとりあえず服を脱いでみる事にした。

 

 それも大胆に、できるだけ変態チックな美しさをイメージして一瞬で全裸になり、片手で脱いだ服を掴みながら片足立ちになり、そのままくるくると回転までして見せる。片手に持った服で大事なところだけはしっかりと隠すのがポイントだ。この時、色気たっぷりの流し目を送りながら一言付け加えるのを忘れない。

「親睦を深めるために、可愛い服に着替える。その方が親密になれると思わないかな?」

 さあ突っ込め。急ぎ突っ込め。こんなツッコミどころ満載の相手に、感情を爆発させて言いたいことを言いまくらずにはいられまい。嫌悪の眼差しを抑える事もできないだろう! あるいは興奮の眼差しか! もしくは目を見開く地味目の反応かっ!?

 期待を込めた眼差しを向ける彩夏。彼女ならぬ彼がその目に見た反応は―――、

 

 最初と変わらず淡々とした瞳で見つめられると言うノーリアクションであった。

 

 盛大に床に倒れ伏し、よよよ……っ、と落ち込んで見せる彩夏。本当はそこまで本気で落ち込んではいないし、この反応も予想の範疇ではあった。それでもこちらが何かしらのリアクションを重ねれば何か見えてくるものがあるのではないかと思ったが、陽頼の反応は淡白な物だ。言葉一つ返ってくる気配はない。

(これはむしろ、物静かな性格と言うだけで、表面上は反応らしい反応は返せないと言うだけなのかな?)

 それならそれで接し方はある。拒絶さえされないのであれば、いくらでも友好的な関係は結べる。問題は相手の感情の方だ。とりあえず自分に対してどんな印象を持っているのか、それだけは知っておきたい。

 なので早速女性用水着(これが小説でなければモザイク描写する他なかった、あらゆる意味で極物(、、))を着用して、適当に陽頼の白い髪を弄ってみる。それほど長いわけではないが短髪でもないので弄り方次第ではバリエーションを持たせられる。右側だけ寄せて三つ編みにしてみたり、左右下の方で纏め、飾り付きゴムで括ってみたり、いっそのことツッコミ希望でア○ム風にとんがらせてみたり、そうかと思えば髪弄りを止め、無言でくすぐりを仕掛けてみた。

 それに留まらず、かなり古いパラパラダンスを結構完璧に披露してみせたり、とあるドラマのワンシーンを再現してみせたり、いきなりじゃんけんを仕掛けて見せ、あっさり『鉄砲』で対応され「ノオォォ~~~~~~~ッ!!」っと、逆に自分が良い反応を引き出されてしまったり、最終的には自分の趣味の話を延々語り聞かせながら、セクハラまがいのスキンシップまでする始末。

 だが、結果的に陽頼は一言も発することもなく、ただ彩夏の事をじっと見つめるばかりだった。反応らしい反応と言えば、さっきのじゃんけんだったり、頷いての相槌くらいだった。

 いい加減諦めた彩夏は、勝手に陽頼のベットで横になると、最終的な印象を決定づける事にした。

(悪い子じゃないし、無視しているわけでもクールでもない。戸惑っているわけでもなければ信条で喋らないって感じでもない。一番しっくりくるのはド天然でこういう性格ってところかな? 結論、ノーリアクションに寂しいことを除けば問題無し。仲良くやっていけそうだね)

 結局相手がどう思っているかまでは解らなかったが、少なくとも迷惑がられているわけではないだろうと思う事にして、彼は納得することにした。

 ただやっぱり、せめてスキンシップは一方的なのではなく、互いにやりたいものだったと、そこだけは残念そうに溜息を吐く。

 ……っと、彩夏が荷物整理をするのを忘れていたと今更思い出し、少し休んでから手を付けなければと考え始めた頃、突然陽頼が思いがけない行動に出た。

 コロン…ッ、っと、実に自然に、彩夏の隣に寝転がって見せたのだ。

 なんで? っと疑問を抱き、陽頼の顔を覗き込むが、逆に陽頼も視線を真っすぐ返してくるだけだ。相変わらず反応らしい反応はない。

 意味が解らなかったので考えてみた。そして思い当たる節を見つけた。

 

『まずはお互い同じベットで寝られる関係からはじめよう』

 

 彩夏が陽頼に対して口にしたセリフだ。

 その事実を知った瞬間、思わず彩夏は噴出してしまった。

 無口無表情無反応の癖に、こんな変態的珍事を繰り返してきた相手のツッコミ待ち発言に律儀に応えて見せるルームメイトに、もう込み上げる笑いを抑えられる気がしなかった。

「もうっ、君は可愛いじゃないかっ! うんうんっ! 君とは末永く仲良くやっていける気がするよ~~~っ!!」

 一人はしゃぐ彩夏は陽頼を抱きしめベットの上でのたうち回る。結構力任せに愛でられているはずの陽頼だったが、終始嫌がるそぶりは見せなかった。

「ん? おや? 何か柔らかい物が手に……? ああ、君、女の子だったのか? ちなみに私は男だが、男も女のウェルカムだ!」

 一瞬、陽頼の体がピクリと反応したような気がしたのは、彩夏の気の所為だったのだろうか?

 

 

 

2『時系列・一学期 第三試験 金剛VSカグヤ戦後』

 

 東雲カグヤに敗北した伊吹金剛は、保健室から自室への帰り道、多少不貞腐れた表情をしていた。それと言うのも、カグヤに敗北したことにではなく、自身が使う疑似神格の後遺症による物に対してだ。

 疑似神格の多くには、その反動として権能の喪失など、シャレにならないような反動が多い中、自分の後遺症は比較的健全な物とも言える。それでも鍛え抜かれた体を失う今の状況は、どうしても思うところが出来てしまう。

 それともう一つ、懸念していることがある。

(俺ぇんの同居人には、すれ違いになったのか、まだ顔合わせができておらんのだよなぁ~? この状態を初対面にして、さて良い物か……?)

 懸念はあるも会わないわけにはいかない。なんせもう夜も更け始めた。いい加減、自分も風呂に入ってベットに横になりたい。同居人へのあいさつもしっかりしておきたい。っとなれば会わないわけにはいかない。なんせ今の状態は最低でも丸一日は続くのだ。初日から野宿するわけにもいくまいし、ここは腹を括るしかない。

 意を決して自室の扉をノック。しばらくの間が開いてからノック音が返された。おそらく返事だろうと勝手に解釈して入室する。ついに同居人との対面だ。

「………」

 そこには小麦色のショートヘア―の少女がニッコリと笑顔を浮かべて出迎えてくれた。着ている服は浴衣だが、着馴れているのかぴっしりと胸元までしっかり着付けてある。幼さが顔全体に広がり、その笑みからは穢れを知らない純粋さがこれでもかと強調されているが、……無言だ。顔は笑っているし、簡単な手招きなどで歓迎の意を表してはいるが、完全に無言なのでさすがに少々面食らってしまう。

 ルームメイトが女性であったこともあり、気まずい気持ちを抱きつつも金剛はしっかりとあいさつを述べる。

「初めましてになる。俺ぇんが、あなたと同室になる―――ッ!?」

 言葉の途中、金剛は少女に手を引かれて室内へと通される。女性に半ば強引に部屋に連れ込まれると言う状況に、ドギマギしながら、金剛は自分のベットの上まで連れ込まれる。

 突然の事態にどう反応していいんか困っていると、ルームメイトの少女は自分の荷物からスケッチブックとペンを取り出し、金剛と対面になるように自分のベットに腰かけ、(おもむろ)に何事か書き始めた。

 書き終えたスケッチブックを反転させ、少女は書いた内容を金剛へと見せる。

『御門更紗 っと言います。 よろしくお願いします』

 ニッコリ笑顔で告げられ、ここに来て金剛はようやく理解する。

「口が聞けなかったのか?」

『能力後遺症です』

 再びスケッチブックで回答。

 少々時間がかかるが会話できないわけではない。

「改めて、俺は伊吹(いぶき)金剛(こんごう)だ。それから、今は俺も能力の後遺症で本来の姿ではなくなっている。それを先に説明しておこうと思う」

 更紗は?を頭に浮かべていそうな表情で小首を傾げて見せる。

 金剛は説明しようとして一瞬だけ躊躇してしまう。

 何を隠そう、現在、筋骨隆々の偉丈夫たる金剛の肉体は、疑似神格使用の後遺症により、……なんという事でしょう、僅か五歳児近くまで小さくなってしまっていた。それはもう粗野で武骨だった顔面は見る影もなく、今やお肌艶々のぷにぷにで、性別の判断に迷いそうなほど幼くなってしまっています。

(女子と同室になるかもしれないと言うのは食事中に聞き及んだが、この子が俺の相手をまともにできているのはこの姿の所為ではないのか? もし本当の事を知ってしまったら、さすがに嫌悪するのではなかろうかな?)

 一抹の不安こそあれど、黙っているわけにもいかない。覚悟を決めて金剛は真実を口にする。

「俺は、本当ならもっと武骨な体をしている。あまり男としては魅力的とはいえん、むさ苦しい姿をしていてな、男女で部屋を共にするのは少々思うところが出来るやもしれん。もし、そちらが望むのであれば、俺の方から学校側に掛け合ってみるが?」

 少々苦々しい表情になってしまいながら提案する金剛。

 しかし更紗は、金剛の言っていることがよく理解できないように小首を傾げると、改めてスケッチブックに何事か書き始める。

『金剛さんは私に襲い掛かるつもりがありますか?』

「な、ない! そんなつもりはないぞ!」

 あんまりにストレートな問いかけに、金剛は少々(おのの)きながらも否定する。

 それに笑みを向けた更紗は、スケッチブックを脇に置いて、金剛の目を真っすぐ見据えながら―――、

「それなら私は金剛さんを信じます。金剛さんは決して私に不埒な事はしないって。私の信用を、金剛さんも裏切らないでくれるって、私は信じます」

 ―――っと、自分の口で、言葉で、声で伝えて来た。

 その声がとても清涼で、管楽器のような美しい声だったため、金剛は一瞬だけ声に魅了されて呆けてしまう。すぐに我に返って頭を振ると、内心混乱しながらも先に疑問に対する質問を投げかける。

「御門、声は出せんのでは?」

「声は出せます。ただ、私の能力は“言葉の全て”ですから、下手な事を言うと言葉の責任でしっぺ返しをもらっちゃうんです。例え冗談でも、私が紡いだ言葉はそれを実行してしまう。だからは私は細心の注意を払って言葉を紡がなければならない」

 更紗はそこで一拍の間をあけると満面の笑みを金剛へと向ける。

「だから、これは私の信頼の証と受け取ってください」

 御門更紗の『言の葉』の能力ペナルティーは実際とてもリスキーな物だ。

 例えば他人に「頑張れ」と一言応援の言葉を送れば能力により、送られた相手に頑張るための活力を分け与える事が出来る。だが、同時に応援の言葉を送った責任として、対象者を絶対に見捨てる事が出来なくなる。対象者が頑張ることを止めてしまっても、当人が頑張れるように働きかけなければならない義務が発生する。もし、対象者が最後まで頑張ることを放棄した場合は、応援の言葉を送った自身の力量不足とみなされ、それがトラウマ並みの精神ダメージとして跳ね返ってくる。それこそ、心に頑張ってほしいと言う期待を思い浮かべる度に、自分の言葉が他人を傷つけると言う事を思い出し、吐き気すら催すほどに。

 それほどまでに更紗の能力はリスクばかりが大きい、使い勝手の難しい能力なのだ。

 そんなことは知らない伊吹金剛であったが、それでも彼女が彼に対してした行為が、どれほど危険な事であるかは、漠然と予想できた。だからこそ彼は頷き、全てを呑み込んで受け入れる事とした。

(この信頼だけは裏切るわけにはいかんな……)

「御門がそこまで信頼してくれると言うなら解った。俺もその信頼を裏切らぬよう、務める。これからルームメイトとしてよろしくしてくれ」

 更紗はニッコリと笑みを向けると右手を差し出す。金剛も応えて手を握ると握手を交わす。

 金剛は思う。自分は今、疑似神格のペナルティーで幼児化している。そんな彼の手でも、握っている更紗の手は小さいと感じた。

 自分を信じ、受け入れ、己の道を真っすぐ見つめるまなざしを送る少女。だがそれでもその手は小さく、武の習い事など何もしたことのない綺麗で柔らかい、普通の女の子の物で、だからこそ強く想う。彼女を守っていきたいと。

 この日、金剛は彼女をずっと守っていこうと心に決め、今後、彼女のピンチを救ったりするのだが、それはまだ、ずっと先の話である。

 

 ちなみに、後遺症が治って金剛が元の姿に戻ったことで、さすがにそのギャップに驚いた表情を見せた更紗だったが、それでも可笑しそうに笑いながら、やっぱり受け入れたのは、翌日になっての事である。

 

 

 

 

 3『時系列・一学期 第三試験 金剛VSカグヤ戦後 一学期 第四試験 【クラス内交流戦】Ⅰ前』

 

 放課後の教室、超駆け足の通常授業を終えた黒い髪の少女黒野(くろの)詠子(えいこ)は教科書と、本日まとめたノートを適当にパラパラとめくりながら不貞腐れたような溜息を吐いていた。

(せっかく夢とロマンにあふれたファンタジー学園に入学したのに、やってるのは普通の授業だなんて……、つまんないよ……)

 入学試験の時のドンパチを思い出し、自分に迫ってきた砲撃を目覚めたイマジンで弾き返して見せた時は、本気で身震いしてしまうほどの感動があった。力の覚醒とは、それほどにまで心に衝撃を与える物なのだ。

 それだけに、今の彼女は通常授業しかしない初期期間に不貞腐れずにはいられなかったようだ。

(いくら最初の三日間が全生徒の授業内容の並列化を目的としているとは言え、一日目で小学生の授業をさせられるとは思わなかった……)

 これにはさすがに詠子以外の生徒も苦虫を噛み潰したような表情をした。彼女が所属するDクラスには齢十歳の生徒が存在する。そのためスタート地点がそんな後ろの方からになってしまっていたのだ。

 それでも、たった一日で小学校卒業レベルの内容を全て踏破したのだから、とんでもない駆け足授業だ。それを理解できてしまっている辺り、自分達(イマジネーター)も大概なのだが……。

 パタン……ッ、っと、最後のページを捲り終えて閉じてしまったノートを席に着いたまま眺め、詠子はまた嘆息する。

(これから帰って何しよう? いつもの中二トークで誰かと会話したいなぁ~? ああ、でもなんか、みんな私が話しかけると戸惑いがちなんだよね~?)

 決して邪険にされているわけではない。下界にいた頃は散々な扱いを受けたが、詠子としてはあの痛々しいキャラが気に入っている。気に入ってしまっているのだから仕方ない。それでも友人は欲しい。もはやオタク系にしか理解者は現れないだろうかと本気で悩んだこともあったが、幸いこの学園の生徒は、あの程度の痛いキャラに、戸惑いこそすれ忌避するつもりはないらしい。もう少し時間をかけていればいつの間にか普通に話せるようになっている事だろう。

「しかし、そのためには大いなる運命に導かれなければならない。約束されたリドルは、一体いつ訪れると言うのか……? いや、時は近い。再びこの時代にも運命の戦場が開かれ、大いなる選択に導かれし、新たなプロメテウス達が簒奪(さんだつ)せし権能を存分に振るう事であろう」

 呟く独り言が、既に中二チックになるのは仕様のレベルだ。個人的には気に入っている。こういう言い回しをするキャラは実に良い。それが中二病チックならなお良い。詠子はもはや“そういうキャラ自体”に憧れのような物を抱いていた。

 しかし、それでも一人で呟けば、それは等しくただの独り言。返答の無い呟きなど、虚しさしか湧いてこない。せめて誰か聞いている者でもいれば話は別だったが……、それでも語らずにはいられない。それほどにこの三日間はつまらない物だった。

「いかに厳しい戦いになろうとも、終末の聖戦(ラスト・ラグナロク)に辿り着くのは、………この黒の英知に他あるまい!」

 最後にビシッと気合の入れた声とポーズ(ただの横ピース)を決めて気分を奮い立たせようとするが、やはり退屈と言う魔物ほど、人のやる気を削ぐのに適した存在はいない。窓ガラスに映る自分の顔は、微妙に呆れた物へとなっていた。

 そんな時、唐突に声は掛けられた。まるで奇跡のような流れで。

 

「はっ! よくも吼えたな愚物! 誰も聞いていない所であれば、愚物であっても宣誓を許されるとでも思ったかっ!? 正に愚かな判断よ! 例え天上の世界であろうと、異界の壁を超えた先であったとしても、この(オレ)が存在する場所に、一片たりとも影など存在せぬはっ!!」

 

「な、何者ッ!?」

 条件反射でそんな台詞と共に振り返る。その視線の先には銀髪碧眼の少年が、教室の扉の前で背中を預け、見下すような視線で詠子を見つめていた。

「たわけっ! (オレ)の身姿を見て瞬時に名に至れるなど愚行の極み! この学び舎でなければ、その罪、死罪をもって贖うものであり、仮に知っていても愚物風情が(オレ)の名を気安く口にすれば、処刑をもって贖いとするところ。少しは己が身の程を弁えるが良い」

 自分から話しかけて置いて、高飛車な態度で突っぱねる美麗の少年。彼の名はシオン・アーティア。Aクラスの生徒であり、自分が認めぬ相手を見下しにかかる、Aクラス内でも特に尊大な男だ。

 無論、Dクラスの詠子が知っているはずもないのだが……。

「な……っ!? その身に纏うオーラはっ!? よもや、汝は彼の境界を越えし者だと言うのかっ!?」

 いかにも訳知りな態度で動作を交えつつ僅かに一歩下がる。シオンの語る言葉の断片から推測し、即興で脳内設定を作り上げて半分カマかけを交えて言葉を紡ぐ。

 そうとは知らないシオンは、僅かに興味を抱いたかのような表情を見せると、鼻で笑った。

「ふんっ、よもや異界の壁を超えた先の者が、この俺の事を知っていようとはな……。気まぐれに任せて愚物の程を(はか)りに来てみれば、存外知恵は回ると見える。いかにも俺がシオン・アーティアである。貴様程度がその目に映すことができる栄誉、(ひざまず)いて感謝を表すがいい!」

 尊大な態度で見下ろし、(わら)ってみせるシオン。しかし、その態度に対し、逆に今度は詠子が不敵な笑みを漏らす。

「この私を相手に“愚物”を称するか? “愚か”なのは一体どっちだ? シオン・アーティ? 実物を見るのが初めてであったとしても、お前の存在などとうに知っていて当然だ。この私こそを誰と心得ているっ!」

「なに?」

 尊大な態度を返され額に青筋を立てるシオン。

 臆することなく、詠子は自信に満ちた冷笑と共に、優雅なオーバーアクションで宣誓の如く名乗り上げる。

「我はこの世に覚醒せし、語られることなき八つ目の罪の魔導書にして、全ての英知を司り、織りなす魔王! 例え、境界の彼方より訪れし者であろうと、私の領域()に踏み込んだ時から、汝は私の知恵の一端を担ったも同然! 私の一部が、不相応(ふそうおう)にも我が身を処断するとなど、思い上がりも(はなはな)だしいっ!!」

 片手を胸に、もう片方の手の平を上に向けつつ相手に突き出し、おまけに能力を発動して背後に九種類の魔導書を出現させる演出まで付け加える気合いの入れようを見せる。

「……、なん、だと……っ!?」

 シオン唸り声を僅かに漏らし、静かに、しかし怒気の込められた驚嘆の声を上げる。

 無論、彼女の言葉を鵜呑みにして驚いているわけではない。むしろ自分に対して尊大な対応を返す愚物相手にとっくに興味をなくし、さっさと処断してしまおうと試みた。圧倒的な力の差を見せつけ、自分に対して尊大な態度を取ったことを後悔させてから殺してやろうと、己が能力『征伐』『オーディンの瞳』を用い、未来予知を行おうとした。だが、視えない。覗こうとした未来のビジョンが何一つ映らない。何かに邪魔されるかのように遮られ、未来の映像が視認できないのである。その事実に驚き、そして、それをさせていないのが眼前の尊大な少女だと理解し、初めて驚愕の意を示したのだ。

「どうした、異界の英雄よ? 我が領域()に触れてなお、己が盤石であると思ったか? ()とは、生半(なまなか)な物ではないと知るがいい!」

 勝ち誇ったように胸を張り、不敵に笑む詠子。

 言うまでもない事かもしれないが、別に詠子が本気で世界の全てを、それどころかシオンの事情を把握しているわけではない。そんなわけがない。全ては言葉の断片から読み取った矛盾無き予想で構成された、“らしい設定”である。ともかく詠子はそれっぽく振舞い、それっぽい存在感で、それっぽい空気を作り出すことで、自分の楽しい状況を作り出したくて仕方なかったのだ。そこに声をかけてきた相手が、あまりにも自分好みの発言をしてくれた物だから、全力で対応しようと(遊ぼうと)しているだけなのである。相手の設定を崩さないよう、配慮しつつ、自分の設定も呑み込まれないよう、名乗りと共に能力を発動し、自分に対するあらゆる危害を加えられないよう、全方面から防御の魔法式を組み立てる余念の無さまで見せつけている。

 よもや、その中二力全開の行動が、真面目に対応しているシオンと互角にやりあっている状況の正体などとは、さすがの彼も予想だにしていなかった。

「ふんっ、どうやら口先ばかりではないらしいな。だが、所詮は個の存在に零落(れいらく)した存在であろう? 貴様がこの世界の理として、今更臆する(オレ)と思ったか? たわけっ! この身は既に一度、一つの世界を呑み込んでいる。未知もいずれは既知となる。貴様がこの世界の理だと言うのなら、根こそぎ呑み込んでくれるはっ!」

「んなぁっ!? //////」

 挑戦的な笑みと共に打ち出された言葉に、詠子は一瞬だけ動揺して後ずさった。

(わ、私を根こそぎ呑み込む、って……!? すごい事言ってきたぁ~~~っ!?)

 もちろん詠子とてバカではないし、恋愛脳と言うわけでもない。シオンがどんなつもりでそんな事を言い出したのかくらいちゃんと理解している。それでも言葉の恥ずかしさから思わずたじろいでしまった。

 必死に自分の勘違いを諫めつつ、己のペースを保とうと試みる。

「わ、私を呑み込むとにゃ? な、汝が思っているほど、(ことらい)と言う物は、容易い物ではないぞっ!」←(噛んだ)

「はんっ! それこそ愚の骨頂と言うものだ!」

 ずずいっ! と、シオンが詠子へと顔を寄せてくる。思わず「にょわっ!?」っと小さく声を漏らす詠子。それに気づいているのかいないのか、シオンは不敵な表情で続ける。

「なるほど確かに(オレ)はまだ、この世界について無知だったようだ。だが、それも今だけの話であろう? この(オレ)が、この先一生を今のままで停滞する愚物と同類とでも思ったか?」

「わ、わわ、私の黒き英知は、人一人の器にに……っ! とどっ、留められる物ではないと知りぇ~っ!!」←(噛んだ)

「ならばっ! (オレ)が人の器を超えればいいだけの事!」

 ぐいっ! と、シオンは詠子の腰に手を回し、そのまま自分へと引き寄せる。詠子は体を引き寄せられ、腰同士が密着する少々バランスの悪い体勢にされ、シオンに自分の体を預ける形となってしまう。顔だけでなく体まで密着させられた物だから、更に意識してしまう。さすがに勘違いするほど恋愛脳(バカ)ではないつもりだが、それでもシオンのように整った美形顔で、ここまで熱烈なアピール((まが)いの行動)をされてしまうと、それっぽいシチュエーションを想像せずにはいられないものだ。

 さすがに顔を真っ赤にして慌ててしまっている物の、自分のキャラを壊すのが嫌で、必死に仮面をかぶろうとする。

「わ、わわ、私を、収めるに足りゅ……っ! (うちゅな)っ! ……にっ、なな、なれるなととと……っ! 本気かっ!?」

 誰か和訳してほしい。

 傍から見る者がいれば抱かずにはいられない程どもってしまっている詠子。

「たわけっ! この(オレ)を侮るなっ! 貴様の髪の一本から、魂の一欠けらまで、全てが俺の物となる。これは(オレ)の決定だ」

 だが、何故かシオンには通じているらしい。思いっきり挑戦的な口調でとんでもない発言をかましてきた。

(もしかしなくても、これはある意味告白なのでは……っ!?)

 さすがの詠子も、この発言ばかりは見逃せないものを感じ取って、顔どころか耳まで真っ赤にして恐れ(おのの)いてしまった。

(いや、既にこれはもう一つの告白なのではっ!? だってこの人、騙されているとは言え、私って存在が欲しいってことなんだよねっ!? だったらそれ、物欲であろうと強欲であろうと、もはや一人の女の子を欲しいって言ってるわけで、やっぱり告白だよねっ!? 自覚ないみたいだけどっ!?)

 色々考えると考えた分だけドツボな内容に、詠子はお気に入りの中二設定が崩れそうになるのを感じる。

(いやでも、こう言う王様主義者の人に命令されるのって、ちょっと憧れあったり……、元々誰かの命令を忠実にこなすのって結構気持ちいって思ってたし……、いやでも、私そういうガッチガチの優等生生活に嫌気さしてグレた口だし、ここで簡単に従っちゃうのってどうかと……っ!?!?!?)

 だんだん混乱してきた詠子が何事も返さずにいると、何を思ったのかシオンは彼女の腰を更に引き寄せ、心無し顔が近づき始めている。

「なんなら、今すぐお前を呑み干してやろうか?」

 問いかけながら、鋭い瞳が詠子を覗き込む。

 心臓が一つ弾み、一瞬思考が停止して呆然としてしまう。

 ゆっくりと浸透してくる言葉に、自然と詠子の胸に従いたいと言う欲求湧き始める。

(い、いいの? 良いのかな? 良いよね? だって、この人……)

 ゆっくりと進む時間の中で、詠子の視界にシオンの顔しか見えなくなるほど接近され、熱にうなされた様なぼ~~っ、とした表情になっていく。

(この人なら……、私のマスターでも……、いいよね……?)

 半ば受け入れの感情が芽生え、僅かに瞳を閉じかけたところ―――、それに気づき唐突に詠子の気分は冷めた。

 もはや口付けできるほどに接近していたシオンの口に人差し指を当てて接近を押し止める。一瞬、訝しそうな表情を作って止まるシオンに、詠子は容赦なく術式発動(イマジネート)。人差し指の先から大量の墨汁が流れ込み、(たちま)ちシオンの口内を満たしてしまう。

 

 

「ぶっ! ぶごあ……っ!?」

 堪らず詠子から離れたシオンは、口内の墨汁を吐き出そうと咳き込む。およそ人が口内に入れないであろう味に蹂躙され、おまけに何らかの呪いか毒も含まれていたらしく、体内のイマジンを大いに乱されてしまった。

 体内イマジンは人体を動かす上では特に重要な要素ではない。そのため立っていられなくなると言う事にはならないが、落ち着くまではイマジンの使用はおろか、『直感再現』などオートタイプも発動しない。つまり反撃不能の状態にされてしまったと言う事だ。

 これを不覚と言わずしてなんというのか? その屈辱を意識してシオンは表情を強張(こわば)らせ、詠子を睨みつける。

 だが、その視線の先には九つの魔導書を従え、悠然とした表情で佇む、一人の魔王が冷ややかな瞳を向けていた。

「愚かな男だ。嘗てはもう一つの世界(アンダー・ワールド)の一つを治めたであろう男が、その事実だけで満足し、自惚れを抱いたか? この身に宿るは黒き英知、貴様が吐き出した物よりも深淵であると知るがいい」

 優雅に黒髪を払い、悠々とシオンの隣を通り過ぎて行く詠子。その姿は紛れもなく女魔王であり、その風格は魔導における理そのものである事を如実に語っているかのようだ。

 屈辱、そして敗北感に苛まれるシオン・アーティア。自分が吐き出した墨汁を見つめ、自分が相手取った存在の大きさを自覚する。

 詠子が完全に消え去った後、次第に彼の心を満たしていったのは喜悦だった。

 自分でも何故、こんなに可笑しくなってくるのか不思議だった。だが、理由は明白だ。かつて自分が支配し、捨て去った世界に比べて、この世界はなんと強大である事か。

 彼がこの世界に訪れ、成り行きで入学することになり、一年生でも最も優秀なAクラスに所属することになった時、彼はそれが当然だと思っていた。嘗て世界を支配した自分が、別の世界に移ったくらいで、そうそう立場が変わるわけもない。たとえ神々の世界に送られたとしても、自分ならやっていけるとさえ自負していた。

 だが、この状況は何か? 真っ当な勝負ではなかったにせよ、Aよりも評価が劣るDクラスの生徒を相手に、舌戦で負け、一杯食わされ、反撃の余地なく過ぎ去られた。これほど痛快な事はない。

 シオンは生徒手帳を取り出し、中を開いてタップ。呼び出されたシステムスクリーンに、Dクラスの名簿を呼び出す。顔写真入りの名簿表に目当ての人物はすぐに見つかった。

黒野(くろの)詠子(えいこ)……っ! その名、しかと(オレ)の胸に刻んだ! いずれ必ず、お前の全ては(オレ)の物だ! 首を洗って待っているがいいっ!」

 この世界には自分が圧倒できない存在が下位クラスにさえ存在している。その事実が、これほどまでにも胸を躍らせるとは、嬉しい誤算だった。その最初の相手となった詠子に対して強い執着を抱きながら、彼は闘志を漲らせていった。

 

 

「く……っ! 静まれ……! 静まるのだ我が鼓動よ……っ!」

 赤い顔をした詠子は、未だに鳴りやまない胸の動機を押さえ、帰り道を歩く。

(うぅ……っ、いくなんでも流されちゃってたかなぁ……? 勢いで会ったばかりの男の子とキスしちゃってたら後で自己嫌悪が半端ないよぅ……。でも、ちょっと惜しい気もしたかな……)

 勢いがあったとは言え、さすがの詠子も初対面の相手に口付けを許すほど尻軽な女ではない。それでも一時心が許してしまっていたのは、それだけ彼の存在が自分のストライクゾーンど真ん中の魅力を秘めていたからに他ならない。

 それだけに、詠子は別の意味で惜しい気持ちに苛まれていた。

(キス直前で、あの挑戦的な目が、他人を侮った余裕の笑みに変わった。私を前に気を抜いた)

 それは詠子の事を侮られたと言う事だ。そんな物を許せるはずがない。自分が設定したキャラクターをバカにされ、「造作もない」と判断され、軽く扱える物だと(わら)われたことが許せない。そんな相手に使われるなど、願い下げだ。

「異界の英雄よ……、この黒き英知を我が物としたくば、幾多のプロメテウス達を薙ぎ払い、(ろう)の翼を持ってこの果てにまで辿り着くがいい。それは幾多のベルセレクを相手取るよりも、幾多を(はか)るロキと競うよりも、険しく困難な物……、決して私の前で気を抜くことは許さない」

 再び髪をかき上げ、バサリッと、黒き翼のように広げ、魔王然とした少女は妖しく嗤う。

「しかし、そうまでして手にした(神の知恵)は、漆黒に染まっていると言う事を……努々(ゆめゆめ)忘れない事たぁっ―――!?」

 

 ガツンッ!

 

 台詞を言い切る直前、詠子は寮の自動ドアに正面からぶつかってしまった。反応が遅れて開く扉の前で、詠子は最後に決める事も出来ず打ち付けた鼻を両手で押さえ、涙目になって蹲っていた。

 

 

 

 

 4『時系列・一学期 クラス内交流戦 前日』

 

 放課後の寮、二階に設けられたラウンジで、カルラ・タケナカは一人ソファーに腰を落ち着け、机の上に置かれたチェス盤を眺め静かに思考していた。ただのチェス盤ではなく、イマジネーターを数種類のタイプに置き換え動かすことのできる物で、正式名称を幻士駒(げんしごま)(イマジネート・ストラテジー)っと言うのだが、元となったのは普通のチェスで、それを学生達がイマジネーターの戦略を養うためにルールを改変し、現在ではギガフロート三都市にまでメジャーに広まったストラテジーゲームとなったものだ。

 さすがは過去の先輩方がより実践的になるように考案されただけあって、中々にシビアなルールが多い。チェス盤の裏はタブレットになっていて、色々設定を弄れるようになっている。難易度次第では駒の種類も100種類近くまで迫るほどだし、リアルタイムで駒が移動したり、駒自身が命令を無視してきたりなどと言うのもあり、データさえあれば、個人のイマジネーターを再現した駒まで作れてしまう。盤上の地形も思いのままなら、よりリアルを追求した、無映像版まで存在し、殆ど音声情報しか入ってこない始末だ。

 カルラは、自身の能力的にも、実力的にも、それなりにできる方だと思い、中間くらいの難易度設定で詰み将棋的な事をしていたのだが、これが想像以上に難物であった。

 自軍は数名で拠点に(こも)り、籠城(ろうじょう)の構えを取り、援軍が到着する五ターンまで間、なんとか凌がなければならない。だが、拠点は既に度重なる連戦が続き、殆ど籠城に適さないほどにまで防御力を低下させていた。対して敵軍は完全に周囲を取り囲み、逃げ道を完全に塞いでいる。敵のレベルもかなり高い様で、攻め込まれては一ターンも持たない。

 カルラはなんとか駒に口頭による指示を出し、五ターンを凌ごうと試みるが、何を命令しても上手く働かない。拠点に残された物資を最大限に利用した防衛力の強化も、見せかけによる相手への威嚇も、戦略戦術におけるトラップなどで迎え撃とうとしても、精々が三ターンしかもってくれない。どうせゲームだからと割り切り、結構無茶な命令や、誰かを囮にして他の部隊を逃亡させたり、逆に一人だけを逃がすため、他の全員を囮にしてみたりなど、考えられるパターンは全て試してみたが、結果は全て全滅で終わってしまう。これでは囮になったものも報われない。

「思ったよりも厳しいわね……」

 設定上、自軍に特殊能力者はいない。よく訓練された兵士と言うわけでもなく、精々一般人に毛が生えた程度の練度。とても一人一殺出来そうにもない。

 このラウンジで一人指していれば、他の誰かが興味を引かれて声をかけてくれることもある。その時は意見を交換し合って自分の知識の糧としていたカルラだったが、今回は難易度設定を上げ過ぎたようで、覗き込んでくる者はいたが、誰もが意見一つ上げれず、代わりに諸手(もろて)を上げて立ち去って行った。

 そろそろラウンジのテレビも消され、各々の部屋に戻り始める生徒が出てくる時間帯。いい加減諦めてしまおうかとも考えたが、どうしてもこの問題に執着してしまうカルラ。それと言うのも、先程から覗き込んできた生徒の中で数名、Aクラスと思われる生徒がいたのだが……、皆一様にある程度眺め、勝手に納得したらしく一人頷いて去っていったのだ。絶対コイツ答えが解ったぞ!? っと言いたくなるほどあからさまな態度でだ。約一名に至っては、悩んでいるカルラと視線が合った時に勝ち誇った様な笑みを漏らしやがったほどだ。

(ぜ、絶対解きます……っ!)

 能力をフルに使えば問題が解けそうな気もしたが、それでもそう言った能力を持たないAクラスの生徒が、自力だけで解いていったのだ。ここは戦略家としてのプライド上、おいそれと能力に頼ったりはできない。

(でも、これはいったいどうしたら……?)

 殆ど思いつく手段は全て試してしまった。ゲームだからと自爆テロ紛いの事もやらせてみたが、結果はむしろ惨憺たるものだった。正直これに関しては上手くいってくれなかったことに安堵したくらいだったが、それにしても自分の駒が弱すぎる。迎撃、防衛をいくら巧みに行っても殆ど効果がない。敵陣の司令官がとても慎重で用心深い設定らしく、こちらの誘いには乗ってこない。敵軍を一掃できる唯一の手段を軽く一蹴されてしまった時は、結構ショックだった。

 いよいよ袋小路に入ったかと、目が回る気分に陥ったところで、隣に座ってくる何者かの存在に気づく。紫色の短い髪にシャツに短パンと言うラフな格好をした少女、Aクラスの八束菫だった。

 またもAクラスなのかと微妙な気分になりつつも、何か意見を聞き出せないかと、思い切って話しかけてみる事にする。

「あの、何か解りました? これ?」

 おずおずと言った感じに訪ねてみる。

 菫は盤上を眺め、そこに浮き上がっている情報にさっと目を通した後、他のAクラス同様、納得したように頷きカルラへと視線を向ける。そして親指をぐっと上げて、無表情のまま声だけ自信に満ちた様子で断言。

「開き直って……、全力で、宴会、すればOK……っ!」

「なんですかその最後の晩餐っ!? 完全に諦めちゃってますよねっ!?」

「もしくは、門を開けちゃえば……いいと、思う……っ!」

 ふんすっ、と鼻息荒く自慢げに言い切られてしまった。

「降伏宣言しちゃってますっ! これ、勝利条件を満たさないなら全部敗北ですからねっ!」

「じゃあ……、盆踊り、する……?」

 小首をこてんっ、と傾げられて訊かれてしまった。

「この状況で何故盆踊りを……?」

「ヨーロッパに、行きたい、か~~……!?」

 盤上に向かって質問され、盤上の駒達が反応して『お~~っ!』『お~~っ!』『お~~っ!』と幾つも返答が返ってくる。

 こんな適当な指示でもない発言にゲーム盤が反応したことにカルラが驚いていると、その隙に菫は面白がってさらに指示を飛ばす。

「ヤッフゥ~~~……ッ!」

『ヤッフゥ~~~ッ!』『ヤッフゥ~~~ッ!』『ヤッフゥ~~~ッ!』

「三回、回って……、UFOを、呼ぶ……」

『アブダクション~~ッ!』『アブダクション~~ッ!』『アブダクション~~ッ!』

「ニッポン……ッ」

『バンザイ~~ッ!』『バンザイ~~ッ!』『バンザイ~~ッ!』

「ここは、アメリカ、でした……」

『NO~~!!』『NO~~!!』『NO~~!!』

「やめてくださいっ! 変な指示出さないでくださいっ!? ああ~、なんか一日分のターンが消費されちゃった~~~っ!?」

 やっと我に返ったカルラが止めた時には、既に貴重な一ターン目が終了を告げていた。

「な、何てことするんですか……、いえまあ、リセットすればいいだけの事なんですけど……」

 しかしログは残る。後日ログを確認する度にこの疲労感を思い出すのかと思うと、やるせない気分にさらされる。

 それなのに、何故か菫はまたも親指を立て―――、

「一日目、クリアー……」

 目をキラリッ、と光らせ(イマジンによる幻覚で割と普通に起こる)、悪びれた様子もなく(のたま)った。

(すっごい腹立つ……)

 この女殴りてぇ~~、などと言った思考が脳裏を過るが、さすがに本気で実行しようとは思わない。戦闘系能力を持たない上に、相手は自分より上位のAクラスの生徒。とてもではないが子供の喧嘩をして勝てるとは思えない。そうでなくても短絡的に手を出すのは大人げないし、自分の好みでもない。

 溜息一つで留飲を下げ、改めて盤上を見つめる菫の横顔を窺うカルラ。

(正直苦手かもしれません、こう言う人……)

 縦横無尽で自分勝手に振る舞い、場をかき回して一人だけ満足して去っていく、そう言う変わり者タイプの人間がカルラは苦手だった。それに加え、菫は常にどんな時も無表情で、何を考えているのか判らない。この学園ではまだマシと言えなくもないが、だからと言ってカルラが受け入れられるかどうかは全く別問題である。

 菫は、机の上に置かれた自由に食べていいラスクを一つ取ると端の方を齧る。何も知らなければ盤上で考え事に耽っている知的な少女と取れなくもないが、既にカルラには、彼女の頭の中で理知的な思考が巡っているとは思えなかった。案の定、菫は徐にこんな指示を出してきた。

「全員、合唱……! 大声で歌う、べし……っ!」

 付属のキーパネルまで勝手に呼び出し、歌のタイトルまで勝手に指示を出し、駒達は一斉に歌を歌い始める。しかもかなり意気揚々と。

「ここでなんで合唱なんかチョイスしてるんですかっ!? しかも一日中歌わせたんですかっ!? ああっ、また貴重な一日が消費されていくぅ~~~っ!?」

「二日目、クリアー……」

「無駄に時間を過ごしただけですけどねっ!?」

 泣きそうになるカルラ。高難度のミッションに、こんなふざけたログを刻んでいくことが、とてつもなく空しいと感じてくる。別段、それで自分が不利益を被るわけではないし、自分のキャリアだとかプライドだかを気にしての発言でもない。ただ、あまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な事をやらかされて、やるせない気持ちになっているだけなのだ。

 だが、理解できないものと言うのは同時に不安を与えるのが常だ。まして、真面目にやっている人間にとって、このふざけてるとしか思えない状況を受け流せるほどの余裕はない。自然と、カルラは心がに棘が出来てくるのを感じる。

「それじゃあ……、次、は、創作ダンス……、でも躍らせて―――」

 菫が更に指示を出そうとしたところでカルラはゲーム盤を取り上げる。

「ふざけるだけならもう弄らないでくださいっ!」

 取り上げられた菫は、新しいラスクを齧りながら無表情に反論する。

「ふざけてる、けど……、“だけ”じゃない、よ……?」

「ふざけてるなら充分でしょ。あなたにとっては、こんなのただのゲーム遊びかもしれませんが、私にとってはそれだけでは済まされないんですっ!」

 戦闘能力を持たないカルラにとって、戦略は正に己の土俵であり、神聖な領域だ。それをただのおふざけで汚されたとあっては看過できない。

 それでも、ただ侮辱されただけなら彼女だって我慢するまでもなく聞き流せた。だが、ここまででAクラスの態度に少なからず劣等感を与えられたのは事実であり、心がささくれ立つのには充分だった。

「一体何を考えてるんですか? 人がまじめに悩んで、真面目に取り組もうとしてるのに、それを茶化して何が楽しいんですか?」

 小さなストレスも積もり積もれば爆弾となる。そして、そんなストレスでできた爆弾は、解り易いストレスでできた爆弾より、心に深刻な傷痕を残す。

「別に、楽しんで、ない……よ……? 楽しんでる、ように……、見え、た……?」

 小首を傾げる仕草に、(つい)にカルラの爆弾は臨界を迎えた。

 勢いよく立ち上がり、ゲーム盤を胸に抱き、彼女は突き上がる思いの丈をそのまま吐き出す。

「判るわけないだろっ!? どんな時でも表情を変えない癖に! 何考えてるか解らないんだよっ!!」

 菫の仕草は、顔の作りも相まって、可愛いと表現して問題はない。

 だが、それは彼女の表面上だけを認識した場合か、もしくは敵対心が無い、内面の方をよく知っていればできる余裕のある思考だけが許す認識だ。

 実際に目の前に立たれ、隣人として接すれば、敵か味方かも解らない他人に、意思表示である表情の変化を全く見せず、行動や言動が奇怪であれば、それは他者にとって正に理解不能、不安と一セットの正体不明(アンノーン)だ。まともな神経をしていれば、まともに付き合う事もできない。それこそマンガのような都合の良い切欠でもない限り、彼女と友好関係になるのは難しいだろう。

 根っから真面目なタイプのBクラスの生徒であり、自分の分野で悩まされ、未だ能力による本格的な実践もできず、己を何処に置いていいのか基準が解らないカルラにとって、爆発するには充分な要素が積もっていたのだ。

「………」

 菫は一瞬だけ間を取ってから立ち上がると、咥えていたラスクを齧り取り、(おもむろ)にカルラへと急接近する。

「な、なんですかっ!? 一体なも―――っ!?」

 急な事で怯えて後ずさりかけたカルラの口に、菫が食べかけのラスクを押し込み、強制的に黙らせた。

 突然の事に動揺して硬直するカルラ。

 菫は相変わらず崩すことのない無表情で、ラスクを指で軽く押し付けながら告げる。

「疲れてる時は、甘い物……」

 更に耳元に口を近づけ、いたわりに満ちた声音で囁く。

「大丈夫……」

「んぅ……っ」

 指でラスクが押し込まれ、口の中に甘い味が満たされる。菫の人差し指が一瞬だけ唇に触れると、そのまま菫はラウンジを後にして何処かへと消えてしまった。恐らくは自分の部屋に戻ったのだろう。

 しばらく固まってしまっていたカルラは、口の中に入ったラスクを呑み込み、片手で口元を隠しつつ呟いた。

「間接……なんですけど……?」

 女同士とは言え、さすがに頬が紅潮するのを感じながら、気まずい気持ちを味わっていた。

 頭は一瞬で冷静に戻った。

 それだけに今起こした自分の失敗が恥ずかしい。

 カルラは感情的に動く人間が嫌いだ。それが善であれ悪であれ、感情任せに動いた行動は碌な結果に繋がらないからだ。だから何も考えず、感情任せに動く輩は(やから)大っ嫌いだ。

(そんな私が、あろうことか感情任せにあんな事を………っ)

 罪悪感を超えて羞恥心が湧いてくる。いくら環境の変化によるストレスがあったとは言え、自分らしくない行動をとってしまった。恥ずかしすぎて床を転がりたい衝動に駆られたが、往来の場所でそれこそ恥ずかしいので必死に耐えた。

 代わりにゲーム盤を机に置いて再生し、先程菫がやろうとしていた事を再現する事で彼女の事を理解しようと試みる。殆ど羞恥心から逃れるための代替行為だ。

雨乞(あまご)いでも始めろっ!」

 殆どやけになって命令すると、駒達は一斉に雨乞いを始めた。その従順さ、涙が出るほど愉快な光景だった。

「次は宴だったかしら? その次は開門しちゃいなさいっ!」

 菫が言っていたことを思い出し、ターンが来る度に命令を付足していく。そして―――、

 

 ジャジャジャ、ジャ~~~~~ンッ!!

 

 ゲームがクリアされた。

「………へ?」

 援軍が先に到着し、無事、自分の(ユニット)達は合流を果たし、敵軍は撤退していった。

 一瞬何が起きたのか判らなかったカルラだったが、この状況がむしろ頭をクリーンな状態に戻してくれ、冷静に判断できた。

「ああ……」

 納得の呟きを漏らす。

 考えてみれば、確かに兵法にはこんな手段がちゃんとあったではないか。

 敵に囲まれ、窮地に立たされた状況なのに、むしろ笑い合ってバカ騒ぎなど始めたら、何かの策かと疑い、様子を見たくなる。そしたら今度は敵が“自軍の国の歌を歌い始めた”のだ。これは自分の国の者が誰か寝返っている可能性があるのではないかと自軍にまで疑いの意識を向けてしまう。更に様子を見ていれば、敵は戦いの準備そっちのけで妙な踊りを始めたり、籠城の身で少ない食糧を使って宴を始めたり、挙句の果てには門まで開いてしまった。こんな敵軍の行動、意味が解らず混乱してしまう。慎重で用心深い司令官ならなおさら策を疑ってかかるのが普通だ。

「つまり、この敵の司令官は、先程私が八束さんに怒鳴ってしまった時と同じ心境だったと……」

 理解できない物は不安を抱かせる。不安は人の心を蝕む最強のカードだ。この敵司令官(ユニット)も、自分も、八束菫にしてやられたと言う事だ。

 それでも、冷静に考えていれば自分で辿り着くことのできた解だ。それがここまで引きずってしまったのは、自分でも気づかないほどストレスを抱えてしまっていたからなのだろう。頭が固くなっていることを自覚し、カルラは自分を労わる事を肝に銘じた。

(そう言えば、最近甘い物食べてなかった……)

 菫にラスクを押し込まれたのも、その辺を見抜かれていたかもしれないと思うと、余計に恥ずかしくなってくる。

 Aクラスの生徒………。

 とても理解の難しい、独特のリズムを持ち、唯我独尊の連中ではあるが、その能力は間違いなく一級品。コンディションが悪かったとは言え軍略の勝負で自分が負けたのだ。『A』の評価は伊達ではなかったのだと理解する。

「あ~~……」

 そこでふと、カルラは思い出して天井を仰ぎ見る。

(失礼なこと言ったこと、謝らないと………)

 失態を思い出し、自己嫌悪+羞恥心。

 記憶は連鎖的に引っ張られ、その後の出来事まで思い出してしまう。

 

『大丈夫……』

 

「………~~~~~~~っっ/////」

 労わりの声を思い出し、カルラ・タケナカは、恥ずかしくなって額に手の甲を押し当てて視界を隠した。

 この日から、なんとなく八束菫を意識するようになってしまったカルラだった。




今回あとがき無し

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