空の追憶   作:西条

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第10話 花一匁

「あっいたいた。なぁヒカル、ジョーダンからタランチュラ貰ったんだけどさ、こいつ寮の部屋で飼ってもいいかな」

 

 大広間のグリフィンドール寮テーブルで、僕、ヒカル・ポッターの隣に座ってきたジェームズ・シリウス・ポッターは、開口一番そう言った。

 

 夏休みが明け、久しぶりに級友と出会えたこともあって、辺りはどこも賑やかだ。加えてこれから行われる組み分けの儀。

 一番の注目株は、やはり『あの』ハリー・ポッターの息子、アルバス・セブルス・ポッターだろう。うちが獲ると半ば確信しているグリフィンドールは、そりゃあもうざわめきが段違いだった。監督生達はアルバスが座る椅子まで用意している始末だ。

 

 弟がこれだけ注目されているというのに、相変わらずジェームズは通常運転だった。思わず半眼でジェームズを睨むと、ジェームズはビビったように身を震わせ、タランチュラが入ったカゴをそっと僕から遠ざける。

 

「や、やっぱ寮だと、飼うのは流石に難しい、かなー……?」

「談話室はまだいいけど、部屋に入れたら絶交するから」

「うん、ごめん……」

 

 ガクガクとジェームズは頷いている。

 はぁ、とため息をついた。

 

「お前、噂の中心にいるのが自分の弟だってのに、よくそんな能天気でいられるな。『スリザリンに入ったら二度と口利かない』とかアルバスに吹き込んだんだろ。可哀想に、あいつ怯えてたぞ」

「ジョークだよ、ジョーク……う、ごめんって、確かにからかい過ぎたよ、僕が悪かった」

 

 両手を上げたジェームズは「でもさ?」と苦笑いで肩を竦める。

 

「アルバスがスリザリンに入るなんてありえないって、ヒカルもそう思うだろ? だって僕の弟だぜ? 僕らの父さんは、かつて組み分け帽子からグリフィンドールの剣を取り出した生粋のグリフィンドール生だし、母さんだって何代遡ってもグリフィンドールばかりなウィーズリー家の出身だ。あいつがグリフィンドール以外に組み分けられるなんて、万に一つも考えられないよ」

「……まぁ、そうかもしれないけど……」

 

 そう言われれば認めるしかない。

 

「それよか、ヒカルはソラのことを心配した方がよくない? あんな人見知りで、これからやっていけるのかね」

 

 アルバスのことはこれでおしまい、とばかりにジェームズは話題をソラに変えた。

 

「やってけるも何も、やってくしかないんだから。いつまでも僕らにべったりじゃどうしようもないだろ」

 

 少し冷たい言い方になったものの、これは本音だ。ただ守ってやることはソラのためにはならない。これまでロクな苦労も知らずのほほんと育ったお気楽娘だ、少しは揉まれてくればいい。

 

「とか言っちゃってー、本当は可愛い妹のことが心配なクセにぃっ、このこのっ」

「は??」

 

 今度は真顔で見返してやった。ぴくんとジェームズは、僕を見ては動きを止める。

 

 母譲りのこの顔は、どうやら微笑みを浮かべていないとすこぶる怖いものらしい。怒ってないのに「怒ってる……?」と恐る恐る尋ねられることもしょっちゅうだ。常日頃ニコニコしていると軽薄っぽく感じられて嫌なんだけど、誤解されて機嫌を窺われるのも気分が悪い。

 

 だから普段は穏やかな微笑みを貼り付けているものの、こういう時は相手が即座に青ざめてくれるから便利だ。僕らの正面に座っていた女子生徒がビクッと肩を震わせたことについては、申し訳ないとは思うけど。

 

 ジェームズはプルプル震えている。肘でぐいと小突けば、ジェームズは「ブハッ」と詰めていた息を吐き出した。

 

「ヒカルの真顔、久しぶりに間近で見るとやっぱクるなぁ……」

「バカなこと言ってんなよ。……おい、来たぞ」

 

 大広間前方の扉が開かれた。新入生の入場を、僕らは拍手で出迎える。

 ついついソラの姿を探したものの、あいつは一年生の中でも埋もれるほどにちびだから、パッと見で見つけるのは至難の技だ。

 

 ……父も母も小柄なんだよな。ユークおじさんも大きい方じゃないし、高望みはしないまでも、せめて平均……いや、男の価値は身長ではない……でもアリスおじさんもシリウスおじさんも上背はあるし……。

 

 そうこうしているうちに組み分けが始まった。副校長である父に名前を読み上げられた生徒が、一人ずつ帽子を被っていく。

 

 帽子が寮の名を呼ぶごとに、呼ばれた寮の生徒は高らかに、そうでない寮の生徒も入学おめでとうの気持ちを込め、暖かに手を叩くのが習わしだ。

 

 ローズとスコーピウスは、それぞれグリフィンドールとスリザリンに組み分けられる。

 順当というべきか、予想通りの結果に頬杖を付きながら眺めていると、父がソラの名を呼んだ。

 

「は、ぅ、ぁいっ」

 

 情けない声が聞こえてくる。

 緊張故か覚束ない足取りのソラは、父に促され椅子に座った。被せられた帽子は、大きすぎてソラの肩までもをすっぽり覆い隠している。

 

「なぁ、ヒカル。お前は、ソラがどの寮に入ると思ってんの?」

 

 ジェームズが尋ねかけてきた。

 

「それ聞いて、何の意味あんの? あとちょっと待ってりゃ結果出るのに」

「単純な興味だよ。ヒカルの思考のクセを知りたい」

 

 そう言ってジェームズはにやりと笑いかける。あっそ、と肩を竦めた。

 

「まず、レイブンクローとスリザリンは無いだろ」

「なんで? 君らの父さんと母さんの出身寮じゃん。ソラは本好きだし、レイブンクローもあり得そうだけど?」

「お前らんとこは家柄もありそうだけど、うちはそういうのないからな。母さんは確かにベルフェゴールでスリザリンの出身だが、あの性格はグリフィンドール寄りだろ。そこんとこ、ちょっとシリウスおじさんと似てる」

 

 シリウスおじさんも、代々スリザリンの家系だったところをただひとりグリフィンドールに放り込まれたと聞く。由緒正しいブラック家の直系長子がグリフィンドールとは、さぞや面白い組分けとなったことだろう。

 

「まぁ、スリザリンは無さそうだとは思うよ。だってソラ、野心のカケラも見当たらないんだもの」

「あいつは和を尊ぶし、何より揉め事を嫌うからな。そしてソラは本は好きでも、未知のものに対する探究心は持っちゃいない。あいつは書痴だが、好むのはもっぱら空想小説(ファンタジー)だし、SF(サイエンスフィクション)も理論的な部分は読み飛ばして感情を掬い楽しむタイプだ。父さんのように理詰めで相手を叩き潰して楽しむ人でもないしな」

「いや、アキ教授も理詰めで相手を叩き潰して楽しむ人じゃないだろう……?」

 

 何故かジェームズが引いていた。さぁどうだろうかと首を傾げる。

 

 忌憚なき意見を息子から言わせてもらうとすれば、父を始め、ユークおじさんやアリスおじさんらレイブンクロー出身者は、裁判の資料集めや根回し等をしているとき、とても生き生きしているように見える。

 どんな相手であろうと手を抜かない、なんて聞こえは良いが、極上の笑みを浮かべながら相手の(メンタル)を撲殺する手段を論ずる父たちは、味方でいれば心強いものの、敵には絶対に回したくない相手だ。

 

 ちなみに、その裁判──シリウス・ブラックの汚名を返上し、ブラック家の名誉を挽回する裁判──は、当然ながら父達が勝利を収め、賠償金をがっぽりと手に入れていた。

 ついでに言えば、そんな賠償金もブラック家にとってみればはした金だったようで、シリウスおじさんはぱぁっと豪勢なパーティーを開いた後、子供達にも箒や貴重な薬草、本などを買い与えてくれた。

 

 ともあれ。

 

「……ま、そんなわけでスリザリンとレイブンクローはないだろ。とすると残っているのはグリフィンドールかハッフルパフだけど、僕の意見としてはグ「ハッフルパフ!!」……」

 

 組み分け帽子に声を被せられた。

 わぁっと隣のテーブルが湧く。ジェームズは半笑いのまま僕を見たあと、壇上を見ては拍手をした。

 

 組み分け帽子を父に返したソラは、慌てた様子でハッフルパフのテーブルへと駆け寄って行く。

 途中で僕と目が合ったソラは、えへへとよくわからない笑みを浮かべていた。とりあえず安心させるように頷いてやると、ソラの顔がぱぁっと明るくなる。ついでに気も緩んだか、長椅子の足に蹴躓いてそのまま転んだ。慌てた声がそこかしこで上がる。

 

 ハッフルパフの監督生がソラを助け起こしたのを見て、僕は上げかけた腰を静かに下ろした。はは、とジェームズは生暖かい目で僕を眺めていたが「ま、ソラはなんとかやっていけるよ、安心しろって」と僕の肩をポンと叩く。

 

「は? 別に心配なんてしてない」

「そっかー、ヒカルが言うなら、そうだよなー」

「…………」

 

 知ったような顔をされるのはムカつくが、ここで怒っても仕方ない。

 

 壇上を見れば、今はアルバスが組み分け帽子を被っていた。少し時間が掛かっているようで、グリフィンドールのテーブルは、今か今かとそわそわしている。

 

「……結構、長いな?」

「帽子とお喋りでもしてんじゃね」

 

 ならいいんだけど、と呟いて目を細めた。その時、帽子がやっと重たい口をこじ開ける。

 

 

「────スリザリン!!」

 

 

 その声に、大広間にいた全員が動きを止めた。

 

 グリフィンドールは帽子が叫んだ寮が期待と違ったことに衝撃を受けていたし、無関心を貫いていたスリザリンは、いきなり名前が出てきて困惑している。

 

 誰もが、呆気に取られていた。

 凍えるような沈黙を一番痛いと感じているのは、恐らく当のアルバスだ。

 

 ──拍手を

 

 回らぬ頭でただ思う。

 

 ──拍手をしろよ、スリザリン生!

 ──英雄の息子を獲得したのはうちなのだと、頼むからそう、誇ってくれ。

 

 でないと、アルバスはどうなる。

 ずっと申し訳なさに身を縮め、苦しい思いで七年間を過ごすことになってしまう。

 

 聞こえた能天気な拍手に、はっと目を向けた。

 凍りつく世界の中、ただひとり、ハッフルパフのテーブルに付いたソラは、明るい顔で無邪気に手を叩いていた。

 

 あの能天気なお気楽娘は、それからやっと周囲の空気に気が付いたのだろう。あれ? という顔をして、そっと辺りを窺おうとする。

 

 その拍手を、隣にいた監督生が引き継いだ。彼が周囲に目を遣ると、ハッフルパフ生はハッと我に返った顔をする。

 一歩遅れて、レイブンクローが続いた。

 

 まばらな拍手の中を、青ざめた顔でアルバスが歩く。勿論、スリザリンのテーブルに向かってだ。

 未だにスリザリン生は、凍りついた顔でアルバスを見つめている。

 

「…………」

 

 組み分け帽子を手に持つ父は、軽く眉を寄せて帽子を眺めては、何やら考え込んでいるようだった。普段のにこやかな笑みは影を潜めている。薬草学担当のロングボトム教授に声を掛けられて、やっと父は顔を上げると、粛々と組分けを再開した。

 スコーピウスが、明るい表情でアルバスに声を掛ける。

 

「アルバス! 僕の隣が空いてるよ──」

 

 そこまで見届けた瞬間、胸倉をぐいっと掴まれた。誰か──なんて、言うまでもない、ジェームズだ。

 

「なんでだ……なんで、アルバスが……!」

 

 眉をぎゅっと寄せたジェームズは、僕をじっと睨み付けていた。その顔は青ざめ、信じられないとばかりに震えている。

『なんで』を今一番言いたいのは、アルバスの方だろう。

 

「落ち着け、ジェームズ」

「この状況で落ち着いていられるか!? 一体どうして、そんな、あいつは僕の弟なんだぞ!」

「ジェームズ」

「だってあり得ないだろ! アルバスがスリザリンなんかに入るなんて、きっと〈あんなやつ〉の名前を受け継いだのが悪かったんだ!」

 

 にわかに始まったジェームズと僕の諍いに、周りの生徒が注目していた。僕らを仲裁するべきかと、何人かが腰を浮かしている。

 

 まずいことになる前にと、僕はジェームズの襟首を逆に掴みそのまま体重をかけてひっくり返した。マウントポジションを奪い返すと、ジェームズが何かを言う前に奴の鼻先に指を突きつける。

 

「お前が創始者の何を知ってる。どうしてグリフィンドールは良くて、スリザリンはダメだと言うんだ。お前が何をもって寮の善し悪しを論じる? スリザリンに組み分けされることの何が悪い。言ってみろ」

 

 ジェームズは苦々しい顔で、僕からふいっと顔を背けた。他の奴なら怯む問いかけも、生まれた頃からの付き合いであるこの従兄弟には通じないらしい。

 

「…………別に。ただ、英雄の息子らしくないなと思ったまでさ」

「……ジェームズ」

 

 ジェームズは僕の手を振り払うと、そのまま突き飛ばして僕を退かした。髪をぐしゃぐしゃにすると、仏頂面で腕を組む。

 

「あんなやつ、僕の弟じゃない」

「は? ……滅多なことを言うなよ」

「静かにしろよ、ヒカル。校長の有難い話が始まるぜ」

 

 ジェームズの言葉に思わず鼻白んだものの、マクゴナガルに新学期早々目を付けられるのは御免だ。

 

 新入生への挨拶とホグワーツの簡単な案内、禁じられた森への立ち入りを禁ずる規則などがマクゴナガルから淡々と説明された後、マクゴナガルは新しい先生の紹介に入る。興味なく聞いていた僕らは、その言葉に目を上げ──ハッと息を呑んだ。

 

「紹介します。彼女は今年度から、闇の魔術に対する防衛術について教えてくださることになりました。また別途、ハッフルパフの寮監としても携わっていただきます。どうか皆さん、失礼のないように」

 

 マクゴナガルがきびきびと言った。続きを引き継ぐよう、彼女は一歩前に出る。

 

 

『でもね……すぐ、また会えるよ』

 

 

 思い出すのは、ダイアゴン横丁で出会った彼女が最後に告げたあの言葉。

 アルバスの淡い恋心を躱す方便だと思っていたが──まさか。

 

 ジェームズも驚いたように目を見開いては、僕を勢いよく振り返った。僕の二の腕を掴んで揺さぶるので、わかってるとの意も込め振り払う。

 

 彼女はわかっていたのだ。こうして、すぐに出会えることを。

 ここには『就職』で来たと、確かにそう、言っていたじゃないか。

 

「はじめまして。今年度より、ここホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教師を仕ります、デルフィーニ・リドルと申します。ここ、ホグワーツで皆さんと会うことができる日を、心から待ち詫びていました。まだまだ未熟者ですが、拝命した任に恥じぬよう、精一杯頑張って行こうと思います」

 

 ダイアゴン横丁で出会った『彼女』──デルフィーニ・リドルは、そう言ってにっこり微笑んだ。

 

 

「皆さん、どうぞよろしくお願いいたしますね」




あの子が欲しい、この子が欲しい。
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