良かったら、読んでみてください!
更新は遅いかもしれませんが、がんばります。
「黒い線? どこにそんなのが描いてあるんだい?」
何を言っているのかわからない、みたいな顔で眼鏡の先生にそう聞き返される。
「だからあちこちです。壁にも天井にも、先生の体にも」
先生の眉間に皺が寄る。
「先生にはそんな線見えないなぁ。……
「床がないところに立ったりできます」
先生はますます眉間に皺を寄せてしまう。
こんなにはっきりと線が描いてあるのに、どうしてわからないんだろう。
ふと自分の右手を見てみたら、そこにも黒い線が描かれていた。
何となく、ツギハギみたいだな、と思った。
その途端、なぜかわからないがひどく気持ち悪くなる。思わず下を向いて目を閉じてしまった。
「司綺くん? どこか気分が悪い?」
「ごめんなさい。なんだか疲れちゃって……」
先生の隣に立っていた看護師さんが心配そうに聞いてくれるが、うまく説明できる言葉が思いつかず、曖昧な言葉で答えてしまう。
「まだ目が覚めたばかりだ。無理もない。続きはまた今度にしよう」
見かねた先生は看護師さんと頷き合うと、立ち上がった。
「司綺くん。はっきり覚えていないかもしれないが、君はとっても大きな怪我をしたんだ。今はとにかくゆっくり休むようにね」
先生が出て行くのだと感じて、顔を上げて目を開ける。あいさつはしっかりしなさいと教わっているのだ。
「はい。ありがとうございます」
先生は優しく微笑みながら小さく頷くと、「ご義両親を呼んでおくからね」と言って、そのまま看護師さんと一緒に部屋から出て行った。
一眠りの後、最初に目に入ったのは病院の白い天井と、やっぱりそこに走る黒い線だった。
窓から入る西陽の眩しさに、思わず「んっ」と声が漏れる。
それで気が付いたのか、視界に2つの顔が飛び込んできた。
「司綺!」
お義父さんとお義母さんだった。
今にも泣き出しそうな顔。お義母さんは実際泣いていたのかもしれない。目元が少し赤くなっていた。
僕はそんな2人に目を向けるも、うまい言葉が思いつかず、そのままただ見つめ続けてしまう。
それでも顔を見て安心したのか、泣きそうな顔のまま笑みを浮かべたお義母さんが、僕を優しく抱きしめた。お義父さんも安心したように後ろで息を吐いている。
自分の身に何が起こったのか、頭にモヤがかかったようでよく思い出せない。それでも、とても心配をかけてしまったことだけははっきりとわかった。
「心配かけて、ごめんなさい」
お義母さんは僕を抱きしめたまま首を横に振る。
「いいの、いいの。ごめんね……!」
お義母さんはついには涙を流し始めてしまった。なんて返せばいいかわからず、僕はまた黙ってしまう。
戸惑いながらお義父さんに目を向ければ、微笑んだままごつごつした右手で頭を撫でられた。
2人の温かさが心地よい。
それでも、視界に映る黒い線のせいでどうにも気分は晴れなかった。
お義母さんが落ち着いてから、これまでのことを聞いた。
僕は
何ともまあ壮絶なことだ。
自分の身に起こったことでありながら、その時のことが全く思い出せないので、そんな他人事のような感想を抱いてしまう。
よく思い出せない、ということを伝えると、ショックで記憶が飛んでしまっているかも知れず、無理に思い出そうとしない方が良いということだった。先生が事前にその可能性を2人に伝えていたらしい。
僕を襲った
そしてそのヒーローだが、僕を病院まで連れて行くと、そのまま名乗らずに去ってしまったらしい。あまりテレビなどで名の知れたヒーローではなかったのか、応対した病院の職員も誰だか分からなかったらしい。お礼が言いたかったのだが、残念だ。義両親も残念がっていた。
一通りのあらましを聞いたところで、僕の体調の話になったが、黒い線を見続けたことでまた気分が悪くなってきてしまった。
これ以上義両親に心配をかけたくなかったので、黒い線のことは話さず、眠くなってしまったということにして、話を切り上げてもらうことにした。お義母さんが明日からも毎日来ると言っていたので、無理しなくていいと言ったが、「私が来たいの!」の一点張りだった。
実の息子じゃないのに、と一瞬思ったが、口にしてはいけないことはわかっていたので、曖昧に微笑むだけにしておいた。
義両親が帰った後も気分は直らず、目を開けていると嫌でも黒い線が目に入るので、本当に眠ることにした。
看護師さんに食事を勧められたが、食欲も湧かなかったので断った。
次の日の朝、最初に目に入ったのは病院の白い天井と、やっぱりそこに走る黒い線だった。
朝になれば見えなくなるんじゃないかと少し期待していたのだが。
ただ、一晩眠ったおかげか、昨日より気分が良い。今なら、多少黒い線を見ていても平気な気がして、考えを巡らせることにした。
昨日の先生と看護師さんの様子から、この黒い線はどうやら自分にだけ見えているようだ。
体を起こし、何とは無しに、ベッドサイドのミニテーブルに置いてあった花瓶に手を伸ばした。花瓶にも、そこに刺さっている花にも、当然のように黒い線が描かれている。
花瓶の黒い線に指を沿わせてみる。
すると、指が黒い線の中に沈み込んだ。
途端に襲って来る不快感。触れてはならないものに触れている感覚。
すぐさま指を抜き取る。
不快感が収まる。花瓶をよく観察してみるが、割れやひびは特に無く、水が漏れ出す様子もない。
指が沈み込む感覚。陶器に触れているのとは明らかに違う感触だった。
ただの目の異常であるなら、こんなことはあり得ない。
何かが、おかしい。
もう一度、黒い線に指を沿わせる。
ゾワッとした感覚。言いようの無い不快感。不安。
しかし、好奇心が勝ってしまう。
そのまま線に沿って指を這わせていく。
花瓶の内側に指が入っているはずなのに、全く抵抗なく指が通っていく。
そして、指が線の端まで辿り着いた途端、
花瓶は、音もなく、割れた。
瞬間訪れる先ほどとは比べものにならない不快感。吐き気。忌避感。
思わず花瓶の片割れからも手を離す。床に落下した片割れがガシャンと音を立てて更に割れる。
気持ち悪い。吐き気を堪えるために口に手を当てる。気持ち悪い。
今、何をした? わからない。気持ち悪い。
知らない。なぜ割れた? ありえない。気持ち悪い。
黒い線を見たくなくて目を閉じる。
あの感触を思い出したくなくて、首をブンブンと横に振る。
それでも込み上げる不快感は収まらない。
体を起こしているのもつらくて、横になる。
呼吸が荒いのが苦しくて、努めて深呼吸をする。
それでも気持ち悪さは消えてくれない。
花瓶を■■した感覚が消えてくれない。
どれくらいの間そうしていたのだろうか。
数時間のような気もするし、ほんの数分だったような気もする。
少しだけ気分は落ち着いた。意を決して目を開ける。
視界には、白い天井と、そこに走る黒い線。
起きた時の気分の良さは吹き飛んでしまったが、先ほどのような吐き気はもう込み上げてこなかった。
体を起こすと、ふとんのお腹あたりのところにシミができていた。花瓶に入っていた水によるものだろう。
ベッドの左側の床を見てみれば、花瓶の破片と花が散らばっている。
先ほどの出来事が夢などではないことを思い知らされる。
黒い線をなぞったら、花瓶が割れた。
冗談ではなく、この黒い線はツギハギなのかもしれない。
サイドテーブルにあるボールペンを手に取り、そこに走る黒い線をじっと見つめて、息を呑む。
いや、そんなはずはない。ツギハギなんかであるはずがない。
花瓶がとんでもなく脆くなってしまっていて、それがたまたま割れてしまっただけだ。
黒い線が見えるのは、ヴィランに負わされた大怪我の後遺症で視界がおかしくなってしまっただけだ。
一過性のものか一生このままかはわからないけれど、視界がなくなったわけではない。
なんとか折り合いをつけてやっていけばいいんだ。
自分に言い聞かせながら、ボールペンに走る黒い線に指を近づける。
呼吸が荒くなる。
先ほど花瓶を■■しただけで、何も考えられなくなるくらい気分が悪くなったのだ。また、あれを味わうことになるのかもしれない。
だが、それでも確かめなければならない。指でなぞっただけで、ボールペンが壊れるわけはないのだと。
身の回りがツギハギだらけなんて、そんなオカルトじみた妄想を笑い飛ばすために。
黒い線に、触れる。指が、沈み込む感覚。
ますます呼吸は荒くなる。
そのまま、黒い線をなぞる。
悲しいくらいにあっけなく、ボールペンは真っ二つに割れた。
気分が悪い。吐き気が襲ってくる。
が、今度は心の準備をしていたからか、耐えられない不快感ではなかった。
上がった息をゆっくりと整える。
脆くなっていたとしても、花瓶があれくらいで割れるわけがないのだ。そんなことはわかっていた。それでも、自分があんな簡単にモノを■■してしまったことを信じたくなかった。
だが、現実は優しくなかった。この黒い線は、正しく"ツギハギ"らしい。
改めて周囲を見渡す。壁、天井、ベッド、サイドテーブル、カーテン、床、そして自分。黒い線はありとあらゆるモノに走っている。ありとあらゆるモノは、全てツギハギだらけ。
知らなかった。知りたくなかった。世界がこんなにもツギハギだらけなんて。
これでは、いつ自分が■■されてしまってもおかしくないじゃないか。いつ自分が■■してしまってもおかしくないじゃないか。
こんなにも簡単に花瓶を、ボールペンを、コロしてしまったのだから。
気分が悪い。コロしたときの不快感とは別の気持ち悪さ。どうしようもない不安。
目の前に広がる世界を見たくなくて、眠くもないのに目を閉じて眠ろうと試みる。
目を閉じれば、黒い線は見えない。そのことに、少しだけ安心する。現実を忘れようと、とりとめのないことを考えるように努める。
そういえば、花瓶を割ってしまったことを病院の人に言っていなかった。危ないし、布団も濡れてしまっている。でも、目は開けたくない。一眠りしてから言えばいいか。怒られるかもしれないし、言い訳を考えておこう。花瓶を手に取ったけど、思ったより手に力が入らず落としてしまった、くらいでいいか。2週間も眠っていたのだから、体力が落ちていてもおかしくないだろう。
僕を助けてくれたヒーローは誰なんだろう。名を名乗らず助けてくれるヒーロー。かっこいいけど、助けられた側からすると名前くらい知りたくなる。直接会って、は難しいだろうけど、手紙でも何でもいいから、お礼が言えればいいのだが。僕が襲われたことがニュースになっていれば、ヒーローの名前もわかるかもしれない。退院したら調べてみよう。
やっぱり僕もヒーローになりたいな。僕の個性はどんな風に活かせるかな。足場がないところでも自由に動けるから、助けを求めている人のところにいち早く駆けつけられるかもしれない。
でもこんな目でヒーローになれるのかな。
ああ、結局思い出してしまった。が、幸い意識はボンヤリとしてきている。一旦現実から離れることはできそうだ。
次目覚めるときまで、世界が壊れてしまっていないといいな、なんてバカげたことを本気で願いながら、僕は眠りに落ちた。
目を開ける。目に入るのは白い天井と、黒いツギハギ。
それをぼうっと見つめていると、床からカタン、という音が鳴った。目をやれば、なにかの破片が落ちている。破片の落ちた場所の上を見上げると、ツギハギに沿うように天井の一部が欠けていた。
血の気が引く。ここから逃げなければ。
そう思う間にもみるみると天井が崩れ、その破片が司綺に降り注ぐ。
「うわぁぁぁ!」
目をギュッと閉じ、両腕で自分の頭をかばう。
破片が腕に当たった。イタミハワカラナイ。
薄く目を開けると、そこにあるはずのモノが片方なくなっていた。そのすぐ側には、司綺の右腕だったものが転がっている。
――コロされる! 助けて!
うまく立ち上がることもできず、ベッドから転がり落ちる。とにかくこの場所から離れなければ。
しかし、次の瞬間には、司綺のいた床さえもボロボロと崩れていく。
どうすることもできない。崩れていく世界と共に司綺の体は暗闇へと落ちて行く。
目を開ける。目に入るのは白い天井と、黒いツギハギ。
思わず、自分の右腕があるはずの場所に目を向けた。そこには、確かに自分の右腕が繋がっていた。
あれは夢だったのだ。まだ、世界は壊れていなかった。荒くなっていた息が、少しだけ落ち着く。
が、本当に夢の話だけで済むだろうか。現に、世界はこんなにもツギハギだらけではないか。
今、この瞬間に世界が崩れてしまってもおかしくないではないか。
こんなところに居てはいられない。どこかツギハギのない場所に行かなければ。
スリッパも履かずに病室を飛び出す。廊下にも黒い線は広がっていた。ここではダメだ。
出口の方向へ向かって走り出す。すれ違った看護師が何事かと声をかけてくるのも脳に入らない。とにかくこのツギハギだらけの場所から抜け出したくて、それだけを考えて走った。
曲がり角を勢いよく曲がる。そこで、何かにぶつかってしまった。反動で尻もちをついてしまう。
「君、病院で走っては危ないよ」
そこにいたのは、数え切れないほどのツギハギを張り巡らされた、老男性。司綺に向かって今にも朽ちてしまいそうな真っ黒な右手を差し出している。
「ああぁぁぁ!」
恐ろしくて、たまらずすぐに立ち上がって走り出す。ここにいたら、コロされてしまう。コロしてしまう。
脇目も振らずに走り続けて、病院を出て、それでも走り続けた。息が上がるのも、脇腹が痛くなるのも、胸の傷口が痛むのも忘れて、ただただ走り続けた。
そうして着いたのは、あたり一面の草原だった。草原にもたくさんのツギハギが巡っていたが、もうどうしても走り続けることができなくて、地面に背中から倒れ込んだ。
上がりきった息をゆっくりと整えて、目を開ける。
目に入るのは、青い空と、白い雲。それ以外には何もなかった。
思えば、怪我をしてからちゃんと空を見上げたのはこれが初めてだった。久しぶりに見るツギハギのない景色に、ひどく心動かされる。
さすがに空が落ちて来ることは無さそうだ、なんていうどうしようもないことを思っているうちに、気づけば司綺は涙を流してしまっていた。
どうして僕だけ、こんな世界に放り込まれてしまったのだろう。
両親を早くに亡くしてしまったけれど、それでも優しい義両親の元で温かく暮らしてきたのに。
当たり前のようにヒーローに憧れ、個性の発現に喜び、いつか世界を守るんだ、と友達と笑い合っていたのに。
だというのに、今はその世界が怖くて怖くて仕方がなかった。こんなツギハギだらけの世界を、守れる気がしなかった。
それがとても悲しくて、声を上げて泣いた。
「君、そんな所に寝転がっていると危ないわよ?」
突然頭の後ろからかけられた声に驚いて、どうにか嗚咽を抑えながら体を少し起こして振り向く。
そこにはトランクを片手に携えた赤髪の女性が立っていた。
「誰……?」
「私? 私はね……」
女性は口角を上げて、自信ありげに答えた。
「通りすがりの魔法使いかな」
これは僕、
お読みいただきありがとうございます!
プロローグはほぼ月姫と同じになってしまっていますが、次回からちゃんとヒロアカのお話になります。
良かったら次回も読んでみてください!