三度目となる雄英高校への訪問。今日からは"登校"と言った方が適当か。
そびえ立つ巨大な校舎を見るのも三度目だが、この場所を日常として捉えられるようになるのにはもうしばらく時間が必要そうだ。
ちょうど登校ラッシュの時間なのだろう。同じ制服に身を包んだ生徒たちが続々と校舎へと向かっている。中には浮き足立った様子の生徒もちらほらと見られる。恐らく司綺と同じ新入生だろう。
新入生同士で早速挨拶し合っている者もいるようで、思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。残念ながら、司綺にはそのような積極的な振る舞いはまずできそうもない。
自分のクラスである1年A組へと、誰と会話するでもなく向かう。
心臓の鼓動が少しばかり速まっているのを自覚する。なんだかんだ新しい環境に自分は緊張しているらしい。
自分で言うのもなんだが、司綺はヒーローになりたい気持ちこそ強いものの、正直なところそこまで社交的な方ではないし、物事をどこか冷めた見方をしてしまうような部分があると自覚している。
中学まではそれでも特段問題なかったが、ヒーロー科はその性質上、向上心が強く熱血な生徒が集まりやすいのではないかと司綺は考えていた。ことトップ校である雄英では特にその傾向が強いかもしれない。例えば入試説明時にプレゼント・マイクに質問していた超がつくほど真面目そうなあのメガネの受験者とか。
もし仮にそんな性格の生徒しかいなかったら、自分は上手くクラスに溶け込んでいけるのか、不安がないといえば嘘になる。
やけに大きな教室の扉の前までやってきた。個性によっては体が大きいものもいるだろうから、そういったケースへの配慮だろう。さすがは雄英といったところか。
一呼吸のうち、扉を開ける。不安もある一方、何とかなるだろうという気持ちもある。自分が悲観的なのか楽観的なのか、ときどきよくわからなくなる。
教室の風景は思っていたよりも普通だった。既に半数以上の生徒は来ているようで教室の中は割と賑わっているものの、やや緊張した面持ちで誰と会話するでもなく席に座っている生徒もいるようだ。
どうやら先ほどまでの心配は杞憂に終わりそうだ。みんなあの超高倍率の入試をくぐり抜けた優秀な生徒であることには違いないだろうが、それでも司綺の思う一般的な高校の教室の雰囲気と、そこまで大きく変わらないのかもしれない。
黒板に貼り出されている席順を確認し、自分の名前を探す。
と、そこで4列ある机のうち、廊下側から2列目だけ机が1つ多いことに気付く。
推薦枠含めてヒーロー科の定員は40名。てっきり20名のクラスが2つあるのかと思っていたが、どうやらこのクラスは21名のようだ。もう1クラスを19名にしたとは思えないので、定員よりも少し多めに合格としたのだろう。
ボーダーラインに同点が何人かいたのか、本来ボーダーにギリギリ及ばなかったものがよほど有望だったのか。いずれにせよ、定員より若干多いなんていうのはよくある話だろう。
隣の席がいない廊下側2列目最後方の砂糖力道という生徒に軽く同情の念を抱いたところで、自分の名前を見つけた。司綺の席はその廊下側2列目の前から2番目。授業中は寝ない方が良さそうな配置だ。
早速自分の席に向かい、机の脇に荷物を掛けたところで、後ろの席から声をかけられる。
「お、席前後! よろしくな! 俺、上鳴電気!」
いかにも陽キャという雰囲気を醸し出した金髪の生徒だ。仲良くできるかは不安だが、基本的に外面だけは良い司綺だ。笑顔を作って返事をする。
「ああ、俺は風見司綺。こちらこそよろしく」
言いながら椅子に座ると、上鳴は何も言わずこちらを見つめてくる。
「ん、何?」
「もしかしてお前、入試の時0
上鳴が司綺の顔を見ながらそれなりの声量でそんなことを言ってくる。近くにいた数人生徒の視線が司綺の方に向いた。
目立つのがあまり好きではないため内心うんざりしながらも、嘘をついても仕方ないので正直に答える。
「ああ、まぁ戦ったというより時間稼ぎだったけど」
最後の決着の部分は少なくとも生徒たちには見られていない、はずだ。
「やっぱそうか! 俺同じ会場だったけど、あれに立ち向かうなんてすげーよ!」
上鳴は興奮した様子を隠さない。周囲の視線がますます自分に向く。ため息をつくわけにもいかず、司綺は仕方なく苦笑を浮かべる。初日からあまり注目されるのは勘弁願いたいのだが。
と、その時右手の方から1人の生徒が姿勢正しく歩いてきた。青髪とメガネが特徴的なその生徒には見覚えがあった。
実技試験の全体説明時に質問をしていた生真面目そうな受験者だ。彼も無事合格していたらしい。
「君もあの試験の本当の意図に気付いていたというのか!?」
司綺の両肩に手をかけながら鬼気迫る顔を近付けてくる。思わぬ接近に司綺はさすがに少し逃げるように体をのけぞらせる。
「いや、気付いていたとかじゃないけど、どうにかしなきゃと思って……」
そこまで答えたところでこの生真面目生徒も自分の迫り方に問題があると気付いたようで、司綺の肩から手を離すと咳払いをしてメガネをくいっと上げた。
「……いずれにせよ、君は既にヒーローとしての気概をしっかり身に付けているということだ。俺も見習わなければ」
やや尊敬の念さえ感じさせる目で司綺を見つめてくる。変に期待されるのも勘弁願いたい司綺は「そんな大層なものじゃないよ」とやはり苦笑を浮かべるしかなかった。
「順番が前後してすまない」と前置きをした上で、その生徒は飯田天哉と名乗った。話題を逸らす意図も込めて、飯田が最初に放った言葉に疑問を投げかける。
「そういえば、最初に『君も』と言っていたけど……」
「ああ、俺の会場でも瓦礫に足を挟めた女子を救わんと……」
突如、窓際の席からどさっ、と大きな音をした。途中まで答えていた飯田も含め、生徒たちの視線がそちらに集まる。
そこにいたのは目つきの悪い薄い金髪の生徒。今の音は彼が乱暴に椅子に座った音らしい。すると彼はそのまま面白くなさそうに机に両足をかけてくつろぎ始めた。雄英にも意外と不良生徒はいるものなのだろうか。
「うわー、ガラわりぃ」
「やめとけ、ああいうのは意外と耳聡いぞ」
上鳴が耳打ちしてくるが小声で制止する。入学初日からわざわざ変に因縁をつけられることもないだろう。
「おい、そこの! なんか文句あんのか、ああん!?」
ほら言わんこっちゃない。
案の定こちらをしっかりと睨みつけてきた。上鳴を少し恨みながらパッと身体の向きを黒板の方へ戻す。内容までは聞こえていないことを願いながら素知らぬ顔を作る。左隣の紫髪の女子生徒が同情を感じさせる視線を向けてくるのが視界の端に映った。どちらかというと呆れられているような気もする。
「君!」
他の生徒たちが巻き込まれたくなさそうに露骨に目を向けないようにしている中、声を上げながら不良生徒に近づいていく生徒がいた。先ほどまで司綺たちと話していた飯田である。
さすがは熱血真面目飯田くん、と司綺は心の中で感謝する。これで司綺たちから矛先がずれてくれるだろう。
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ! てめーどこ中だよ端役が!」
不良生徒の態度があまりにイメージ通りで口角が上がりそうになるのを堪える。なお、残念ながら司綺も学校の机を使うときに先輩や製作者のことを思い起こしたことはない。
不良生徒は飯田に対して怒りどころか挑発的な笑みを浮かべている。立ち上がる気配はなく、さすがに初日から暴力沙汰になることはなさそうだ。
ふぅ、と一息ついた司綺は再び彼らから視線を外し、前を見た。と、前の席の生徒と目が合った。
「あ、よろしく。俺、尾白猿夫。風見くん、だよね?」
尾白と名乗った淡い金髪とふさふさそうな尻尾が特徴的な生徒が笑みを向けてくる。司綺の名前は先ほど上鳴に名乗ったのが聞こえていたのだろう。「こちらこそよろしく」と返すと、尾白は浮かべていた笑みを苦笑に変えた。
「やっぱ雄英ともなると個性的な人が多そうだよね……」
確かに飯田や不良生徒を見ているとそう思うのも無理はないだろう。が、司綺としては今のところクラスへの印象はそう悪いものではなかった。
「俺は『クラス全員熱血体育会系!』とかじゃなくてむしろホッとしてるけどね」
司綺が冗談めかしてそう言うと、尾白は「言えてる」と少し声を上げて笑った。尾白とは比較的波長が合うかもしれない。近くの席にそのような生徒がいるのはありがたい。
そんなことを考えていると、飯田が今度は教室の入り口の方へツカツカと歩いていく姿が目に入った。忙しない奴だ。
飯田の向かった先には、扉から教室の中の様子を伺っている1人の男子生徒がいた。
跳ねた緑髪とそばかすが特徴的な穏やかそうな生徒だ。見覚えがあるような気がする。
「君はあの試験の構造に気付いていたのだな」
緑谷出久と名乗ったその生徒に悔しそうに声をかける飯田。
なるほど、飯田が司綺に「君も」と言ったのはこの緑谷の存在があったからなのだろう。そうすると、緑谷もあの巨大
「あ! そのモサモサ頭は!」
と、悔しそうな飯田を前に戸惑う緑谷の背後から栗色の髪をした女子生徒が現れた。こちらも見覚えがある気がしないでもない。
その女子生徒は緑谷に嬉しそうに「パンチ凄かったもん!!」などと話しかけている。あの2人も入試の中で交流があったのだろうか。対する緑谷は顔を真っ赤にしてしどろもどろに喋っている。
「あっ」
その光景を見て思い出した。突然声を上げた司綺に尾白が「どうした?」と声をかけてくるが、わざわざ話す内容でもないので「なんでもない」と返しておく。
見覚えがあると思ったら、実技試験の日に校門のそばで転びそうになっていたのが緑谷で、それを助けたのがあの女子生徒であった気がする。
なるほど、どうやら2人とも合格したようだ。超倍率の中、飯田を含め印象に残っている受験者たちがこうも合格したというのは単なる偶然だろうか。まあ単なる偶然だろうが。
そんなことを考えていると、登校時間を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。入学に浮き足立つ生徒たちはチャイムの音くらいでは中々静かにはならない。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け」
廊下からそんな声がかかり、生徒たちの目が一気にそちらに向く。
そこには寝袋に身を包んだ男が横になっていた。男は
「ここは……ヒーロー科だぞ」
言いながらゼリー飲料を飲み干した男は気怠そうに身を起こそうとする。
今、生徒の思いは男に対する驚きと疑問で1つになっただろう。寝袋から出てきたのは無精髭を蓄えた男。状況を考えると恐らく教師なのだろうが、くたびれた風貌からはとてもそうは思えない。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
相澤と名乗った男は体操服に着替えてグラウンドに集合するよう言うと、さっさと教室を出て行ってしまった。ガイダンスや入学式があることを想像していただろう生徒たちは一様に戸惑った様子を見せる。が、他にどうすることもできず、とりあえず指示に従うしかなかった。
「あの教員もヒーローだったりするのかな?」
着替えを終え、グラウンドに向かいながら尾白に声をかける。
雄英の教員はみなプロヒーローが務めているという話なので、あの男も恐らくそうなのだろう。確かに、どこかで見たことがあるような気がした。
「俺は見たことないけど、やっぱそうなんじゃない?」
有名なのかと思って聞いたのだが、誰でも知っているようなヒーローではないらしい。たまたまメディアで見かけたのか、それとも入試で見かけたのをぼんやりと覚えているのか、ただの勘違いか。
と、尾白が訝しげな顔を向けてきているのに気付き、「ん?」と疑問を示す。
「ああいや、普通先生のこと、教員とは呼ばなくない?」
やや遠慮がちに尾白はそんなことを言った。当然の違和感だと司綺は納得する。
「あー、悪い。習慣みたいなもんなんだ。気にしないでくれると助かる」
司綺の適当なごまかしに、尾白は気を悪くした風もなく、「ふーん」とだけ言ってそれ以上踏み込んでこない。興味がないのか気を遣ってくれているのかはわからないが、いずれにせよありがたい。
昔自分を救ってくれた"先生"以外を先生と呼ぶ気にならない、なんて、会って数分のクラスメイトにいきなり話す内容ではないだろう。
「個性把握……テストォ!?」
グラウンドに集合するなり相澤教諭から伝えられた告げられた内容に、生徒の多くは驚きの声を上げる。司綺も声こそ上げなかったものの、さすがに予想外の展開であった。
「入学式は!? ガイダンスは!? 」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ」
先ほど緑谷に話しかけていた女子生徒が当然の疑問をぶつけるも、相澤教諭の返答はやはり普通の学校であれば考えられないようなものであった。
曰く、雄英は"自由"な校風が売り文句で、それは教師陣にも言えることらしい。
つまり今グラウンドに集められたこと自体は雄英の方針というより、相澤教諭の裁量によるものなのであろう。
「中学の頃からやってるだろ? "個性"禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる。合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ」
相澤教諭の言葉に少し引っかかりを覚えた。公の場における個性の行使は基本的に制限されているが、それは無秩序な個性発揮は社会の混乱につながるからだ。そういった社会の中で、体育の観点から個性不使用の状態における身体能力を測ることが無意味とは司綺には思えなかった。が、ここで反論するほどのバイタリティを持ち合わせてもおらず、黙って教諭の話の続きを待つ。
すると、相澤教諭は先ほど教室でガラの悪さを振り撒いていた不良生徒に"個性"を自由に使ってソフトボール投げをするよう指示をした。不良生徒の名は爆豪というらしい。
相澤教諭に「思いっ切りな」と言われた爆豪は不敵な笑みを浮かべながら投球の姿勢に入る。そして、ボールが掌から離れる瞬間、掌の先が、爆ぜた。
「死ねえ!!!」
誰に向かって言っているのか。ヒーローが言ってはならないだろうセリフを叫ぶ爆豪。
爆風に勢いづけられたボールはどんどん小さくなり、やがて豆粒ほどになったボールが落ちていくのがなんとか見えた。
相澤教諭が手の中の記録計を生徒たちに見せてくる。記録は705.2 m。凄まじい記録に生徒たちが湧く。爆豪本人もどこか自慢げな表情だ。
「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
なるほど、今まで"個性"なしでやらされてきた体力テストを"個性"を使うことでどれくらい伸ばせるのか、というのは確かに己の能力を知る上で良い方法なのかもしれない。相澤教諭の言葉に今度はすんなり納得する。
「なにこれ! 面白そう!」
桃色がかった髪と肌をした女子生徒がそんな言葉を放つ。他の生徒も自由に"個性"が行使できることに軒並み好意的な反応を示している。
「面白そう、か」
が、相澤教諭にはその反応が気に食わなかったらしい。その口元が歪むのが見える。
「……トータル成績最下位の者は、見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」
いきなり落とされた特大の爆弾に、生徒たちが悲鳴にも似た驚きを上げる。司綺ももちろん衝撃を受けるが、やはり声は上げない。
自分自身ももちろんだが、クラスメイト1人が早々に消えるというのも後味が悪い。生徒のモチベーション低下にも繋がってしまうのでは、と思わなくもない。それでもなお踏ん張れるものがヒーローになれる、ということなのかもしれないが、体育会系でない司綺にとっては勘弁願いたいものだった。
かと言って反抗して方針が変えられるものでもない。今はとにかくどう喰らいつくか考えなければ。
自分の個性がどの項目でなら有効に使えるか、思考を切り替える。
はじめは50 m走。
飯田は"個性"で足にエンジンがついているらしい。3秒フラットというとんでもない記録を早々に叩き出していた。
「正直やべぇ……」
司綺と一緒に走るのは上鳴だ。上鳴は焦りの表情を浮かべている。
「どんな個性なんだ?」
「帯電っつってさ、電気を纏わせたりそれを放出したりできんだけど、体力テストで使える気がしねぇ……
待ち時間に司綺が聞くと、上鳴は浮かない表情のまま答える。
聞く限りでは非常に強力そうな個性だ。が、対人戦でない体力テストでは確かに使い方は難しそうだ。
「電気うまく纏わせると運動能力上がったりとかしない?」
「あー、試したことねぇ。ワンチャンやってみるわ」
話している間に順番がやってきた。2人でスタートラインに着く。
パンッという合図が鳴る。
司綺は走り出すと同時に気体操作で自分の身体の周りを強い追い風状態にする。
背面の気体に前へ前へ力を加えることで後ろから身体を押し出させ、無理矢理加速させながら全力で走る。
「5秒76!」
あまりに強い力を加えるとバランスを崩して転倒しやすくなるため、加減が必要なのだが、全力で走りながらともなると精細を欠きやすく、ほどほどの力を加えてやることしか今の司綺にはできない。
普通に走るよりは1秒以上速いので良しとしよう。
「ハァ……ちょっと記録伸びたわ! マジサンキューな、風見!」
一緒に走り終えた上鳴が少し息を切らしながら話しかけてきた。記録を聞くと、6秒45とのこと。
「帯電で身体の反応が速くなったっぽい! 訓練すりゃもっと速くできる気がする!」
「役に立ったようならよかったよ。近くの席のやつがいきなり除籍なんて笑えないからな」
思いつきで言ったアドバイスだったが、上鳴には光明になったらしい。上手く制御できるようになったら身体能力は相当上がるのではないだろうか。
「縁起でもないこと言うなよ! それより風見、めっちゃ速かったけど"個性"なのか?」
普通に走ったにしては速すぎるが、見た目には特に変わったところもなかったため疑問に思ったのだろう。
特段隠したいわけでもないので素直に説明することにする。
「ああ、自分の身の回りの空気の運動を操作できるんだ。今は走る時に自分を後ろから押すように操作してやって、追い風みたいにしたんだ」
「へぇー! 正直いまいちピンと来ねぇけど、なんかいろいろ応用が効きそうだな」
目に見えない気体分子を操るという特性上、見た目では特に派手なことは起きないため、上鳴がイメージしづらいのも無理はない。空中ジャンプなどを見せてやった方がもっと分かりやすいのだろう。上鳴が興味津々という目で見つめてくるが、「またあとでな」といなす。どうせ後々の種目の時にでも使うことになるだろう。
第2種目は握力。
握りをサポートできるように外側から気体で力を加えてやったものの、下手に力をかけすぎても指を挟めてしまうような形になってしまうため、大した効果は得られなかった。
結果は58 kg。多少力の強い学生という域を出ないだろう。
長髪長身の女子生徒が万力を作って高い記録を出していた。物を創る"個性"だろうか。大変強力な"個性"だと思うが、握力の計測としてそれで良いのだろうか。
第3種目は立ち幅跳び。
これは正直自信がある。
踏切ラインから軽く跳躍すると、気体操作によりそのまま地面に着地することなく空中跳躍を繰り返し、前へと進んで行く。
30 m程度進んだところで一度空中で静止し、相澤教諭の方へ振り向く。
「相澤さーん、限界まで距離を伸ばそうとするとかなり時間かかっちゃいますが、続けた方がいいですか?」
司綺の”個性”は使用による体力の消費をほとんど伴わない。ただし、どうしても精密な操作が要求されることが多いため集中力が必要である。すなわち、集中力が切れたり純粋に跳躍する体力が無くなったりするタイミングが司綺にとっての”限界”ということになる。空中での跳躍は司綺の”’個性”の最もスタンダードな使い方であり、滅多なことではその調整を誤ることはないだろう。つまり、体力的に飛び跳ねられなくなるまで距離を伸ばすことが可能だといえる。
相澤教諭は「確かに非合理的だな」とつぶやくと、30 m離れた司綺に向かって少し声を張った。
「そのままどれくらいの距離進める?」
「これから他の種目があることも踏まえると、まぁ2 kmくらいでやめとこうかと思ってました」
限界まで試したことはないが、5 kmくらいなら体力は保つだろう。とはいえ、これから他の種目もある上、司綺にとって跳躍距離の限界は”個性”の習熟度によるものではなく、その限界をこの場で測らなくても良いように感じていた。
「ならもう2 kmってことでいい」
司綺の返事をすんなりと相澤教諭は承諾する。自分の「最大限」を知る、という趣旨を話してたことから、多少なりとも苦言を呈されることも想像していた司綺にとっては少し意外ではあった。
地面に着地し、小走りで待機場所に戻ると、少し興奮した様子の尾白に出迎えられた。
「お疲れ、凄い”個性”だね!」
「ありがとう。尾白も良い記録だったじゃないか」
尾白は尾白で尻尾をバネのように使って10 m以上の記録を出していた。司綺の記録が規格外なだけで、十分に凄い記録だ。
「あれは空中で跳ねる”個性”なの?」
尾白は興味津々といった様子で聞いてくる。
空中跳躍を見ただけで気体分子を操作していると見抜かれることはまずなく、この手の勘違いは良くある話だった。上鳴にしたのと同じような説明をする。
「へぇー、聞く限りだとなんか結構難しそうだね」
その言葉に司綺は少し目を丸くした。気体を操作すると伝えただけで制御の難しさに思い至られたことはこれまでほとんどなかった。さすが雄英というべきか、それとも尾白が鋭いのか。
そう思ったところで、爆発音が聞こえ、思わずそちらに目を向けるとちょうど爆豪が跳躍したところだった。爆豪は掌をやや後方の地面に向け爆発を繰り出すことで、司綺と同じように空中で跳躍を繰り返し、距離を大きく伸ばしていた。
「爆豪! そこまででいい。限界でどこまで行ける?」
司綺と同じタイプだと判断したのか、相澤教諭が爆豪を止める。爆豪は着地し、相澤教諭の方に体を向けながら一瞬だけ司綺の方に視線を送った。
「……3 km」
答えたのち、爆豪はまた一瞬だけ司綺に目を向けてきた。明らかに司綺を意識していると言わんばかりの行動に、司綺は思わず吹き出しそうになる。
「あいつ、面白いな」
「やめとけって、また突っ掛かられるよ」
尾白に苦笑しながら諌められる。今回は流石に爆豪本人には聞かれずに済んだようだ。
第4種目は反復横跳び。
気体操作で慣性を軽減したり多少移動スピードを上げてやったりというサポートをしてやることで15回ほど記録が伸びた。
上鳴も帯電することでスピードを上げ、記録を伸ばしていた。
頭からもいだ弾力性の高いらしい球体を両端に設置することで、高速で左右移動を繰り返す男子生徒が目を引いていた。峰田というらしい。
第5種目は爆豪によるデモンストレーションもあったソフトボール投げ。
教室で緑谷と話していた女子生徒——麗日お茶子というらしい——は触れたモノを浮かせられる個性を持っているらしく、無限というとんでもない記録を出していた。
何人かを経て、司綺の順番がやってくる。
相澤教諭は「円から出なきゃ何してもいい」と言っていた。それは円の外の
円の中から跳躍すると、そのまま立ち幅跳びと同じように空中で跳躍しながら前へ進んで行く。
少し進んだところでまた相澤教諭へと声をかける。
「往復2 kmってことで、1 kmってことでもいいですか?」
相澤教諭は少し考えるそぶりを見せてから答える。
「距離はそれでいい。ちなみに、空中でちゃんと投球はできるのか?」
相澤教諭の指摘は鋭い。空中で跳躍するのと空中でボールを投げるのでは気体操作の使い方は大きく異なる。単純に記録を出すためならその場でボールを落としてしまえば良い話ではあるが。
投球のような片足だけ一時的に浮かせるような動きを行う場合、それぞれの足裏にかける力を連続的に調整しなければならないため、両足での跳躍などより遥かに難易度が高いのである。投球姿勢はもちろん、単純な歩く、走るといった動きにもかなり精密な操作が要求される。
司綺が基本的に両足を使った跳躍で移動するのはそれがもっともシンプルな操作だからである。
助走をつけて投げるのは余計に難易度が高いため、その場で投球する方がいいだろう。左足を浮かせる瞬間、踏み出す瞬間、右足を浮かせる瞬間、と脳内で投球の動きとそれに合わせた気体操作の動きを1つ1つイメージする。
「できると思います。やってみます」
相澤教諭の問いに肯定を返すと、一度深呼吸をして心を落ち着かせ、脳内でもう一度動きのイメージを反芻する。
——やれるはずだ。
投球の姿勢に入る。まずは左足を浮かせ、その瞬間に右足裏に全体重と釣り合うような力をかける。振りかぶる。左足を前方へと踏み出させ、右足と同じ高さにきたところで右足裏にかかっている力の一部を左足裏に移すようなイメージで気体を操作することで"踏み込み"を再現し、そのまま腕を振り、ボールを手から放す。
ボールが弧を描いて前方へと飛んでいく。
投げた勢いで右足が少し"浮く"。その瞬間、司綺の体が落下し始めた。
——まずっ!
右足が浮く瞬間に左足裏に全体重を支えられる力を気体操作により加えなければならなかったのだが、わずかにタイミングが遅れてしまった。
すぐに左足裏に力を加えるも、意図しない落下により身体のバランスが崩れてしまった。このままでは前方へ転倒する。
咄嗟に
身体が静止する。何とかバランスを取り戻せた。浮いていた右足を降ろすと、両足裏均等に力をかけて姿勢を正す。
「ふう……」
今の一瞬で身体が汗ばんだことに気付く。やはり初めての動きをいきなり本番でやるモノではないな、と少し自嘲する。危うく取れたはずの大記録を逃すところだった。
ソフトボール投げのルールとして、投げ終わってなお円の中に身体が収まっている必要がある。気を取り直して身体の向きを反転させると、跳躍により本来の投球地点である円へと戻り、着地する。
「はい、じゃあ1 kmな」
バランスを崩しかけたことには特に触れるでもなく、相澤教諭は淡々と用紙に記録を記入していく。
司綺が他の生徒たちのところに戻ると、また尾白に声をかけられた。入学初日に気軽に話せる相手を見つけることができたのはまったく僥倖だ。
「跳ねるだけじゃなくて、あんなこともできるんだね」
「危なかったけどな」
感心の目を向けてくる尾白に肩を竦めて応える司綺。
歩く、走る、といった動きはこれまで必死に練習してきて何とかできるようになったが、それでもかなりの集中が必要だ。
初めての動きを実用に耐えるレベルでいきなり実現するのはほぼ無理といえるだろう。
先ほども一応形として投げることはできたものの、ボールの飛距離自体は目算で恐らく15 m程度、ひどいものだった。
反省もそこそこにして、尾白と共に他の生徒の様子に目を向ける。
次は緑谷が投げるようだが、その表情はすぐれない。これまでのところ緑谷は記録という記録を出せていないようだ。
教室での飯田の口ぶりから、緑谷は入試の時に巨大仮想
しばらく円の中に立ち尽くしていた緑谷だが、やがて意を決したのか、どこか悲壮さを感じさせる気合いの入った表情でボールを投げた。
記録は46 m。残念ながら平凡な記録と言わざるを得ない。
緑谷は呆然として自分の右手を見つめている。意図した記録ではなかった様子だ。”個性”の不発だろうか。
と、そこに首に巻いていた布を宙に浮かせた相澤教諭が緑谷に向き合った。
「個性を消した。……つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学出来てしまう」
そう言って緑谷を睨む相澤教諭。その瞳は先ほどまでの生気を感じさせない黒色から一変、怪しく赤光っている。
——あの瞳、どこかで……
「抹消ヒーロー、イレイザーヘッド」
そんな相澤を見て、緑谷がヒーローとしての正体に気づいたようだ。生徒たちの大半は聞いたことがないようだ。かくいう司綺もその名前に聞き覚えはなかった。
相澤教諭は首に巻いてあった布で緑谷を捕まえ、引き寄せると、何かを話し始めた。ひとしきり話すと緑谷を解放した。相澤教諭の瞳は元の暗い黒色に戻っていた。
緑谷は暗い顔で下を見ながら円の中へと戻って行く。何かをぶつぶつと呟いているようだ。
「何言われてたのかな?」
小声で尾白が話しかけてくる。
「わからないけど、”個性”がらみで何か指導されたとか?」
1投目の後の緑谷の様子を見るに、あの投球は緑谷にとって本意でなかったことは明らかだ。相澤教諭のセリフから考えても、緑谷は”個性”を使用しようとして相澤教諭に妨害されたと考えるのが自然だ。
いくら理不尽を乗り越えるのがヒーローといっても、特定の生徒に理由なくこのような仕打ちをするとは流石に考えにくい。緑谷の”個性”を不発にさせる何らかの意図があったのだろう。
例えば、緑谷の”個性”が周囲に大きな被害をもたらしてしまうような代物であるとか。しかし、もし仮にそんな”個性”ならその危険性は持ち主である緑谷本人が一番理解しているはずだ。周囲に離れるよう事前に伝えるなど、やりようはありそうなものだが。
そんなことを考えているうちに、緑谷が再び意を決した表情で投げる姿勢に入る。
それを見つめる相澤教諭の目はどこまでも冷たい。が、興味がない、といった風ではなく、冷静に、真剣に緑谷の投球を見定めているように司綺には映った。
先ほどと変わらぬ至って普通の投球フォーム。
が、ボールが緑谷の手を離れる直前、彼の右手に光が走るのが見えたような気がした。
「スマァッシュ!!!」
そうして押し出されたボールは、先ほどまでとは打って変わってとんでもない勢いで遠く遠くへと飛んでいく。
記録は、705.3 m。爆豪と並ぶような大記録だ。
「すごいパワーだ……」
尾白がつぶやくのが聞こえ、内心で同意する。
これだけのパワー、なぜ他の種目で使わなかったのか。握力などで特に力を発揮できそうなものだが。
投げ終わった緑谷は右手で拳を作って相澤教諭に汗と涙を浮かべながら不敵な笑みを向けた。
「先生……まだ……動けます!」
そう言った緑谷の右手人差し指は痛ましく変色し、腫れ上がっていた。
微かに驚いているように見えた相澤教諭だが、緑谷に言われて面白そうに少し口角を上げた。本当に少しだが。
「そういうことか」
思わず出た呟きに、尾白から「何?」と聞かれるが、「なんでもない」と返しておく。
「まだ動けます」ということは、動けなくなる可能性があったということ。緑谷のあの指の状態は “個性”を使用したことによるものなのだろう。緑谷の超パワーは緑谷自身の身体にもダメージを与えてしまう諸刃の剣のようなものなのかもしれない。
おそらく緑谷は実技入試において巨大仮想
だが、緑谷は行動不能になることなく大記録を出してみせた。それゆえの「まだ動けます」ということだろう。
「すごいけど、あれは難儀な力だな……」
——俺が言えた話ではないが。
「どーいうことだこら! ワケを言え、デク! てめぇ!」
突然がなり声が聞こえたと思ったら、爆豪が緑谷に飛びかからんとしていた。緑谷が悲鳴を上げる。が、相澤教諭が首に巻いていた例の布で爆豪を即座に捕らえた。
「んだこの布、固っ……!!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を練り込んだ捕縛武器だ」
説明の通り布とは思えない強度のようで、決して力が弱い方ではないだろう爆豪を容易に抑え込んでいる。
「いいな、あの布」
司綺の”個性”は機動性に優れ、先頭において
——殺すわけにもいかないし。
その点、あんな風に布を操ることができたら、”個性”で惑わしつつ意表を突いて
相澤教諭の”個性”は”個性”を消すこと。あの布はおそらく”個性”とは関係ないものだろう。つまり、鍛錬次第では司綺にも習得できるということ。
が、それは逆に言えばあくまであの布はただ物理法則に従って運動するものであり、それをあれだけ意のままに操るには、相当な技術が必要であることは想像に難くない。相澤教諭も、凄まじい鍛錬を積んだのではないだろうか。機会があれば聞いてみたのものだ。
「それはそれとして、やっぱ爆豪面白いな」
「あれを面白がれる風見も結構すごいと思うよ……」
また尾白に苦笑を向けられる。突拍子がなくて面白いと思うのだが。
もちろん、自分が巻き込まれないことが前提で。
そんなこんなで第6種目。上体起こし。
気体操作で動きをサポートしてやり、なるべく早く上体を動かしてやる。記録は43回。普通にやるより数回増えた。
終わった後、また尾白と軽く話す。尾白も悪くない記録だったようだ。
あの尻尾でどうやって仰向けになったのだろうか。なんとなく聞けずじまいとなってしまった。
第7種目は長座体前屈。
これは”個性”の活かし方が思いつかなかった。記録は57 cm。"個性"なしとしては悪くない記録、といった感じだ。
確か隣の席だった紫髪の女子生徒が耳から伸びたイヤホンジャックで数メートルも箱を押し出していた。耳郎というらしい。
これまでの種目でまるでカエルのような動きを見せていた別の女子生徒は、舌を長く伸ばすことでなんと20 mも押し出していた。蛙吹というらしい。
第8種目は持久走。
50 m走と同じように追い風のような状態にして走る。記録は3分46秒。
50 m走同様、エンジンを持つ飯田はとんでもなく速かった。50 m走ではトップギアまで入らないらしく、最高速は持久走の方がむしろ速かったようだ。
進行方向に背を向けて断続的に腹からレーザーを出して進んでいる生徒が目立っていた。青山というらしい。1秒以上の噴射で腹を壊してしまうらしい。言えた立場ではないが、これもまた難儀な力だ。
緑谷はかなり辛そうな顔をして走っていた。ソフトボール投げで負傷した右手人差し指は見た目だけでもかなり痛ましい状態だ。その痛みは相当なものなのだろう。記録としては正直芳しくない。
「んじゃ、パパッと結果発表」
全種目が終了し、生徒たちは相澤教諭のもとに集まっていた。緑谷をはじめ、祈るような表情を浮かべている生徒も多い。最下位は除籍処分とする、という残酷な方針であることから、無理もないだろう。
司綺も緊張がないわけではなかったが、周囲の様子も見てきて、自分が最下位とは考えにくいと思っていた。
大記録は立ち幅跳びとソフトボール投げくらいではあるが、他の種目も"個性"なしと比べれば高水準な記録は出せている。好記録を連発していた八百万や爆豪といった面々には叶わないだろうが、かといって言い方は悪いが緑谷などより記録が低いとは思えなかった。
が、それはそれとして、司綺としては入学初日から誰かが除籍を宣告される様子など見たくないというのが正直なところで、そういった意味での緊張感はあった。
結果が相澤教諭の背後の空間に投影される。いちいちハイテクだ。
1位 八百万 百
2位 轟 焦凍
3位 爆豪 勝己
:
:
:
9位 風見 司綺
自分の順位に問題がないことにひとまず息をつくと、視線はどうしても最下位の名前へと向いてしまう。
21位 緑谷 出久
思わず緑谷の方をちらりと見る。
この世の終わりのような表情とはまさに今の緑谷の顔のことを言うのだろう。
「ちなみに除籍はウソな」
が、突然降ってきた相澤教諭の言葉に、唖然とした顔に一変する。
「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」
まるでドッキリのネタバラシをするかのようにイタズラっぽい笑顔で告げる相澤教諭。
「はぁーーーーーーーー!!!???」
当然、飯田や麗日といった一部の生徒からは抗議と驚愕が入り混じったような悲鳴が上がる。最下位である緑谷に至っては驚きすぎて体の作画が大変なことになっている。かくいう司綺も声は上げずとも驚いていた。
「あんなのウソに決まっているじゃない……少し考えればわかりますわ……」
呆れたように1位の八百万が言う。周りを見れば他にもウソだと思っていた生徒はいるようだった。相澤教諭も「そゆこと」と涼しげな顔をしている。
が、司綺は首を傾げる。緑谷を見る相澤教諭の目を思い返すに、除籍が冗談だったとは思えなかった。
「あれは本気だったと思うけどな……」
思わずつぶやきが出るが、特に誰にも突っ込まれることはなかった。
嘘だと言うのならそれはそれでいい。わざわざ蒸し返す話でもないだろう。
そうして個性把握テストはそのまま無事終了した。
「……緑谷少年のことは置いておいてだ」
生徒たちを解散させ職員室に戻ろうとしていた相澤は、オールマイトに話しかけられ足を止めていた。
最下位への除籍処分を取り消したことについて嬉しそうに物申してきたオールマイトだったが、話の切り替わりと共にその声のトーンは幾分か低いものへと変えられた。
「近くで見ていてどうだった?
オールマイトの言葉に、相澤の目がわずかに細められる。
「おかしなところは何もありませんよ。まぁ優秀な方だと思いますよ。冷静で、“個性”の練度も高い。あの様子だと、自分の課題もある程度見えているんでしょう」
順位は真ん中程度だった風見であるが、総合的には上位の力量を持つだろう、というのが相澤の贔屓目無しの評価だった。
その返答はオールマイトの期待していたものではなかったのか、表情は固いままだ。
「……"気体操作"以外の"個性"を使用する素振りは?」
「おかしなところはなかったと言っているでしょう」
まるで、他にも"個性"があるとでも言わんばかりに聞くオールマイトを一蹴すると、相澤は軽くため息を吐く。
「快く迎えるんじゃなかったんですか?」
入試直後に堂々とそう宣言していたオールマイト。にもかかわらず司綺を殊更気にしている様子に、相澤はやや皮肉げに問いかける。
オールマイトは気まずそうに目を逸らす。
「もちろん教師としては公平に接するつもりさ! ……けれど、万が一のことだって考えておく必要があるだろう」
「別にいいですけどね、子供ってのは大人が思っている以上に敏感ですよ」
たとえどんなに態度に出さないように努めても、ほんのちょっとしたことで生徒が「自分を見る周囲の目」に気づく可能性は十分にある。そして、一度生徒の信用を失った教師がそれを取り戻すのは容易ではない。それは、それなりの年月教師を務めてきた相澤が得た1つの実感であった。
難しい顔のまま言葉を返さないオールマイトを尻目に、相澤は話は終わったとばかりに踵を返し、校舎へと歩を進め始めた。
時刻は午後の15時過ぎ。
初日からいきなり個性把握テストという驚きの幕開けとなったものの、その後はザ・初日といった感じで、簡単なオリエンテーションなどを経て、無事終了となった。
司綺は1人帰路へ着こうとする。この後は特に予定もない。スーパーに寄って多少食料品などを買おうか、などと考えていた。
「でも『デク』って『頑張れ!!』って感じで、なんか好きだ私!」
「デクです!」
校門に差し掛かったところで、女子生徒に話しかけられて顔を真っ赤にする男子生徒という、入試の時にも見た覚えのある光景が目に入った。
緑谷と麗日、そして飯田の3人組だ。歩くペースが司綺の方が早かったのか、追いついてしまったらしい。
さすがは雄英、道幅は広いので、少し横に距離をとりつつ3人を追い抜かそうと歩を進める。
正面をまっすぐ見つめ、時折周りの風景を見るようなそぶりを見せつつ3人に直接は目を向けないようにしながら黙々と歩く。
そう、和気藹々としているクラスメートに初日から割って入れるようなコミニュケーション能力を風見司綺は持ち合わせてはいないのである。
「あ、風見くん! ……だよね?」
やり過ごしたつもりが緑谷にばっちり声をかけられてしまった。とは言え、自分から割って入れないだけで向こうから声をかけられる分にはそう問題はない。後ろの緑谷たちを振り返る。
「ん? ああ、緑谷、だよな?」
もちろん、さも今気づきました、というリアクションは欠かさない。緑谷の名前は覚えていたが、確認するそぶりも忘れない。初日としてはそれくらいの距離感が自然なはずだ。
「うん、突然ごめんね。風見くんに聞きたいことがあって……」
「俺に? なんだ?」
個性把握テストの成績は真ん中あたり。特段目立つようなことはしていないと思うのだが。
「その……相澤先生が除籍処分を嘘だって言った時、風見くん『本気だったと思う』って言ってたよね?」
誰にも聞こえていなかったと思っていたつぶやきは、ちょうど最下位の緑谷も耳には入っていたらしい。
「聞こえていたのか。ああ、言ったよ」
「どうして本気だと思ったのかなって……」
仮に本気だった場合、テストを経て相澤教諭は、最下位、つまりは緑谷を除籍にしなくて良いと思い直したことになる。当事者の緑谷としては気になってもおかしくはないだろう。
「確証があるわけじゃないけど、テストの時の俺たちを見る目でなんとなくそう思った」
「目?」
「ああ、特に緑谷の2回目のソフトボール投げ。相澤さん、すごく冷静に緑谷のことを見定めているように見えた」
気づけば、飯田と麗日も興味ありげに司綺の方を見ていた。確証のない話なので、そんなに真剣に聞かなくて良いのだが。
「もし気を悪くしたら申し訳ないけど、もし緑谷がソフトボール投げの後に
だから、投げた後に「まだ動けます」なんて言ったのだろう。
司綺の言葉に、緑谷は目を丸くし、しばらく何も言わなかった。やはり本人に言うのはデリカシーに欠けていただろうかと、司綺も内心少し焦る。
ややあって、緑谷はその顔を青ざめさせた。
「あ、あの、風見くん、どうして僕の"個性"のこと……」
青い顔のまま緑谷は司綺に尋ねてくる。語尾は聞き取れなかったが、「知っているの?」とかだろうか。
「ん? 詳しくは知らないけど、相澤さんと緑谷の様子を見ていて、動けなくなるリスクがあるのかと思ったんだけど、違ったか?」
「まだ動けます」と言っていたし、実際投げた後の緑谷の指はとてもじゃないが動かせそうには見えなかった。
司綺の返答に緑谷は「そっか」とあからさまにホッと息を吐いた。
それではまるで緑谷の"個性"には秘密にしておきたい部分があると宣言しているようなものだ。あえて詮索するつもりはないが。
「あの短い時間で相澤先生の意図をそこまで読み解くとは……さすがだ風見くん!」
飯田は司綺を称賛しながらも、「俺も見習わなければ」と悔しそうに拳を握りしめている。そこまで持ち上げるようなことでもないのだが。本当にどこまでも生真面目にヒーローを目指しているのだろう。
俺も見習わなければ。
「あれが本気だったんなら、これからも除籍とかあるのかなぁ……」
一方の麗日は不安そうな表情をしている。怖がらせてしまったかもしれない。
「さっきも言ったけど確証はないし、他の先生もみんなあんな感じってことはさすがにないと思うよ」
無責任なことも言えないので、とりあえず当たり障りのないフォローをしておく。麗日は浮かない顔をしていたが、ややあって気合を入れるように両手で自分の頬をパチっと叩いた。
「まぁ今気にしても仕方ないもんね、頑張るしかないか! ……ありがとう、風見くん!」
そう言って裏を感じさせない満面の笑みを向けてくる麗日に、司綺も少し口角を上げて返す。
「どういたしまして。別に何もしてないけどね」
自分の演技力に内心感謝する。
まったく、これでは緑谷のことを笑えない。
風見司綺。これまで他者とそこまで深い人間関係を作ってこなかったこともあって、女子に対しての免疫は高くないのであった。油断すればたちまち顔が紅潮してしまうだろう。
それとなく緑谷や飯田を伺うが、司綺の様子を気にした様子はない。一安心である。
「じゃあ俺は家ここだから」
そのまま流れで緑谷たちと帰り道を歩いた司綺。ほどなくして司綺の住むアパートの前に着き、3人に別れのあいさつを告げようとする。すると、3人とも驚きの声を上げる。
「えっ、もしかして風見くん1人暮らしなの!?」
代表して緑谷が聞いてくる。なるほど、見るからに1Kのアパートを見てそう思ったのだろう。高校生での1人暮らしは確かに珍しいだろう。
「ああ、実家が東北の方でね。無理言って1人暮らしさせてもらってる」
受験前に調べたところ、国立の雄英レベルともなると1人暮らしで通う生徒は少数ながらいるようだ。
一様に驚いていた緑谷たち3人だったが、みるみるうちに麗日の目が輝き始めた。思わず目を向けて首を少し傾げる。
「他にもいて安心したー! 私も1人暮らしなんだ!」
やや前のめりにまた心臓に悪い満面の笑みを向けてくる麗日。聞くと、彼女も実家が九州と遠方で、一駅離れたところにアパートを借りているらしい。
「いろいろ不安でさぁ、生活のコツとかあったら教えて!」
笑顔でそんなことを言われたら断れるはずもなく、どうにか心を落ち着けて苦笑を浮かべることに成功する。
「いいけど、俺だって1人暮らしは初めてだぞ」
言えば、麗日は「あっ、そっか」とまた笑う。だいぶ親近感を抱かれてしまったようだ。もっと心を鍛えておく必要があるかもしれない。
「既に自立しているとは、さすがだ……」
飯田を横目にちらっと見れば、ぶつぶつと何かを言っている。それは違うぞ。
「んなことないよ。家賃とか払ってもらってるわけだし」
同じ1人暮らしの麗日がいる手前、強く言うのは憚られるが、むしろより負担をかけていると言っても過言ではないかもしれない。麗日もやや自嘲するような笑みを浮かべて頷いている。
が、飯田はむしろ感極まったような表情になってしまった。
「謙虚さと自律を忘れない精神……見習わねば」
「大袈裟だって」
どこまでも素直で生真面目な飯田に思わず声をあげて笑ってしまう。緑谷や麗日も釣られて笑顔に変わった。
いつまでも3人を引き留めるのも悪いので、話もそこそこに「じゃあまた」と挨拶をして、家へと入る。
荷物を下ろし、手洗いうがい、着替えを済ませた司綺は、ふう、と大きめに息をつくと、ベッドに腰を下ろす。そこでどっと疲れを実感した。なんだかんだ自分が緊張していたことを改めて自覚する。
が、同時に満足感もあった。今日1日を何となく思い起こす。
爆豪といい飯田といい、面白いやつが多い。尾白と上鳴をはじめ、他のクラスメートも多分いいやつだ。
多分いいクラスだ。本当に俺は恵まれている。
朝と同じように適当な音楽を再生する。流れてきたのはいわゆるイージー・リスニング系の曲。
実に空気の読めるシャッフル再生だ。スーパーに寄り忘れたことに気付いたが、襲ってくる眠気に抗うことはせず、司綺は一眠りすることにした。
平和なので魔眼の出番はまだおあずけです。