蛇泥理苑に対して、人々は常に驚いてきた。彼女が予想外の事を行ってきたからである。それに対して、今回の事は例外だと言える。複数の人物が「それが起こる」と分かっていたからだ。
正確に言いなおそう。複数の人物が、「予告されていた」と。
いつもと変わらない、朝。官邸を出て、仕事を始めようとするその先に彼女はいた。
彼女だけなら、「無視」して先へ進めば良い。だがそこにはカメラやマイクを持った、報道関係者達が列を成していた。
何ようだ、そこをどけ、と従来通りの行動をSP達が行う前に、魔女は口を開いた。
「ごきげんよう」
無視し、進もうとする前に立ち上がり理苑は笑う。
「マスコミの皆さんを責めないでくださいね。彼らは差し出し人不明のメールを見て、来てみようと思っただけですから。先日あったテレビトラブルを予告していたメールに書かれた、もう一つの予告を見て」
理苑の取った行動、番組を乗っ取ってみせたことは把握していた。今回の無視対象者が異常であることは分かっていた。だがここまでとは思っていなかった。下手をすればテロとみなされる、危険な行為であるのに。
ここで一国の長を務める者は気づくべきだったのかもしれない。「テロとみなされなかった」のだと。
「ねえ、どうしてこんな法律作ったんですか」
理苑は問いかける。
「どこまで意味があるか分からない、むしろいじめを肯定、促進しかねない法律を」
無作為選出対象者無視法の抽選で選ばれた一人の少女は言葉を続ける。
「そんなに、」
魔女は笑う。
「教科書に載りたかったんですか」
足を止めていた。止めてしまっていた。
「これまで内閣総理大臣を行ってきた人、50人は軽く超えてますよね。けど、一部の賢い方を除いて、全員の名前を言える人なんてまずいない。教科書で教えられるのと、自分の代の人合わせて10人かそこらがせいぜいです。このまま続いて人数が増えていけばどんどん影が薄くなっていく」
それまでもめていた取材陣とSP達もいつの間にか動きをとめていた。車の通行音と鳥の鳴き声、カメラやマイクといった機器の出す音が、逆に静けさを演出していた。
「こんな法律、当然話題になりますよね。良い意味か悪い意味かはともかくとして。江戸時代の生類憐みの令みたいに、こんな法律がって教科書に載ってても何の不思議もありませんね。生類憐みの令もやりすぎと言われたり、元の意図はこうって弁護されたり。きっと同じ調子で色々もってもらえそうですね。きっと語り継がれる。あなたの名前と一緒に」
理苑が髪をかき上げる。そしてこれまで笑顔を保った顔を侮蔑のそれに変えた。
「だっさ」
「ふざけんじゃないわよ。もっと出来る事はあったでしょう。変えるかどうか、時々テレビなりネットなりで議論される法律なんて、解決すべき問題なんてたくさんあった。成し遂げたらきっと教科書になれる事項なんてもっとあった。それなのにあなたがやったのは良く分からない新しい法の作成。なんでそんな事やったの?いじめ問題にしても打つべき手はもっとあったのに」
無作為選出対象者無視法の文章を読み返せば、定義が曖昧なのが分かる。例えば、その言葉に体を震わせるのが違法か否かの規定はされていない。
「怖かったんでしょう?」
背の高さから言えば、蛇泥理苑は見上げている。だが、その場にいた誰もが見下ろしているように感じた。
「昔に、これまでに立ち向かうのが。伝統だとかいう本当に価値があるのか分からないことにしがみついていたかったんでしょう?けどね、そんなの……」
理苑の言葉は最後まで続かなかった。
「黙れ!」の言葉と共に殴り飛ばされていたからだ。
立ち上がった彼女は、また笑顔に戻っていた。
「さてさて監視員さん、仕事ですよ」
自分のした事に気づいた男の両脇に彼らは立つ。
「さてさて皆さん、重要な瞬間撮っちゃいましたね。誤魔化されたら大変です。証拠を持ってさっさと行きましょう。あ、テンポはちゃんとずらしましょうね。私についてくる形したら逮捕ですよ」
去っていく報道陣を見て、血の気が引いていく。
そんな取り押さえられた男に振り返り、理苑が言葉を残した。
「大丈夫ですよ、きっと教科書には載れます」
しばらくして。
無作為選出対象者無視法の改定が発表されたのだが、それはデモの勢いを高めるだけだった。
元より反対勢力が声を上げていたのに対して、賛成派の一部も自分たちだけ特別扱いかと怒りを見せたのだ。
理苑の事は一応無視するとしても、映像に対する批評は可能だ。違法者として映し出されるその姿に対してのコメントは可能だ。
「本当に政府って自己中心ですね。自分たちのやったことは絶対咎めない」
スタジオでの発言に客席含め皆が肯定を示す。
「大体ね、私元から反対だったんですよ。明らかにおかしいですから。ちょっと資料お出ししますね」
専門家を名乗る男の解説が始まる。
その「番組撮影」が、撮影されていた。
「あの先輩、これ何でお客さん含めて撮ってるんですか?」
カメラ係の男は問いかける。
「取り合えず今は記録しておけ。その内分かる」
先輩と呼ばれた男は答えた。
もうちょっとだけ続きます