元便利屋は呪術と推理の世界で嘆く   作:鹿蹄草

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今回、話の時系列が前後していたり、視点が変わっている場所があります。また、日記風の文が途中にあります。苦手な方はご注意ください。
読みにくいところがあれば、時間があるときに修正する予定です。感想欄の方で教えていただければ幸いです。


13 “おねえちゃん”と在りし日の記録

 

 

 “あたらしいかぞく”はとても優しそうな人たちだった。村の人たちみたいに美々子と菜々子を殴ることも罵ることもしなかった。“おかあさん”に抱きしめられるのも、最初は慣れなかったけれど、慣れればとても安心できた。

 

「……美々子ちゃん、菜々子ちゃん、お熱を計りましょう。」

 

 “おかあさん”が心配そうな顔で優しくそう言った。体が熱い。目を開けていたいのに、瞼はすごく重たかった。

 

「きっと、今までの疲れが出てるのよ。お医者さんも病気じゃないって言っていたわ。ゆっくり休んでご飯を食べたらすぐに良くなるわよ。……ん、熱、少し下がってるみたいね。」

「……母さん、お粥を作ってきたのだけれど、美々子ちゃんと菜々子ちゃんは食べられそうかな?」

 

静かに扉が開けられる音がした。部屋に入ってきた“おねえちゃん”が持っているお盆の上には、暖かそうなお粥が乗せられていた。

 

「そうね……多分大丈夫だと思うけど……結月、お母さん今日どうしても銀行に行かなきゃいけないの。美々子ちゃんたちの看病お願いできるかしら。」

「うん、わかったよ。」

「ごめんね、出来るだけ早く帰って来るから。」

「ん、気をつけてね。」

 

“おかあさん”が部屋を出て行った。“おねぇちゃん”が二人の枕元に置かれた小さな椅子に腰掛けた。

 

「ごめんね。」

「……?」

 

“おねぇちゃん”が何かを呟いた気がした。ひやりと冷たい手が額に乗せられた。体の熱が少し上がった気がして、二人は小さく唸った。

 

「美々子ちゃん、菜々子ちゃん、まずはお水を飲もうか。熱があるなら水分をとらなきゃね。」

「……うん。」

 

美々子と菜々子は“おねえちゃん”が手渡したコップの縁に口をつけた。少しずつ口に含んだ水はほんのり甘いような気がして、気づくとコップの中はすっかり空になっていた。

 

「おねえちゃん、お水もっと欲しい。」

「そう……吐き気とか、大丈夫?」

「うん、さっきまできつかったんだけど……。」

 

不思議なことに、気分はすっかり良くなっていた。菜々子が起き上がろうとすると、“おねえちゃん”が頭を優しく撫でた。

 

「だめだよ、もう少し休もう。菜々子ちゃん、お粥、食べられそう?美々子ちゃんも……気分はどう?」

「うん。」

「平気。」

「きつくなったら、ちゃんと寝なさいね。」

 

“おねえちゃん”の声は、とても穏やかで、静かな雨のようだった。

 

 

 

 

 

 

 窓のない建物の中を、結月は一人で歩いていた。薄暗い洞窟のようなそこには、淡い光を発する綿か羽毛の塊のようなものがふわふわと、まるで意思があるかのように浮かんでいる。綿毛の光に照らされた壁はほとんど棚のようになっており、隙間なく物が詰め込まれていた。

 

(ここか。)

 

 結月が足を止めた。結月の足元にある複雑な模様が彫り込まれた金属の球がその動きを止めている。これは“持ち主が探しているもののところまで案内する”能力を付与された神器で、結月がミヤ・クロムとして生きていた頃に作ったものだ。

 それまで俯いていた顔を上げた結月の目の前には見覚えのない扉があった。——そんなはずはない。ここはミヤ・クロムが作った、物を収納するための亜空間なのだから。

 

(……間違いなく、この部屋を作ったのは私だったのだろうな。……いや、正確にはミヤ・クロムだったものと呼ぶべきなのかもしれないけれど。)

 

他人事のように結月は心の中で呟いた。見覚えのない扉は他にもあったが、とりあえず今は球が示す扉に用がある。ドアプレートに書かれてある言葉を見た結月は、扉の取っ手にかけられた手提げを手に取って、中に入っていた和綴じの帳面を取り出した。

 

 

 

 

 

 

(1ページ)(2ページ)

 

はじめに

 この日記は、かつて橘小夜、ミヤ・クロムとして生きていた私が、橘小夜、ミヤ・クロムとして生きていた貴方に書く手紙のような物だ。貴方はきっと私のことを忘れているし、私もかつての私を何人も忘れているのだろう。私が経験した全てのことを貴方が思い出すことができないのは自然なことであると同時にほんの少し寂しいものだと思う。

 私たちが共通して覚えているのは、橘小夜とミヤ・クロムという二人……もしくは一人の人生だ。何度死んで、何度生まれても、私たちは彼女の記憶を忘れられないだろうし、私たちは彼女であり続けるのだろう。

 

 本当は、日記のように面倒な物を書く気はなかった。しかし、ある意味私の遺品とも呼べる品をここに残してしまうことを考えると、最低限、説明するべきだと思ったため、日記というよりはただの記録のような気持ちでこれを書くことにする。

 

 何から説明するべきか悩むが、とりあえず私の生い立ちについて簡単に書いておこうと思う。

 私は、霊力が存在せず、呪力と呼ばれる穢れが染み付いた世界に生まれた人間だ。生まれてすぐに両親の経済的な理由で山に捨てられたため、魔王さんと二人で適当に暮らしている。人間とはあまり関わらすに生きているため断言はできないが、日本の奈良時代か平安時代のような文化の世界だと思う。以前、一番栄えている都市というのを見に行ってみたが、地方との格差がかなり激しく、道中行き倒れたような死体がたくさんあった。あれは、おそらく年貢を納めるために地方から来た人の成れの果てなのだろう。彼らのための炊き出しをしていたのが剃髪した黒衣の青年であったため、少なくとも仏教は存在していると思われる。

 この世界では、穢れが集まって怨霊のような存在になることが珍しくない。怨霊のようになった穢れは、大なり小なり人に害をなすようになる。この世界の住民はこれらのことを“呪い”または“呪霊”と呼んでいる。

 

 さて、貴方が手に取っているこの日記は、きっととある部屋の扉の取っ手にかけられた手提げの中に入れられていたはずだ。ここまで書けば察しているかもしれないが、先述した“呪い”についての資料や呪いそのものと呼べる品が、その部屋の中には数多保管されている。他のものに影響が出ないよう厳重に封印しているため、扉を開けたくらいではどうということはないだろうが、軽率に封印を破らないよう気をつけて欲しい。

 

 確認しておいて欲しいことは以上だ。

 これ以降はただの日記となるため、ドアプレートに書かれていた“部屋を開ける前に日記を必ず読むべし”という文言を見てこの日記を開いたなら読むのをやめても構わない。

 

(3ページ)(4ページ)

 

春 晴れ

暦がわからないためとりあえず季節と今日の天気を書いておく。今日は魔王さんと一緒に川で泳いだあと、本を読んだ。これ以上書くことはないためこれで終わる。

 

春 やや曇り

なんとなく食べられそうだと思って口に含んだ草がすごく苦かった。魔王さんには叱られた。夕方、少しお腹が緩くなった。あの草のせいかもしれない。

 

秋 雨

随分と間が空いてしまった。人間の子どもを拾った。いらない子どもなら、私が貰っても構わないだろう。

 

秋 曇り

子どもが熱を出した。魔王さんと一緒に看病した。栄養があり、病人でも食べやすそうな物を食べさせた。発熱の原因はよくわからない。ただの風邪でも、痩せこけた体には大きな負担だろう。早く治ると良いのだが。

 

秋 曇りのち晴れ

発熱の原因がわかった。私の霊力のせいだ。子どもは穢れ……呪力というものを持って生まれた呪術師という存在らしかった。

この世界の人間は大なり小なり呪力を持っているものだが、この子どもは特にそれが多かったらしい。常人の目には見えない呪霊も見ることができるようだった。

この子のためを思うなら、私はこの子の側にいるべきではないのだろう。

しかし、ここでこの子どもを手放したとしても、発熱がすぐに治るわけではないだろうし、子ども一人で生きていけるとも思えない。拾った責任として、最後まで面倒を見ようと思う。明日からは、子どもの体を霊力に適応させるための研究を始める。幸い、臨床試験用のヒトには困らない。最近は襲ってくる人間が増えたから、それを使おう。人間の体を作れないわけではないが、完全な魂はどうしても作ることができないため、実験には本物の人間を使うのが望ましい。

 

冬 雪

最後にこの日記を書いてから、2ヶ月ほど経つ。実験は順調に進んでいる。発熱などの症状なしに霊力に適応……呪力を持つ人間を霊力を持つ人間に変化させる薬の開発に成功した。今のところ、副作用のようなものは見つかっていない。呪霊が見えない程度の人間なら問題なく使用できるだろう。臨床試験用の呪術師が欲しい。

 

冬 雪

額に傷のある男が家に来た。なにやら私に用があるらしかったが、そんな暇はないため無視した。そんなことより、呪術師を探さなくては。この際、私を襲っていない奴でも良い。悪いことをしている呪術師を探そう。

 

冬 晴れ

ようやく完成した。この薬は、普通の人間に投与した場合と呪術師に投与した場合では効果が異なることがわかった。最初の方は実験に使った人間が苦しんで大変だったが、苦痛を和らげる成分を多めに配合することで対応できた。どちらにしても霊力への耐性は付くため問題ない。慎重に、子どもの様子を見ながら投薬しよう。

 

冬 やや曇り

研究ノートは五冊目に入ったというのに、日記帳は一冊どころかようやく数ページというのはなんだか笑えてしまう。亜空間の中の新しく作った部屋に研究資料や薬の材料などを移した。

子どもの体は完全に霊力に適応した。呪術師としての性質は少し変わってしまったが、無事に生きている。1日3回、5mlの薬を食後に飲ませた。最初の方は薬を飲んだ直後、少し怠そうにしていたが、2日目からは熱が少し治っていた。それから徐々に体が回復していき、およそ一週間で霊力に適応した。研究ノートの方により詳しく書いてあるが、大体そんな感じだ。

 

冬 晴れ

気づいたら妙な宗教団体?が家の周りにいた。思い返してみればかなり前からいたような気もするが、定かではない。どういうわけでここにいるのか尋ねても、地面に頭を押し付けて私を拝むばかりだった。気味の悪い奴らだ。子どもの教育に悪い。明日にでも別の場所に住まいを移そう。

 

春 晴れ

幾度の引っ越しにもめげずに奴らはついて来た。いい加減諦めれば良いものを。気味が悪いことには変わらないが、これ以上移動するのも面倒だ。……奴らの中の子どもたちが、うちの子と仲良くしているようだし、引き離すのも可哀想だろう。引っ越すうちに宗教団体の人数が増えたような気もするが、気のせいだろうか。まぁいい。一番最初に暮らしていた土地に戻るとしよう。

 

春 晴れのち(魔王さんがふらせた)雨

宗教団体の正体が分かった。薬の実験に使用した人間だった。彼らのうちのほとんどは飢えと貧困でやむを得ず追い剥ぎのような真似をしていた連中らしく、(実験に使うために)衣食住を与え、傷や病気を治した私を崇めているようだった。まぁ、子どものためにも周りに人間がいた方がいいだろう。

 

春 晴れ

最近、自然に降った雨がない。子どもが、友だちに水をあげたいと言うのでとりあえず宗教団体が活動している地域に雨を降らせたり、井戸に水を補充したりしているが、他の地域の住民は大変そうだ。都の辺りでは飢饉や疫病が流行っているらしい。なんだか嫌な空気だ。

 

(5ページ)(6ページ)

 

夏 晴れのち(魔王さんが降らせた)雨

もう夏といっても良いくらいの時期なのかもしれない。生憎と、私たちの住んでいる地域以外では植物も枯れ果てており季節も何もわからない状態だが。宗教団体が耕した田畑は青々としている。このまま順調に育って欲しい。子どもも楽しそうに大人の手伝いをしている。

 

夏 晴れ、遠くの方で雷

畑が荒らされていた。荒らされていた場所に霊力を強めに流して再生したら崇められた。最近はこういった被害が減っていたのにまた元に戻りそうな様子だ。面倒臭いが、荒らされた畑を見てしょんぼりしていた子どもが笑顔になってくれるので畑の再生くらいはいくらでもするつもりだ。畑の荒らされた跡が獣によるものではないことは皆気づいているようだったが、とくに何もするつもりはないらしい。まぁ、この畑は彼らのものだから、彼らがしたいようにすれば良いだろう。彼ら自身、一度は野盗に身を堕としたことがある身だ。何か思うところがあってもおかしくはない。

 

夏 晴れ

今日は子どもたちと一緒に川で……

 

 

 

 

 

 

(……なるほど、な。)

 

ぱたり、と開いていた帳面を閉じた。これ以上読んでいても必要な情報はないだろう。結月はそう判断して帳面を元々入っていた手提げに戻して扉の取っ手に掛けた。

 

(呪い……まぁ、枷場結月が生まれる前にもこの世界……もしくはこの世界に酷似した世界に生まれた私がいたんだろうな。)

 

そうして、呪術師としての才能を持つ子どもを育てた。結月は自分が忘れてしまった自分と、彼女が大切にしていたであろう子どものことを想像して目を瞑った。

 

(……ありがたく利用させてもらおう。これは今の私に必要なものだ。)

 

扉を開いた先にあった棚の1番目立つ場所に置いてあった資料と薬の入った小瓶を手に取った結月は、ゆっくりと扉を閉めて元来た道を歩きはじめた。しばらくすると、結月の目の前に陽炎のような歪みが現れた。結月は迷わずそれに触れた。指先、腕、胴、頭と徐々に身体が歪みに飲み込まれているのというのに、結月は平然としていた。

 

(たしか、明日、母さんは用事があって家を開けるはずだから、そのときにでも二人に飲ませようか。……今まで身内に渡した羽根を回収するのは難しいだろうから、二人の体質を変えるしかないのは申し訳ないけれど。)

 

結月は手の中にある小瓶を握りしめた。庭の金木犀の香りがほんのりとする。古い本の匂いが充満した亜空間から帰って来たという感覚を強く感じた。

 

「……もうそんな季節か。」

 

窓の外の月が優しく結月の顔を照らしていた。

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