誠に申し訳ございませんでした。
誰かレポートの書き方教えてくれませんかね……社会学が辛い……。
2010年2月上旬
「医者かぁー。」
広い木造の教室に机が二つ。結月の声はやけに響いた。
「急に何?」
「進路の話ー。」
「あーそうか、枷場さんは反転術式とかの関係があるって先生言ってたよね。」
伊地知が教科書から顔を上げた。机の上には暗記用のマーカーが一本転がっている。急遽自習になったこの時間でとりあえずなにかやった形跡を残すためだけのものだ。
「まぁ、とりあえず上層部が経営している私立医大に上層部のお金で通うことは決まったのだけれど。」
「うわぁ、不正入学じゃん。」
伊地知が茶化してそう言った。結月は頬を膨らませた。
「違いますぅー、センター含めて入試はきちんと真面目に受けましたぁー。褒めてよぉー。」
「はいはい偉い偉い」
実際、
「それじゃあ高専はどうするの?」
「三年修了時点での中退で高卒扱いになるらしーよ。」
結月は机に突っ伏してそう言った。
「そんな制度あるんだ……。」
「あるのだよー。まぁ、この方法だと家入先輩よりも医師免許取得に時間がかかるから、その分上層部に色々要求されたけれどね。」
「えっ、それ大丈夫なの?」
伊地知が心配そうな顔をした。上層部が老害の集まりであることは東京校の生徒の共通認識だ。
「大丈夫だよ、具体的には反転術式が使える式神の貸し出しだもの。私自身も訓練して反転術式を使えるようになったから式神がいなくても困らないしねぇ。ついでに式神が働く分のお金も貰えるみたい。」
「そもそも式神って貸し出せるの?」
結月は顔を上げて伊地知の方を見た。
「私の場合は貸し出せるよ。式神が特定の人間の指示に従うようにあらかじめ私が命令すれば良いからね。元々そこまで燃費は悪くないし、たとえ式神が24時間休みなく反転術式を使っていたとしても大した負担ではないよ。」
それに加えて、結月の式神は結月の意識がない状態でも維持でき、結月から遠く離れた状態でも存在し続けることができるというのも貸し出すことになった理由の一つだ。
「なるほどー、ということは枷場さん、しばらくここには来ないんだ。」
「そうなるね。荷造りは済ませたし大学の近くの部屋を借りる予定だよ。」
結月の荷物は普段使うもの以外は全て収納用の亜空間に新しく作った部屋に移動してある。引越し業者を手配する必要もないため引越し自体はすぐに終わるだろう。
「寂しくなるな。」
伊地知がぽつりとそう言った。結月が居なくなればこの学年は伊地知一人になる。
「まぁ、大学を卒業して研修期間が終わればまた高専に戻ってくるよー。どう考えてもここが一番給料が良いもの。その分忙しいけれどね。」
「家入先輩がいるから枷場さんは京都に派遣されるんじゃない?」
「うぇ、それは少し嫌だなぁ。」
結月は苦虫を噛み潰したような顔をした。京都自体は嫌いではないのだが、実家から離れるのは遠慮したいものだと思う。
結月がふと窓の外に目を向けると、昨日降った雪がまだ校庭に残っていた。
*
薄暗い部屋の中でパソコンを起動した。しばらくネットサーフィンをしてからパソコンをシャットダウンしようとした結月は、メールボックスの中にあった仁菜からのメールに気づいた。
——————
件名:相談したいことかあるの
相澤です。
いつもごめんなさい。枷場さんにしか話せないと思ったのでメールしました。
何から話せば良いのか迷うけれど、とりあえず今の私の状況について話します。
漫画の中で死ぬ人と、恋人になりました。元々幼馴染だった彼から告白されたんです。すごく驚いたけれど、漫画のキャラクターとは関係なしに彼自身を好ましいと思って告白を受け入れました。
私は、彼に死んでほしくありません。漫画の中には彼のように死ぬ人は沢山います。今まで私はそれを積極的に変えるつもりはありませんでした。私にそんな力はないし、原作を変えてこの世界がどうなるのか不安だったから。
でも、私は彼を知ってしまいました。生きてるんです。キャラクターじゃないんです、彼は。彼だけは死んでほしくないんです。
私は、足掻こうとおもいます。彼が生きている未来を掴むために。枷場さんにも、出来れば協力して欲しいと思っています。
長文失礼しました。返信ください。
——————
「……あー、なるほど。」
掠れた声が出た。結月が近くにあった空のコップを手に取ると、魔王がその中を綺麗な水で満たした。結月はコップに口をつけてゆっくりと水を嚥下した。
——————
件名:Re:相談したいことがあるの
枷場です。
分かりました。
貴方に協力します。
一度会って話をしませんか?
都合の良いときを教えてください。
——————
この三年間、結月は相澤仁菜と定期的にメールのやり取りをしていた。
仁菜によると、結月が通っている東京都立呪術高等専門学校も漫画の中の存在なのだそうだ。仁菜の言う“呪術廻戦”という漫画について、結月は名前くらいしか知らなかった。仁菜の話を聞いて少し気になったため、異能力などを使って単行本を新しく購入して内容を読んでみたのだが、なるほど確かに当てはまることが多かった。ただ、結月のいるこの世界に比べてあまりにも軽率に人が死んでいた。
(進撃の◯人と同じくらいかそれ以上にグロテスクだよなぁ、あの漫画。この世界の説明書を読むような感覚だったからあまり漫画としては楽しめなかったけれど。)
結月は小さく溜息を吐いた。
(まぁ、
ふと、額の特徴と類似するものをどこかで見たような気がした。結月は液晶を睨んだ。
(……いや、
結月はパソコンを閉じて部屋の照明を消した。二月、木造の寮はひどく冷え込む。結月は悴んだ手を擦った。時計を見ると、短い針が2を指していた。結月はいそいそとベッドに潜ると、そのまま目を閉じた。
*
秋葉原がオタクの街として知られるようになったのはごく最近のことだ。結月が幼稚園に通っていた頃、秋葉原は家電やパソコンの街として有名であったし、今でもそれは変わらない。しかし、実際にゴスロリ姿の少女が秋葉原を闊歩しているのを見ると、橘小夜が生きていた時代に近づいてきているのを感じて結月は感慨深い気持ちになった。
待ち合わせの時間まで、まだ少し時間がある。結月は目印の時計塔にもたれかかった。
「ごめん!待った?」
眼鏡をかけた猫背の女性が結月に声をかけた。ここまで走ってきたようで、少し息切れをしている。
「今来たところですよ。そもそも予定よりも少し早いです。遅刻ではありませんよ。」
「よかったぁ……ふふ、今のやり取り、なんだか少女漫画のデートみたいだね。」
「たしかにそうですねぇ。……それではハニー、お手をどうぞ?」
「ふはっ、ありがとう、ダーリン。」
仁菜が笑いながら、差し出された結月の手を握った。仁菜の手を優しく握ったまま、結月は近くの喫茶店に入った。落ち着いた雰囲気で比較的空いている。長居しても問題ないだろう。
「いらっしゃいませ、二名様でしょうか?」
「はい。」
「こちらのお席にどうぞ。ご注文がお決まりでしたらこちらのベルを鳴らしてください。」
店員に案内された席に座って、メニューを見た。
「何にしますか?」
「あっ、えーと、そうだなぁ、結月ちゃんはどうするの?」
「んー、紅茶……あと、甘いものが欲しいかもしれません。」
「そっかぁ、私はコーヒーにしようかなぁ。それと小さいケーキとか良いなぁ。ちょうど昨日バイト代が入って懐が暖かいし奮発しちゃおう。」
「んふふ、それなら私は紅茶とチーズケーキにします。」
「私はコーヒーとショートケーキにしようかな。店員さん呼ぶね!」
チリーン、と硬いベルの音が響いた。音を聞いてやってきた店員に注文を伝え店員が奥に向かったのを確認すると、結月は仁菜の方を見た。
「直接会うのは久しぶりですね。相澤さん、早速ですが貴方の話を伺いたいのです。メールでも伝えたように、私は貴方に協力したいと考えております。」
「ありがとう、すごく嬉しいよ。」
「そうですね……まずはこちらを確認していただけますか?」
結月は持っていた鞄から一冊の本——漫画の単行本を取り出した。表紙は白いカバーで隠されており、中身が分からないようになっていた。
「これは……?」
「開けてみて下さい。出来れば自分以外には見えないように慎重に。」
「はい。」
結月の言った通りに恐る恐る本を開いた仁菜は息を飲んだ。
「これ……!」
「骨が折れましたよ。この世界のお金を使うわけにもいきませんから、現地で路上ライブの真似事をして小銭を稼いでなんとか中古のそれを入手できました。」
「もしかして、他の巻も?」
「一応最新刊まで入手できましたよ。まだ完結はしていないようでした。現時点での全巻のページを画像データとして取り込んだUSBメモリを後で渡します。誰にも見つからないようにくれぐれも注意してくださいね。」
仁菜の手にあるのは名探偵コナンの第一巻だ。この世界の予言書とも呼べるそれを仁菜はぎゅっと握りしめた。
「そっかぁ……本当にありがとう。私じゃこんなもの手に入らなかっただろうし。本当に、感謝してる。」
仁菜がしみじみとそう言った。
「感謝するのはまだ早いですよ。貴方の目的はまだ達成されていませんもの。」
結月がそういうと、仁菜は首を振った。
「正直、漫画を全巻見せて貰えるだけでも充分すぎるくらいだよ。申し訳ないくらい。……本当、私が貰いすぎてる。」
「……べつに、友人のためになることなら、これくらいどうということはありませんよ。」
「へっ?」
仁菜がポカンとした顔で、結月を見た。
「私、貴方のことは結構気に入っているのです。まぁ、友人だと思っているのは私だけだったようですけれど。」
結月はわざとらしく唇を尖らせてみせた。
「っ、ちがう!私も……っ、結月ちゃんは大切な友だちだと思ってる。」
仁菜がそう言ったところで、注文したものを店員が運んできた。
「お待たせしました、コーヒーがお一つ、紅茶がお一つ、ショートケーキがお一つ、チーズケーキがお一つ、以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」
「は、はい。」
「ごゆっくりどうぞ。」
結月は運ばれてきたカップを手に取り紅茶をゆっくりと口に含んだ。
「……一旦、この話は辞めましょう。」
そう言う結月の頬はほんのりと桃色に染まっていた。
「そだね。」
仁菜が照れくさそうにはにかんだ。
「私も、その漫画に目を通したのですが、
結月はそう言うと、チーズケーキをフォークで切って口に運んだ。
「貴方の目的はあくまでも一人の人間の無事ということでよろしいですか?さすがにあれを全員助けるのは無謀としか言えませんよ。」
「あー、まぁ、たしかにね。この世界にいる全員を助けることなんて、そんなの無理だよ。だから、私は大切な人を助けることを目標に頑張るつもりだったんだけど……そうだね、結月ちゃんの言う通り一人が無事ならそれで良いかな。」
「それ以外は見捨てるということですね。」
結月は凛とした声ではっきりそう言った。仁菜は結月から目を逸らした。
「そう、だね。」
「後ろめたく思う必要はありません。貴方は貴方に出来ることしか出来ないのですから。貴方の選択は決して間違いではありません。」
結月だって選択をしている。身内や友人以外のことはどうでも良いのだと普段から自分に言い聞かせている。守るものを定めなければ際限がなくなる。自分の手に余ることは初めから考えないのが一番良い。
「私は貴方のそういうところが気に入ったのです。」
「え?」
「相澤さんと私は考え方が少し似ているのですよ。」
結月は紅茶を口に含んだ。
「ずっと前から、その人のことで悩んでいたのでしょう?」
「えっ、なんで分かったの?」
「貴方、見ていてわかりやすいのですよ。」
結月がそういうと仁菜は頬を抑えた。
「大好きなのですね、その人のことが。」
「……うん。」
仁菜の顔はのぼせたように真っ赤になっていた。
「ちょっと話してもいい?長くなると思うんだけど。」
「ええ、どうぞ。」
「小学校のときね、私のお父さん、浮気して家から出て行っちゃったんだ。」
結月はゆっくり頷いた。
「まぁ、お母さんは美人だったからすぐに再婚したんだけど、私、ちょっと家に居づらくなっちゃったんだよね。」
「大変でしたね。」
「べつに、新しいお父さんは悪い人じゃないんだよ。でもさ、邪魔しちゃ悪いかなって。新しく弟も出来たし、二人とも忙しいからさ。……ほら、私は大人だから、良い子にして我慢できるし。」
「それは、頑張りましたね。」
結月が穏やかな声でそう言った。仁菜はふと遠い目をした。
「そう、かな。そうかも。頑張ったんだ、私。」
「そうですよ。貴方はすごく、頑張り屋さんです。」
「……うん。」
「ケーキ、食べましょう?甘いものを食べると気持ちが落ち着きますよ。」
「うん。」
仁菜がケーキにフォークを刺した。一口、ゆっくりと飲み込んでフォークを静かに置いた。
「でもさ、やっぱりちょっと寂しかったんだ。だから、その頃仲良くしてくれた幼馴染たちに執着している部分があると思う。恋とか愛って言ってもいいのかな?そこはちょっとわからないけど。」
仁菜は冷めてしまったコーヒーを見た。
「死んじゃうのは二人いる幼馴染の片方。他の誰がどうなっても良いから、幼馴染だけは助けたい。」
「あら、恋人ではないのですか?」
「こっ……こ、恋人は、その、そうなんですけど……!」
仁菜が困っているのを見て、結月は笑った。
「恋人の名前、教えてくださいな。」
「えっ、……諸伏、景光ですぅ……。」
「……ええと、すみません、ちょっと分かりません。」
「そうなるかぁ……そうだな、あっ、漫画読んだなら安室さんって分かりますか?」
仁菜がそう言った。結月は念の為、式神を出して結界を張らせた。内側の人の声のみを遮断する効果のある結界だ。読唇術を使われてしまえば意味のないものだが、そもそも内容をある程度予測しなければならない読唇術は突拍子のない会話には使えない。転生云々は人に聞かれても狂人扱いされるくらいだろうから問題ないが、黒の組織の話は別だ。警戒するに越したことはない。
「褐色肌で金髪の人のことですか?たしか潜入捜査官ですよね?」
「合ってます合ってます。安室透が偽名で本名が別にあるんだけど、その、バーボン関係で、スコッチって覚えてる?」
結月はしばらく考えた。
「んー、赤井さんから奪った拳銃で自殺した人ですか?」
「そう、その人です。スコッチの本名が諸伏景光なんだよ。」
「……一回軽く読んだ程度では全く分かりませんね。お手上げです。」
「あはは」
結月は溜息を吐いた。
「おおまかな作戦は相澤さんが考えてください。私はそれを補助するような形で動きます。」
「たしかにそのほうが効率いいよね。分かった。」
「食べ終わったようですし、そろそろ場所を移しましょうか。」
「そうだね。」
結月は紅茶の残りを飲み込むと、席から立ち上がった。それから式神に指示を出して結界を消すと、結月は仁菜と一緒にカウンターに向かった。
「会計は別でお願いします。」
「はい。」
財布からお金を出したあと、受け取ったレシートを財布と一緒に鞄にしまった。そのまま店を出てからしばらくして、結月はふと仁菜を見た。
「どうぞ、約束の品です。」
結月の手の中には小さなクマのぬいぐるみがあった。
「……?……あ、そうか、なるほど。」
不思議そうな顔で結月からぬいぐるみを受け取った仁菜が、クマの背中に目立たないように取り付けられた金具に気づいた。
「うっかりです。本当は店で渡すつもりだったのですが。」
「ううん、私も忘れてたし。単行本返すね。」
「はぁい。」
二人は単行本と
「入れ物はどうする?後で返そうか?」
「それごと差し上げますよ。隠し場所にでもしておいてください。ぬいぐるみ用の服を着せれば全くわからなくなります。」
「ありがたく貰っておく。」
仁菜は鞄にぬいぐるみを入れた。結月は携帯電話を取り出した。
「今ちょうど12時ですね。」
「えっ、もうそんな時間なの?お昼どうしようか。」
「んー、あまりお腹は空いていませんね。」
ケーキのおかげで大分お腹が膨れている。仁菜もそうなのだろう。結月の言葉に苦笑していた。
「カラオケにでも行きませんか?内緒話をするのにはうってつけだと思いますよ。」
「あっ、そっかたしかに。」
「お腹が空けば軽食を頼めますしね。」
「でも近くにそんなのあるかなぁ。」
こういうとき、スマートフォンがいかに便利だったか痛感する。結月は鞄から一枚の白い紙を取り出した。紙には黒いインクで幾何学模様が描かれている。結月は紙に息と一緒に霊気を吹きかけた。霊気を蓄えたインクが鈍く光るのを見て、結月は口を開いた。
「〈失せ物 探し物 私が求めるもの 道を示せ 風の化身の白き者〉」
弾けるような特有の音が空気を震わせた。結月が唱え終わると、パチン、と紙が弾けて消え、代わりに紙吹雪のような白い小さな蝶が数頭現れた。
蝶の群れはしばらく迷うようにその場に留まると、何かに導かれるように一列になって飛び始めた。結月は呆けたように口を開けた仁菜の手を引いた。
「さ、行きましょう。彼らが条件に合う場所まで案内してくれます。」
「う、うん……すごいけど、こんな所で使っても大丈夫なの?」
「こういう華やかな見た目の術は手品だと勘違いされることの方が多いのです。だから、大した問題にはなりませんよ。」
結月は薄く微笑んだ。今の時代、もし術を使った瞬間を盗撮されていたとしても、出来の良いCGくらいにしか思われないだろう。“十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。”とはよく言ったもので、科学技術が発展するにつれて呪術の隠蔽は随分と楽になっている。多少不気味な事件であったとしても、映画の撮影、工場からのガス漏れ、有害物質による汚染、土砂崩れによる道路の封鎖などのもっともらしい理由を説明すれば“呪いのせいだ”なんてことを口にする輩はいなくなる。
(まぁ、あと5年もすれば一気にスマホが普及するだろうから情報操作も面倒になるな。んー、今のうちに自動でネットの海で活動出来る式神でも作ろうかなー。表向きは高性能AIということにして……)
「結月ちゃん、大丈夫?」
「……ん?あ、ああすみません、少しぼんやりしていました。」
「忙しいだろうし疲れてるのかもね。ごめんね、私なんかに付き合わせて……」
仁菜が申し訳なさそうに眉を下げた。
「いえ、大丈夫ですよ、これは昔からの悪癖です。治したいのですが、どうも頭がぼーっとしてしまって……気がつくと時間が過ぎているのです。」
結月は小さく溜息を吐いて目を伏せた。
「人がいない時ならそれほど問題にはならないのですが、人と会話しているときにも時々なってしまうので本当に困っているのですよ。」
白い蝶の列が止まった。二人の目の前には鮮やかな色の看板が立っていた。
「着きましたね。」
「え、あ、うん、ほんとだ、すごい……。」
「入りましょうか。」
「……そうだね。」
仁菜は目を泳がせた。
「ね、ねぇ、結月ちゃん、あの、ね?」
「はい、何ですか?」
「その、それってさ、本当に大丈夫?」
「大丈夫です。」
「そ、そっかぁ……。」
「前よりは改善しているのですよ、これでも。昔とは違って今は優しい両親の元で恵まれた生活を享受しておりますから。」
結月はそういうと、仁菜の手を引いてカラオケ屋の扉を開いた。
仁菜が結月のことを心配していることは結月もわかっている。しかし、結月は自分の心の柔らかい部分ことを誰かに話すつもりにはなれなかった。
結局、その日のカラオケでは大したことは決められなかった。結月がカラオケに行ったことがないというのを聞いて、仁菜が張り切って使い方を説明して、お互い何曲か歌うことになり、そのまま普通にカラオケを楽しんだ。作戦は、また後日決めることになった。