元便利屋は呪術と推理の世界で嘆く   作:鹿蹄草

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20 入学

 

 

2018年1月

 

母方の親戚の集まりが終わった後、結月は一緒に片付けをしている美々子と菜々子に話しかけた。

 

「二人はやっぱり高専に入学するの?」

 

結月の言葉を聞いた二人は互いに目配せをした。結月は皿についた油汚れを新聞紙で拭ったあと、泡まみれのスポンジで擦った。しばらくの間、水の流れる音と食器がぶつかる音だけが狭い台所に響いていた。

 

「うん」

「家から近い東京校に行くつもり。まぁどうせ寮だけど。」

 

結月は洗った皿を水切りに置いた。

 

「危ない仕事だということは知っているよね。」

「わかってる。でも、やっぱりある程度の訓練は受けたいし。」

「まぁそもそも最初から窓か補助監督志望ってことにしとくけど。」

「そう。父さんと母さんにはもう言ったの?」

「……うん。」

 

水に浸けておいた鍋とフライパンをスポンジで擦った。

 

「……まぁ、二人が高専に行くこと自体は賛成かな。伝手や繋がりがあった方が何かと便利だろうし。」

「反対しないの?」

「んー、あんな危険で汚いところに可愛い妹たちを行かせたくない気持ちもあるよ。でもねぇ、二人とももうすぐ高校生だから。大切なのは二人が幸せになれる道に自分の意思で進める力を養える環境を整えることだもの。」

「そっか。」

 

フライパンに付いた泡を流しながら、結月は乾いた布巾のある方に目を向けた。

 

「あー、でも、将来どんな道を選ぶにしても出来るだけ良い大学に入った方が楽なことが多いから、高校生のうちからしっかり勉強した方がいいよ。高専は三年の時点で卒業することもできるし、高一から色んな仕事をネットなんかで調べてみて……」

「わかった、もういいから。」

「姉さん、それ何度も聞いた。」

 

うんざりした顔で二人が結月の言葉を遮った。

 

「……はぁい。」

 

結月は濡れたフライパンを拭いて火にかけた。それから、フライパンの水気が完全に蒸発したのを確認して戸棚に仕舞った。

 

「ああ、そうだ。二人に渡したいものがあるからあとで私の部屋に来てくれる?」

「わかった。」

「うん。」

 

 

 

 

 

 

 まるでぬるま湯の中に居るようだった。あとほんの少しのきっかけで目覚めるくらいの柔らかい微睡みだった。

 

「姉さん、入るよ。……姉さん?」

「寝てるんじゃない?」

 

扉がノックされた音を聞いて、結月は目を開けた。どうやら椅子に座ったまま寝てしまっていたらしい。結月が動いたことで、毛布が椅子から落ちた。恐らく寝ている結月に魔王がかけたのだろう。

 

(ありがとうございます、魔王さん。)

 

結月は魔王に礼を言いながら毛布を椅子に引っ掛けて、そのまま椅子から立ち上がった。

 

「ちょっとまって、今起きる……起きたから。」

 

結月は扉を開けて二人を部屋に招き入れた。

 

「ごめんね、なんだか最近妙に眠くて……すぐにお茶を用意するから、そこの椅子に座っておくれ。」

 

結月はそう言いながら、亜空間の中に仕舞われていたティーポットと、ティーカップを三つ取り出した。

 

(“聖薬”摂氏60℃の、人間が飲んで美味しいと感じる濃度のダージリンの抽出液を380ml、ティーポットの中に生成。)

 

爽やかな香りの紅茶が、コポコポと音を立てながらティーポットの中に満たされた。それぞれの前に置かれたカップに紅茶を注ぎ終わると、結月は白いティーポットに描かれた葡萄の蔦模様を指でそっとなぞった。

 

「砂糖とミルクはそこの器から取ってね。……あぁ、そうだ、話が長くなりそうなのだけれど、二人とも時間は大丈夫かな?」

「平気。」

「もうお風呂に入ったし、後は寝るだけ。」

「そう、よかった。」

 

結月は紅茶を一口飲んだ後、ポケットから二つの鍵を取り出した。

 

「渡したかったのはこれだね。」

「なにこれ?」

 

菜々子が鍵を手に取って不思議そうにそう言った。

 

「呪具のようなものだよ。」

「どんなことができるの?」

 

美々子が言った。

 

「うーん、四次元ポケットとどこでもドア、かな?」

「ドラえ◯んの?」

「そうそう。あと、寝泊まりくらいはできるはず。仕組みとしては、“どこからでも・どこにでも出入りすることができる部屋”のようなものだね。部屋は好きなように拡張することができるから、収納庫として使うなら実質四次元ポケットみたいなものかな。」

「え、めっちゃ便利じゃん。」

 

菜々子がそう言って結月を見た。

 

「まぁね。私の術式の応用で作ったものだけれど、出来ればそのことは秘密にして欲しいかなー。」

「なんで?」

「便利なものが作れると分かると仕事が増えるのだよ。生憎と私は身内以外のために頑張りたくないからねぇ。」

 

結月は少し冷えた紅茶を飲んだ。

 

「詳しいことは管理している子……ラピスという名前の、ワイン色のリボンを付けた紫色の目の猫に聞けばいいよ。猫といっても人間の言葉を話すし、部屋の中にいるはずだから。……高専の寮は手狭だし、荷物置き場があれば便利だと思って二人のために調整したけど、使いにくかったらあの子に言えば色々作り替えてくれるはずだよ。」

「そもそもコレどうやって使うの?」

 

菜々子がそう言いながら摘んだ鍵を弄んだ。結月は照れくさそうにはにかんだ。

 

「そういえば使い方を言っていなかったね。その鍵を握って呪力を少し流しながら万魔殿(パンデモニウム)と口に出して言えば扉が現れるはず……扉の向こうがさっき言った四次元ポケット空間になってるから。」

「もしこの鍵をなくしたらどうしたらいいの?」

 

美々子が尋ねた。

 

「滅多なことじゃ紛失はしないと思うよ。落としても盗まれても持ち主の元に自分の羽で帰ってくるから、その鍵。」

「自分のハネ?」

 

そう言った菜々子の手の中にあった鍵が突然震えた。

 

「うわっ」

 

菜々子がパッと手を離すと、アンティークなデザインの鍵だったものはぐにゃりと歪んで、不思議な光沢がある毛並みをした、蝙蝠のような羽が生えた生き物になった。

 

「なにこれキモっ」

「そう?」

 

菜々子のものと同じように姿を変えた自分の鍵の頭を指で優しく撫でながら美々子が首を傾げた。

 

「いや、まぁ、見た目はカワイイ?キモカワだけど。」

「どんな姿にするかはある程度自由にできるよ。万魔殿の管理者のラピスも、基本的に猫の姿をしているけど人間の姿になることもできるし。持ち主の意見を取り入れて変化できるようにしてあるから、追々好きなように変えてみたらいいと思う。……一度使ってみる?」

 

結月がそう言うと、二人は頷いた。

 

「それじゃあ立ち上がって……そこだと机が邪魔だからね。二人ともこちらにおいで。」

 

結月に促されて、二人は立ち上がった。

 

「よし、そこならまぁ充分な間隔が取れているから良いだろう。二人とも、さっき言った通りにやってごらん。」

「パンデモニウム」

「……パンデモニウム」

 

美々子と菜々子の前に、それぞれ扉が現れた。

 

「ねぇこれ恥ずかしいんだけど」

「万魔殿はただのパスワードだから後でラピスに言えば変更できるよ。ほら、扉を開けてみて。」

 

基本的にはどんな単語でも空間の管理者であるラピスに認められさえすればパスワードとして使用することができる。そもそも、ラピスが持ち主を認識して学習すればパスワードすら必要ではなくなるのだ。

 

(まぁ諸々の設定やら調整やらはラピスと会って鍵の使用者として登録しないと何もできないからな。顔合わせさえ済めば後は全部ラピスたちがサポートできるし。もう万魔殿の説明も全部ラピスに任せてしまおうか。)

 

扉の中に入っていった二人の背中を見ながら結月は椅子に座り直した。しばらくして、それぞれの扉の中から猫を抱えた美々子と、菜々子が出てきた。二人が扉から離れると、扉はそれぞれ煙のようにふっと消えてしまった。

 

創造主(クリエイター)、私の新しい主人(マスター)は彼女たちですね?」

 

ラピスが確認するようにそう言って結月を見つめた。

 

「ああ、事前に伝えていただろう?枷場美々子と枷場菜々子、私の可愛い妹たちだよ。これからは彼女たちの手足として働いておくれ。彼女たちの召使い兼護衛として恥ずかしくない働きを期待しているよ。」

「うわ、本当に喋るんだ。」

「姉さん、この子が護衛、なの?」

 

美々子が尋ねた。美々子は成猫にしてはやや小柄な猫の肉球に触れながら、胡乱な目で結月を見つめている。

 

「心配しなくてもその子はそこそこ強いよ。人間の姿にもなれるし分身できるし、短距離なら瞬間移動もできるから。もし鍛えたいならラピスに教えてもらうのもありかもね。体術は私と同程度には出来るし、反転術式も使えるよ。情報収集と分析が得意だから多分私より教えるのが上手だと思う。」

「姉さんちょっと過保護じゃない?とりあえず、この子が見た目通りの可愛い性能じゃないのは分かったけど。」

 

菜々子が呆れたようにそう言った。結月は苦笑した。

 

「まぁ、そうかもね。父さんと母さんには無断でラピスと似たような性能の護衛を付けてるし。自分が見てないところで家族に何かあったらと思うとどうしても不安で仕方がないよ。」

「……それはちょっとキモいかなって思うけど普通に便利だし貰っとく。」

 

菜々子がそう言って、美々子の腕の中のラピスの頬を優しく突いた。

 

「そうしてくれると助かるよ。鍵のことはラピスに聞けば大体答えられるはずだから分からないことや要望があればその都度尋ねてね。……後で入学のお祝い代わりにお年玉とは別のお小遣いあげるから。……呪術高専で、良い出会いがあることを祈っているよ。それじゃあ、おやすみ。」

「おやすみなさい。」

「おやすみ。」

 

二人が部屋から出ると、部屋は随分と静かになった。霊気で出来た霧とともに現れた魔王の手を見て、結月は口を開いた。

 

「ねぇ、魔王さん。」

『……どうした?』

「『魔王さんが私の中にいる理由、少し分かったような気がするのです。』」

 

魔王は何も言わなかった。ただ、大きな手が結月の頭を優しく撫でた。気づけば結月の指先は氷のように冷たくなっていた。結月は椅子の上に引っ掛けたままだった毛布をベッドの上に戻した。

 

「『おやすみなさい、魔王さん。』」

 

布団に潜り込んだ結月の頭をそっと撫でると、魔王の腕は煙のように消えてしまった。

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