パソコンのキーボードが無機質な音を立てている。窓の外は暗く、部屋の明かりのせいでまったく見えない。ガラスが部屋の中の景色を鏡のように映していた。
「やあ」
「……遠野さん。」
背の高い男が風見の後ろから画面を覗き込んだ。
「精が出るね。」
見た目は二十歳そこそこと言った具合の彼は、そう言って風見の顔を覗き込んだ。女のように長い髪が、さらりと肩に落ちる。
「はぁ。」
風見は鬱陶しそうに遠野を見た。
「つれないな。」
「まぁ。」
遠野はつまらなさそうな顔で、パソコンから目を離さない風見の肩に手を置いた。
「羽根」
遠野がそう言って、風見の胸元に手を滑らせた。
「定期入れの中に入れたんだね。」
風見の顔色が悪くなる。
「ねぇ、頂戴よ。」
「嫌です。貰ったものなので。」
「誰に?羽根がダメでも、それくらい教えてくれてもいいだろう?」
蛇が獲物に絡みつくように、男はゆっくりと胸から喉、それから顎に手を滑らせた。ダンッ、と降谷が机を殴った音がした。遠野が降谷を睨んだ。パッと、そのまま遠野は風見から一歩離れた。
「私の部下を虐めないでいただけますか?」
「……虐めてなんかないよ。」
じゃあね、と軽い調子で言って、遠野は部屋から出て行った。
「大丈夫か?」
降谷が心配そうに風見を見た。
「ありがとうございます。」
「お前は何故かここに入ったときからやけに絡まれてるよな。羽根?だったか?」
降谷の言葉を聞いて、風見は少し迷いながら口を開いた。
「……昔貰った、お守りのようなものなんです。外から見えないように持ち歩いているのに、何故かどこに入れているのかを言い当てられてしまって。そもそも、羽根を持ち歩いているなんて、誰にも言ったことはないんですが。」
「それは」
降谷が眉を寄せた。なんとも不気味な話だ。
「それから、ずっとです。羽根をくれって……意地を張って渡さない私も悪いのかもしれませんが。」
そう言って、風見は目を伏せた。
遠野という男は、どうにも不思議な男だった。見た目は若々しいのに、誰よりも長く公安に所属しているらしい。彼がいつからそこにいるのか、また、何歳であるのかは誰も知らない。誰に対しても一線を引いたように飄々としていた彼が唯一執心しているのが風見——正確には風見の持つ羽根だった。
「まぁ、気にしても仕方がないだろう。」
「そうですね。」
そう言って、風見はパソコンの画面に目を戻した。
*
薄暗い廊下を、一人の男が歩いている。男にしては、いや、女だとしても珍しいほどの長髪はまるで濡れたように美しい艶がある。濡烏、鴉の濡れ羽色というのはきっとこのような髪のことを言うのだろう。
「鬱陶しい。見るな。」
男がぴたりと足を止めた。
「これは失礼しました。」
「言いたいことがあるなら口で言ったらどうなの、黒田。」
遠野は整った顔を歪めて暗がりからぬっと現れた隻眼の大男を睨んだ。
「何故、風見なのでしょうか。」
黒田がじろりと遠野を責めるように見ていた。
「誰だい、それ?」
遠野が怪訝そうに眉を寄せた。黒田は意表を突かれたように目を見開いた。
「……貴方が珍しくご執心だとお聞きしましたが。」
「ああ、あの堅物そうな眼鏡か。あいつは別にどうでもいいんだ。持っている物に用があるだけ。」
「それは」
「お前には関係のない話だよ、黒田兵衛。」
「わかり、ました。」
黒田が俯いた。
「ああ、そうだ。」
遠野が振り返った。
「随分と男前になったじゃないか。」
「は」
黒田が息を止めた。醜い傷跡を、白い指が優しく撫でた。
「私好みだ。」
月明かりが、彼の頬を青白く照らしていた。
サブタイトルは遠野さんの正体
13話で存在は示唆しているつもりです。
本当は24話のどこかに加えたかったのですが……私の腕では無理でした。
黒田さんが若い頃に教育係をしていた設定です。思わせぶりな態度なのに特に何も考えていない酷い男です。術式は人身掌握とか魅了とかそう言う系統ですね。どこかで帝に気に入られてそのまま現代まで日本の中枢に居座ってる感じです。