元便利屋は呪術と推理の世界で嘆く   作:鹿蹄草

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本日二話目


26 渋谷

 

 

 渋谷、および日本各地で発生したテロの影響で研修先の病院が物理的になくなってしまったため、結月は指示を仰ぐために京都の呪術高専に向かった。

 

「書類上は研修終了したことにするからとりあえず渋谷に行け。家入の補佐をしろ。」

 

京都校の学長の命令を要約するとこのような内容だった。結月は渋々京都から東京の渋谷に向かうことにした。公共交通機関を含めたインフラも大混乱の中、なんとか取れた切符を手に新幹線に乗り込み、ほっと息を吐く。

 

(反転術式ができるクラブ13枚とカードの修復ができるハート13枚、散らばってるなぁ……。とりあえずクラブとハートそれぞれペアになっているようだから安心だが、全て回収するのは骨が折れそうだ。……自我はないから、少なくとも高専の人間に付いているはずなのだけれどねぇ。)

 

痛む頭を抑えながら結月がカードの位置を探ると、五つのペアが渋谷付近にいるらしいことがわかった。誰の指示で働いてるんだろうかその十枚(十匹?)。家入だと嬉しいのだが。

 

(もう面倒だし、さりげなく増やしてしまおうか。)

 

トランプ1セット分しか式神を使えないと言った覚えはないが、あまり大っぴらにやると上層部に後で何を言われるかわかったものではない。結月は手の中に出したトランプを握りしめた。

 

(それにしてもクリスマスといいハロウィンといいとうしてイベントにかこつけてテロを起こしたがるのかしらね……人が多いからか、なるほど。)

 

渋谷を覆った大きな帷を見て結月は眉を寄せた。

 

(まぁ、父さんと母さんと美々子と菜々子は無事みたいだからいいけれど。)

 

護衛の式神の位置を確認して結月は安堵した。少なくとも結月の身内は今のところ無事らしい。

 

(伯父さん夫婦も無事、裕也兄さんは……分からないな。)

 

せめて昔渡した羽根くらいは持っていて欲しいな、と結月は思った。

 

脳味噌(羂索)を潰した時点で、あの漫画とは違う。私のトランプを使って生き延びた人も多いらしいし。そう考えると全体的な人的被害は控えめかもね。)

 

 ハロウィンの渋谷で起こったテロは、去年のクリスマスのテロの犯人の信奉者らによるものであることが分かっている。ハロウィンから数日経った今、その被害は渋谷に留まらず全国各地に及んでいた。厄介なことに信奉者の中には呪霊操術と似た術式を持っている者がいるらしい。渋谷の被害はほとんどツギハギ呪霊こと真人および改造人間によるものだった。

 

(しかし随分と派手にやってくれたな。)

 

おかげで思っていたよりも情報操作が大変だった。下級妖精を見本にして作ったインターネット上で活動できる式神がいなければ今頃どうなっていたことか。そう考えるとぞっとする。式神にSNSや動画サイトにアップロードされた改造人間の画像・動画を削除させながら結月は溜息を吐いた。

 

(もはや悪足掻きでしかないのかもしれない。)

 

ガス爆発、水道管の破裂による道路陥没、土砂崩れによる道路封鎖、ただの集団幻覚、その他諸々、いい加減誤魔化すのも限界だろう。

 

(諦めるべきか、それとも足掻くべきか。)

 

結月は新幹線の窓を見つめながら呪術界の存在が世間に公表されるメリットとデメリットについて考えた。

 

(少し考えただけでもデメリットの方が多いよねぇ。)

 

結月は柔らかい新幹線の背もたれにぐったりと寄りかかった。考えただけで疲れた気がする。憂鬱だ。

 

「あ」

 

結月は小さく声を溢した。

 

(一応、どうなるかは分からないけれどあの漫画のようにアメリカ軍が乱入してきた場合の対策もしておくべきだよな。)

 

ただでさえ国内の呪詛師のせいで大変だというのに、この上アメリカ軍まで相手にする余裕ははっきり言って今の日本にはない。結月は遠隔で式神を飛ばした。

 

(『……とりあえず、日本人にとって害のある存在は全て捕縛しておいておくれ。捕まえた物は纏めて腹に入れること。頼んだよ。』)

 

 結月の指示の元、人の目に見えない、鯨に似た姿をした式神の群れが空を泳いで太平洋の方へと向かっていく。

 形は鯨と似ているそれの体は、海月のような半透明のゲル状になっており向こう側が薄く透けて見える。まるでゴムで出来た玩具のように“ない”ように見えるその腹の中身は、そっくりそのまま亜空間となっていた。

 鯨の腹の中の亜空間は同人誌などでよく見かける『◯◯しないと出られない部屋』のようになっている。お題は数ある中から無作為に指定されるのだが、指定されたお題を達成したとしても次のお題が延々と出される仕様になっているため、実質式神の主人である結月の指示がない限りは絶対に出られないただの檻だ。

 無駄な気力を消費しないように何もせずに出られるようになるのを待つのが一番良いのだが、なまじ『◯◯しないと出られない部屋』と書かれているせいで中に入れられた者はお題を達成しようと頑張ってしまうらしい。ミヤとして生きていた頃に作った物だが、我ながら残酷だよなぁと結月は思う。

 

(まぁでも◯◯したら必ず出られるとは言ってないから、ね。)

 

結月は心の中で舌を出した。とりあえず外患への対処はこれで大体よかろう。

 余談だが、鯨のお題は『この部屋にいる中で嫌いな者を選び投票しろ 一番に選ばれた者には罰が与えられる』や『この中の一人が瓶に入った毒を飲め 誰が毒を飲むかは多数決で決めろ』、『くじを引け 引いたくじによりペアを決めろ ペアはお互いの整っていると思う部位を与えられたナイフで剥ぎ取れ』など人間関係を壊すものが多い。部屋の中の捕虜は絶対に死なず、飢えもしなければ老いもしないように設定されているのを良いことに少々過激なお題も含まれている。解放するのは百年後にしようかな。浦島太郎状態でもオトモダチが沢山いれば寂しくないよね。よかったよかった。結月は他人事のようにそう思った。

 

 

 

 

 

 

 運ばれてくる怪我人を流れ作業のように治療していく。人間だってナマモノだ。要するにすぐ腐る。血や肉の生臭い臭いが鼻の奥に染みつくような気がして頭を振った。自分の周りに柔らかく結界を張ることで嫌な臭いを全て防いで正気を保った。

 

(汚いな。)

 

手袋に付いた血が、まだそこにこびり付いているような気がして何度も手を洗う。顔を上げると、家入がすぐそこにいた。

 

「煙草ですか。」

 

結界のおかげで臭いはしないが、思わず顔を顰めた。

 

「ああ、嫌いだったっけ。ごめんね。」

「消さなくて結構ですよ。……どちらにしろここは臭いますから。」

「まぁね。」

 

構わないと言ったのに、家入は灰皿に煙草を押し付けた。吸殻がこんもりと山になっているのを見て、結月は頬を引き攣らせた。

 

「やめた、というのは嘘だったのですか?」

「……吸いたい時もあるよ。」

「ほどほどにしてくださいね。」

 

そう言いながら、結月は自分の手をハンカチで拭いた。

 

「枷場ならさ、治せたんじゃないの?」

 

その言葉を聞いて、少し間を空けて口を開いた。

 

「何のことでしょうか。」

「改造人間。」

「ああ。」

 

結月の脳裏に、呪霊によって魂と肉体を歪められた“人だったもの”が浮かんだ。

 

「目についた魂は正常な形に戻しましたよ。あれでは地獄にすら行けませんから。体は……まぁ、可哀想だなと思います。」

「へぇ。やっぱり治せるんだ。」

 

結月は無言で自分の手を見た。

 

「仮に体も治せたとして、既に始末してしまった分は戻りませんからね。それで始末した術師が責められるのはあまりにも惨いでしょう。それなら初めから目に見える希望などない方が良いと思うのです。」

 

49日が過ぎていなければまだ望みはあるけれど、歪められた魂だってそこまで長持ちするようなものではない。結月に出来るのは手遅れではない“少し”をましな状態にするだけだ。

 

「……優しいじゃん。」

「人でなしですよ。もしあれが身内なら、私は何を犠牲にしてでも治します。人を選んでいる時点で優しくはありません。」

 

家入が笑った。そうして、とん、と軽く自分の目元を突いてみせた。

 

「色、変わってるよ。」

「……今度から薄く色の入った伊達眼鏡でもしましょうかね。」

 

結月はとろりと蜂蜜色に光る目を眠たそうに伏せた。

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