警察の事情聴取は案外あっさりしたものだった。結月は待機所に戻ると上着を脱いで軽く伸びをした。
「お腹が空きました。」
「なら、なんか食うか?」
甚爾がそう言った。家入はまだ戻っていないらしい。結月はしばらく考えて口を開いた。そろそろ窓の外がほんのりと明るくなる頃だろう。時計の短針は5を指していた。
「そうですねぇ」
結月は待機所の冷蔵庫の中を覗いた。
「……碌なものがありませんね。」
そう言って、結月は亜空間からひょいと携行食を取り出した。
「なんだそれ」
「あー……まぁ毒ではありませんよ。」
結月の手の中にあるそれは、結月の記憶にない前世で戦争に参加した際に敵の兵站から奪った物資の一つだ。相手に殺されそうになった腹いせに医療物資も食料も燃料も根こそぎ奪ったはいいものの、特に使う機会がなく結局死ぬまで箪笥の肥やしもとい亜空間の肥やしとなっていたらしい。この世界にはない穀物から作られているが、素朴で食べやすい味をしている。
「味は悪くないのですが、かなり固いのですよね。」
結月は一見すると大鋸屑を棒状に固めた塊のように見えるそれを、唾液でふやかして前歯で少しずつ削り口の中に残ったものを飲み込んだ。亜空間の中身は劣化しないため特に品質に問題はない。
「甚爾さんも要りますか?」
「もらう。」
一つ渡すと、甚爾はそれを音を立てて噛み砕いた。
「わぁ、頑強な顎。」
「……膨らむな、これ。」
ごくりと口の中のものを飲み込んでから甚爾がそう言った。
「まぁ乾燥していますから。」
「食える。」
「食べ物ですから。」
結月は苦笑した。
「……これからどうなるのでしょうね。」
人的被害はもちろん、建物などの被害も原作に比べるとかなりましだろう。羂索は既に始末しているし、宿儺は大人しく虎杖悠仁の腹の中に収まっている。天元は未だ健在で、呪胎九相図は忌庫の中で眠ったままだ。平安の呪術師たちは現代に蘇らなかった。挙げ連ねるとキリがないほど原作とは異なった状況になっている。
「どうした?」
「いえ、まぁ、これまで以上に情報収集に力を入れようかと思いまして。」
結月はそう言って苦笑した。五条に訊ねられてから調べるよりも予めある程度の情報は集めておいた方がいいと以前から考えていた。これから予想が付かなくなる未来に備えるためにも出来ることはしておきたい。
(新しく式神を作ろうかな。)
結月はそう考えながら、窓の外を見た。
*
久しぶりに帰った家は、しんと静まり返っていた。京都校に勤務することが決まってから購入した中古の家で、築年数はそれなりに長い。立地が良いので購入したものの湿気が溜まりやすい上に隙間風が吹くため、あまり住みやすいとは言えない家だ。
ふと、結月は頬に手を当てて首を傾げた。何か違和感がある。
「埃」
一ヶ月も部屋を空けていたのだ。よく見ると机の上には薄ら埃が積もっている。白い靄と共に、魔王の腕がぬっと結月の後ろから出てきた。
『不届者が柱の隙間に絡繰を仕掛けたらしいな。』
床に埃が積もっていないのは、足跡を隠すためだろうか。結月は腕に立った鳥肌を宥めるように撫でながら魔王の手が示す方を伺った。
(……しばらく放置しましょう。)
柱の隙間に隠された黒いレンズを横目で見ながら、結月は魔王にそう伝えた。